No.23活動記録:ゴジラとモスラとガメラと、あと神霊バイク
No.23活動記録:ゴジラとモスラとガメラと、あと神霊バイク
シスイさんの店の外に出ると、制服に身を包んだギルドの保安局員が数人、物々しい雰囲気で待機していた。
その中の一人が私たちに気づき、きびきびとした足取りで歩み寄ってくる。
「夏樹鈴華さんはどちらですか?」
「オレだよ。あんたは?」
「失礼いたしました。私はダンジョンギルド十王市支部、保安局担当の新島と申します。夏樹さんが『神霊クラス』の契約者であるとの報告を受け、規定に基づき封印具の装着に参りました。今回の措置が必要な理由と、今後の注意点について――」
「ああ、それはいいよ。そのへんの事情は、こっちの『おっさんAI』から詳しく聞いてるから」
「おっさん……AI?」
『わてのことでっせ、新島はん』
空中でホバリングしていたドローンが、急降下して職員の目の前にヌッと降り立つ。
「どわぁっ!? なんだこの機体は、なんでこんなに流暢に――」
『そこまでや。わては、ギルドの例の特別プロジェクトに関わりがあるAIや。……エエな? 新島保安員』
おっさんAIが放った一言で、職員の顔色がサッと変わった。彼は瞬時に背筋を伸ばすと、直立不動の姿勢をとって、あろうことかドローン相手に敬礼までしてみせた。
「……ッ、失礼いたしました! 存じ上げず申し訳ありません!」
私は思わず「……『例の』?」と呟いたが、それはおっさんAIのセンサーに拾われたらしい。
『ああ、スイはん。そんな深入りせんでええよ。これは完全に、ギルドと政府のお偉いさんたちの「大人の事情」っちゅうやつや』
「……そ、そう。わかった」
私はコクンと頷くにとどめた。確かにもうこれ以上、裏事情を聞かされる余裕なんて私の頭には残っていない。
「では、封印具の装着を確認させていただきます。よろしいですか?」
「おう、構わないよ」
スズカは献血でもするかのように、あっさりと腕を差し出した。職員が腕時計型のデバイスを装着すると、ピッという甲高い電子音がマーケットに響き渡る。
「以上で終了となります。……一つだけ忠告ですが、封印具を無理に外そうとすると即座に保安局にアラートが飛びます。くれぐれもご注意を」
「了解。……最後にひとつだけ聞きたいんだけどさ」
「……なんでしょうか?」
スズカは自分の周囲、人混みに紛れているであろう監視役たちの方を一瞥し、ニカッと笑った。
「オレの周りを一日中うろついてる人たちへ伝えてよ。守秘義務があるのは分かってるから、正体なんて言わなくていい。……ただ、もしオレになにかあったら、その時はスズカ本人のことより、オレの周りにいる家族や友人を優先して助けてやってくれって。……頼んだぜ」
「……ッ。…………承知いたしました。必ず、そのように伝えます」
保安員は少しだけ驚いた表情を浮かべた後、深々と頭を下げて去っていった。
――怒涛の1日だった。これでようやく家でゆっくり休める、そう思った矢先。
「よし。じゃあ、ダンジョン行くぞ」
スズカが急に、とんでもないことを言い出した。
「はいぃ!? なんでよ!?」
「だってよ、スイ。さっきの『ストームサンダー』たち、おっさんAI曰く『変形するかもしれない』んだろ? なら今すぐ確かめに行かなきゃな!」
『……あくまで「かもしれん」っていう推測やで。実際はどうなるか分からんで?』
「おおっ!? 変形! 合体! ロボットの醍醐味だよスーちゃん! これは見とかないとな!」
「だよなサクラ! 行こうぜ!」
『……やれやれ。そう言われてしまっては、わてとしてもデータ記録しに行かんわけにはいかんな。いやぁ、楽しみやわ!』
……分かってはいたけれど、この人たちは疲れを知らないのかしら。
「スイ。疲れてんなら無理に残っていてもいいぞ。サクラと二人でちょっくらダンジョンに突き刺さって、すぐに済ませてくるから」
「……いい。行く。どうせ、今行くか後で行くかの違いなだけだし」
どうせ引き留めても無駄なのは、幼馴染の特権として知っている。私は諦めて肩をすくめた。
「そうか? ならみんなで、ダンジョンへゴーだ!」
「ゴーだぁー!」
『行ったれぇ!』
「はいはい。行きますよ行きますよ……。シスイさん、そういうわけで、お騒がせしました!」
「はいちゃよ、気をつけてねー! また面白い話があったら店に持ってきてきちゃってね!」
私たちはシスイさんに手を振り、勢いそのままに再びダンジョンの入り口へと引き返す。今度こそ、本当に「ストーム」と「サンダー」の真価が試されることになりそうだ。
次元門を抜けた先。私たちがやってきたのは、見渡す限りの色鮮やかな花々が咲き誇り、甘い香りが風に揺れる、どこか幻想的な「花畑エリア」だった。
