No.41活動記録:注文はカレー、出てきたのはサムゲタン
No.41活動記録:注文はカレー、出てきたのはサムゲタン
「……ふむ。最初の『バーン!』というのは爆裂系の魔法かな? 次の『ガッキーン!』という硬質な音からすると、氷結系……。最後の『シャババババッ』は、何かが高速で照射されている音、か。――そうすると、フィールド型の魔法として、巨大な氷塊が爆散したのち、無数の鋭利な氷柱が広範囲に飛び散る、という感じかな? どうだい?」
ジェナさんは、あのサクラの壊滅的な擬音だらけの説明を、頭の中で少しずつ精密に噛み砕いて形にしていった。
長年サクラの幼馴染みをしている私やスズカでさえ、時に「何を言ってるんだコイツ」と理解を諦めるところがあるのに。ジェナさんは呆れるどころか、真摯にサクラの感性に付き合い、新しい魔法の形を作り出そうとしていた。
「おおおっ……! それ! それもめちゃくちゃカッコいい!」
「ああ……『それも』ということは、元々のイメージとは違うのかい?」
「あの、ジェナさん」
申し訳なくなった私は、苦笑しながら横から手を挙げた。
「サクラの要望は適当で良いですよ。この子の説明、本人すらその場のノリと勢いだけで言っていることが大半ですから……」
「まあ、そうだとしてもね。作り手としては非常に面白い素材だよ。今まで私に『最強の書を作れ』と命令してきた退屈な人間たちには、逆立ちしても出てこない発想だ。……そう言えばサクラ、君は【ブックマーカー】のスキル持ちだと言っていたね。普段はどんな魔道書を扱っているんだい? その傾向に合わせることもできるよ」
「んー? サクラのはね、これだよ!」
サクラはポケットをごそごそと探ると、いつも使っている【紙切れが起きないメモ帳】を取り出し、自慢げにジェナさんに見せた。
「これは……魔道具のメモ帳? ――あぁ、なるほど。これ、内部データが『存在進化』しているね。その結果、一般のメモ帳から魔道書クラスのアイテムへ変化したのか。へぇ、面白い現象だ」
ジェナさんはメモ帳を手に取り、感心したように細い指先でパラパラとページをめくる。
「ん? 後ろの方に、何か色々書いてあるね」
「ああッ!? だめー! それはサクラの内緒のやつなの! しーっ!」
「フフ、そうかい。ではこれ以上は見ないでおこう」
サクラが慌ててメモ帳を奪い返すのを見て、ジェナさんは大人の余裕で微笑んだ。だが、その瞳の奥には職人特有の鋭い光が灯っている。
「しかし、うん。そうか……。このメモ帳は、既存の魔道書とは根本的にシステムが違うんだね。中に込められた魔法を放つのではなく、サクラが『その場で書いた文字』をトリガーにして具現化している感じか。……そうなると、私が合わせるべきアプローチは……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、ジェナさんは自分の顎に手を当てて、完全に思考の海へと深く沈んでいってしまった。
完全に置いてけぼりにされた私たちは、「え、どうするのこれ……?」という感じで、部屋の真ん中で立ち尽くしてしまう。
「みんな、突っ立ってないで座ったらどうだい? ちょうど良いお茶が入ったから、みんなでティータイムとしよう」
いつの間にか、トアさんがお洒落なガラスのティーポットを手に、人数分のカップをトレイに載せて戻ってきていた。
「え、良いんですか? ジェナさんが集中してるのに、勝手にお茶なんて……」
「買って知ったる他人の家(店)、だよ。無くなったら後で足しておけば、ジェナは怒りはしないからね。それより、彼女はしばらくあのままだと思うよ。いま、サクラちゃんのメモ帳に最適化された、新しい魔道書を作るイメージを頭の中で一から組み上げているところだから」
「しばらくって、どれくらいですか?」
「さあ? それはジェナのイメージが完全に固まるまで、としか言いようがないね。さ、冷めないうちにどうぞ」
「わーい! トアちゃんありがとー!」
勧められるがままにクッキーの載った皿を受け取ったサクラは、
「カッコいいの、カッコいいの作ってねー。はぐはぐ、ごっくん」
と、ワクワクした様子でお茶菓子を勢いよく頬張りながら、フリーズしているジェナさんをのんびりと見つめるのだった。
そうして、私たちが淹れてもらった美味しい紅茶の二杯目に突入したくらいの頃。
フリーズしていたジェナさんの綺麗な瞳に、ふっと理性の光が戻ってきた。思考の海からの帰還だ。
「よし……。うん、決めたよ。お嬢さん方、当初のご要望だった『広範囲系の攻撃魔法の書』を作るのは、止めにしよう」
ジェナさんは、開口一番にそんなとんでもないことを言い出した。
「ええっ!? なんで!? サクラのかっこいい魔法は!? なくなっちゃうの!?」
すっかり大魔法使いになる気満々で待っていたサクラが、お茶菓子を持ったまま大慌てで立ち上がる。そんなサクラを、ジェナさんは「まあ落ち着きなさい」と手で制した。
