No.44活動記録:女子高生配信者(トラベラー)は月百万円を稼ぎたい!
No.44活動記録:女子高生配信者は月百万円を稼ぎたい!
未踏の領域、ダンジョン八階層。
私たちはストームサンダーからそっと足を下ろし、周囲の様子をうかがう。
ここから先は、私たちにとって完全に未知の世界だ。
「ねえスズカ、移動中ストームサンダーはどうするの? このまま乗って移動する?」
「あー、どうするかね。おい、おっさんAI。こいつらって、ここ(八階層)でもやっぱり過剰戦力なのか?」
スズカが私たちの上で浮遊ししているドローンを見上げると、おっさんAIはその体をを小さく傾けて電子音を鳴らした。
『少なくとも二十階層までは、文句なしの過剰戦力やな。……せやけどな、過剰戦力やから言うて、自分らが本当に危なくなっても意地張って使わんのはアホのすることや。トラベラーは「命あっての物種」やからな。自分らの手に負えんと思ったら、プライドなんか捨てて即座に使うんやで。――それはゴークくんも同じやからな』
その言葉に、私たちはアタッシュケースから人形サイズのゴークくんを取りだして、ヒマリに起動ワードを唱えてもらい、五メートルの大きさのゴークくんにしてもらい。私たちの後ろに控えさせた。
「……私もみんなを危険にさらしたい訳じゃないし、配信の映えを意識しすぎてそこを履き違えないようにする」
おっさんAIの解説によれば、三階層より上のエリアは格段に危険度が増すらしい。ここ八階層は、その三階層を遥かに超えた場所だ。
油断すれば一瞬で足元をすくわれる。私は気を引き締め、武器の籠手盾を構え直して周りに注意を払おうとし――。
「……あれ? サクラ? しゃがみ込んでどうしたの? お腹でも痛いの?」
さっきまでバイクの上で「わーい!」と騒いでいたはずのサクラが、なぜか地面にポツンと座り込んで熱心に何かをいじっていた。
私の声に、サクラは「あ、スイちゃん!」と満面の笑みで立ち上がる。
「サクラ、でっけぇダンゴムシ見つけた!」
「――は?」
サクラが両手で差し出してきたのは、大人の手のひらでようやく鷲掴みできるほどの大きさをした、完全に球体へと丸まった……紛れもない『ダンゴムシ』だった。
しかも、サクラがツンツンと指で突つくと、その巨大ダンゴムシが警戒を解いて「びよん」と身体を伸ばし――その裏側にある、無数の、細い足が、ワシャワシャワシャッ!!!と一斉にうごめいた。
「―――ッ!?!?!?(声なき絶叫)」
脳の防衛システムが限界を迎えた。言葉にならない悲鳴が喉の奥で張り付き、全身の毛穴という毛穴から冷や汗が吹き出す。無理。絶対に無理。ビジュアルがグロテスクすぎる。
「こらサクラ。スイは虫嫌いなんだから、そういうのは止めとけって」
スズカが呆れたように注意するが、サクラは不満そうに頬を膨らませた。
「えー? サクラ、まるまるしてて可愛いと思ったのにー」
『可愛いかどうかは個人の主観によるけどな、サクラはんが今嬉しそうに掴んどるそのダンゴムシは、立派な『ローリーポーリー』いう名前のモンスターや。外皮がめちゃくちゃ硬くてな、主な攻撃手段は、丸まって高速回転しながら突進してくる体当たりや。倒すなら、丸まってない時にひっくり返して、柔らかいお腹の中身を剣か何かで一突きにするのがエエ。……ちなみに、「三階層」から出てくるモンスターやな』
「そんな解説はどうでもいいから!! 早く!!! それをどこか遠くへ捨ててきてよぉぉぉーーーー!!!」
私の魂の底からの悲鳴が、未知の八階層のエリアに虚しく響き渡るのだった。
「はあ、はあ、はあ……。戦闘も始まってないのに、なんで私、どっと疲れてるのかしら……」
