No.29活動記録:花畑の迷子と、二人のトラベラー
No.29活動記録:花畑の迷子と、二人のトラベラー
私たちは次なる階層への次元門を潜り抜け、ついに「二階層」へと足を踏み入れた。
……のだけれど。
「ん? おい、おっさんAI。なんかここ、一階層と風景が全然変わってねぇんだけど……本当に二階層に合ってるか?」
スズカが怪訝そうにあたりを見回す。彼女の言う通り、私たちの視界に広がっているのは、一階層で見慣れたあの長閑な花畑エリアそのものだった。
『十階層まではな、ダンジョンの環境システム上、見た目はそう大きくは変わらんで。ほら、あの辺を見てみぃ。一階層に比べたら、ちょいと大きな草花が群生するようになってきとるやろ?』
おっさんAIのドローンがレンズを向けた先には、確かに小さな小花だけでなく、膝の高さほどもある中くらいのサイズの鮮やかな花がいくつか咲いていた。
「……何か、間違い探しでもさせられている気分ね」
『景色に変化が乏しいから、ずーっと歩いとると気が滅入るかも知れへんなぁ』
「風景としては綺麗なんだけど、目印になるようなオブジェクトがないのが困るわね。おっさんAIみたいに正確なマップ案内ができる子がいないと、普通のトラベラーならこのエリアでずっと迷子になってそう」
『データがギルドに登録されとる既知のルートまでは、わてもバッチリ案内できるからな。……ただ、誰も足を踏み入れてへん完全な未踏エリアに入ったら流石にナビは無理やから、そこだけは承知しといてや?』
「それは分かってるわよ。でも、もしそんな誰も見たことがないエリアの映像が取れたら、配信でもめちゃくちゃバズりそうじゃない?」
『……ふふ、そういうところは、随分と強かになってきたな、スイはんは』
おっさんAIが感心したように電子音を鳴らす。そんな私たちのやり取りを見ながら、スズカがポンとランスの柄を叩いた。
「のんびり話してるのも良いけどよ、スイ。今日はここで本格的に何か配信の企画をするのか? それとも、ここまで到達するのが目的だったか?」
「一応、今日はエリアの探索がメインかな。それと、新調した武器のテストも兼ねて、ここに出てくる二階層のモンスターとの戦闘を一度経験しておこうと思って。……はっきり言えば、私個人としては、出てきて欲しくない相手が混ざってるんだけど」
自分で言っていて、顔が引き攣りそうになる。
そんな私を安心させるためか、あるいはお節介を焼くためか、おっさんAIがフンスと機体を浮かせた。
『よっしゃ、スイはんが絶賛顔面蒼白になっとるお相手も含めて、この二階層の基本情報を少し話しとこうか。先ず、この階層に出てくるモンスターは「一階層に出てくるモンスター&プラスα」の奴らや。一階層の奴らの話しはエエな。二階層から出てくる奴らは獣型のグラスドッグ、グラスラビット。虫型のレディーバグ。……そして、スイはんが最も恐れとる、あの緑色した芋虫型――グリーンキャタピラーやな』
「う、うう……名前を聞くだけで鳥肌が……」
「ふーん。そいつらって、そんなに強いのか?」
『いいや。一階層から二階層に上がった程度やったら、戦闘力自体はそこまで大きくは変わらんで。たとえばグラスドッグなんかは、見た目は小型の柴犬みたいな奴やからな。ちょこちょこと素早く動き回るだけで――』
「……なぁ、おっさんAI。こんな感じの奴か?」
『そうそう、そんな感じで……』
おっさんAIのカメラレンズが世話しなくぱちくりとしていた。そして。
『……って、何でお前|それ(子犬)を両手で大事そうに抱っこしとんねんスズカはんのバカ垂れがァーーーッ!?』
おっさんAIのボリュームが限界突破のツッコミを炸裂させた。
見れば、いつの間にかスズカの腕の中には、くりくりとした愛らしい瞳をした、小さな柴犬そっくりのモフモフした生き物が収まっていた。大人しくスズカに身を委ね、心良さそうに「きゅ~ん」と鳴いている。
『そいつはモンスターや……! ……あ? いや、待てや。そいつモンスターの雰囲気を纏っとるけど、微妙にエネルギー波長がちゃうな……「ガーディアン」やんけ! おいスズカはん、お前それどっから連れてきたねん!?』
「いやぁ、おっさんAIが解説してる間にな、なんかいつの間にかオレの足元にトコトコ寄ってきてさ。可愛いから拾い上げちゃったんだよ」
「わぁーっ! スーちゃん、ずるい! サクラも、サクラその子だっこしたい!」
モフモフの登場に、サクラが目を輝かせてスズカの周りをピョンピョンと跳びはねる。ヒマリも「あらあら、可愛いですねぇ」とほっこり微笑んでいた。
「ちょっとスズカ! ガーディアンってことは、それって他のトラベラーの――」
私たちが突然現れた可愛い珍客に困惑していると、遠くの草むらの向こうから、焦ったような高い声が響いてきた。
「ごめーーーん! ごめんなさい! その子、うちの子なのーーーっ!」
声のした方向へバッと視線を向けると、花畑の向こうから、息を切らせた二人組の女の子がこちらへと猛ダッシュで走ってくるところだった。
ドタバタと花畑を駆けてきたのは、どちらも動きやすそうなスポーティーな装備に身を包んだ二人組の女の子だった。
一人は快活そうなロングの外ハネヘア。もう一人は、少しボーイッシュでクールな印象を与えるウルフカットの髪型をしている。
