No.36活動記録:それぞれの過ごし方
No.36活動記録:それぞれの過ごし方
「むむっ……むむむむ……だああっ! もう、わかるかこんなのッ!!」
自室の机に突っ伏した私は、頭を抱えて叫んだ。
先日の、おっさんAIによる容赦なきスパルタ特訓のせいで、私の身体は絶賛バキバキの筋肉痛。サクラとヒマリにも「今日は絶対安静!」と言って急遽オフにしたものの、ただベッドでゴロゴロしているのも性分に合わない。
そこで私は、あの特訓の最後に発現した新しいスキル――【戦術】について、色々と調べていたのだ。
どうやらこのスキルは、パーティー内での『指揮官・指示役』としての適性を高めるものらしい。
これから先、二階層、三階層と進むにつれて、私がみんなにどう指示を出していけばいいのか。少しでも勉強しようと、ネットで見つけたそれらしき戦術の指南書(電子書籍)を読んでいたのだけれど……。
「マキャベリさん。お願いだからもっと、現役女子高生にも分かるような優しい言葉で書いてよ……『君主論』とか言われても文字が滑って全然頭に入らないよぉ……」
泣きそうになりながら別の本を探し、ようやく辿り着いたのが有名な東洋の兵法書だった。
「……孫子さん。あなたのは、女子高生でもギリギリなんとなく分かります。ありがとうございます」
ふむふむ、と画面をスクロールする。
要するに、自分たちの強みと弱みを完全に理解して、それに応じた戦い方をしろということね。うん、それは分かる。分かるんだけど――。
「……『戦わずして勝つのが最善』? 戦わずして勝つって、どういうことだろう?」
モンスターを目の前にして、戦わずに勝つ方法。
うーん、と私は痛む首を傾げた。
「……もしかして、『逃げるが勝ち』ってことかな?」
戦わない。つまり、遭遇した瞬間に全力でバックれる。
私の脳裏に、スズカの愛車であるあの未来感満載の、あの神霊バイク『ストームサンダー』の姿が浮かんだ。
「スズカのストームサンダーに乗って、みんなで爆走して逃げる……? いやいや、いくらあのバイクがアメリカンサイズで大きいからって、私とサクラとヒマリとスズカの四人が、武器持ったまま全員でギューギュー詰めに乗ったら、絶対に途中で過積載で自爆するよね……」
そもそも、ダンジョン配信なのに毎回モンスターから逃げてばかりいたら、視聴者の人たちに飽きられてしまうだろう。
「それに、戦うにしてもさ……」
私は、前回のレイちゃんとマオちゃんとの模擬戦でのことを思い出す。
泥臭い罠の張り合い。泥仕合。
ああいう戦い方って、配信のウケ的にはどうなんだろうか?
他の有名配信者たちのチャンネルを見ると、みんなそんなに苦労して泥臭く戦っていないのだ。みんな、めちゃくちゃ派手な魔道具をスマートに振り回して、一撃でモンスターをチリにしている。
「……これって、私たちが『資本主義』に負けてるってことなのかな……」
自分たちのお財布事情(圧倒的資金不足)の悲しさに、私は机の上でリアルに涙ぐんでしまった。派手な魔法やスキル、武器が買えるお金が欲しい。
「わ、私達は私達なりに、泥臭くやるしかないよね……!」
涙をぐっと拭い、私はノートを開いてシャーペンを握り直した。
とりあえず、私はおっさんAIとも「いずれはアタッカー(攻撃職)に転職しなければ」って話していた。だけど、私が盾を手放して完全に攻撃に回ったら、このパーティーを護るタンカー(盾職)がいなくなってしまう。
「だったら……盾で守りながら、攻撃できるような『タンカー兼アタッカー』って目指せないのかな? 今度おっさんAIに相談してみよう。よし。それからサクラの魔法の連携は――」
私はメモ帳にガリガリと文字を書き込みながら、限られた予算と手札の中で、私たちにしかできない最強の戦い方を模索し始めるのだった。
☆★☆★☆
「あははははは! ひぃ、ひぃ、お、おかしい……っ、ぷぷぷっ!!」
所変わって、こちらはサクラの自宅の子供部屋。
スイちゃんから「今日は筋肉痛を治す日!」と言い渡されてダンジョン探索部はお休みになったため、サクラはベッドの上をごろごろと転がりながら、お気に入りの少年マンガを広げて大爆笑していました。
……あ、誤解しないでほしいのだけれど、別にサクラはただ遊んでサボっているわけではないのだ(本人の強い主張によると)。
サクラだって、次の探索に向けて「何か自分にできることはないかなぁ」って、一生懸命マンガを読みながら新しい魔法のヒントを得ようと模索しているの。本当に、本当に本当だよ?
