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No.27活動記録:傘で舞えば、それは名刀よりも鋭く美しく




 No.27活動記録:傘で舞えば、それは名刀よりも鋭く美しく




 次元門を抜けると、そこは一面に広がる花畑エリアだった。二階層の入り口へと続く景色は、どこか長閑ですらある。


 「おっさんAI。ここから次の次元門まではどれくらい?」


 『それはこっちや。このまま北へ進めばすぐやで。案内はお任せあれ!』


 ドローンのおっさんAIがふよふよと空中で旋回し、先導を始める。私たちはその後を追うように歩き出した。道中、お喋りが止まることはない。


 「へぇ、そんなんだー!」


 「だからよ、オレ言ってやったんだよ。そしたら父ちゃんがさぁ」


 「ねえねえ、スイちゃん! これ見て!」


 「あらあら、サクラちゃん。あまり遠くに行くと危ないですよ」


 『……三人寄ればかしましいとは言うもんやけど、会話がよう途切れんなぁ。まぁ、わてもおしゃべりは嫌いじゃないけどな』


 賑やかな道中だったが、おっさんAIがふと動きを止めた。機体が小刻みに震え、センサーが赤い光を放つ。


 『……お嬢さんら、近場にモンスターの反応ありや。エネルギー波長からして、バウンシーラットがひ、ふう、むぅ……まあ、それなりの数が居るな』


 「げっ、バウンシーラット……」


 できれば虫やネズミ系は勘弁してほしい。私が顔をしかめていると、スズカが肩を回しながら前に出た。


 「じゃあ、オレが行ってくるか。モンスターを直に倒すのはまだ一度もやったことがないからな」


 「でしたら私もよろしいでしょうか? この|子(傘)を使った戦闘を、一度試してみたいので」


 「ならサクラも行く! さっき貰った手裏剣、投げる!」


 『数は多いけど、ラット程度なら一人で十分や。順番に試してみたらどうや?』


 「そうするか。まずはサクラかヒマリからでいいぞ」


 「ではお言葉に甘えて。サクラちゃんが、先に行きますか?」


 「いいの!? やったー! サクラ行ってくる!」


 サクラが意気揚々と駆け出そうとするのを、ヒマリが慌てて制止した。


 「ああ、待ってください! 念には念を。今、魔法を使いますから」


 ヒマリが静かに目を閉じ、言霊士のスキルを発動させる。あの長い長い現代詩――『焔の火種フレア・シード』を朗々と唱え始めた。


 途端、サクラの全身が淡い色のオーラに包まれる。


 「おおっ……! やる気、サクラのやる気がみなぎるよ!」


 『気ぃつけてな、サクラはん。弱い言うてもモンスターやからな』


 「はーい! サクラ、いっきまーす!」


 とととっ、と軽快な足取りで突撃していくサクラ。


 私は慌てて背中に声をかけた。「サクラ! 手裏剣は適当に投げないで、近くから狙って当てなさいよ!」


 「大丈夫! 任せて! えーいッ!」


 気合いだけはプロ級だが、その投げ方はあまりに酷かった。まるでボール投げ遊びでもするかのような、ポイッとした適当な投擲。あれでは当たるはずがない。案の定、手裏剣はラットの頭上を虚しく通り過ぎ、草むらの中へ消えていった。


 「なんで当たらないの!?」


 「……いや、そんな投げ方で当たる方が不思議よ」


 『そもそも手裏剣なんて本来は威嚇用や。当たれば御の字やで。サクラはん、バウンシーラットは突進してくるから、間近で突き刺すくらいの勢いでいかんと!』


 「サクラ、投げて当てたいの!」


 「気持ちは分かるけど……あんたじゃ無理よ!」


 ていっ、ていっ、と掛け声だけは威勢がいいのだが、結局手裏剣はすべて的を外し、サクラは手ぶらになってしまった。最後の一枚を外すと、彼女は半泣きになりながら戻ってきた。