「スイちゃん、ごめんちゃい」
手を合わせてぺこりと頭を下げるサクラだけど、その声にはこれっぽっちも反省の色が見えない。まあ、サクラだからとしか言いようがないのだけれど。
「……とにかく! ここから先は本格的にモンスターと戦うんだからね。可愛いとかそういう私情は一切禁止! 周囲を警戒して、注意深く進んでいくわよ。いい?」
「おう。わかった」
「はぁい」
「はーい。了解だよー」
……はぁ、どいつもこいつも緊張感の欠片もないわね。まあ、このメンバーらしいと言えばらしいのかもしれないけれど。
「おっさんAI。申し訳ないけど、この付近のモンスターがいる場所に案内してくれない? ――あ、ただし、『虫』とか『お化け』みたいなジャンルは絶対に抜きでお願いね」
『了解や。……(心の中で:無茶言うお嬢さんやな。この付近、データ上は虫系モンスターだらけやで……)』
おっさんAIは私の無理難題なオーダーに電子的なため息(無音)を漏らしつつ、上空でくるくると旋回しながらレーダー探査を始めた。
『……う〜む、まぁ、こっちのルートから行くのが一番マシかな。よし、ついてきぃ』
そう言っておっさんAIは先導を開始し、私たちは警戒しながら林の奥へと足を踏み入れた。
「そお……りゃあッ!」
ズドンッ!と重苦しい衝撃音が響く。
先陣を切ったスズカが、愛用の魔道ランスを今度はぶん投げたりせず、真っ直ぐに突き刺して前方のモンスターを一撃で消滅させた。
「あー! スーちゃんずるい! サクラが新しい本でドカーンってやりたかったのに!」
「しょうがねえだろうが。ここのモンスター、見た目の割に耐久が弱すぎるんだよ。オレの手応え的によ」
『……スズカはん、それはモンスターが弱いんやなくて、スズカはんのその魔道ランスの出力が強すぎるだけやで』
「えー、そうか? じゃあ手加減して、次からは素手で殴り倒すか?」
『それは絶対にやめーや! この辺りの階層は、専門の格闘系スキルでも持っとらん限り、素手はかなり無謀や。怪我だけじゃ済まへんで』
「そうよ、スズカは武器を使いなさい。……ええっと、まずは様子を見ながら順番に戦っていきましょう。次は私、その次はヒマリ、それで最後にサクラの順。もし一人で手に負えそうにない敵だったら、みんなで連携して戦う。これで良い?」
「はい。分かりました」
「ぶー。サクラが最後なのー?」
「文句を言わない! サクラは一番後ろで全体の戦いをよく観察して、状況に合わせて的確に魔法を撃ち分ける練習をしなきゃダメでしょ。いきなり後ろから大技をぶっ放されて、私たち前衛諸共ターゲットごと丸焼けにされるのは勘弁してほしいんだから。……分かった?」
「ん。わかったー」
『おーい、話はまとまったか? さっそく次のモンスターのお出ましやで』
おっさんAIの警告に、私はすぐさま盾を構えて前に出る。
「よし、じゃあルール通り、まずは私が相手を――……って、なにあれ!?」
雑木林の奥から、ブゥゥゥゥン!!!という、空気を切り裂くような禍々しい重低音の羽音が響いてきた。
「おおっ!? あれは……!」
「あっ! スイちゃん見て、でっけぇカブトムシさんだよ!」
『【ライノセラスビートル】やな。あれは「五階層」から出現するモンスターや。外皮の硬さと、見た目通りの結構な突進パワーがあるから、真正面から受け止めるのはやめときや、スイはん。……スイはん?』
みんなの視線が、一斉に私へと集まる。
私は、その場に釘付けになったまま、ぷるぷると全身を激しく震わせていた。
視界の先、羽を広げてこちらに向かって猛スピードで飛んでくる、黒くて、光沢があって、やたらと巨大な、蠢くシルエット。