決して、真面目に文字ばかりの本を読むのが面倒くさくなってきたから、現実逃避でマンガに逃げたとか、そういうわけじゃ全然ないんだからね……っ!
「おおおっ……! アツイ! ここでこの必殺技が来るの!? めちゃくちゃアツイ展開だよ……!」
ページを捲るサクラのおお目目が、興奮でキラキラと輝く。
作中のヒーローが放った超格好いい大技のコマを見つめていたその時、サクラの脳裏にキュピーンと電撃のような閃きが走った。
「――あ! そうだ! あの技と、サクラのスキルをあわせて、それをメモ帳に書いて、新しい魔法にできないかな!?」
サクラの持つ【紙切れを起こさないメモ帳】は、思い描いた文字や絵を魔法の効果として具現化するアイテム。つまり、マンガの必殺技の再現だって、威力は弱いけど、イメージさえ完璧なら理屈の上では可能なはず!
「よしっ! 思い立ったら翌日! ……あれ? 思い立ったら昨日だっけ? ……まぁいいや、細かいことは気にしない! 忘れないうちにメモ帳に書いとこ!」
サクラはベッドから飛び起きると、机の上から自分の大事な魔法のメモ帳とペンをひったくり、いま思い付いたばかりの脳内大妄想(技のイメージ)を、凄まじい勢いでガリガリとページに書き込み始めた。
「くししし……っ。この魔法が完成したら、探索の時にスイちゃんもヒマリちゃんも、おっちゃんAIだって絶対に驚くぞぉ……!」
サクラは、子供部屋のベッドの上で悪戯っぽく笑いながら、まだ誰も知らない"とんでもない魔法"を、楽しそうにノートへと書き込み続けた。
☆★☆★☆
その日の午後。私は舞踊の稽古場にいました。
昨日の探索でスイちゃんが無理をしすぎたため、ダンジョン探索部としての活動は臨時のお休み。だから私は急遽、師事している先生のもとを訪れていました。
(私がもっと強ければ……スイちゃん一人に過度な負担をかけることもなかったのに)
そんな後悔が、どうしても思考の端にこびりついて離れない。
ダンジョンではスイちゃんが盾として最前線に立っている。その背中を守り、私が攻撃の一翼を担えれば、彼女の負担を減らせるはず――AIさんの言葉が、私の背中を押してくれている。
精進しなければ。そんな思いで舞を披露していた、その時でした。
「ヒマリさん。踊りに雑念が入っています。舞う時は、その一つひとつに集中を」
厳かな声に、私はハッと我に返った。
「……っ、はい。大変失礼いたしました」
集中を。意識を研ぎ澄ます。
私は呼吸を整え、再び舞い始めた。指先の一本一本に至るまで、極限まで神経を集中させる。その刹那、ふっと感覚が跳ね上がった。
(……この感覚、ダンジョンで傘を振るい、モンスターを切り裂いた時の感触に似ている……)
舞を終えた私は、ドッと全身を襲う疲労感にその場にへたり込みそうになった。体はそこまで動かしていないはずなのに、まるで何時間も激しい戦闘を繰り広げたような摩耗感。心が、精神が削り取られているのだ。
そんな私を、先生は複雑な表情で見つめていた。
「……ヒマリさん。いつもの優雅さとは違い、最後の方は何やら殺気めいた気迫が混ざっていましたね。どうかされましたか?」
「あ……はい。……実は、最近友人とトラベラーとしてダンジョン探索に赴いておりまして。……こちらの話は、今までしておりませんでしたか?」
「初耳ですね。しかし、そうですか……あなたがトラベラーを」
「あの……私、何か問題でしょうか?」
私は恐る恐る問いかけた。先生は静かに首を振り、しかし容赦のない言葉を告げた。
「私はトラベラーというものがどういうものか疎いもので、はっきりとは申し上げられません。ですが少なからず、今のヒマリさんの舞には『不必要なもの』が混ざっています」
「……どうして、そう仰るのでしょうか」
「今、あなたが見せた舞は、舞踊ではありませんでした。どちらかと言えば……『武』。剣舞などに近いものです。私が教える『舞』の精神ではありません。もしこのままトラベラーとしての活動をお続けになるのであれば――私は、あなたに舞を教えることはできなくなります」
告げられた言葉に、私は全身の血の気が引くのを感じた。
「……っ、はい。承知……いたしました」
絞り出した声は震えていた。
舞は幼い頃からの生活の一部。将来の夢として語ることはなくても、私にとって舞のない人生なんて考えられない。
けれど、ダンジョンに行けばモンスターとの戦闘は避けられない。スイちゃんがどれほど頑張っているか、一番近くで見ている私が一番分かっている。AIさんの言う通り、私が強くなれば、彼女の負担は減る。
スイちゃんと共に歩めば、私の「舞」は「武」に変わってしまう。
後ろで大人しくしていれば、舞は「舞」として残り続ける。
ああ、どうして。
私の心の中にある天秤が、かつてないほど激しく揺れ動いている。
――私は、どちらを選べばいいの?
