No.33活動記録:届かない間合いと、伸びる間合い
No.33活動記録:届かない間合いと、伸びる間合い
「よし、お詫び代わりの練習相手、いくよ! ――変・身!」
レイちゃんが再び鋭いポーズと共に眩い光に包まれ、漆黒と深紅のボディスーツを纏った『ウルフ・ザ・ブラック』の姿へと変わる。
一方で、相方のマオちゃんは先ほどの話にあった「獣化」のスキルを使う気配はなく、ただ手元で一振りのショートダガーをジャグリングのように器用に弄びながら、自然体で構えていた。
「マオちゃん、変身はしないの?」
私が盾籠手を構えながら尋ねると、マオちゃんはウルフカットの髪を揺らし、眠たげに片目を細めた。
「んー、あれ、めちゃくちゃ疲れるからさ。出来れば使いたくないんだよねー」
「あんたねぇ……お詫びの特訓なんだから、少しは真面目にやりなさいよ!」
ヘルメットの奥からレイちゃんが抗議の声を上げる。
「まぁまぁ。その代わり、こっちの近接戦闘では一切手は抜かないからさ」
トントン、とマオちゃんはその場で軽くステップを踏むようにジャンプした。無駄な力が一切抜けた、しなやかな猫のような動きだ。
対するウルフ・ザ・ブラックは、何やら両手を大きく広げた大仰な構えを取ると、すり足でゆっくりとこちらへ歩み出し始めた。
『フム。腰の落とし方、視線の配り方、実に堂に入った中々の『ヒーローウォーク』やな。撮影現場のスタントマン並みのクオリティやで、わては感動しとる』
私たちの横で、おっさんAIのドローンがまたしても妙なポイントに感心してガヤを入れているが、とりあえず今は完全に無視だ。
――じり、と距離が詰まる。
対峙してみて初めて、肌にピリピリと刺さるような空気で理解できた。
マオちゃんは口元に緩い笑みを浮かべ、まるで遊んでいるようにも見える。けれど、その双眸の奥は完全に本気だ。私が間合いを計ろうと、ほんの数センチだけ盾の裏で重心をずらした瞬間、彼女の視線が鋭く私の微動に反応した。
(特訓を頼んだ手前、ありがたいんだけど……そこまでガチの空気にならなくても良くないかな……っ!?)
「んー……。スイちゃんたちから先に攻めてきて良いんだけど、どうする? それとも、ボクたちから攻め込んじゃおうか?」
フフ、と微笑むマオちゃんの言葉は、明らかにこちらを格下と見なしたものだった。
ただの女子高生トラベラーとはいえ、私もそれなりに命懸けで配信を続けてきたプライドがある。その物言いに、ちょっとだけカチンと頭に血が上ってしまった。
「ヒマリ、先制バフを!」
「はい! 少々お待ちを――『夜の底、静寂が支配する森で――』」
指示と同時に、ヒマリが即座に両手で傘を握りしめ、スキルの詠唱へと入る。
「あ、ヒマリちゃんは詠唱が必要な魔法使いタイプなんだね。ねえねえ、スイちゃん知ってる? そういう後衛の魔法タイプってさ――」
マオちゃんが、前方でダガーを弄びながらのんびりとした声を出す。
その言葉の途中で――え?
一瞬、瞬きをした。本当に、ただそれだけの一瞬。
視界の正面から、マオちゃんの姿が掻き消えた。
「――こういう風に、狙って詠唱を中断させちゃえば一番手っ取り早いんだよ」
ゾクッ、と背筋に凍りつくような悪寒が走った。
声が聞こえたのは、私の遥か後ろ。盾を構える私の真後ろ――つまり、ヒマリのすぐ真横だった。
「ひゃうっ!?」
気がついた時には、マオちゃんは完全に私の防衛網を文字通り『すり抜けて』背後に回り込んでおり、驚愕に目を見開くヒマリの白い首筋へと、冷たいダガーの刃をピタリと押し当てていた。
彼女は悪戯っぽくウインクをして、パチンと指を鳴らす。
「はい。ヒマリちゃん死亡。おーしまい」
それは、私たちが戦闘を開始したと認識した直後の、文字通り一瞬の出来事だった。
呆気なく終わった一戦目。ヒマリの首筋にダガーを突きつけたまま、マオちゃんは退屈そうに肩をすくめた。
「二戦目もやる? ボクは構わないよ。全然疲れてないし」
「マオ……あんた、ちょっと煽りすぎ」
レイちゃんがフルフェイスの奥で苦笑している。あからさまな煽りだと分かってはいるけれど、その余裕に喉の奥がヒリつく。
「……ちょっとだけ、作戦タイムをください」
「良いよ~ご自由に~」
マオちゃんはダガーを指先でくるくると回しながら、無防備に背中を見せてあちらを向いた。ぐっ……と拳を握りしめ、私は深呼吸をする。落ち着け。相手は明らかに格上だ。今の私は、あの一瞬の動きを「見えなかった」という事実を噛み締めなければならない。
「スイちゃん、どうしましょうか……? 今のままじゃ、近づく前にやられちゃいます」
「うーんと、うーんと……どうしよう?スイちゃん」
ヒマリとサクラも一緒に、必死に頭を巡らせてくれている。私たちの手札は殆どない。だったら、その乏しい手札をどれだけ相手の予想外の形で叩きつけるか。
「……一回に賭けましょう。私達に出来るのはそれしかないわ」
「どうするの、スイちゃん?」
私は二人に近づき、声を潜めて作戦を伝えた。その内容を聞いたヒマリとサクラが、一瞬だけ目を見開く。
「ヒマリは、さっきと同じように堂々と詠唱に入って」