「ギィィィヤァァァアアアアアアア!?!?!?! ゴッ、ゴ○ブリーーーーーーーッッ!!!!!! いやぁァァァァアアアアアアッッッ!!!!」
恐怖のあまり脳の回路が焼き切れた私は、一切の躊躇なく、全力で転身をしてゴークくんの裏に文字通り引きこもった。
「スイちゃん!? あれカブトムシだよ!? ゴッキーじゃないよ!?」
「ああ……。スイの目には、黒くてカサカサ動くやつは全部同じ生物に分類されてるんだろうな……」
『まったく、男の子の永遠の憧れである昆虫の王様を、よりによってあの最凶の害虫と見間違えるとは……。なんてお人や、スイはんは』
「……いえ。さすがに、あのサイズはスイちゃんじゃなくても普通に気絶するレベルで驚くと思いますけど……」
ヒマリちゃんが引きつった笑顔でフォローを入れる。
そう、私たちの目の前に飛来したライノセラスビートルの大きさは、羽を広げた状態も含めると――優に「小学校低学年の子供」くらいのサイズをしていたのだ。そんなものが凄まじい羽音を立てて突進してきているのだから、虫嫌いにとってこれがただの恐怖映像以外の何物でもないのは、言うまでもなかった。
「はあ……はあ……はあ……。も、もう、さすがに今のやつで終わりよね? もういないわよね、あんな悍ましい虫は……っ!」
構えた盾の裏から恐る恐る顔を出した私に、上空のおっさんAIは無慈悲な電子音を響かせた。
『残念ながら、このエリアには普通にぎょうさん生息しとるで』
「帰りましょう!!!」
私はすっくと立ち上がり、声を大にして宣言した。
「私たちは一刻も早くこのエリアから退散すべきです! パーティーのリーダー権限を発動します! 帰ります! 今すぐ地上に帰還します!」
「えー!? まだサクラの新しい必殺技、一回も試してないよぉ!」
「そんなの大技のテストは、もっと安全な階層(虫のいない場所)でも出来るでしょ!」
「来て早々、そりゃあねぇだろうスイ」
「いやーーー! 帰るのーーー! 帰るの帰るの帰るのーーー!!」
地面を地団駄を踏んで全力で拒否する私に、サクラが目を丸くする。
「……ス、スイちゃんが子供になっちゃった!?」
『まぁ、そこまで嫌なら帰るのもエエけどな。……ただ、前にも言うたと思うけど、五階層を越えるとダンジョン内で得られる換金アイテムの価値が跳ね上がるんや。ここ八階層の素材やったら……そうやなぁ、一日で一人頭【十万円】くらいは手堅く稼げる計算になるんやけどな』
ぴくっ。
私の頭頂部で、存在しないケモ耳が確かに跳ね上がった気がした。
「……ウソよ。そんな、一日で十万だなんて、そんな大金が簡単に稼げるわけ……」
『あんな、トラベラーのトップ層っちゅうのはめちゃくちゃ稼いでるんやで。もちろん命の危険と隣り合わせやから、その対価としては安すぎるくらいやと、わては思うけどな。……しかしや。いまはまだ、ダンジョン資源の需要に対して供給が全く追いついてへんから買取価格も高い。けど、今はトラベラーがどんどんと急増しとる時代や。いつこの階層のアイテムの価値が、一階層の雑魚レベルまで暴落するとも限らんで? あんたらは、武器もそれなりのもんが揃っとる。切り札も奥の手もある。はっきり言うて、ここで一ヶ月真面目に狩りしてみい? 女子高生の身分で、月百万円以上は余裕で稼げるようになるで』
「……マ、マジで?」
『マジやで』
「ううう、うおぉおおおお……っ!!」
私は頭を抱えてその場に悶絶した。
月百万。月百万あれば、あんな機材やこんな設備、私の配信環境をこれ以上ないほど最高峰に充実させられる。そうすれば画質も音質も上がって、リスナーも増えて、登録者数だって一気に――!