☆★☆★☆
「おいスズカ。これもさっさと車に積んどけ!」
ドサリッ!!!と、オレの目の前に容赦なく積み上げられた段ボールの山。
オレを荷物の積込の手を一旦止め、実家の作業着を着てタバコを咥えている頑固親父を、思いっきり睨みつけた。
「ちょっと父ちゃん。いくらなんでも、娘をこき使いすぎじゃねぇのか?」
「あぁん? お前が定職にも就かねぇで、毎日毎日家に居て遊び呆けてるからだろうが! 暇を持て余して遊んどるくらいなら、家の手伝いくらい文句言わずにキリキリ働きやがれ!」
「最近は暇じゃねぇよ! スイのダンジョン探索の配信を手伝ったりしてんだから!」
「あ? 配信? スイちゃんが何かやってんのか?」
父ちゃんはタバコの煙を吐き出しながら、意外そうな顔で眉をひそめた。
「そうだよ、ダンジョンでの探索をネットで配信してんだよ。まったく、あいつ虫とかお化けとか大の苦手なくせに、無茶して配信者なんてやってるからさ。横で見ててハラハラするから、見かねてオレが手伝ってやってんだよ」
「トラベラーってやつか。そういやぁ、俺も若い頃は一度だけ流行りに乗ってダンジョンに行ってみたが……途中で飽きたな」
「飽きたのかよ!? 男のロマンとかそういうのは無ぇのかよ、父ちゃんは!?」
「バカ野郎! ロマンだけでおまんまが食えるか! 人間、汗水垂らして泥臭く堅実に生きるのが一番なんだよ! スイちゃんもまだ学生で若けぇからいいが、そのうち遊んでる余裕はなくなってくぞと、そう伝えとけ!」
「いや、今の時代だとその頑固な考えは古いぞ、父ちゃん。今は配信者だって、一部ではあるけど、一ヶ月で数百万から数千万、億単位で稼ぐ奴だっているんだぞ」
「なんだそりゃ? お前、父親相手にホラ吹くんじゃねぇよスズカ。画面の向こうで何したらそんな大金が湧いて出てくるんだ?」
「まぁ色々あるけど、一番大きいのは『スポンサー』がつくことだな。配信の中でそのスポンサーの会社とか商品を宣伝して、大きなお金をもらうってやつだよ。有名配信者だと、その宣伝一つで商品がバカスカ売れることもあるらしいからな」
「ほう……スポンサー、宣伝か……」
父ちゃんは顎の無精髭をじりじりとあぶるように触り、何かを考え込み始めた。
「……なぁスズカ。なら、うちの店の宣伝をスイちゃんに頼んだら、やっぱり売り上げとかドカンと上がるか?」
「いや、無理に決まってんだろ。スイは配信者としてまだまだ全然有名でもなんでもないし、固定のファンしかいないから。今の段階じゃ、うちの売り上げに貢献なんて一ミリもできないぞ」
「バカ野郎ッ!!!!」
突然、空に響き渡るような父ちゃんの大音声に、私は思わず肩を跳ね上げた。
「お前、自分の幼馴染みが頑張ってんだぞ!? だったら、損得抜きでそれを全力で応援してやるのが男の……いや、人間のスジってもんだろうが! よし、ちょっと待ってろスズカ!」
「え? ちょっと、父ちゃん!?」
「俺がこれから地元の商店街や知り合いの社長連中に片っ端から掛け合って、スイちゃんの『スポンサー』にならないかって話を今すぐまとめてきてやるからよ! うちも一口乗るぞ!」
「いやいや父ちゃん! 本当に、今のスイはまだそんな大層な――」
オレの静止する声など、文字通り嵐のように去っていく頑固親父の耳には届かなかった。トラックのドアがバンと閉まり、凄まじいエンジン音を立てて父ちゃんは街へと爆走していってしまった。
「……行っちまったよ。マジかよあの親父、本当にスイのスポンサー話なんか持って帰ってくる気か……?」
呆然と立ち尽くすスズカ。
しかし、この時のスズカはまだ知る由もなかった。
この後、父親の予想を大きく、あまりにも大きく裏切るような行動力によって、スイの後援となる地元の有力者たちを文字通り『山ほど』集めてきてしまうという、とんでもない奇跡が起きることを――。
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