No.42活動記録:ふれー!ふれー!が・ん・ば・れ!!
No.42活動記録:ふれー!ふれー!が・ん・ば・れ!!
「やったー! サクラの魔道書! サクラ専用のカッコいい本!」
ジェナさんの手から、完成したばかりの小さな美しい本を受け取ったサクラは、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、ぴょんぴょんとはしゃぎ回っていた。
けれど、さっそくその表紙を開いて中を覗き込んだサクラは、ふっと動きを止めて小首を傾げた。
「あれ? なんかたくさん書いてある。……でも、サクラこれ読めないや。スイちゃん読んでー」
そう言って押し付けられた魔道書のページを、私も覗き込んでみる。……けれど、そこに並んでいた文字列を目にした瞬間、私もサクラと同様に頭の上に大量の疑問符を浮かべることになった。
「……ジェナさん。これ、一体何語ですか? 書いてある内容が、文字なのか数式なのかすら私にはさっぱり分からないんですが……」
「フフ。それはね、――『エニグマ暗号』って、知っているかい?」
「いえ、申し訳ありません。聞いたこともないです……」
「別に知らないなら知らないで問題ないよ」
ジェナさんはウッドチェアの背もたれにゆったりと身を預け、流れるような手つきで紅茶のカップを持ち上げた。
「その魔道書はね、エニグマ暗号のシステムと同じように、ページを開く度、魔法を使う度に、内部の呪文の構成式がランダムに自動暗号化するように仕組んであるんだ。今のところ、私の作った暗号を自力で解読できた人間は世界に一人もいない。だから、万が一誰かにその本を盗み見られたとしても、誰もその魔道書の本質的な効果には気づけないよ。そうなれば、サクラが使う魔法の威力が何故か跳ね上がるという疑問も、ひとまずは世間に対して『なんかそういう特殊な魔道書なんだろう』って誤魔化せるはずさ」
おっさんAIが危惧していた「チートツールだとバレて目をつけられる危険」を、ジェナさんは天才の頭脳によるセキュリティで完璧に先回りして潰してくれていたのだ。
「ああ、それとね。ついでにサクラ以外には絶対に発動しないよう、『個人生体ロック』も組み込んでおいた。だから、もし将来それを誰かに売るようなことがあったら、相手にも『これは私以外にはただの古紙の束だよ』って伝えておくれ」
「売らないよ! これサクラのだもん! 一生サクラの相棒だもん!」
サクラは胸元に魔道書をぎゅっと抱きしめて、ぷんすかと頬を膨らませた。
「はは、そうだね。気に入ってくれたなら何よりだ。大切に使っておくれ」
「うん!」
「さて」と、ジェナさんはカップをソーサーに戻し、楽しげに目を細めた。
「サクラがそれだけ喜んでくれているんだ。いつまでもじらしているより、今ここでその魔道書の本当の効果を知るのが一番良いだろう。サクラ、君がいつものメモ帳で、何か適当な魔法を一つ使ってみてくれないかい?」
「えっ? ここで使って良いの? お部屋燃えちゃわない?」
「構わないよ。この空間内であれば、私の結界が張ってあるからね。多少の無茶な魔法でもすべて相殺できるから安心しなさい」
「うーん、わかった!」
……うん。今サクラが言った「わかった」は、ジェナさんが張っているハイレベルな空間結界の仕組みを理解した「わかった」じゃないわね。単に『ここで魔法をドカーンってやっても怒られないんだな』ということだけを感覚で理解した「わかった」だわ。
私たちは、サクラがどんな魔法を見せてくれるのか、テーブル席から固唾を呑んで見守ることにした。
「じゃあサクラ。まずはブーストをかけずに、いつもと同じ手順で魔法を使ってみせておくれ」
「はーい! てーい。ぺらぺらぺらー」
サクラはいつものようにメモ帳を取り出し、文字が書かれたページを軽い足取りでめくった。
すると、パチパチチッ!と、私たちが何度も見てきた、あの「お祭りの爆竹」程度のしょぼい火花魔法が空間にポツンと発動した。
「うん。じゃあ今度は、メモ帳の魔法を使った直後に、私が渡したその新しい魔道書を発動ってみてくれ」
「メモ帳とおんなじように、こっちの本もぺらぺらって捲ればいいの?」
「ああ、それで大丈夫だよ」
「わかった! ぺらぺら――ついでにこっちも、ぺらぺらぺらー!」
サクラはいつものメモ帳のページをめくった流れるような手つきのまま、逆の手でジェナさんに貰った暗号魔道書のページを勢いよくめくった。
――その、刹那だった。
空間に漂っていた、爆竹のように破裂するだけのはずだったしょぼい火花が、突如として不気味な音を立ててその場で高速回転を始めた。
キィィィンと空気が引き絞られるような音が響いたかと思うと、小さな火花は周囲の魔力を恐ろしい勢いで吸収し、見る見るうちに巨大化していく。
火花は瞬く間に炎の渦となり、サクラの小さな背丈を遥かに超え、天井に向かって激しく巻き上がる猛烈な「炎のつむじ風」へと変貌を遂げたのだ。
ごうごうと部屋を揺らす熱風と、圧倒的な魔力の波動。
「おお……! サクラの魔法が、すっごくでっかくなった!」
いや、「でっかくなった」とかのんびり感心してる場合じゃないわよ!
