No.40活動記録:バーン!ガッキーン!シャババババッ!
No.40活動記録:バーン!ガッキーン!シャババババッ!
トアさんのお店「ユニアム」で提示されたあのマニ車は、結論から言うと、残念ながら今の私たちの予算では逆立ちしても買えなかった。
……だって、八桁ってなによ。数千万円する高級ガラガラってこと? ダンジョン産の魔道アイテムの相場、恐ろしすぎる。
「……すみませんがトアさん。とてもじゃないですけど、今の私たちには手が出せません」
「ははは、そうだよね。最初からそこまで期待はしてなかったから大丈夫さ。――じゃあ、本命のこっちはどうかな?」
トアさんは悪びれる様子もなく快活に笑うと、今度はもうひとつの別なトレーを差し出した。
そちらに載せられていたのは、いくつかの小ぶりな指輪だった。
「これも……マニ車、なんですか?」
「そう、これも立派なマニ車さ。よく見てごらん。ここに小さな円筒形が組み込まれているだろう?」
トアさんが綺麗な指先で指し示した部分。そこは本来ならダイヤモンドなどの宝石が嵌め込まれるべき場所に、極小の精密な金属製の円筒が組み込まれていた。
「これはそれぞれ、アロー系、シールド系、ブースト系、ヒーリング系の魔法が最初から刻まれているんだ。指先でこの円筒をしゃっと回すだけで、それぞれの簡易魔法がノータイムで発動するよ」
『トアはん、広範囲系(全体攻撃)のはないんか?』
「残念だけどね、AIくん。この指輪サイズに収めるとなると、単体魔法が限界で範囲系のものはないんだよ」
「……ちなみに、これってお値段はいくらですか?」
私が恐る恐る尋ねると、トアさんは人差し指を一本立てて微笑んだ。
「1万(円)だね」
「……」
さっきの「数千万円」というイカれた桁数を聞かされた直後なせいで、金銭感覚がバグってめちゃくちゃ安く感じられるのは何故かしら。
戸惑う私を見て、トアさんは「僕としては買ってくれたらありがたいくらいだから、無理しなくて良いよ」と優しくフォローしてくれる。
「おっさんAI、どうしたら良いと思う?」
『せやな。いまお嬢さんらが一番欲しがっとるのは広範囲に攻撃できる手段(面制圧)や。けど、もしもの時の予備として、この単体魔法の指輪をそれぞれ一つずつ買っておくのはアリやと思うで。……ただ、この先行く予定の魔道書専門店で見つける本(魔道書)の性能によっては、これら全ての魔法を最初から内包しとるものもある。そこはお嬢さん方の判断やな』
私は腕を組んで悩む。一応、スポンサーステッカーだらけの盾のおかげで軍資金はある。安く済ませられるところは安く済ませたい。でも、先々の危険を考えたら、多少高くても最初から最高性能の魔道書をドンと買っておくべきか……。
「さ、サクラはどうする? 今回はサクラがメインで使うものだからね」
当事者の意見を尊重しようと、私はサクラに顔を向けた。
するとサクラは、ぷいっと顔を思いきり背けて、両腕をこれでもかと強固に組みながらこう言い放った。
「サクラ、赤ちゃんじゃないから、それいらない!!」
……さっきの「ガラガラ発言」を、まだ根に持っていたらしい。
これにはトアさんを始め、スズカもヒマリも、さすがに「あちゃー……」という表情で苦笑いするしかなかった。
「はは……そっか。今回はちょっと僕のデリカシーが足りなかったね。縁がなかったってことで、マニ車指輪は諦めるよ」
トアさんはトレーを引っ込めると、ポンと手を叩いて名案を思いついたように笑った。
「そうだ。代わりに、僕の知り合いで『魔道書』を専門に取り扱っている優秀な商人がいるんだ。そいつを紹介しようか?」
「えっ、良いんですか!?」
「お客様に良い商品を提供できなかったお詫びさ。ちょっと待っていてね。いま準備して、そこまで案内してあげるから」
「あ、いえ、お店もありますし場所さえ教えていただければ自分たちで行きますよ!」
「いいのいいの。それにその店がある場所は、初見だと少し入り組んでいるややこしい所だからね」
トアさんはそう言うが早いか、いそいそとお店の入り口へと向かい、ドアの取っ手に【休憩中】の看板をパッと掛けた。
