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No.22活動記録:サクラの石が砂になる時、プロAIは土下座を覚悟する




 No.22活動記録:サクラの石が砂になる時、プロAIは土下座を覚悟する




 「ハイハイ、ご免なさいよ! はい、ちょっとそこを通るっちゃ! 失礼しまーす!」


 シスイさんが人の波を巧みに縫うようにして、先頭を切って前へと進んでいく。


 ショップの外へ飛び出した私たちが目にしたのは、すでに何重にも膨れ上がった野次馬たちの分厚い人間の壁だった。


 「なんだろうねぇ? 人がいっぱいで、サクラ、ぜんっぜん前が見えないよぉ」


 背の小さなサクラが、後ろの方でピョンピョンと健気に跳ねながら、必死に人の壁の向こうを覗こうとしている。すると、その様子を見ていたスズカが、大きな手でサクラの身体をひょいっと軽そうに担ぎ上げ、自分の肩へと乗せた。


 「おっと、これなら見えるか? サクラ」


 「わあ! ありがとう、スーちゃん! んーとね、あそこに何かいるよ! ……機械、かなぁ? なんかね、お姉さんみたいな見た目のロボットが二人、くるくる回ってるの。何かを探してる感じ……あ、こっち向いた! こっちに来るよ!」


 サクラが声を上げた次の瞬間、マーケットの喧騒がピタリと止まり、割れるようにして人混みが左右へと退いていった。


 道が開けた私たちの前に、静かに歩み寄ってくる二つの影。


 それは、ゴークくんのような無骨で巨大な鋼鉄のロボットではなかった。どこか未来的なSF感を漂わせる、滑らかでメタリックな肌の色合いをしている以外は、人間の美しい女性にしか見えない二人組の精巧なアンドロイドのようだった。


 二人組はまっすぐに歩みを進め――私の横に立つ、スズカの目の前でピタリと足を止めた。


 『&@▽△&▼◆○♯︎――』


 「えっ!? な、なに!?」


 目の前に現れた謎の美女ロボット二人が、突然、電子音の混ざった全く理解できない未知の言語を発したため、私は思わず一歩身を引いた。周りのトラベラーたちも完全に困惑している。


 だが、当事者であるスズカだけは、なぜか神妙な顔で自分の手のひらの契約紋と彼女たちを見比べ、平然と口を開いた。


 「まぁ……確かにオレがさっきお前らを投げて、結果的に手のひらにこんな紋章(もん)を着けちまったのは事実だけどさ」


 「ちょっと、スズカ!? あんた、今この人たちが何て言ってるのか分かるの!?」


 「え? 分かるのって……お前こそ何言ってんだよ、普通に日本語っていうか、普通の言葉で話してねえか? コイツら」


 「ううん、喋ってないよスーちゃん! この人たちの言葉、サクラには全くわからないもん!」


 「そうなのか……? え、なんでだ?」


 スズカが本気で首を傾げていると、メタリックな二人組は、さらに幾何学的な電子音を響かせた。


 『◆¶━♪︎●●○◆†』


 「あ? 『大いなる厄災と戦う宿命の戦士か』って? ……いやいや、人違いだって。オレは単なる実家の家事手伝いだぞ?」


 『※▼●♭︎○、&△▲▽※▲♪︎♪︎▽』


 「あー……。どうなんだろうな、それ。……おいスイ、これどう思う?」


 「いや、どう思うって言われても分かんないってば! スズカしかこの二人の言葉は聞こえてないんだから! あーもう、おっさんAI――っ!!」


 『はいはい、なんやなんや。わての出番でっか?』


 私が頭を抱えて叫ぶと、上空でホバリングしていたドローンが、気の抜けた声で高度を下げてきた。


 「スズカが何か、この二人から重大な質問を問われてるみたいなの! 私もどうしていいか分からなくて……ちょっと助けてよ!」


 『なるほどな。スズカはん、その怪しいお姉さんらは、具体的に何て言うてはる?』


 「なんか、オレのことを『大いなる厄災と戦う戦士か?』って聞いてきてさ。で、『自分たちの力を必要としてるのか』ってオレに問いかけてるみたいなんだよ」


 『……なるほど。「大いなる厄災」、か。これはまた、ギルドのデータベースにも載っとらん、めちゃくちゃおもろいデータが取れたな。……あ、スズカはん。もしそいつらと契約したくなかったら、「お前らなんか要らんから帰れ」と言えば、そのまま勝手に消えて帰るで。ただ――わて個人の意見としては、絶対に契約しといた方がエエと思うな』


 「なんでだ?」


『コイツら二人、測定器の針が振り切れるほどの「神霊クラス」のエネルギー波長を出しとんねん。細かい小難しい理由は抜きにしてもな、ダンジョン探索するなら、契約して絶対に損はない最上等の相手やっちゅうことや』


 「なるほどね……。じゃあ、どうすればいいんだ?」


 『「契約します」って意思を示せば、相手がなんか|望むもん(対価)を差し出せ言うてくる。まぁ、言うて古代の遺物や。血を一滴求められたり、契約者の体の中にエネルギー体として間借りさせてもらう言うたり、その程度やな。スズカはんの身にデメリットらしいデメリットは何もあらへんで』


 「分かった。なら――」


 スズカは一つ頷くと、目の前のメタリックな二人組に向き直り、堂々と胸を張った。


 「あんたら、契約してあげるよ。その代わり、オレに何を求めるんだ?」


 『&▽†』


 「名前? ……あ、お前ら、自分の名前がないのか?」


 『●▲◇※▽▽†』


 『●♪︎※★※▲△』


 「ええっと……『荒れ狂う嵐』と『怒れる雷鳴』が呼び名だって? それ、ただのコードネームとか何かだろ。名前じゃねえよ」


 『お、それは通称やな、スズカはん。別名とか二つ名っちゅうやつや。遺物が契約者に「名前が欲しい」っちゅうのはな、これからの主従関係を結ぶ上での、明確な「個の認識」が欲しいっちゅうことやな』