「ほらサクラ! 危ないから見惚れてないで、こっちに来なさい!」
「ほーい」
私が叫ぶと、サクラは緊張感の欠片もない返事をして、とてちてと、短い足で幼児のようにトボトボとこちらへ歩いて避難してきた。
そのサクラを背中に庇いながら、炎の渦を見上げるスズカが、呆然とした様子で頬を引きつらせる。
「……おいおい、すっげぇな。あの火花が、一瞬でちょっとした『竜巻』じゃねえか……!」
「うん。私の想定内で、綺麗に収まってくれたな」
荒れ狂う炎のつむじ風を平然と眺めながら、ジェナさんは満足そうに頷いた。
「じ、ジェナさん。あの、確認なんですけど……この恐ろしい威力で、本当に『中級クラス』の魔法なんですか?」
「中級クラスでも、かなり下の威力だね。それと、当初の要望だった『広範囲』ではなく、効果範囲を少し絞った『範囲型』に収めさせてもらったよ。本当に広範囲のままで作っていたら、いくら私の結界があるとはいえ、今頃この部屋にいる全員が焼け死んでいただろうからね」
「えええ……!?」
ひとつクラスが上がって、範囲を絞っただけでこれ!? ダンジョンの魔法のステップアップって、一体どれだけ跳ね上がるのよ。
「わーい! やったぁ! サクラ、すっごく強くなったよ!」
「あんたが強くなったわけじゃなくて、120%その魔道書のおかげでしょうが」
サクラは単純に大喜びしているけれど、前衛を務める者にとっては、これほどの破壊力を秘めた爆弾が、常に背後に控えていることを思い知らされた形だ。フレンドリーファイアの恐怖が何十倍にも膨れ上がっていくのを感じる。
「ジェナちゃん! だったら、あれをやっても大丈夫かな?」
サクラが新しい魔道書を胸に抱いたまま、悪戯っぽく微笑んだ。
「あれ、って?」
「ジェナちゃん、いい?」とサクラが視線で尋ねると、ジェナさんの顔を見てから肩をすくめた。
「ああ、さっき君がメモ帳に書いていたページのことかい? パッと見させてもらった限り、魔法の規模自体はさっきの炎ほど大きくはなかったからね。この部屋で展開しても全く問題ないよ」
「じゃあやる! みんなしっかり見ててね、サクラが一生懸命考えた、必殺技!」
「ひ、必殺技!? ちょっとサクラ、本当に大丈夫なのよね!?」
「大丈夫、大丈夫! くししッ、みんな驚けーー! ぺらぺらぺら〜の、ぺらぺらぺら〜!」
サクラはメモ帳のページを勢いよくめくり、流れるような連動でジェナさんの魔道書のページも捲った。
瞬間、メモ帳から柔らかな光が溢れ出し、空間に複数の「ヒト型の存在」が次々と召喚されていく。
私はてっきり、いつかの、あの落書きみたいな『棒人間』が出てくるのだとばかり思っていた。
けれど、光の中から実体化したのは――大分、違った。
ええっと……。なんというか、顔の彫りがやたらと深い、だいぶ「濃いおじさんたち」が数人、ぞろぞろと現れたのだ。しかも、私たち全員が誰も見たことも聞いたこともない、完全に見知らぬおじさんたちである。
「……サクラ。ちょっと聞くけど、この人たちは誰?」
「知らない! どこかのおっちゃんたち!」
自分の召喚物なのに知らないんかい!