 「えーん……倒せなかったよぉ……」


 「よしよし、泣くなサクラ。オレが代わりに敵を狩ってくる」


 「スズカさん、今、魔法を……」


 「いや、要らね。あの怪獣フォレストドラゴンとは訳が違うんだ。そんなのに頼ってちゃ、どこまで行けるか分からねぇからな。まずは身一つで試してくるわ!」


 スズカはランスも構えず、本当に生身の体だけでラットの群れに突っ込んでいった。


 『……おいおい、あの姉ちゃんはアホの子なのか? なんで武器を使わないねん』


 「……そう言う人だからとしか、言いようがないわ」


 私は、昔から知っているこの頼れる年上の幼馴染みの、あまりに無鉄砲な行動を前に、深い溜め息を吐くしかなかった。


 スズカは本当に得物を持たない生身の状態で、キチキチと歯を鳴らすバウンシーラットの群れに向かって猛然と突っ込んでいく。


 『……一応確認しとくがな、スイはん。あの姉ちゃん、過去になんかしらの本格的な格闘技でもやってたんか?』


 上空でドローンをホバリングさせながら、おっさんAIが呆れたように尋ねてきた。


 「確か……『健康のため』とかいうよく分からない理由で、中学生まで地元の道場で空手を習ってたはずだけど」


 『帯色は? 何帯までいったんや』


 「ええっと、確か紫色だった気がするわ」


 『紫帯……。ちゅうことは中級者クラスか。……ううむ、まぁなんとかなる、んか……?』


 「やっぱり、スキルも武器もなしで生身の突撃はキツいの?」


 『当たり前や。人間が道具なしで確実に勝てる野生動物の大きさ言うんはな、せいぜい「中型犬」までと言われとる。それ以上の質量になると、どうしても何かしらの武器の類いが必要になってくるんや。ここがどれだけ初心者向けのチュートリアルエリアと呼ばれていようが、相手は野生の生き物モンスターやからな。ちょいと心配やわ』


 「でもスーちゃん、前に『野生のイノシシを蹴り一発で倒した』とか言ってなかったっけ?」


 横からサクラが思い出したように口を挟むと、おっさんAIのレンズがガタガタと激しく前後した。


 『ほんまか!? 空手の紫帯クラスで野生の成体イノシシを蹴り倒すなんて、そん芸当な真似ができるとは思えへんけど!?』


 「……あー、それね。倒したのは子供のウリ坊。しかもスズカが驚いて蹴っ飛ばした先が運悪く道路でね、そのウリ坊、ちょうど走ってきた車に跳ねられて……」


 『あ……さよか』


 おっさんAIのトーンが急激に下がった。そう、スズカの武勇伝は大体いつもそんな感じのオチがついているのだ。


 そうこうしているうちに、前方の草むらが激しく揺れ、スズカが「うおーっ!」と声を上げながら全力でこちらに逃げ帰ってきた。


 「いやー! いけるかと思ったけど、生身で一匹倒すのが限界だったわ!」


 「……一匹だけでも、素手で倒してきたなら十分に凄いと思うけどね」


 肩をぜぃぜぃと揺らす幼馴染みに、私は乾いた笑みを返す。


 「ラットって要するにネズミの事だろ? だから顔面に重い蹴りでもかませば一発でいけるかと思ったんだけどなぁ」


 『姿は似とるが、普通のネズミやないからな! あのバウンシーラットは体を風船のように膨らませることで、相手の打撃系パンチやキックに強い耐性を施すんや。やから素手でどれだけぼてくり回しても、相手にはほとんど効果がない。……というか、そもそも武器を持たずに素手で相手しよう思うその発想自体が異次元すぎんねん。格闘系のスキルを発現させた専門のトラベラーでさえ、拳に何かしらのナックルガードは持っていくで、普通は』