「魔道書を作らない、と言っているわけではないよ」
「そうなの? ならなんで? サクラのかっこいい魔法は?」
「それはね、サクラ。君が自分で作ればいいんだ」
「うにゅ? どういうこと?」
「君の持つそのメモ帳は、君のイメージをそのまま文字にして形にしてる魔道具だ。だったら、私がわざわざ普通の攻撃魔法を仕込んだ本を作る必要はない。私は、君のメモ帳の力を『補うもの』を作ればいいと気づいたんだよ」
「……つまり、どういうことですか?」
私が代表して尋ねると、ジェナさんは人差し指を立てて解説を始めた。
「そのメモ帳は、存在進化して魔道書クラスに分類されてはいるけれど、ランク的にはまだ一番下の力しか出せないだろう?」
「はい。おっさんAIも、まだ『下級クラスくらいの出力しかない』って言ってました」
「うん。それだと、サクラがいくら頭の中で初級〜中級の広範囲魔法をイメージして文字を書いても、出力が足りなくて大した威力にはならないはずだ」
ジェナさんの言葉に、私はサクラが魔法を使った時のことを思い出す。
確かにサクラがメモ帳に『ファイア』とか『大爆発』とか書いて攻撃しようとした時、出てきたのはお祭りの爆竹みたいな、しょぼい火花だけだった。
「確かに……そうですね。じゃあ、やっぱり攻撃魔法の魔道書が必要なんじゃ……」
「なら、その威力を物理的に底上げしてあげればいい」
「どうやってですか?」
「ブースト系の魔法にはなるんだけどね。要は、発動した魔法に、外側からさらに力を上乗せして限界突破させる――『魔法を、魔法で強化する魔法』さ」
「魔法を……魔法で?」
一体どういう理屈だろう。
わけが分からなくなって、私は「こういう時こそ頼りになるサポート」であるおっさんAIを見上げた。
すると、上空に浮かぶおっさんAIの丸いドローンボディが、見たこともないレベルで小刻みにガタガタと震えていた。
「……えっと、おっさんAI? 大丈夫? なんかスマホのバイブ機能みたいに震えてるけど……」
『……大丈夫なわけ、あらへんやろが。アホなことを大真面目に言い出しとるアホがおって、わての演算回路が過負荷でショートしそうやわ……』
「え、ジェナさんが言ったことって、そんなに凄いの?」
『あんな、スイはん。魔法ちゅうのは数式や。1+1=2、ちゅう感じで、魔法は最初から「その答えがそう出る」ように世界のシステムに設定されてるプログラミングなんや。しかし、このアホンダラなブックメーカーが提案しとるやり方はな、答えの「2」が出てから、その確定した答えの横からさらに別の計算式を無理やりぶち込んで、答えを「200」とか「2000」に書き換えるやり方や。わかるか!? とんでもないバグ技をやろうとしとるんやぞ!?』
「……ごめん。さっぱりわからない」
私が正直に首を横に振ると、おっさんAIは『なんでやねん!』と空中で激しく上下にガタガタとシェイクした。理解を示さない私たちに、苛立ちがマックスになっている。
私はみんなの方を振り返り、「誰か今のわかる?」と視線を巡らせた。
「……洋服の、重ね着みたいな感じですか?」
『ちゃうわ!』
「あれだろ。車のエンジンにニトロを積んで、瞬間的にブーストさせる的な」
『それは最初からそういう機構に組み替えてるだけやから違う!』
「……カレーライスの上に、ハンバーグとトンカツとエビフライを全部のせトッピング!」
『近い! ニュアンスは近いけどシステム的には全然違うんや!!』
「じゃあ一体どういうことよ!?」
スズカやヒマリの例えもおっさんAIに全否定され、私たちは余計に混乱の渦に叩き込まれた。
するとおっさんAIは、スピーカーが割れんばかりの大声で叫んだ。
『サクラはんの分かりやすい「食べ物」で例えるならな! 厨房でカレーを作って、綺麗にお皿に盛り付けて、いざ「さあ食べよう!」ってスプーンを握った瞬間に、横からジェナはんが「これ今からサムゲタンにしますねー」って言って、目の前のカレーがサムゲタンに変身して出てくるようなもんや!!!』
「それもう、カレーじゃなくて完全に別物じゃないの!?」
『だから!!! わては最初からそう言うとるんや!!!』
普段は冷静に嫌味を言うおっさんAIが、珍しく「ツッコミ」としての怒号ではなく、職人としての常識をブチ壊された純粋な苛立ちと驚愕で、全力の叫び声を上げるのだった。
『あんな、言うとくけどな。そんな世界のシステムをコケにしたようなイカれた魔道書を作って世間に知られてみぃ? こぞってその魔道書を奪い合おうと、欲深い連中がサクラはんの元に大挙して押し寄せるで。そしたら、身を隠しとるオタクの正体だって一発で露見するわ!』
「そこは心配しなくて良いよ。私も別に事を大きくして、騒ぎを起こしたいわけじゃないからね」
ジェナさんはおっさんAIの必死の剣幕をふわりと受け流し、楽しげに目を細めた。