そのうち、外ハネヘアの女の子が、肩を上下に揺らしながらスズカの前で足を止めた。
「はぁ、はぁ……っ! ごめんなさい! その子、うちの子なんです! 怪我とかさせてないでしょうか、返してもらえれば……っ」
「ん? おう、そうか。そうか、お前の家族だったんだな」
スズカは腕の中のモフモフをもう一度愛おしそうに見つめてから、「ほらよ」と壊れ物を扱うように優しく女の子の腕へと戻してあげた。
「きゅ~ん」と名残惜しそうに鳴く子犬を受け取り、彼女はほっと胸をなでおろす。
「もーう! 急にどこかへ行っちゃダメでしょ、メッ!」
腕の中の愛犬にぷんぷんと怒っている外ハネの彼女を見かねて、隣に立つウルフカットの女の子が、苦笑しながら私たちに向かって一歩前に出た。
「ごめんね。ボクらがちょっと目を離した隙に、勝手にトコトコ走って行っちゃったみたいで。……あ、そうだ。自己紹介が遅れちゃったね。ボクは猫神真央。で、こっちの、さっきのガーディアンを行方不明にした張本人が――」
「ちょっとマオ! 行方不明にはなってないよ! ちょっと目を離しただけだってば!」
外ハネの女の子は頬を膨らませて抗議すると、気を取り直してペコリと頭を下げた。
「僕は大上嶺。ありがとね、僕の『コロネ』を見つけて、優しくしてくれて」
「ううん、全然! サクラもだっこしたかったなー!」
「ふふ、とってもお利口で可愛いワンちゃんですね」
サクラとヒマリが和やかに応じる中、私たちも自分たちの名前を一人ずつ名乗っていった。
「私はスイ。こっちがサクラ、ヒマリ、スズカ。それで、この浮いてるのが――」
『わてはドローンのおっさんAIや。よろしゅうな、お嬢ちゃんら』
「へぇ、スイちゃんにサクラちゃん、ヒマリちゃんにスズカさん。それでおっさんAIか!」
レイさんは私たちの名前をテンポよく復唱すると、コロネを抱き直して親しみやすい笑顔を浮かべた。
「ボクら、普段からだいたいこの二階層のエリアにいるからさ。もし何か困ったこととか、分からないことがあったら、いつでも気軽に声かけてよ」
「ありがと。初めての二階層でちょっと緊張してたから、そう言ってもらえると心強いわ。何かあったら甘えさせてもらうね」
「うん、それじゃあまたね!」
「バイバイ~!」
レイさんとマオさんは元気に手を振り返しながら、再び花畑の奥へと歩いて行った。コロネもスズカの方を振り返りながら、小さく尻尾を振っている。
『……ふぅ、なんや急に嵐がやってきたみたいに、せわしない時間やったな』
「まぁまぁ。それでも、こうして新しくダンジョン内で知り合える人が増えたのは、素直に嬉しいじゃない。配信的にも、温かい交流って感じで良い画が撮れたと思うわよ」
『スイはんはほんま、どこまでも配信者脳になってきたなぁ。……そないなもんかいな? それじゃあちょっと脱線してもうたけど、このエリアのモンスター解説の続き、行かせてもらおうか』
おっさんAIはコホンとわざとらしい電子音の咳払いを挟むと、再びドローンの向きをシャキッと正し、二階層の本格的なモンスター解説を再開するのだった。
『……ほんでな、特に気を付ける点はあるんか言うたら、そこまでや。ドックとラビットは見た目が可愛らしいから、お嬢ちゃんらにはちょっと倒すのがきつい相手かもしれへんけど、二、三階層までは脅威的なモンスターは居らへん。一階層みたいな油断した戦い方をせなんだらエエ』
おっさんAIはドローンを停滞させ、真剣な口調で続ける。
『武器を持って、落ち着いて対処すればお嬢ちゃんらでも十分勝てる相手や。戦いながら「連携」の感覚を掴んでいくのがエエけど……まぁ、スズカはんがストームサンダーに乗って走り回るだけで、モンスターには十分な脅威やからな。その辺は、ちゃんとリーダーであるスイはんの指示をしっかり聞いたってや』
スズカは「へいへい」と軽く手を振って応える。
こうして、二階層のモンスター情報をひと通り履修した私たちは、とりあえずの方針を決めることにした。
「ねえ、おっさんAI」
『なんやスイはん? 何か聞き忘れたことでもあったか?』
「この階層にも、一階層にあったような遺跡みたいなのはあるの?」
私の問いかけに、おっさんAIは「あぁ」と電子音を鳴らして頷いた。
『今のところ、確認されているすべての階層に遺跡は見つかっとる。行きたいと言うなら案内するで。一階層の時と同じく、宝物なんか何一つ残っとらん、ただの石積みみたいな遺跡やけどな』
「いいのよ。今の私たちの主な目的はゴークくんの残りのパーツ探しだけど、それ以外にも色々な場所を見て回って、戦闘経験を積んでいきたいしね。……よし、じゃあその遺跡に向かいましょうか!」
「おーっ! 遺跡調査、なんか冒険っぽくて良いね!」
「遺跡ですか……何かロマンがありますね。行ってみましょう!」
みんなのやる気に背中を押され、おっさんAIが先頭に立って機体を旋回させる。
『へいへい、承知いたしましたで。それじゃあ、一番近い遺跡へご案内しまっせ。お嬢さんら、しっかり付いてきてや!』
花畑の中に続く、わずかな獣道のような小径。
私たちは未知なる二階層の深部を目指し、新しい目的を胸に歩き出した。
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