「ですが、それではまた同じ末路に……」
「うん。でも、その同じ末路になる瞬間に――サクラ。そろそろメモ帳のエネルギーが溜まってるはず。一発でも良い。サクラの火花」をヒマリの背後、つまりヒマリに向かって撃ちなさい」
「ええっ!? でも、それだとヒマリちゃんが火傷しちゃうよ!」
サクラが信じられないといった顔で首を振る。そりゃそうだ。味方に攻撃をぶつけるなんて、普通なら絶対にありえない。
「ここはヒマリに申し訳ないけど、当たったとしても軽度の火傷で済むはず。それに、後で絶対治療する。だから、私を信じてほしい」
無茶苦茶な作戦だ。だけど、まともに正面から挑んで勝てる相手じゃない。ヒマリが一度負けたという「前例」を利用して、マオちゃんの慢心に付け込む。それ以外に、一泡ふかせる道なんて見つからなかった。
数秒の沈黙の後、ヒマリが深く頷いた。
「……分かりました。スイちゃんがそこまで言う以上、何か確信があるということですね。私はその作戦を信じます」
「……うん。分かった。サクラも、スイちゃんを信じる!」
二人の瞳には迷いがなかった。ああ、なんていい友達なんだろう。
「……ありがと。二人とも」
私は盾の裏で小さく呟き、再びマオちゃんたちの方を向いた。
「作戦会議終わった~? あんまり待たせるとレイがウズウズしちゃうよー」
相変わらず飄々とした態度のマオちゃん。隣でレイちゃんの方が、無礼を働いた私たちに対して逆に恐縮している。
いいよ、笑っていられるのも今のうちだけ。
見てなさい。格上相手だろうと、絶対一発入れてあげるから。
『ほなら二戦目、はじめやッ!!!』
おっさんAIの合図と同時に、私たちは二度目の模擬戦へと突入する。
私は構えた盾の裏で低く息を吐き出し、即座に叫んだ。
「ヒマリ、お願い!」
「はい! 『夜の底、静寂が支配する森で――』」
先ほどと全く同じ、無防備なバフの詠唱。
それを見たマオちゃんは、呆れたように小さく肩をすくめて、ふっと笑った。
「うーん、作戦会議までしてた割には、さっきと同じ手なんだ? バカ正直なのは可愛いけど、一度通じなかったものを二度も使うのは愚かだよ?」
その言葉の終わり際。マオちゃんの姿が、再び私の視界から一瞬で掻き消えた。
私の防衛網をすり抜け、超高速の歩法でヒマリの背後へと回り込むルート。その軌道を、私は一戦目の敗北から、頭の中で嫌というほどシミュレーションしていた。
「――サクラ、今よッ!!」
ヒマリの首筋にマオちゃんの影が差した瞬間、私は声を限りに叫ぶ。
次の瞬間、ヒマリの背後にいたサクラが、恐るべき速度でスキルメモ帳を捲った。
「『火花』!!」
放たれたのは、初級魔法の威力も殆どないただ、強烈な光と音で視界を奪う広範囲の破裂魔法。
ヒマリ自身を巻き込む形で、彼女の背後の空間ごと、激しい火花がバチバチと弾け飛ぶ。
「――ッ!? 詠唱なし!? ……でも、甘いよ!」
流石にマオちゃんの顔に驚きが走った。けれど、彼女の反射神経は常人の域を超えている。ヒマリの背後へ完全に到達する直前、放たれた火花の弾幕を、猫のような身のこなしでバックステップを踏んで紙一重で回避してみせたのだ。
けれど、マオちゃん。あなたの回避先も、私の予想通り!
「これならどう!?」
私は盾の裏、シールドガントレットの内部機構を作動させる。シャキインと金属音を立てて飛び出した隠し武器――『プッシュナイフ』を引き抜き、バックステップで着地した瞬間のマオちゃんを狙って、全力で投げつけた!
「おっとォ!? ……やる、ね……っ!?」
空中で無理やり身体を捻り、マオちゃんは飛来したナイフをダガーの腹で弾き飛ばす。
信じられない戦闘センスだ。味方を囮にした広範囲魔法も、不意を突いた投擲武器すらも、彼女は強引に攻略してみせた。
だけど、私の手札は――これで終わりじゃない。
「まだよ!!!」
私はもう一つの武器である『伸縮棒』を右手に握り込み、弾き飛ばされて着地寸前のマオちゃんに向けて、一歩踏み込んで突き出した。
「なんだか分からないけど、まだ甘いって――」
着地しながらダガーを構え直すマオちゃん。彼女の立ち位置から私の手元までは、およそ三メートル。
通常の警棒の長さなら、絶対に届かない距離(間合い)。
だからこそ、マオちゃんは知らないのだ。
これが、バトンのようなただの棒ではなく――文字通り『伸びる』ということを。
「――いっけえええええ!!」
ガツンッ! とバネが弾けるような機械音が響く。
私の手元から、一メートル足らずだった鉄の棒が、物理法則を無視したような勢いで急激にその長さを延伸させた。
届くはずのない間合いから、突如として目の前まで迫ってきた金属の塊。
その光景に、マオちゃんの余裕の表情が、今度こそ本気の驚愕へと塗り潰される。
「げぇッ!?」
咄嗟に防御の姿勢を取ろうとしたマオちゃんだったが、完全に完全に完全に、意識の裏をかかれていた。
――当たる。
手元に伝わる確かな手応えと共に、急激に伸びた伸縮棒の先端は、マオちゃんの細い胴体を確実に捉えていた。
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