自分の商売を一時中断してまで案内してくれるなんて、なんていい人なんだろう。
「さあ、行こうか」
トアさんの爽やかな笑顔に促され、私は申し訳なさとありがたさを感じながら、スズカたちと共に新たな魔道書専門店へと向かうことになったのだった。
そうして私たちはトアさんの案内に従い、彼の知り合いが営んでいるという魔道書店へと向かったのだけれど……。
「ト、トアさん。ほ、本当にこっちの道で合っているんですか……?」
「うん。こっちだよ。迷子になりそうかい?」
トアさんは楽しそうに振り返る。彼女が向かう先は、賑やかな本通りから外れた裏通り――の、さらに細い横道だった。もはや自分がいまどこをどう通ってきたのか、さっぱりわからないくらいに入り組んでいる。
「あ! ネコさんだ! にゃ~、おいで~」
「ほらサクラ。はぐれるから猫に構うな、進むぞ」
「あーー! スーちゃん、ネコさ~ん……!」
路地裏のごみ箱の陰で見つけた野良猫に吸い寄せられそうになったサクラは、スズカにガシッと首根っこを捕まれ、ずるずると引きずられながら哀愁漂う目で猫を見つめていた。捕獲された宇宙人みたいになっている。
そうしていくつもの薄暗い角を通り過ぎ、ようやく辿り着いたのは……お店、と呼んでいいのかすら怪しい、なんとも奇妙な雰囲気の漂う寂れた建物だった。
「なんだか、昔話に出てくる優しい妖精さんが住んでいそうなお家ですね」
ヒマリが目を輝かせてそんなロマンチックな感想を漏らす。けれど私は身震いした。
「そ、そう……? 私はどちらかと言えば、毒リンゴを持った悪い魔女でも住んでそうな雰囲気に思えるんだけど……」
「ははは、さあ。いったいどちらが住んでいるかな?」
トアさんは私たちの怯え混じりの会話を面白そうに受け流しながら、古びた木製のドアに手をかけた。
――ギギギッ……。
何年も開けられていなかったかのような、重く錆びついた音を立てて扉が開かれる。
その瞬間、いかにも年季の入った古書特有の、少しだけカビ臭い埃っぽい匂いが私の鼻をついた。
「(やっぱり魔女の家だ……!)」と身構えた、次の瞬間だった。
一歩、足を踏み入れた途端――視界と空気が、劇的に反転した。
鼻をついたはずのカビ臭さは一瞬で消え去り、代わりに優しく包み込んできたのは、瑞々しい新緑の瑞々しさと、上品で香りの良い淹れたての紅茶の匂い。
そこは、外観の寂れた廃屋からは想像もつかないほど広々とした、美しく洗練された温室のような空間だった。
『……ほう。扉を境界線にした、魔道具による「空間転移」か。凝ったセキュリティやな』
「凄いね、AIくん。僕は初めてここへ来た時、彼女に種明かしをされるまで全く気がつきもしなかったよ」
上空のドローンとトアさんがそんな専門的な会話を交わしていると、部屋の奥のウッドチェアに腰掛けていた先客の女性が、静かに手元の本を閉じた。
「この秘境に訪れる者がいると思えば……トア、君か。しかも、ずいぶんと賑やかな団体を連れてきたものだね」
「やあ、ジェナ。君の店も、僕の店と同じで閑古鳥が盛大に鳴いているんじゃないかと思ってね。未来の太客(お得意様)になり得る優秀なトラベラーたちを連れてきたよ」
「ふん。私のは半分以上が趣味だ。客が来ようが来まいがどちらでもいい。……まあ、君がわざわざ店を閉めてまで連れてきた以上は、一応客として迎え入れよう」
その女性は、ゆっくりと立ち上がり、私たちに向けて形の良い唇を弧に描いた。
「ようこそ、我が魔道書専門店『白き精霊』へ。私は店主の、高宮ジェナだ」
流れるような美しい髪に、陶器のように白い肌。ウッドチェアから立ち上がった彼女は、どこか浮世離れした神秘的な雰囲気をまとっており、まるで人ではない本物の精霊かと思えるほどに美しい女性だった。
「それでお嬢さん方。……今日はどんな『書』をご所望だい?」
ウッドチェアに腰掛け直したジェナさんの、見惚れるほどに優雅な所作。私は一瞬呆気に取られそうになりながらも、大慌てで本題を切り出した。
「あ、あの! 広範囲に攻撃できる魔法の書を……その、出来ればお値段はそんなに高くない方向でお願いしたいのですが……」
