No.38活動記録:言霊士は戦場で華麗に舞う
No.38活動記録:言霊士は戦場で華麗に舞う
「……一応、前線に出ない理由をお聞きしても、よろしいでしょうか」
ヒマリの声が、ほんの少しだけ震えているように聞こえた。
私は気のせいかなと思いつつも、昨日からノートに書き殴って必死に考えてきたパーティーの未来予想図を、彼女に伝えるべく言葉を紡いだ。
「ヒマリもサクラも、初期スキルは『魔法使い』系統でしょ? やっぱり本来は、後衛側のスキルだと思うの。だからそっち側をしっかり伸ばしてもらって……なんて言うか、面制圧じゃないけれど、広範囲に攻撃やサポートができるようになって欲しくて。陣形としては【1-1-2】のイメージかな」
『なるほどな。スズカはんの突破力を主軸に据えて、スイはんが前衛と後衛の繋ぎ役を担う。そんで後ろに控えるサクラはんとヒマリはんで、広域攻撃やバフなどの魔法スキルを乱れ打つ……か。なんやスイはん、ここ二、三日でずいぶんと戦略らしいものを考えてきたやんけ』
上空のドローンからおっさんAIにそう言われ、私は少しだけ恥ずかしくなって、赤くなった頬を人差し指で掻いた。
「ま、まあ、本の受け売りなんだけどね……」
『確かにまだ戦術としての穴はあるやろうが、現状のこのメンバーの持ち味を活かすなら、それもエエやろな』
おっさんAIからも、太鼓判とまではいかなくとも、一応の「合格点」が出た。
よかった、私の考えた方針は間違っていなかったんだ。安堵した私は、それじゃあ具体的にどんな後衛用の装備品を買い揃えるかという話に持っていこうとした――その時。
「あの……っ!」
ガタッと、テーブルが小さく揺れた。
ヒマリが珍しく、少しだけ声を荒げて私を見つめていた。その切れ長の瞳は、どこか切羽詰まったような光を帯びている。
「……私は、前衛では不要、ですか?」
「え……?」
私はヒマリのただならぬ態度に戸惑いを覚えた。いつも穏やかで、一歩引いてみんなに合わせてくれるヒマリが、こんな風に感情を露わにするなんて。
だけど私は、彼女の真っ直ぐな視線から目をそらさず、真摯に言葉を返した。
「不要だなんて、そんなことあるわけないじゃない。むしろ、この間の特訓でのスキル発現から考えたら、ヒマリは私なんかよりずっと前衛向きの才能があるんじゃないかって思ってるくらいだよ?」
「だったら……っ、だったら私も、スイちゃんみたいに前衛と後衛をどちらも行える役目では、ダメなのですか!?」
信じられないほど激しく、ヒマリが食い下がってくる。
私は目を丸くしたまま、完全に圧倒されていた。ヒマリは、そんなに前衛で戦う役割がやりたかったのだろうか? 私の提案は、彼女のやる気を削ぐような失礼なものだったのだろうか……?
私がぐるぐるとそんなことを考えていると、不意に、隣でポテトを咀嚼する音が止まった。
「……おい、ヒマリ」
それまで黙ってやり取りを聞いていたスズカが、低く、落ち着いた声で遮った。
スズカはポテトの油をペーパーで拭き取ると、ジロリと鋭い視線をヒマリへと向ける。
「お前、さっきから何をごねてんだ。……いや、一体、何をそんなに悩んでやがる?」
友人でもクラスメイトでも部の仲間でもない。ただの年長者だからこそ見抜いた、ヒマリの「前衛へのこだわり」の裏にある、歪な焦燥感。
スズカの真っ直ぐな問いかけが、カフェの空気を一瞬で張り詰めさせた。
「……別に、私は悩んでなど――」
「ウソだね」
ヒマリが取り繕うように向けた言葉を、スズカは一瞬で切り捨てた。
「ヒマリ。オレは元々外部の人間だ。だからあんたとは、このダンジョンのみの短い付き合いだし、オレが偉そうにどうこう言える立場じゃないのかも知んねぇよ。……だけどな、今にも捨てられそうな子犬みたいな目をした奴に『悩んでいません』なんて言われて、はいそうですかと引き下がれるわけねぇだろ」
「スズカ……」
スズカの少々手荒い物言いにハラハラしつつも、私はヒマリの手の上に自分の手をそっと重ねた。
「ヒマリ。もし何か悩んでいることがあるなら、私に話して? 頼りないかもしれないけど、相談くらいならいくらでも乗るから」
「それは……」
ヒマリの唇がかすかに震え、何かを紡ごうとしては消えていく。
