No.2活動記録:青空と花畑と、脳門チョップ
No.2活動記録:青空と花畑と、脳門チョップ
私立姫森高校 放課後。
特にこれといった活動実績もない、とあるうらぶれた部室にて。
「――と、言うわけで! みんなも『ダンジョンパスポート』、通称ダンパスの取得も無事に確認できたことだし、早速今日からダンジョンに突撃するわよ!」
パンッ、と勢いよくノートを叩いて宣言したのは、我がダンジョン探索部の部長にして、配信初心者でもある岸本翠。
そんなスイの鼻息の荒さとは対照的に、パイプ椅子に腰掛けた言無妃茉莉は、至って冷静な口調で首を傾げた。
「行くのは良いですけど、どうするんですか? 装備とかアイテムとか、私たちはまだ何一つ持っていませんよ?」
「はいはい! サクラ、ダンジョン行ってみたい! 本物のモンスターとかいるんだよね? 見てみたい、見てみたい!」
ヒマリの隣で、もう一人の部員であり私の幼馴染でもある神薙桜が、子供のように目を輝かせて両手をブンブンと振る。
「フフン、そこは計算通りよ。今日はあくまで配信用の導入部分、いわゆる『プロローグ動画』を撮るだけだからね。戦うわけじゃないから、装備もアイテムも必要ありません!」
「まあ、今回はそれで良いとしても……」
ヒマリはあごに手を当て、現実的な問題を提起した。
「いずれは本格的な探索のために、ダンジョンギルドへ買い出しに行かなければならないですよね。……ちなみに、部費ってどれくらいあるんですか?」
「……。……うち、一応まだ『同好会』扱いなのよ。あるわけないでしょう、そんなもの」
「えぇ……」
「大丈夫よ! 私が配信を始めて、バズって大金を稼ぎ出すからそれまで待ち(・)な(・)さ(・)い(・)!」
胸を張って豪語するスイ。しかし、そんな彼女の薄い胸元に視線を落としたサクラが、ポツリと余計な一言を漏らした。
「びんぼうは世知辛いねぇ……。まるでスイちゃんのお胸のボリュームと一緒で……」
「サクラ。死にたいならそう言いなさい。あんただけ安全圏を通り越して、今すぐダンジョンの最上層にかち上げてあげるわよ?」
スイの目が笑っていなかった。ゴゴゴ…、と効果音が背後に見えそうなスイの威圧感に、サクラは一瞬で顔を真っ青にする。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! それだけは本当にやめてくださいぃい!」
「まあまあ。いきなり最上層には行けませんから、大丈夫ですよサクラちゃん」
涙目で縋りつくサクラの頭を、ヒマリが苦笑しながら優しく撫でてなだめる。
「ホント? 本当に大丈夫?」
「はい、システム的にも最初は一階層からしか入れませんから」
「……はぁ。もう、ぐだぐだやってないで出発するわよ! ほら、カメラ持って!」
スイがコホンと一つ咳払いをし、照れ隠しのように部室の扉を勢いよく開け放った。
「はぁい」
「了解です、部長!」
☆★☆★☆
地方都市、十王市。そこに位置する「次元扉」のロビーは、平日の放課後ということもあって、心なしか学生や企業のジャージを着た人たちで賑わっていた。
改札機のような端末に、取得したばかりのダンパスをかざす。ピッと電子音が鳴り、私たちはギルドの総合受付のお姉さんの前へと進んだ。
「はい、ダンジョンパスポートの確認が取れました。ようこそ、第2148号ダンジョンへ。皆様、ダンジョン内でのルール説明などは入りますか?」
「あ、あの! すみません、これから活動記録の配信を予定しているんですが、ここの受付の映像も入れさせていただいて良いですか?」
私がハンディカメラを構えながら尋ねると、受付のお姉さんはプロフェッショナルな満面の笑みを浮かべた。
「はい、大丈夫ですよ。そういう方もたくさんいらっしゃいますので。……なんなら、最初からやり直しましょうか?」
「えっ! いいんですか!? じゃあ、お願いします!」
お姉さんのあまりの神対応に、カメラの後ろでヒマリとサクラがこっそりひそひそ話を始める。
「……このお姉さん、もの凄く配信対応に慣れてますね」
「きっとスイちゃんみたいな、形から入る弱小配信者が毎日たくさん来てるんだよ、ヒマリちゃん」
「ちょっとサクラ、全部マイクに拾われてるから静かにしなさい!」
私がジロリと睨むと、二人は慌てて口にチャックをした。
コホン、とお姉さんがわざとらしく小さな咳払いをして、カメラ目線で営業スマイルを作る。テイクツーのスタートだ。
「――というわけで! ダンジョン内に初めて入られる方には、この世界の理とは異なる『スキル』がシステムより与えられます。ダンジョン内にいるモンスターを倒したり、何かしらのアイテムを発見することで、新たなスキルが発現されることもありますので、定期的なステータスチェックは忘れないで行ってくださいね」
