No.37活動記録:ステッカーの盾と、旗騎士への道
No.37活動記録:ステッカーの盾と、旗騎士への道
『……とりあえず、突っ込んだ方がエエ?』
休日明け、再びダンジョンギルドを訪れた私たちがドローンをレンタルし起動させると、カメラレンズが世話しなく動き、おっさんAIは深いため息混じりにそう呟いた。
……無理もない。今の私のシールドガントレット(盾籠手)は、もはや元の合金の輝きなど微塵も残っていないのだから。
「……スポンサーがついたのよ。文句ある?」
『いや、スポンサーがついたことは喜ばしいこっちゃ。スイはん達みたいな初心者レベルのパーティー相手にスポンサーがつくこと自体、奇跡やで。……で、その奇跡がなんでそないなことになっとんねん?』
おっさんAIの視線の先――私の盾は、これでもかとばかりに隙間なくスポンサーのステッカーで埋め尽くされていた。もはや『ステッカーの盾』と呼ぶのが正しい。
「いやぁ、オレの父ちゃんがさ、あちこちの人に『スイのスポンサーにならないか』って回ったらしくてさ。帰ってきたらこうなってたんだよ」
『……なんや聞くと、蛙の子の親はやっぱり蛙やなとしみじみ感じてしまう言葉やな』
スズカの悪びれない言葉に、おっさんAIは感慨深そうに、そして呆れ果てたように、その丸い体に肩はないのに肩をすくめていた。
でも、悪いことばかりじゃない。このステッカーのおかげで、私たちはまとまった軍資金を手に入れたのだ。これでまともな装備も買える。その事をおっさんAIに話すと。
『ほう、それだけの資金援助があるなら、モノ次第では二階層やなくて、もっと先の階層に行ってもエエんちゃうか?』
「……大丈夫? 私達、そこまで強くないわよ」
『この間のレイはんやマオはんとの模擬戦が尾を引いとるようやけど、あの二人は中階層クラスの実力者や。今のスイはん達が行けたとしても、十……いや、八階層あたりで止めといた方がエエな』
おっさんAIは冷徹なまでの判断を下す。
「どうして八階層?」
『ダンジョンには十階層ごとに『主』と呼ばれるモンスターがおる。倒さんでも次へ行けるけど、次の階層でやっていけるかのある種の試練やな。それと九階層からは大型モンスターが増えるから、その手前の八階層で肩慣らしをしておくのは定石や』
おっさんAIの説明によると、八階層には厄介な敵が揃っているらしい。
『んでな。八階層に居るんは、まずは『グリーンマン』。これは階層初の魔法を使ってくる精霊型や。次は『グリーンマンティス』。大人の男ほどの大きさがある昆虫型のカマキリや』
「うえぇ……カマキリか……」
虫が苦手な私は、思わず呻き声を漏らした。さらに説明は続く。
『次は『グリーンウッド』。誰かトレントってモンスターは知ってるか?』
「サクラ知ってる! 木のお化け!」
『はは、お化けやないけど似たようなもんや。こいつらは雑木林みたいなやつで、基本はその場から動かへんから無視してもエエ。最後や、コイツが一番厄介やぞ。……『グリーンウルフ』。集団で連携して襲ってくるオオカミや。ここでトラベラーとして先へ進めるか、運命の分かれ道となる指針にされとるで』
八階層。それは、私たちがただの「初心者配信者」から脱却出来るかどうかの、試練の地になりそうだった。
『まぁ、八階層に行くかどうかはみんなで話し合ったらエエ。急いで上を目指すのも、ゆっくり足場を固めて行くのも、どちらを選んでもわては全力でサポートするで』
「そうね。それも含めて、まずは手に入れた軍資金で『誰の装備品から新調するべきか』、じっくり話し合いましょう」
私たちは一旦ダンジョンギルドのロビーを出て、隣接するレストラン街へと足を運んだ。
オープンカフェ風のテラス席に腰を落ち着かせ、作戦会議を始めようとしたのだけれど……。
「スイちゃーん! サクラ、途中の屋台でこれとこれと、あとこれも買いたい!」
「はいはい、わかったから。……よし、みんな席に着いたね」
サクラが道中で「お腹すいたー!」と騒いで買い漁った、串焼きや肉まん、ポテトといった大量の食べ物がテーブルの上に山なりに並べられる。
みんなが席に着いて一息ついたところで、私は姿勢を正して話を切り出した。
「まずは、私の考えをみんなに述べさせてもらっても良いかな?」
「なになに? スイちゃん、何か欲しい食べ物でもあるの? サクラはね、このお肉食べたいから残しておいてほしいな!」
「違うわよ。食べ物は全部サクラが好きなだけ食べていいから」
「わーい! いただきまーす!」
両手に串焼きを持って目を輝かせるサクラの様子に、私とヒマリは思わず苦笑いを交わす。私は軽く息を吐き、真剣な目を二人、そしてドローンのレンズへと向けた。
「あのね。私がこれから目指そうと思うポジションなんだけど……盾で守るだけじゃなくて、自分でも攻撃を仕掛ける『タンカー兼アタッカー』をさせてもらえないかな?」
「両方、ですか……? それはスイちゃん一人の負担が、あまりにも大きくなってしまうのでは……?」
ヒマリが心配そうに眉をひそめる。すると、上空のドローンからおっさんAIの補足が入った。
『いや。スイはんの言うとるんは、要は敵のヘイト(敵意)を自分に引き付けつつ、隙を見て攻撃に転じる『カウンターアタッカー』のことやな』