でも虫は嫌。お化けも絶対に嫌。だけどお金は欲しい、機材が欲しい……! あああっ、どうすればいいの私は!!
「……スイちゃんが、すごい顔で何かと葛藤してる」
「……………………やるわ(ゴゴゴゴゴ…)」
「長い葛藤だったな」
「スイちゃんがお金に負けたー!」
「負けてないわよ、乗っかっただけよ! しかないでしょう、お金があって困ることなんて何一つないんだから! やってやる、やってやるわよクソ虫どもォ!」
私は自分を無理やり奮起させ、ギラついた目で八階層に残留することを決意した。
現金なリーダーの復活に呆れるヒマリとサクラが前を歩き出したのを見送り、列の最後尾で、スズカがぼそりとドローンに話しかける。
「……で、おっさんAI」
『……なんや、スズカはん』
「スイをあそこまで露骨に煽って、ここに残るように仕向けた本当の理由は何だ? 金が稼げるって話自体は本当なんだろうけどよ」
『……ハハ、ウソやないけどな。ただ、一日で十万稼ぐにはそれなりの「連戦」が必要や。ストームサンダーやゴークくんの戦力を使わんとしたら、今のスイはんたちの実力やと、かなりキツい連戦になるのは目に見えとる』
「オレのこのランスで一突きして回れば、連戦なんて余裕じゃねぇの?」
『それを全部スズカはんがやったら、スイはんが配信の撮れ高的に許さへんやろ』
「まあ、確かに……。じゃあ、他に何があるんだよ」
『……わて、そないに演技下手くそやったかいな?』
「お前らしくねぇ、やけに熱い誘導だったからな」
『そうでっか。……まぁ、問題が出てきたのは、サクラはんがジェナはんから貰うた、あの「魔道書」や』
おっさんAIのスピーカーから、いつになく真剣で低い声が漏れる。
「サクラの持ってるやつ? あれって、ジェナさんが隠蔽かけて、サクラ以外は使えない仕様になってるんだろ?」
『そんな高度なシステム制限、ほかの人間が知る由もない。仕様を抜きにしても、あのクラスの魔道書を「欲しがるやつ」は必ず出てくる。スズカはんのストームサンダーに関しては、『神霊』やからな。神の領域に手を出したら痛い目見るっちゅうのは、裏の社会を知る人間からしたら常識や。……けど、サクラはんの魔道書にはそれがない。下手をすれば、身の程知らずが奪いにくるという最悪の可能性がある』
「――っ。つまり、スイたちが、奪いにくる奴らを返り討ちにできるくらい『強くならなきゃいけない』ってことか」
『ダンジョンの外ならまだしも、ダンジョン内は完全な治外法権や。いつなんどき、誰が後ろから襲ってくるかもわからへん。……備えは、早ければ早いほどええからな』
「……そうか。わかった」
おっさんAIの真意を理解したスズカは、愛用のランスを握る手に、少しだけ強く力を込めた。守るべき妹分たちが、いつの間にかそれほど危険な領域に足を踏み入れていたのだと、姉貴分としての本能が引き締まる。
「ちょっとスズカ! 何立ち止まってんの、行くよ! おっさんAIも、軍資金のいる次の場所までさっさと案内しなさい!」
前方から、すっかり金の亡者モードに入ったスイちゃんの威勢のいい声が響く。
『はいはい、待っとくれやす。いま案内しますよってに。――スズカはん、いまの話は内緒やで?』
「ああ、わかってるよ」
スズカはニヤリと笑うと、背武震いを払うようにランスを肩に担ぎ、鼻歌混じりにスイちゃんたちの後を追うのだった。