「効果としては、サクラが書いた魔法が、中級クラスの威力に跳ね上がる程度の出力に調整しておこうか。それくらいなら、ただの『ちょっと質の良い魔道書』で誤魔化せる」
『いや、わてが言うてんのは、出力の調整やなくて、そもそもそないなデバッグ用のチートツールみたいなモンを作るなちゅう話や……。あかん、聞いてへんなこの女』
「すごーい! じゃあ、その本があれば、サクラのこれもきちんと形になる!?」
おっさんAIの絶望を他所に、サクラはメモ帳に書き溜めていた秘密のページを、ジェナさんにだけ見えるように嬉しそうに突き出した。
「うん。……なるほどね、これなら多分いけると思うよ」
「やったー!」
両手を挙げて大喜びするサクラを見て、おっさんAIは『……もう好きにしなはれ』と、完全に説得を諦めたようにドローンをダラリと高度を下げた。
「では、さっそく作ろうか」
「ああ、その前に! あの、ジェナさん、お値段は……?」
私は現実的な問題として、恐る恐る口を挟んだ。もしも何百万、何千万なんて請求されたら、サクラには本当に申し訳ないけれど、ここで引き止めなければならない。
「言ったろう? サービス(タダ)だよ。それに今回は、君たちのおかげで私自身、技術者として最高に面白い発想を得られたからね。材料費も含めて、代金は一銭もいらないさ」
『……お嬢さん、タダより高いもんはないんやで』
おっさんAIが背後でボソボソと不吉なことを呟いているけれど、今の私の脳内は【予算ゼロ円】【経費浮いた】という悪魔の甘いワードで完全に満たされていた。
「――お願いします!!!!!(即答)」
私は両手を膝につけ、勢いよく頭を下げた。スズカが横で「現金な奴だな……」と呆れたような視線を送ってきた気がするけれど、気にしない。実利は大事だ。
「ふふ、いい返事だね。ほんの少しだけ時間が掛かるから、そこで待っていてくれ」
ジェナさんはウッドチェアから美しく立ち上がると、私たちから少し離れた部屋の奥へと歩いていく。すると、彼女の姿が輪郭を失うように、ふっとその場から消え去った。
「転移した……?」
私たちが驚いていると、ほんの数分もしないうちに、ジェナさんは再び私たちの前に忽然と姿を現した。その細い両手には、何やら厳重な鍵がかけられた小さな木箱が握られている。
「あの、それは?」
「これかい? この中には、魔法の回路を物質化するための高純度な『魔宝石』が入っているんだよ」
「魔宝石……?」
聞き慣れない単語に首を傾げると、テーブルの上からおっさんAIのダミ声が飛んできた。
『スイはん、ダンジョンで拾える「晶石」は知っとるやろ。一つ換金しても一円にあるかどうかの、あのクズ石や。あれのエネルギー純度が極限まで高くなると、魔晶石、そしてさらに上の【魔宝石】へとランクが上がっていくんや。……ちなみに一応言うとくと、その魔宝石の1個あたりの市場価格は、どんなに小粒なもんであっても数百万、モノによっては数千万は下らんで』
「はあぁ!?!? ジェナさん!? やっぱり私たち、そんな高級なもの払えませんよ!?」
「だから、今回はタダで良いって言っているじゃないか」
飛び上がりそうになった私を、ジェナさんは苦笑混じりに手で制した。
「そこのお喋りなAIくんも、これ以上は野暮な解説を挟まずに、少し私の手元を見ていてくれないか」
『ヘイヘイ。わかりましたよ、もう好きにやんなはれ……』
おっさんAIはプシューと音を立てて、テーブルの上にドサリと着地した。その、完全にふてくされた丸い姿は、どこかお菓子を買い与えられなかった時のサクラにそっくりで、私は少しだけ緊張の糸が緩んだ。
ジェナさんの準備が整う。
彼女が静かに目を閉じ、唇を微かに動かして、歌うような美しい詠唱を呟き始めた。
言葉の正確な内容までは、こちらの耳には届かない。だけど次の瞬間、ジェナさんの足元から、眩いばかりの純白の光が溢れ出した。
――キィィィン……ッ!
心地よい金属音のような残響と共に、彼女の周囲に巨大な幾何学模様の『魔法陣』が展開され始める。
それだけではない。一つ、また一つと、空中に重なり合うようにして現れたいくつもの魔法陣が、まるで精密時計の「歯車」のように、カチカチと音を立てながら独自の軌道で回り、複雑に絡み合っていく。
これが、国家最高峰の【ブックメーカー】の儀式――。私たちは息を呑み、その神秘的な光景にただただ圧倒されていた。
やがて、部屋を満たしていた膨大な魔力と光の歯車たちが、ジェナさんの手のひらの上に向け、キュゥゥンと音を立てて一箇所へと収束していく。
光が眩しさを失い、粒となって消えていく中、彼女の白い手の上に残されていたのは――。
不思議な文様が革表紙に刻まれた、手のひらサイズの、小さな美しい一冊の本だった。
「……うん。できたよ」
これほど凄まじい奇跡を起こしたというのに、ジェナさんはいつもの涼しい顔で、事も無げにそう微笑むのだった。