「それって、この間おっさんAIが言ってた『純粋アタッカー』とは違うのか?」
スズカがポテトをつまみながら尋ねる。
『純粋アタッカーはその名の通りアタッカー専門や。防御を捨てて攻撃力に極振りした役割と思えばエエ。そんでスイはんが提案しとるカウンターアタッカーは、相手の攻撃を盾で受けたり回避したりと、敵の攻勢をいなしてから重い一撃を叩き込む、攻守共に役割を持っとるビルドや』
「なるほど……」
『前にわてが提案した「暗黒騎士」のスキルビルドは純粋アタッカー寄りやった。けどな、今のこのパーティーにはスズカはんちゅう、馬鹿火力の物理アタッカーが居る。やから、スイはんが純粋アタッカーにそこまで固執する必要はなくなったわけや。本来のスイはんが初めから持つ「騎士スキル」を上手く育てていけば、理想的なカウンターアタッカーへと行けるかもしれへんな』
「おっさんAIの言う通り。……それから、もうひとつ。この間の特訓で発現した【戦術】のスキル。あれもこれから積極的に使って、育てていこうかと思うの。私が戦況を見てみんなに指示を出せれば、きっとみんなの役にも立てると思うから」
私の言葉に、おっさんAIはモニターのレンズをパチクリと明滅させ、感心したように声を弾ませた。
『なるほどな、自分の適性をよう分かっとる。……そうなると、暗黒騎士のルートからシフトするんやったら、【バネレット】のスキルビルドを目指すのも大いにありかも知れへんな』
「バ、バネレット……?」
初めて聞くその響きに、私は思わずオウム返しに呟いていた。
『【バネレット】ちゅうのはな、別名「旗騎士」と呼ばれるジョブや。自身が前線に立って戦うこともできれば、後衛から仲間にバフ(強化)や回復を掛けたりと、とにかく戦場でマルチにやれる立ち位置やな。……ただな、その代わりにこのスキルビルドは、何かに特化した突出した強みを持たへん。謂わば、信頼できる仲間がおって初めて真価を発揮する「仲間ありき」のジョブや』
「それって、さっき話した『カウンターアタッカー』の立ち回りもやれるの?」
『やれる。言うたようになんでも出来る万能さが最大の強みやが、同時に、どれも一流には届かんちゅうのが弱みでもあるんや』
「はーん」
スズカがゴロゴロポテトを口に放り込みながら、納得したように鼻を鳴らした。
「だったらスイには丁度良いんじゃないか? こいつは、昔から一人でなんでも抱え込もうとする癖があるからさ。そうやって仲間に役割を割り振って、全体を動かす役目の方が、スイ自身も肩の力を抜いて動きやすいだろう」
「スズカ……」
私はスズカの言葉を聞きながら、頭の中で思考を巡らせた。
今の探索部のメンバーで出来ることを考えた時、私が攻守共に動き、さらにはバフや回復までこなせるようになるのは、パーティー全体のメリットとしてあまりにも大きい。
特化した強い攻撃や絶対的な守りができなくなるデメリットはあるけれど、そこは頼れる仲間に任せればいい。最悪の時はスズカのストームサンダーや魔道機人形のゴークくんの出番だってある。
「よし、決めた。私は【バネレット】を目指す。おっさんAI、これから指導よろしくね!」
『応、任せとき。スキルの発現自体はシステムの運任せやが、狙ったもんが出んかった時のフォローも、わてがプロとしてちゃあんとしたるから安心しぃ』
「ありがとう。……それじゃあ、方向性が決まったところで軍資金の分配ね。まず、スズカの新しい装備品の購入はナシで良いとして――」
「おいっ! ナシってなんだよ! 一応予算の候補に入れろよ!」
スズカが身を乗り出して抗議してくる。私は大真面目な顔でそれを却下した。
「いや、スズカはあの魔道具のランスが強すぎるでしょう。しかも神霊クラスの力を持つストームサンダーまで持ってるのよ? このパーティー内で一人だけ完全にゲームのバランスを壊してるインフレ状態なんだから、今回の資金はまだ装備品がまともに揃ってないサクラやヒマリに回したいの」
「う……。まぁ、それは、そうだけどよ……」
正論で詰め寄られ、スズカはぐうの音も出ずにそっぽを向いた。その様子にクスリと笑いながら、私は本題となる大和撫子へと視線を移した。
「私の方は、この間購入したあの傘がありますが……」
「うん、それはそれって感じかな。おっさんAIの話だと、この先は魔法を使ってくる敵や、集団で連携して襲ってくるモンスターが増えるみたいだから、あの傘はあくまで不意を突かれた時の『護身用』として持っていて欲しいんだ」
「護身用、ですか……?」
ヒマリが小さく首を傾げる。私はヒマリの手をそっと包み込むようにして、自分の本心を告げた。
「この間の特訓で、ヒマリは前線にも出られるような戦闘スキルを発現させてくれたよね。凄く頑張ってくれたのは本当に嬉しい。……嬉しいんだけどね、私個人としては、ヒマリにはやっぱり一歩引いた後衛で、落ち着いて安全に立ち回って貰いたいのがあるんだ」
スイの負担を減らすため、ヒマリは自分の「舞」を「武」に変えてまで前衛で泥を被ろうとしていた。
そんな彼女の、悩みを断ち切るかのような提案。
「ヒマリは、どうかな……?」
覗き込むようなスイの問いかけに、ヒマリは目を見開いたまま、小さく息を呑んで固まっていた。




