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No.34活動記録:敗北のあとに咲く、新たな手札




 No.34活動記録:敗北のあとに咲く、新たな手札




「――いっけえええええ!!」


 私の本当に最後の奥の手――『伸縮棒』の延伸スイッチを押し込む。


 届くはずのない間合いから、突如として眼前に迫る鉄の質量。直前まで余裕の笑みを浮かべていたマオちゃんの表情が、驚愕へと塗り潰されていくのを私は確かに見た。


 当たった。


 完璧に、彼女の意識の死角を突いた。私は勝利を、せめて一泡吹かせることの成功を確信した。


 ――そう、確信したはずだったのに。


 「え……?」


 手元に伝わるはずの、肉体を捉えた確かな手応え(打撃感)が……無い。


 次の瞬間、目の前にいたはずのマオちゃんの姿が、蜃気楼のようにブレて掻き消えた。


 空を切った伸縮棒が、無情な金属音を立てて伸びきる。


 どこに、といったいどこへ消えたの!?と、私が狂ったように周囲へ視線を走らせようとした、その瞬間だった。


 ゾッとするような、頭のてっぺんから爪先まで一瞬で凍りつくような最悪の寒気が、私の身体中を支配した。


 「う~ん。流石に今のは、ボクも本気でビックリしちゃったかな。まさかボクがこの姿にさせられるなんてさ……本当に驚きだよ」


 耳元で、すぐ後ろから、吐息を感じるほどの至近距離で声がした。


 後ろに誰かがいる。ううん、誰かじゃない。この声は、間違いなくマオちゃんだ。


 けれど、私の首筋に、背後から顔を覆うようにして回されてきた「それ」は――


 人でありながら、決して人間の手をしてはいなかった。


 肌を褐色のアニマルファーが覆い、指の先からは、盾の金属すら容易に引き裂きそうなほどに鋭利で凶悪な『爪』が、黒くギラリと伸びている。


 それは、紛れもない――獰猛な肉食獣の獣肢だった。


 マオちゃんの持っていた隠し札。「疲れるから使いたくない」と言っていた――『獣化けものか』のスキル。その発現。


 触れられた首筋から、爪の放つ本物の野生の殺気が伝わってくる。


 その獣の手がゆっくりと引き戻されると同時に、私は緊張の糸が完全に切れ、吸い殻のように力なく花畑の地面へと崩れ落ちるのだった。


 「はい。これでスイちゃんも、死亡チェックメイトね」


 結局、その後残されたサクラもマオちゃんの超スピードに翻弄され、私たちの二度目の模擬戦は、文字通り圧倒的な実力差を見せつけられる形で完全な敗北に終わった。


 「じゃあ、また何か特訓の相手が必要になったら、いつでも声かけてねー!」


 「みんな、本当にごめんね! 次はもっと加減するようにマオに言っておくから!」


 終始、マオちゃんの底知れない強さと飄々とした態度に振り回された形のまま、嵐のような二人組は第二階層の次元門へと去っていった。


 静かになった満開の花畑エリアで、私はぽつんと草の上に座り込んでいた。


 『……さて。お嬢さん方、今回の『反省会』は要るか?』


 上空から降りてきたおっさんAIの言葉に、私は膝を抱えたまま、力なく呟いた。


 「……お願い」


 ――私は、あの状況であれ以上の何が出来ただろう。


 脳裏に浮かぶのは、自分の立てた無茶な作戦のせいで、至近距離で魔法の爆発に巻き込まれてしまったヒマリの姿。私の指示を信じて、必死にメモ帳を捲って魔法を使ってくれたサクラの姿。


 仲間を危険な目に遭わせ、無茶をやらせて、その上で掠り傷一つ付けられずに負けた。リーダーとして、あれ以外の正解が本当にあったのだろうか。


 暗い自問自答を頭の中でぐるぐると繰り返していた、その時。


 ズスン、と私の頭の上に、そこそこの質量を持った機械の塊が遠慮なく乗っかってきた。


 「……ちょっと。おっさんAI。私の頭はドローンの着陸ポートでも座布団でもなんでもないわよ」


 『知っとるわ。ただな、自分の至らなさに反省するのはエエ傾向やけど、いつまでもウジウジと泥沼に陥っとんのはリーダーとしてアカンで、言うとるんや』


 頭の上から、おっさんのぶっきらぼうな電子音が響く。


 「……別に、そんなつもりじゃ……」


 『さよか。なら、わてが勝手に今回の反省会のデータを話していきまひょか。――まず一戦目や。相手が「人間」やというのを分かっておきながら、その対処が上手くなかったな。モンスター相手やないんや。対人戦においては、相手も自分スイはんの動きをじっと見とる。見とれば当然、裏をかこうと対処してくる。そこの心理的な駆け引きの浅さは、まだまだやったな』


 「う……」


 『そして二戦目や。こちらは実に見事に対人戦用の策を巡らせた。初戦の敗北をすぐさまブラフ(囮)に利用して、サクラはんのクイックスペラーで足を止め、プッシュナイフで体勢を崩した。ここまでは満点、大いに評価するところやな。現にマオはんは、スイはんの張った三重の罠に、完全にお釈迦様の手のひらの上のごとく嵌まっとった』


 おっさんAIは一度言葉を切り、私の頭の上からふわりと浮き上がって、レンズをまっすぐ私に向けた。


 「……嵌まってたのに、結局、手も足も出ずに負けたわよ」


 『それはな、単純に「相手がさらに一枚上手やった」からや。スイはんは自分の持てる切り札(伸縮棒)を使った。けれど、相手はそれすらも上回る、さらに奥の隠し手(獣化)を持っとった。ただそれだけのことや。要するに、今の自分らの手札が、あと一枚、二枚足らんかったちゅうわけやな』