人目を気にする必要のないその空間の真ん中で、スズカは楽しそうに右手を前に突き出した。
「おし、こい! ストームサンダー!」
スズカが呼応すると、彼女の右手のひらに刻まれた、濃い緑と黄色で「嵐」と「雷」を象った契約紋が、眩い輝きを放ち始めた。
直後、スズカの眼前の空間が歪み、立体的な球体状の魔法陣が浮き上がってくる。
『ほうほう、平面やなくて立体型の魔法陣かいな。エネルギーの展開形式は……わてらが使っとる「異空間ボックス」のシステムにめちゃくちゃ似とるな』
おっさんAIが空中から目を皿のようにして魔法陣の解析を進める中、その球体の中心へと、鮮やかな緑と黄色の光の粒子が猛烈な勢いで集まっていった。光は徐々に、滑らかな人の形を成していく。
やがて、光の収束と共に魔法陣がパッと消え失せると、そこにはあのメタリックな肌を持つ美しいアンドロイド姿の二人組――ストームとサンダーが静かに佇んでいた。
こうして改めてじっくりと二人を観察すると、おっさんAIが言っていた「本来の形状はバイク」という意味が、素人の私にもよく理解できた。
まず、ストームの方は、後頭部に滑らかな流線型の車輪が埋め込まれている。さらに、背面から脇腹にかけて、エキゾーストパイプのような排気口が対になって三つずつ突き出ていた。そのシルエットは、どこか神話の「風神」が背負う大きな風の袋を連想させる。
一方のサンダーの方は、一つの車輪が彼女の身体の周囲を磁力のように浮遊しながらくるくると回っている。その浮遊する車輪の配置は、まるで「雷神」が背負うでんでん太鼓のようだった。
細部のパーツにそんな違いはあるものの、顔立ちや全体的なボディラインは、鏡に映したようによく似た美しい姉妹そのものに見えた。
『▲†━♯︎――?』
召喚されるや否や、二人はスズカに向かって、どこか鋭い電子音の混ざった未知の言語で問いかけてきた。だが、スズカは全く気後れすることなく、ひらひらと手を振る。
「あー、違う違う。戦闘じゃないって。オレはお前らのこと、まだ何にも知らないからさ。まずは何が出来て、何が出来ないのかを知るために呼んだんだよ。……そういうお試しが嫌だって言うなら、別に今すぐ帰ってもらってもいいぞ?」
『●◆@――!!』
二人のメタリックな眉が、ピクリと不満げに跳ね上がる。
不思議なことに、私には彼女たちの言葉が一切理解できないのに、その仕草や声のトーンだけで、なんとなく「私たちをバカにするな!」と怒っているのが伝わってきた。
「そう怒るなって。……ならさっそく聞くけど、お前らって本当に合体して、バイクとかの乗り物になれんの?」
『♭︎〓○』
「やっぱりそうなんだ! おお、すげえ! 頼む、ちょっとそれ見せてくれよ!」
目を輝かせて二人のロボット(神霊)に詰め寄る幼馴染の後ろ姿を見ながら、私は呆れたように呟いた。
「……端から見てると、完全にスズカの一人芝居にしか見えないわね、これ」
『未知との遭遇の映画でな、なぜか一人だけ宇宙人の言語が通じるっていう、訳のわからん超設定を特等席で見せられとる気分やな、わても』
「何となく言いたいことはわかるけど……それも昔の映画のネタかしら?」
私とおっさんAIがそんな風に緊張感のない会話を交わしていると、スズカの隣にいたサクラが、今日一番の歓声をあげた。
「おおっ!? すごーい! スイちゃん見て、変形合体だよ!!」
「えっ!?」
私とおっさんAIが慌ててそちらに目を向けると、信じられない光景が広がっていた。
ストームの下半身がカチャカチャと機械的な駆動音を立てて滑らかに回転し、その両足が大きく展開する。同時に、サンダーの方も同様にパーツを組み替え、まるでストームの身体に絡みつくようにして、二つのメタリックな身体がぴったりと密着し、一つの強固なフレームを形成していく。
ストームの手はバイクの足置きへと姿を変え、サンダーの手は鋭い持ち手へとトランスフォームしていく。
「おお……!! めちゃくちゃ格好いいじゃねえか!」
完成したその姿を見て、スズカは少年のように大興奮して拳を握りしめていた。どうやら彼女の男前な美的センスには、ドンピシャで刺さるデザインだったらしい。
だけど――横で見ていた私の印象は、スズカの言う「格好いいバイク」とは、少しだけ違っていた。
それは無骨な乗り物というよりは、美しく輝く未来的な二匹の魚が、お互いの身体を複雑に重ね合わせることで、巨大な一匹の魚へと姿を変えたような……そんな、ひどく幻想的で生物的な印象を受ける有機的なフォルムだった。
――そう、私が心の中で思った、まさにその時だった。
私の耳の奥に、不思議なほど透き通った、静かな【声】が掠めるようにして囁かれた。