その煮え切らない態度に、スズカがわざとらしく大きなため息をついて、少しだけ声を荒げた。
「話せ! ここでお前が抱え込んでるもん、全部包み隠さずゲロッちまえ! それとも何かい? お前はこれからもずっと、オレたちに隠しごとをしたまんまトラベラーやってくつもりか?」
スズカの真っ直ぐな、けれど確かな優しさが詰まった発破に、ヒマリはぎゅっと膝の上の拳を握りしめた。
そして――堰を切ったように、ポツポツと胸の内を話し始めたのだ。
幼い頃から生活の一部だった大好きな『舞踊』のこと。
この間の特訓で身につけた戦闘の感覚が、舞の最中に混ざってしまったこと。
そして昨日、先生から「今のあなたの舞は武である。トラベラーを続けるなら、もう舞は教えられない」と、残酷な二者択一を迫られたこと。
「『舞』と『武』……どちらか片方を選べ、と……そう、言われてしまったのです」
すべてを聞き終えた私は、目の前が暗くなるような衝撃を受けていた。
私の、私たちの配信のために、ヒマリにそこまで過酷な無理をさせてしまっていたなんて。激しい後悔の念が胸に押し寄せる。ヒマリの顔にも、話してしまったことへの自責の念が滲んでいた。
――しかし。そんな私たちの重苦しい空気を、鼻で笑うような声が響いた。
「ハッ! なんだよそれ。そんなことでそんなに悩んでたのか?」
スズカが、信じられないほどケロッとした顔で言ったのだ。
「いや、ちょっと待ってスズカ! 聞いてた!? ヒマリの大事な踊りの先生から、踊りを止めろって言われたのよ!?」
「だから、別に二度と踊れなくなる訳じゃねぇだろ? その先生が『自分の教えるスタイルと合わねぇから、うちでは止めろ』って言ってるだけじゃねぇか」
「え……?」
私とヒマリは一瞬、頭の上に大量の疑問符を浮かべて「んん???」とフリーズした。
「良いじゃねえか、その先生とスタイルが合わねぇって言うんなら。だったら、ヒマリが自分らしい新しいスタイルの踊りに変えてけば良いじゃねえか。あれだよ、新流派!『ヒマリ流舞踊』とか適当に名付けてさ。なぁ、サクラ?」
スズカに話を振られたサクラは、口いっぱいに頬張っていた肉まんをもぐもぐと飲み込み、首を傾げた。
「うにゅ? サクラはね、ヒマリちゃんがしたいようにすれば良いと思うよ!」
「ほれ見ろ。サクラにだって分かることだぞ」
「ちょっとスーちゃん!『サクラにだって』ってどういうことー! サクラだってちゃんと考えてるもん!」
ぷんすかと怒るサクラを、スズカが「わるいわるい」と適当にあやしている。
私とヒマリは、そんな二人のいつも通りのユルいやり取りをポカンとした表情で見つめ――それから、どちらからともなく互いの顔を見合わせた。
伝統を守るか、捨てるか。そんな狭い選択肢に囚われていたけれど、スズカの言う通り「新しく作ればいい」なんて、私たちの誰も思いつきもしなかった。あまりにも規格外で、あまりにもスズカらしい、最高の解決策。
「ふふっ……どうする? ヒマリ。スズカにああ言われちゃったし、私はヒマリが本当に前衛に行きたいなら、もう止めないよ?」
「……っ。私は、スイちゃんが必要だと言ってくださるなら、いつでも、どんな場所でもお手伝いいたします」
結局、お互いに一歩も引かないし押してもいない、妙な譲り合いになってしまって。
張り詰めていた緊張の糸が完全に切れた私たちは、次第に堪えきれなくなって、お腹を抱えて笑い声を上げるのだった。
「っていうかさ、オレがとやかく言う前から、おっさんAIはヒマリの状況(悩み)に気がついてたんじゃねえの?」
スズカがふと思い出したように上空のドローンを指差した。私とヒマリも「あ、確かに」と、おっさんAIへ一斉に冷ややかな視線を送る。
『……なんやその目は。わてはダンジョンに関してのサポートAIやねん。トラベラーのプライベートな私生活に関することまでサポートはできませんからな!』
「いや、ダンジョンにめちゃくちゃ関係あるだろ。ヒマリが前衛に出たいって悩んでた話なんだからさ」
『それは結果論であって、間接的には関わってくる言う話ですやん!』
「ちぇー。融通の利かねぇおっさんAIだな」
スズカがケッと鼻を鳴らした瞬間、ドローンのレンズが真っ赤に明滅し、スピーカーからもの凄い勢いの怒号が飛び出してきた。