恥を忍んで素直にお金が無いことを告げると、ジェナさんは綺麗な人差し指を顎に当てて「フム」と目を細めた。
「広範囲、か……。それは『ウェーブ型』かい? それとも『フィールド型』?」
「え? ええ? うぇーぶ? ふぃーるど?」
呪文のような専門用語に私が戸惑っていると、上空からドローンのおっさんAIの解説が入った。
『ウェーブ型ちゅうのはな、放射状とか扇状にビームや衝撃波を照射するタイプや。フィールド型は、指定した空間そのものに持続的な大爆発や吹雪を発生させるタイプやな』
「……へぇ。随分と面白い、そして知識の深いドローンを連れているね、君たちは」
ジェナさんの視線に、おっさんAIは『非売品やで。手は出さんといてな』と器用にその丸い体をすくめる。
「そうかい? それは残念だ。……それで、どっちのタイプが良いんだい?」
「おっさんAI、どっちが良いと思う?」
『どっちがエエというのは無いな。戦う場所やモンスターの種類によってケースバイケースや。……ちなみにオタクの店には、今どんな在庫が置いてあんねん?』
おっさんAIの質問に、ジェナさんは不思議そうに首を傾げた。
「置いては、いないな。――注文を聞いてから、私が『作る』からね」
『……は?』
おっさんAIの動きが完全に止まった。
『作るって……まさか!? お前……【ブックメーカー(魔道書職人)】か!?』
「ぶっくめーかー?」
「サクラはブックマーカー(しおり)だよ!」
「はいはい。いまは黙ってようね、サクラ」
「うにゅにゅにゅ……!」
スズカに頭を撫で回されて不満の声を漏らすサクラを横目に、私はおっさんAIに声をひそめた。
「おっさんAI。ブックメーカーって、サクラの【ブックマーカー】と名前が似てるけど……」
『まぁ魔道書関連ちゅう意味合いでは同じ枠やな。ただ決定的に違うのは、サクラはんは魔道書に書かれた文字を読まず、即時発動させる『使い手』。対して【ブックメーカー】は、魔道書そのものをゼロから作り出す『造り手』のスキルや! ……おいお前、なんでそんな国家機密級の職人がこんな路地裏の暇そうな店におんねん! 普通は国のお抱えとして中央でふんぞり返っとるレベルの存在やぞ!』
おっさんAIの叫びに、ジェナさんは「やれやれ」と肩をすくめた。
「そういう縛られるのは私の趣味じゃないんだ。トアも知っている通り、私はこの静かな生活が気に入っている。だから君も、私の正体は黙っていて貰えるとありがたいね。――その代わりと言ってはなんだけど、今回は特別にサービスしよう。なんでも良いよ、君たちの好きな要望を言いなさい。その通りに誂えてあげるから」
国家最高峰の職人の、信じられない神対応。私が感動に震えた、その瞬間。
「サクラ、かっこいい魔法使いたい!!!!」
我先にとサクラが最前線に飛び出してきた。
「だからお前は少し黙ってろって!」とスズカが窘めるが、サクラは引かない。
「だってスーちゃん、サクラが使う魔法書を買いに来たんでしょ!? だったらサクラが使いたい魔法を買いたーい!」
「フフ、そうだね。君のための本だ」
ジェナさんはサクラの無邪気さに小さく笑った。
「しかし……『カッコいい魔法』か。あいにく、そんな抽象的な要望で作ったことは無いんだよね。もう少し具体的なイメージがあれば良いんだけど。こういう風に使うとか、こういう効果が出るとか、ね」
「まかせて! サクラのイメージはね――【バーン!ってなって、ガッキーン!ってなって、シャババババッ!って感じ】のやつ!」
「……」
サクラが全身を使って全力でポーズを決めながら放った、渾身の擬音語。
ジェナさんは数秒ほど、完全にフリーズした。そして、ものすごく申し訳なさそうな顔で、眉を下げた。
「……うん。ごめんね。私の想像力が足りないせいで、まったくイメージが湧かないや……」
「ガ、ガアアアアーン……ッ!?」
伝わらなかった。完璧な説明だと思っていたサクラは、この世の終わりのような大ショックを受けて白目を剥くのだった。
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