 「がっはは! いやぁ、やっぱり実際に試してみないと分からないもんだな! よし、身の程が分かったからもう素手じゃやらねぇよ!」


 『二度も三度もやられてたまるかいな……わての心臓プロセッサが持たんわ』


 おっさんAIがやれやれと機体を傾ける。


 すると、それまで大人しく控えていたヒマリが、手にしたネイビーの傘をきゅっと握り直し、一歩前に踏み出した。


 「ふふ、スズカさん、お疲れ様でした。……では、次は私が試させていただいてもよろしいでしょうか?」


 スズカの無鉄砲な前哨戦を終え、いよいよ次はヒマリの「初陣」の番となった。


 ヒマリは再び静かに目を閉じると、自身の内なる力を編み込むように、再びあの現代詩を口ずさんだ。


 『焔の火種フレア・シード』――今度は自分自身へとそのバフを付与する。ヒマリの華奢な身体が、ゆらりと頼もしい淡い色のオーラを纏った。


 『ヒマリはん。ついでにその武器()自体への付与なんかは試せそうか?』


 「……いえ、武器への付与は無理なようです。自身や、他の対象の身体にしか効果がありません」


 『そうか、流石にそこまで万能なスキルやあらへんかったか。まぁ、それでも十分に破格の効果やけどな。なら無理せんと、気ぃつけて行ってきぃや』


 「はい……っ」


 ヒマリは短く一呼吸入れると、ネイビーの傘の持ち手をしなやかな指先でしっかりと握り直した。


 「天心流舞踊てんしんりゅうぶよう――言無ことなし妃茉莉。一差し、舞います」


 いつもの穏やかなおっとりした雰囲気が一変する。凛とした、どこか神聖さすら感じさせる声と共に、ヒマリは優雅な足取りでラットの群れへと向かって歩き出した。


 『……ん? スイはん、今あのお嬢さん、なんか「舞踊」とか口にしてへんかったか?』


 「ヒマリは実家で本格的な舞踊を習ってるのよ」


 『なるほどなぁ! それで普段からあないに所作が美しかったんか。エエとこのお嬢さんっぽい雰囲気やなとは思うてたけど、そういう理由があったんやな』


 おっさんAIが納得の声を漏らした瞬間、ヒマリの接近を察知したバウンシーラットの群れが一斉にキチキチと歯を鳴らし、彼女の身体を目がけて勢いよく跳び跳ねた。


 普通の女の子なら悲鳴を上げて逃げ出すような、獰猛な野生の突撃。しかし、ヒマリの瞳に恐怖の色は一切なかった。


 ――バッ、と小気味いい音を立てて、ネイビーの傘が綺麗に開かれる。


 襲いかかるラットたちの強烈な体当たりを、ヒマリは広がった傘の膜で正面から受け止めた。ドゴンッ、と鈍い衝撃音が響くが、特注ナノワイヤーの布地は銃弾すら受け止める代物だ。ラットの突進など、文字通り「優しく受け流す」ようにすべて弾き返してしまう。


 体当たりが止まったのを確認するや否や、ヒマリは滑らかな動作で傘をパッと閉じた。そして、それを一本の棒のように扱い、まるで細い指先で指揮棒でも躍らせるかのように、くるくると美しく舞いながらラットたちを的確に打ち据えていく。


 『かぁー! なんや、思ったよりずっと安心して見てられるなぁ……!』


 傘で戦うと聞いた時はどうなることかと思ったが、そこに泥臭さは一切ない。本当に、その場で一枚の美しい絵画を描くように踊っているだけの動きだった。


 「でもさ、あれだとオレの空手と同じで『打撃』だろ? ラットは打撃に強いんだろ? どうやって倒すんだ?」


 不思議そうに尋ねるスズカに、おっさんAIはドローンのカメラを向けたまま、どこか真面目なトーンで語りかけた。


 『まぁ、最終的に倒せれば御の字やけどな、スズカはん。今回の目的は「倒すこと」そのものやあらへん。何より大事なのは、モンスター相手に冷静に立ち回れるか、や。自分に敵意を向けて襲ってくる異形を前にして、恐れずに立ち向かえるか。チュートリアルエリアと呼ばれるこの場所で、それが出来ひん奴は、そもそもトラベラーになる資格なんか最初からないんよ』


 「なるほどな……。だからこその、チュートリアルか」


 「あ! スイちゃん、見て! ヒマリちゃんが傘をくるくる回し始めたよ!」


 サクラの声に前方へ視線を戻すと、ヒマリの動きに変化が起きていた。


 やはり打撃だけではラットを決定づけられないと察したのだろう。ヒマリは右手に持った開かれた傘を真横へ突き出し、その場で傘をコマのように高速でくるくると激しく回転させ始めたのだ。


 『ま、まさか……あの回転の勢い(遠心力)だけで、力技で仕留めるつもりか!?』


 おっさんAIの驚愕の叫びが響く。


 次の瞬間、ヒマリは回転する傘をなびかせながら、襲いかかるラットの群れが、回る傘の縁へと吸い込まれるように一閃される。バフ効果を乗せた凄まじい回転力と、限界まで緻密に編み込まれた極細のナノワイヤー布地。その二つが合わさった傘の「縁」は、回転ノコギリ刃と化していた。


 肉を断つ鋭い音が響き、飛びかかってきたラットたちが綺麗に両断されていく。


 「え、ちょっと待って……あの傘って、刃物とか仕込まれてたっけ……?」


 『仕込まれてへんよ! ヒマリはん自身の並外れた手首の強さとバフ効果、そしてあの傘の異常な素材強度の賜物たまものや! 普通の傘であんな真似したら、一瞬で骨組みから消し飛んどるわ!』


 「いや、普通の傘じゃできないのは分かってるけどさ……」


 私のツッコミを背に、ヒマリは最後の一匹を鮮やかに仕留め終えていた。


 背後で光の粒子となってサラサラと消えていくモンスターたちの残光。その淡い光のカーテンの中、ヒマリはふぅ、と小さく息を吐き、ネイビーの傘をパッと閉じて静かに右肩へと担ぎ直した。


 風に揺れる髪と、少しだけ誇らしげに微笑むその横顔が、悔しいくらいに、やけに絵になる美しい光景だった。










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