『……ああ、なるほどな。もしかしてアレか? ゲームの「おっさん呼び」のスキルを、サクラはんが真似しようとしたんか。またなんちゅう、かけったいなことを考えよるんや……』
おっさんAIが呆れたような電子音を漏らす。
すると、並んだおじさんたちの前に立ったサクラが、ビシッと手を前に突き出して号令をかけた。
「おっちゃんたち! エール、おねがいします!」
サクラの言葉に応じるように、濃いおっちゃんたちは一斉に拳を天に突き上げ、野太いダミ声を響かせた。
「「「「ふれ〜〜〜っ!!! ふれ〜〜〜っ!!! が・ん・ば・れ!!!!」」」」
ごうごうと、炎の竜巻とはまた違った意味で凄まじい圧迫感のある、泥臭い応援が温室の中に響き渡る。
「ええ……なにこれ……?」
私以外にも、スズカやヒマリ、さらにはトアさんまでもが、あまりの絵面のシュールさに困惑を隠せず立ち尽くしていた。そんな中、テーブルの上のおっさんAIだけが「はーん、なるほど」と納得の声をあげる。
『元は、サクラはんが以前出した「棒人間」をベースにして、この間新しく発現したスキル「賑やかし」をあわせて発動させようとしたんやな。そこにジェナはんの魔道書のブースト機能が合わさった結果、ただの賑やかしの幻影やなくて、あないな生々しい形に具現化したっちゅうわけや。……お、一応バフ(能力強化)効果もあるようやな。ヒマリはんの「焔の火種」ほどやないけど、戦闘能力を底上げ効果があるようや』
おっさんAIのプロフェッショナルな解説は大変ありがたい。
ありがたいのだけれど――私としては、ダンジョンの戦闘で、見ず知らずの濃いおっさん連中に全力で応援される謂れは全くないんだけど……。
(サクラに、もうちょっとビジュアルのまともな応援団を考えてって、今度真面目に提案するべきかしら……?)
私は額を押さえながら、目の前で「ふれー!ふれー!」と汗を流して踊るおっちゃんたちを見つめ、静かに遠い目をするのだった。
「よーし! サクラ、もう1個必殺技いっくよーー!」
「まだあるの!?」
おっちゃんたちの熱苦しいエールが消え去るや否や、サクラはさらに鼻息を荒くした。
「くししっ。サクラ、昨日いっぱい考えてきたんだから! そーれ、ぺらぺら〜!」
サクラは再びメモ帳をめくり、すかさず魔道書も連動させてめくった。
……。
…………。
しかし、部屋には風も吹かなければ、おじさんが現れる気配すらなく、静寂だけが満ちていた。
「……あれれ? なんも起きないよ?」
「そうね? サクラのメモ帳は、確か一日に魔法五発分は撃てるはずよね。今日はまだ、さっきの『火花』と『炎の竜巻』と『おっちゃん応援団』の三発しか使ってないはずでしょ?」
「うん。なんでだろう? おっちゃんAI、わかる?」
サクラが首を傾げてドローンを見上げると、テーブルの上の大御所は『まぁおおよその見当は付くがな』と呆れたように電子音を鳴らした。
『たぶんやけど、サクラはんが描いてきた「必殺技」の規模が大きすぎて、そのメモ帳の容量をオーバーしてしもうたんやろ。前にも言うたと思うけど、そのメモ帳は存在進化しとるとはいえ下級レベルの魔道書や。発動できる魔法は「初級レベル」が限界。そこに最初から「中級」や「上級」の規模の魔法を書き込んで撃とうとしても、元の本が耐えきれんで不発に終わるんよ』
「えー? ジェナちゃんに貰った魔道書で、パワーアップ出来ないの?せっかく超戦士や慢心の王様を出して、シュババババってしたかったのに」
『あのな、ジェナはんの魔道書は、あくまで「サクラはんがメモ帳から撃ち出した魔法」に対して、後から干渉してブーストをかける代物や。撃ち出す前に、メモ帳の中で詰まっとるものに対しては干渉してへんのやで』