 「……もし、もう一枚手札があったら、勝ててた?」


 『ダンジョンに「タラレバ」は無い。結果が全てや。あの時ああしとれば、こうしとればと思考を巡らせたところで、過ぎ去った結果は一ミリも変わらへん。もしそれが本気で悔しいと言うんやったらな――もっと札を増やさなぁ。これから、みんなで』


 「っ……」


 みんなで、という言葉に、私はハッとして顔を上げた。


 私の目の前には、いつの間にかサクラとヒマリが、私の顔を覗き込むようにして心配そうに佇んでいた。二人の服には、さっきの泥や焦げ跡が少しだけ残っている。それなのに、二人は自分の怪我よりも、私の心を本気で気遣ってくれていた。


 「……そうだね。手札が足りないなら、これから増やしていけばいいんだ。みんなで、一緒に頑張ろう」


 私が拳を握りしめてそう言うと、サクラとヒマリは張り詰めていた心配顔を破顔させ、ようやくいつもの安心したような笑顔を咲かせるのだった。


 反省会を終えた後、私たち女子三人は、誰からともなく武器を構え直した。


 今度こそ「みんなで一緒に強くなっていく」。その誓いを胸に秘め、おっさんAIの索敵に従って、再び第二階層のモンスターたちへと果敢に挑みかかっていった。


 一戦終えるごとに課題を見つけ、お互いに声を掛け合い、手札を増やすための泥臭い戦闘をひたすらに繰り返す。


 そうして、ちょうどお日様が傾きかけ、体力的にも精神的にも「キリの良いところ」を迎えたその時、おっさんAIのドローンから、待ちに待った電子音が響いた。


 『――よし、今日はこの辺にしとこうか。お疲れさん』


 「ふぇぇええ……やっと終わったぁあ……」


 「お疲れ様でした、二人とも……っ」


 サクラがその場に大の字にひっくり返り、ヒマリも傘を杖代わりに、かろうじて立っているような状態だ。私も息も絶え絶えになりながら休憩がてらの雑談を交わしていた。


 すると、私たちの様子を上空から見下ろしていたおっさんAIが、思い出したようにスピーカーを鳴らした。


 『あぁ、そうや。お嬢さん方、そろそろ自分のステータス画面を開いて確認してみたらどうや? これだけ密度の濃い実戦を繰り返したんや、もしかしたら誰かしらに新しい『スキル』が発現しとるかもしれんで』


 その言葉に、疲労困憊だった私たちの目が一瞬で輝きを取り戻す。確認しないわけにはいかない。私たちは弾かれたように、それぞれの個人ステータス画面を空間に展開した。


 「あ……! 私の画面、一番下に新しい項目が増えてる……!」


 青く光る半透明のウィンドウを見つめ、私は声を上げた。


 私のステータス欄に新たに発現していたのは――【戦術】というスキルだった。


 『ほう、【戦術】か。……まぁ、元々スイはんにとって欲しかったのは攻撃系スキルやなかったけどな。それはさっきの二戦目、格上相手に瞬時に三重の罠を組み立てて裏をかこうとした、あの思考の組み立てがシステムに認められたんや。スイはんが頭を捻って努力した結果得た。誇ってエエで』


 「おっさんAI……うん、ありがとう!」


 目的の攻撃系スキルではなかったけれど、自分の戦い方を褒めてもらえたことが素直に嬉しかった。


 私が画面を閉じると、隣でサクラが「ねえねえ、スイちゃん!」と怪訝な顔で画面を指差してきた。


「サクラの画面にもなんか新しいのある! ええっと……【賑やかし】って書いてあるよ? これって強いの?」


 『あー……要はあれやな。応援系、あるいはパッシブで場の雰囲気を明るくするだけのスキルやな。結論から言うと、戦闘では一ミリも役に立たん所謂お遊び系のスキルや』


 「なんでええええ!? サクラ、あんなに一生懸命魔法撃ってがんばったのにーーーっ!!」


 『こればかりはなぁ、ダンジョンの神様の気まぐれみたいなもんやから。どんなに狙って戦うても、必ず望んだもんが出るちゅうわけやない。まぁ、サクラはんらしくてエエんちゃう? 次頑張り、次』


 「そんなぁあああ!」


 理不尽な発現に「えーん!」と私の背中に泣きつくサクラ。これには私とヒマリも苦笑するしかない。


 気を取り直して、私は物静かな大和撫子へと視線を向けた。


 「ヒマリはどうだった?」


「私は……【武踊ぶよう】とありますね」


 『おお、ヒマリはんは戦闘系スキルが来おったか! それは間違いなく、あの傘を使った独特の流麗な立ち回りから発現したもんやな。踊るような身のこなしを、そのまま実戦的な攻防の技術へと昇華させる、前衛支援職バトルバッファーとしてはかなり本格的で実用性の高いスキルやで』


 「そうですか……。それは、とても良かったです」


 ヒマリは少しだけ、その手に持つ傘の柄を、愛おしそうに、そして力強く握りしめた。彼女の中に、前衛としてスイを支えるんだという、静かで熱い覚悟が宿ったのが見て取れた。


 『これでまぁ、望んだ形やなかったにせよ、全員が少しは先を見て戦うための『手札』を手に入れたわけや。得られたもんが自分の理想と違っとったとしても、今あるスキルを上手く組み合わせて生き残るか、それとも宝の持ち腐れで無駄にするかは、いつだって自分等次第や。……この言葉、忘れんなよ?』


 おっさんAIの、厳しくも温かい教え。


 夕日に照らされる第二階層の花畑で、私たちはその言葉を深く胸に刻み込みながら、今度こそ心からの素直な声を揃えた。


 「「「はい!!」」」


 『……うん、今度はエエ返事や。ほな、地上へ帰ろか!』








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