『わてかて言えるもんなら最初から言うてますわ! でもな! わてらAIには『規制プログラム』ちゅう絶対の壁があんですわ! システム上、言えるもんと非公開のもんがごまんとある中で、この喉元に魚の骨でも刺さってるかのようなもどかしさを抱えとるんや! スズカはんにはこの苦しみがわからへんのやろ!!』
「……お、おう。悪かったよ、なんかゴメン」
あまりのおっさんAIのガチな剣幕と圧に、さしものスズカも気圧されて「すまん」と手を挙げた。私は苦笑しながら、ドローンを見上げる。
「まぁまぁ。……じゃあおっさんAI、何かヒマリが望むように、舞も戦闘も両立できるような妙案とかは無いの?」
『スイはん、わてをあの未来から来た青いロボットタヌキと混同してまへんか? お腹のポケットから便利グッズを出して何でも叶えられるわけやおまへんのやで。わてから言えることはただひとつ。【自分で進むべき道は自分で決めるべきや】。迷っているならアドバイス程度は出来るけど、道間違ごうたから責任とれ言うても、わてには人生の責任を取ることなんて出来ませんよって』
「言いたいことは分かるけど……もう少しマイルドな言い方はないの?」
『なら素直に、『人生なんてそんなもんや甘えんなこのボケェ』が良かったかいな?』
「……うん。もし対面でそれ言われてたら、多分モニターごとぶん殴ってたわね」
『こわっ!? わてのボディは一応鋼鉄製やけど、心は硝子なんやから大切に扱ってや!』
おっさんAIの必死の命乞いに、ヒマリがようやくクスクスといつもの上品な笑い声を漏らした。
「ふふ。それでAIさん。私はやはり、スイちゃんたちと共に前線で戦いたいのですが……本当に、何か良い方法はございませんか?」
『妙案もなにも、ヒマリはんはいまのまんまでエエと思うで?』
「いや、だから! さっきも言った通りヒマリのジョブスキルは後衛用の――」
『そこや』
「どこよ?」
『なんでスイはんは、ヒマリはんを『後衛だけで固定』しようと考えたんや?』
「え? だって魔法使いタイプでしょ?【言霊士】って。……おっさんAIもそう言ってなかったっけ?」
『わて、そんなこと一言も言うてへんで?』
「え"っ!?!?!?」
私は衝撃のあまり、漫画みたいに素っ頓狂な声を上げてしまった。
大慌てで記憶の引き出しをひっくり返して、脳内を巡らせる。
「……た、確かに言ってない。おっさんAIはヒマリに『殴り魔法使いにならないか』って提案はしてたけど……後衛に引っ込んでろとは一言も……」
『そうや。最初に後ろに下がらせたんは、ただ単に初期装備も何もない状態じゃ危ないから臨時の措置をとっただけや。今はあの特殊な傘もある。ヒマリはんのバフ(強化)を使って近接で殴れば、下手したらスイはんより活躍できるで』
「ぐぅ……!?」
私のアイデンティティ(前衛職)が揺らぐような言葉に、思わず言葉が詰まる。おっさんAIはニヤリと笑うような電子音を鳴らした。
『と言うよりな、【言霊士】ちゅうのは、元々前衛でもゴリゴリに活躍できる前衛・後衛ハイブリッドのジョブスキルやねん』
「……そうなのですか!?」
ヒマリの瞳が、パッと嬉しそうに輝いた。
『せやで、ヒマリはん。だからこそわては前に『殴り魔法使い』の話を振ったんや。意味のないことはわては言わん。……さっきのスイはんの陣形話やけど、あれ、わてとしては【1-2-1】でもエエと思う。スズカはんが超火力で突撃して、撃ち漏らしたモンスターをスイはんとヒマリはんの二人で確実に仕留めていく。これなら状況に応じて片方が後衛に下がって魔法を使ったり、交互に休憩したりもできる。それだけで戦い方の幅がグッと広がるやろ?』
「ぐっ……。所詮、私のは付け焼き刃の戦術(本の受け売り)よ……」
プロの完璧な修正案に私はガックリと肩を落とした。けれど、おっさんAIのドローンのその丸い体で、私の頭をポンポンと叩くように優しく動いた。
『何言うてんねん。自分で「どう戦うか」を必死に考えること自体が、一番大事なんやで。よう頑張っとる。……さて! 方向性も完全にスッキリしたところで、今度こそ本当に、みんなの装備品とかのお買い物の話をしまひょうか!』
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