「あの、質問です。そのスキルは、ダンジョンの外でも使えるんですか?」
ヒマリがカメラの横から手を挙げて質問する。
「いいえ、スキルが使用できるのはダンジョン内だけになります。どういう理由で発現するのかは未だ現代科学でも解明されていません。代わりに、ダンジョン内で取得したアイテムは外に持ち出しても問題なく使用できますよ。ただし、攻撃性の高い武器や道具などはダンジョンギルドでの管理となりますので、外への不正な持ち出しは法律で禁止されています。予めご承知おきくださいね」
「まあ、本物の武器なんて街中で持ち歩いてたら、お巡りさんに一発で逮捕されちゃいますからね」
ヒマリが納得したように頷く。
「でも、もし外に出てもスキルが使えたら、サクラは人のために使いたいな。治癒魔法とかで、みんなを癒やすの!」
「みんながみんな、サクラちゃんみたいな聖人君子じゃないですからね。もし使えたら悪用する人が出ちゃいますよ」
「えへへ、そうだよねー。……あ、でもサクラ、やっぱり『瞬間移動』を覚えて家から学校までビュンッ!って登校するのにも使いたいかも!」
「それはそれで、遅刻魔のサクラちゃんらしくて平和的ですね」
二人のゆるい会話をバックに、私はカメラをお姉さんに戻した。
「丁寧な映像協力、ありがとうございました!」
「いえいえ、お役に立てたのなら幸いです。それでは皆さん、初ダンジョン、気をつけて行ってらっしゃいませ!」
お姉さんに見送られ、私たちはついに次元扉のゲート前へと立つ。
「よし、準備はいい? 行くわよ、ヒマリ、サクラ!」
「はぁい、了解です」
「待って待って! サクラ、靴紐結び直すから置いてかないでぇえ!」
そうして私たちは、空間に亀裂が入ったような光の門。『次元門』を潜り、未知の異界へと足を踏み入れた。
「……ふわぁ……すごい……っ!」
一歩踏み出した瞬間、サクラがマヌケなほどに大きく口を開けて硬直した。
無理もない。さっきまで私たちは、ダンジョンギルドが設営した近代的なドーム型の建物の中にいたはずなのだ。それなのに、今私たちの頭上に広がっているのは、どこまでも高い鮮やかな青空なのだから。
「聞いていた以上に、ダンジョンって不思議な場所ですね……」
ヒマリが眩しそうに目を細めて周囲を見渡す。
「すごいよ! スイちゃん、ヒマリちゃん! 空があるよ! 雲があるよ! 足元には綺麗な花畑が広がってるよ!」
「はいはい、落ち着きなさいサクラ。興奮してカメラを揺らさないの。ここはまだ、いわゆるチュートリアル用の安全な階層。私たちがまずすることは、配信の基本となるステータス画面を開くことで――」
「あ、でかいガガンボがいるよ、スイちゃん!」
「ガガンボなんて外の田舎道にも――」
――ブブブブブッ!!!
言葉の途中で、鼓膜を激しく震わせる不快な重低音が、すぐ耳元で鳴り響いた。
音のする方へ恐る恐る顔を向けると、そこには人間の顔面ほどもある、信じられないサイズに巨大化したガガンボが羽ばたいていた。
「きぃやぁあああああああああああ!!!!????」
「あ、そうだ、スイちゃん虫嫌いだった。ごめんなさい!」
「いやいやいやいや無理無理無理ぃいいい! こっち来ないでぇえええ!」
先ほどまでの凛々しい部長の威厳はどこへやら、スイはカメラをブンブンと振り回しながら、涙目で涙ぐましいステップを踏んで逃げ惑う。そんなスイを、巨大ガガンボは新手の獲物と認識したのか、執拗に追いかけていく。
「スイちゃん。ちょっと大人しくしていてください。いま私が……ていっ!」
見かねたヒマリが、スッと絶妙なステップで間合いを詰めた。そして、通り過ぎようとした巨大ガガンボの脳門めがけて、吸い込まれるような鋭い手刀を叩き込む。
パシィィン! と乾いた音が響き、ガガンボはヘナヘナ~と力なく地面に墜落。そのまま粒子のような光となってパッと消え去ってしまった。
光が収まったあとの平坦な地面には、一粒の小さな、キラキラと光る石の欠片が転がっている。
「うう……助かったよぉ……ヒマリぃぃ……」
「よしよし。スイちゃん、落ち着いてください。もう虫さんは倒しましたからね?」
ヒマリの腰にしがみついてガタガタと震えるスイの頭を、ヒマリはお母さんのように優しく撫でてなだめる。その横から、サクラがジト目を向けながらチクリと刺した。
「ねぇスイちゃん。これからダンジョン配信者を目指すのに、そんなんで本当に大丈夫なの?」
「う、うるさいわね! 怖いものは怖いのよ! ……と、とにかく! もう周りに虫はいないわよね!? だったら、さっさとステータス確認するわよ!」
「はぁい」
「らじゃったー!」




