No.3活動記録 私たちのプロローグは、星海の空の下で
No.3活動記録 私たちのプロローグは、星海の空の下で
「「「せーの……『ステータス・オープン』!」」」
私たちの声が重なった瞬間、それぞれの目の前に、ぽうっと青白い光を放つ半透明の画面が浮かび上がった。
「凄いですね……。一体どういう仕組みでこれが表示されているんでしょうか」
ヒマリが興味深そうに、自分にしか見えない画面を指先でツンツンとつついている。
「これはねー、最先端のARとかVRの技術なんだよ、きっと! サクラ詳しいんだ!」
「そんなわけないでしょ。お父さんが言ってたけど、お偉い学者様たちの間では、ダンジョン内にいる時に人間の脳に直接作用している『何か』があるんじゃないかって噂よ。まあ、現代の科学じゃ全然解明できてないんだけどね」
「へぇ、その仕組みを完全に解き明かせたら、ノーベル賞ものの凄いことになりそうですね」
「スイちゃんスイちゃん! それを解き明かしたら、きっと世界一有名な配信者になれるよ!」
「くっ……! もの凄くときめく提案だけど、私にそこまでの天才的な頭脳があるかって言われると……って、今はそんな話どうでもいいのよ! ほら、各自自分のスキルをチェックしなさい!」
「はぁい」
「何が出るかな、何が出るかな~♪」
鼻歌を歌いながら画面を覗き込む二人を見届けてから、私も自分のステータスに視線を落とした。
事前調べによると、初期スキルには大きく分けて二つのパターンがある。
一つは『剣術』や『魔力操作』といった、具体的な技術そのものが発現する【能力型】。この場合は、その技術を使い込むことで新しい技が派生していくらしい。
そしてもう一つが、特定の役割(職業)が割り当てられる【ジョブ型】だ。例えば『剣士』というジョブが与えられれば、その職業に見合った行動をすることで、後から関連するスキルが次々と生えてくるという。
どちらも一長一短らしいけれど、私の画面に表示されていたのは――。
「へぇ……これはなかなか、幸先が良いんじゃないかしら? 二人はどうだった?」
「私は……うーん、どうなんでしょうか、これ。強いのか弱いのかよく分かりません」
「サクラもよくわかんない。見たことない言葉が書いてあるよ」
「じゃあ、一斉に発表してみましょ。せーの!」
「『騎士』!」
「『言霊士』です」
「『ブックマーカー』!」
三人の声が花畑に響く。私はフム、と腕を組んで頷いた。
「三人とも『ジョブ型』みたいね。私は前衛職の『騎士』。自分で言うのもなんだけど、わかりやすくて格好いいわ。ヒマリの『言霊士』も、言葉に何か力を乗せるタイプっぽくてイメージ通りだけど……サクラの『ブックマーカー』ってどういうこと?」
「ブックマーカーって、本に挟む『しおり』のことですよね。……サクラちゃん、これから本を読めば強くなれるのでしょうか?」
「えーっ! 本を読むなら、サクラ、文字ばっかりのやつじゃなくてマンガがいいな!」
「そういうお気楽なジョブじゃないでしょう、きっと。……ねえサクラ、とりあえず一回試してみなさいよ」
「え、どうすればいいの?」
「確か、そのスキルを使いたいと強く念じながら、スキル名を口にすれば発動するらしいわよ」
「わかった! えーっと……『ブックマーカー』! ……。……あれ? 何も出ないよ、スイちゃん!」
サクラが何度も空中で手をひらひらと動かすが、何も起きない。
「……なるほど、これはあれね。アクティブスキルじゃなくて、何かしらの――」
「何かしらの、発動条件や対象が必要なパッシブジョブ、という感じですかね」
「……ちょっとヒマリ、人のセリフを横から奪わないでよ」
「あ、ごめんなさい、つい。……でも、そうなると私の『言霊士』のスキルも、何か具体的な条件がありそうですね。どんな言葉を使えばいいんでしょうか」