「そうなんだぁ……。だったら、ジェナちゃんに『撃ち出す前』に強くなる魔道書も作って貰うのは!?」
サクラの天才的な(強欲な)提案に、ウッドチェアのジェナさんは「私としてはそれは一向に構わないが」と優雅に微笑んだ。
「ただし、今度はサービス(タダ)無しだよ。きっちり、私の正規の作業料と材料費は頂くからね。ああ、もし材料を君たちが自分で用意して持ってくるなら、材料費だけは省いてあげてもいいよ?」
「材料ってなに?」
「そうだね。その時作るものにもよるけれど、大概はさっき言った『魔宝石』だね」
「おっちゃんAI、魔宝石ってどこにあるの?」
サクラが尋ねると、おっさんAIは冷淡に言い放った。
『中級以上の階層や』
「んー、サクラたち、そこ行ける?」
『無理やな。いまの戦力のままで行けば、スズカはんは生きて帰ってこれても、他の三人は確実に死亡。良くて半死に(植物状態)って感じやな』
「おお……! めっちゃ強いってことか!」
なぜか嬉しそうなサクラ。だが、私はジェナさんの言葉の「別の部分」が引っかかって仕方がなかった。
「……あの、ジェナさん。材料費は分かりました。じゃあ、その……『正規の作業料』って、おいくらくらいなんですか?」
ジェナさんは、人差し指を上品に頬に当て、事も無げに言った。
「そうだね。仕様にもよるけれど、平均して【百億円】は頂く感じになるよ」
「ひゃ、く、お、く……!?!?!?!」
あまりの天文学的な桁数に、私の声は見事に裏返った。ひゃくおくえん。国家予算じゃん。
「……おいおい、じゃあ、なにか、いまサクラがタダで貰ったこの魔道書も……本当は百億円したってことか?」
スズカが冷や汗を流しながら呟くと、ジェナさんは「まあ、それくらいはするんじゃないかな?」と笑う。だが、すかさずおっさんAIがテーブルの上で激しく飛び跳ねた。
『アホ抜かせ! 百億で足りるわけあらへんやろが!! 世界中探してみぃ、魔法を「撃つ前」に多少の強化するシステムは既存の魔道具にもある。けどな、魔法を「撃った後」から無理やり干渉して、威力をワンクラス上に跳ね上げる魔法やぞ!? 世界中どこを探しても、そんな超常のシステムはまだ見つかってもおらへんし、作られてもおらへんわ! 時価や、時価!!』
「フフ、AIくん。そんなに私を褒めても、何もあげないよ?」
『褒めとらへんわ!! このお嬢さんらに、無用な世界規模のトラブルの元をポイと与えおってからに!』
「隠蔽もしてあるし、個人ロックもある。大丈夫じゃないかい?」
『……目ざといトラベラーや国家の調査員が見たら、一発で気付く奴は気付くと思うで。……ハァ、しゃあない。その辺の偽装データの上書きは、こっちのネット回線から裏でなんとか細工しとくか……』
「フフ、いい保護者をしているね、AIくんは」
……。
何やら、私の理解を遥かに超えた「国家最高峰レベルの大人の会話」を繰り広げているジェナさんとおっさんAI。
百億円だの、世界に一つだの、国家の調査員だの……。
私はもう、突っ込む気力すら完全に消え失せていた。
(とりあえず……今日の買い物は、これで終わりにしよう。うん、そうしよう……)
私は、まだ自分の新兵器を嬉しそうに抱いているサクラの手を引き、これ以上の世界の危機(財布の危機)に巻き込まれる前に、早々にこの魔道書店を退散しようと心に決めるのだった。
少しでも面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。 応援していただけると、とても励みになります!