それは、私自身が無意識に呟いた言葉だったのだろうか。
それとも、ここにいるスズカやサクラ、おっさんAIの誰かが呟いたものなのか。
……あるいは。この美しく咲き誇る広大な花畑の花たちが、とうの昔に滅んでしまった古代の人類の代わりに、その遺物の真の名を告げたのだろうか。
私の耳には、確かに、はっきりとこう聞こえた。
――【ピスケス】。と。
「おし。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
スズカは言うや否や、合体して巨大なバイクと化したストームサンダーの背に、慣れた足取りで跨がった。
その瞬間、背後から猛烈な勢いでサクラが駆け寄ってくる。
「スーちゃん! サクラも! サクラも乗りたい!」
「……サクラ、チャレンジャーだな。おい、うちの可愛い妹分も後ろに乗せていいか?」
『★‡│』
「良いってよ。しっかり捕まってろ!」
「わーい! いってきまーす!」
サクラはスズカの背中にしがみつくようにして、銀色のバイクのシートに座った。
スズカがサンダーの手となったハンドルを握手するように握り込み、手首をクイッと捻る。その瞬間――。
ダンジョン内に、物凄い轟音が鳴り響いた。
エンジン音などという生易しいものではない。まるで空で巨大な落雷が直撃したかのような、大地を揺らす咆哮。
「……いいね、良い音だ」
「スーちゃん、出発!」
「おうよ! 振り落とされんなよ、サクラ!」
ストームサンダーは車輪を唸らせ、凄まじい加速で花畑を滑走していった。残された私には、ただ風を巻き起こして消えていく緑と黄色の閃光が、目に焼き付くだけだった。
『……本当に嵐のような姉ちゃんやな。アクセル踏んだら全然止まりもせえへん』
「それがスズカね。まぁ、そのうち飽きて帰ってくるでしょ。……それまで、私はどうしてようか」
『そなら、暇つぶしに攻撃系スキルを取りに、適当なモンスターでもボコりに行きますか?』
「……それはちょっと勘弁して。虫系のモンスターが出てきたら、私逃げ惑うしかできないから」
『さよか。なら、適当に花畑でぶらついときまひょうか』
そうして待つこと一時間。
かなり長く待たされた私たちは、さすがにスズカたちの帰還を心配し始めていた。そんな矢先、遠くからあの雷鳴のような咆哮が聞こえてきた。
「あ! ようやく帰ってきた!」
砂煙を上げて帰ってきたストームサンダーが、私の目の前で停車する。
「スイちゃんー!ただいま!」
興奮した様子のサクラがバイクから飛び降りると、そのまま私の方へ駆け寄って抱きついてきた。私はそれを受け止める。
「ずいぶん遠くまで行ってきたのね。サクラ、大丈夫だった?」
「あのねあのね! スイちゃん、すごいんだよ! ばびゅーん! って走ってるのに、全然サクラたちに風が来ないの!」
「へぇー、そうなの? 快適だったんだね」
『多分ストームはんは、名前通り風属性の力を持っとるんやろ。それで走行中、風の力で高度な結界を作り出しとったちゃうかな』
「そんでね! 景色がビュンビュン変わっていって、花畑から森になって、木の間をスーちゃんがくねくね走って、たまに木の幹のところを走ったりして遊んでたんだよ!」
「……え? 木の幹を走るって、どういうこと?」
『木の幹を走るちゅうんは、壁面走行のスキルか何かか? ……それより景色が変わるって、おかしいやろ。この一階層は【花畑エリア】しかあらへんはずやのに、森……? ……まさか!? 空間航行能力か!? そんなもんまで備えとるんか、この神さんは!』
「なに、おっさんAI? 空間航行能力ってどういうこと?」
『スイはん、ダンジョンの階層ルールは知ってるか?』
「……ごめん、知らない」
『……軽く説明したるとな。どのダンジョンでも、階層間は必ず「次元門」を通らなアカン。一度でも正規ルートを通ればショートカットは可能やが、門を通らずに別のエリアに行くなんて物理法則に反しとるんや。今のサクラはんの話やと、あのストームサンダーは「門」を無視して別のエリアへ飛び越えたことになる。……サクラはん、そこで何か見たり、何かに遭遇したりはせんかったか?』
おっさんAIの真剣な問いかけに、サクラはケラケラと笑いながら、とんでもない爆弾を投下した。
「いたよ! あのね、ゴジラとモスラとガメラと戦ってきた!」
「……はい?」
私は自分の耳を疑った。
あまりの非現実的な単語の並びに、私の思考は完全にフリーズした。
……このダンジョン、もしかして、私の知っている「ダンジョン」とは全く別の場所へ繋がってしまっているの……?
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