「そのあたりは、後でダンジョンギルドの共有ネットワークを使って調べてみましょ。調べるネタができただけでも、動画の企画としてはバッチリだしね!」
私はカメラをグッと構え直し、頼もしい二人の部員に向かって満面の笑みを向けた。
「それじゃあ――私たちの『ダンジョン探索部』としての一歩を、ここから刻むわよ!」
「おー!」
「お~っ!」
「――そして私はついに、このダンジョンの地に足を踏み入れました!」
私はハンディカメラを回しながら、できるだけ声のトーンを上げて臨場感を出しつつ、記念すべき最初の活動記録を撮影していく。
「わあ、このお花キレイだねー」
「はい。これは『アージュアル』というお花みたいですね。花弁からオイル用のエッセンスを抽出することができるんらしいですね」
……うん、画面の向こうでは、相変わらず緊張感の欠片もない日常会話が繰り広げられているけれど、今の私は気にしない。気にしてはいけない。
私はダンジョントラベラーとして、そして配信者として絶対に成功するんだ。いつか、誰もが憧れる輝かしき一番人気になって――あの、画面の向こうの人のように。
「ねえねえ、スイちゃん、スイちゃんってば」
「……なによサクラ。私、いま配信の録画で忙しいんだけど」
サクラに袖をぐいぐいと引っ張られ、仕方なく振り返る。見ると、サクラもヒマリも、活動記録用のノートではなく、ぽかんと口を開けてはるか上空を見上げていた。
一体何を見ているんだろう。釣られて私も上を見上げた瞬間、カチリ、と思考が完全に停止した。
どこまでも広がる青空の海を、巨大な、本当に巨大なクジラが、まるで波間をたゆたうように悠々と泳いでいたのだ。
光を反射してきらきらと輝く半透明の巨体。そのあまりにも幻想的で、神秘的な光景に、私たちはただ言葉を失って目を奪われていた。
「……すごいですね……。ダンジョンでは、クジラさんも空を飛ぶ性質があるんですね……」
「すごい~っ! なにあれ!? シロナガスクジラかな!?」
二人の声で、ようやく私の頭にガツンと衝撃が戻ってきた。あれは――間違いない。ネットの動画で何度も何度も、擦り切れるほど見た、あの――。
「あれ! あれって、ソラさんが見つけた『星海クジラ』だよ!! すごい、超レアなモンスターなの!!」
「えっ、あれが噂の『星海クジラ』ですか……?」
「スイちゃんが毎日呪文みたいによく話してる、大人気ダンジョン配信者のごもんさん!」
「そう! ……って違う! 『御門空』さん!! ああもう、サクラのボケに付き合ってる場合じゃない! カメラ、カメラ回さなきゃ……っ!」
慌ててハンディカメラを上空へと向け、必死にレンズの倍率を合わせる。しかし――。
ファインダーを覗いた時には、すでに遅かった。
『星海クジラ』の巨体は、まるで最初からそこにはいなかったかのように、虚空へと溶けるように消え去ってしまっていた。
「……くぅうう……っ! 無念……っ!!」
私はその場にガックリと膝をついた。
「まあまあ、きっと次に来たときに見つければ大丈夫ですよ」
「ヒマリ、あれはレアなの! 超絶激レアなの! 数あるダンジョンの中でも目撃例が数えるほどしかないのよ……っ!」
「そんな目撃例が少ない星海クジラを見られるなんて、私たちはすっごくラッキーでしたね」
「そうだよスイちゃん、これで配信のときに自慢できるじゃん!」
「……映像が撮れていればね!!」
私のバカ! もし今のをバッチリ激写できていれば、初回投稿から大バズり間違いなしだったのに……っ!
悔し涙を流す私を、ヒマリとサクラが「よしよし」「どんまい」となだめる。
こうして、私たちの記念すべき最初のダンジョン探索(兼、配信動画撮影)は、ほろ苦くも大いなる謎とロマンを残して、幕を閉じることとなったのだった。