 「そう言うもんなのか? まぁ、オレは昔からネーミングセンスだけは無いんだけどなぁ……。それで良いなら、今つけてやるよ」


 しばし考えるスズカ。……いや、「しばし」と言っても、本当に考えているのか怪しいほどの、わずか数秒の短い思考だった。彼女はポンと手を叩くと、二人のアンドロイドを交互に指差した。


 「よし、決めた。あんたは『ストーム』。で、あんたは『サンダー』だ。二人揃って【ストームサンダー】。……これでいいか?」


 『▽♪︎▲‡――』


 スズカがその名前を告げた瞬間、二人のメタリックな顔立ちに、初めて人間のような美しい微笑みが浮かんだ。


 そして次の瞬間、二人の身体が眩い光を放ったかと思うと、まるで光の粒子となって綺麗に砕け、そのままスズカの右手の契約紋へと吸い込まれるようにして消え去ってしまった。


 「あれ? ……おいおっさんAI、なんか間違えたか、オレ?」


 『いや、完璧や。あれで契約は無事に完了したんや。今やスズカはんの魂と、あいつらとの明確な繋がりが感覚で分かる筈や。次から呼び出したい時は、心の中で声をかけるか、名前を呼べばいつでも出てくる。……しかし、ホンマにビックリしたで。あれは一種の「|九十九神(付喪神)」やな。形状のエネルギー構成から推測するに、本来の姿は【バイク】やろう。それが人型に擬人化しとった。もしかしたら、状況に応じてバイク型と人型に形状変化トランスフォームする可能性もあるな。いやぁ、ホンマに今日はおもろいもん見せてもろうたわ!』


 「いやぁ、AIくんが面白がってるのは結構っちゃけどさ――」


 そこに、ようやく人波を力ずくで掻き分けて戻ってきたシスイさんが、額の汗を拭いながら割って入ってきた。その表情は、いつになく真剣だった。


 「『神霊クラス』の召喚物を、登録したての新米トラベラーとは言え、個人で所有してるとなるとさ、流文化財保護の観点からもギルドから一発で強力な規制が入ると思うんだけど。その辺の処理は大丈夫かい?」


 『せやな、その辺の大人の事情があるか。……ちょい待ちや、今わての権限で上のギルド本部に直接連絡してみるわ。――ん、ふんふん……ほいほい、なるほど、そういう処理で落ち着くか。……よし、スズカはん、ギルド本部からの正式な返答が今届いたで』


 「なんて言ってきたんだ?」


 「スズカはんには、『ダンジョン内』及び『ギルド管理区域以外』での、あいつらの召喚を私生活では一切禁じる、とのことや。そのためのエネルギー制御用プロテクター――いわゆる『封印具』を、今からギルド職員の手で必ず装着するように言い渡されとる」


 「封印具ぅ? オレ、実家の配達とか力仕事もあるからさ、普段の仕事の邪魔になるようなゴツいチェーンとかなら勘弁してほしいんだけど」


 『そこまで邪魔になるようなもんやあらへんよ。見た目は普通のスマートウォッチとか腕時計みたいなもんや。どうしても嫌なら、リング型とかチョーカー型とかの別物も選べるで』


 「ん、腕時計タイプなら普段から着けてるし平気だわ。……だけどさ、あいつら、そんなに私生活で出しちゃ危険なほどヤバい奴らなのか?」


 スズカの素朴な疑問に対し、それまで饒舌だったおっさんAIのドローンが、急に不自然な沈黙を保った。レンズの光が、怪しく明滅する。


 『……シスイはん。ちょいと、店の奥のスペース貸してな』


「……はいはい。そういうことなら、どうぞっちゃ」


 『じゃあ、お嬢さん方。ここじゃ人の目が多すぎる。詳しい話は、一回店の奥に入ってからにしようか』


 おっさんAIのドローンが静かに反転し、先ほど出たばかりのシスイさんの店の中へと戻っていく。そのただならぬ空気感に、私とサクラ、そしてスズカも黙って顔を見合わせ、その後ろ姿に続くようにして再びショップの奥へと足を踏み入れるのだった。


 シスイさんのショップの奥にある、防音設備の整った商談スペース。


 普段の賑やかさを完全に消し去り、おっさんAIのドローンはカメラレンズの光量を落として、静かに、そして低い声で私たちに話し始めた。


 『先ずや、お嬢さん方。……あいつらを、ただの便利な機械やと思うてはアカンで』


 「え? 機械じゃないの? 見た目はなんか、SF映画に出てくるような最先端のアンドロイドっぽかったけど……」


 『見た目はな。でも、決定的に中身が違うんや。あいつら、さっきスズカはんと明確に意思疎通をして、会話をしとったやろ?』


 「そうだね。スーちゃんとお話してた。……でも、それがそんなに問題なの?」 


 サクラがスズカの隣で不思議そうに首を傾げる。おっさんAIは、レンズをチカチカと厳かに明滅させた。


 『つまりや。あいつらには、明確な「自我」があるっちゅうことや』


 「自我が……。つまり、オレたち人間と同じように、自分の心があるってことか?」


 『思考のシステムが人間と同じかは分からん。ただな、ダンジョンの遺物において「自我がある」っちゅうことは、ある意味で、何よりも危険なことなんや』


 「どう危険なのよ? 命令をきいてくれないってこと?」


 『いや、ゴークくんのような、登録された命令プログラムに実直に従う奴ならそう問題はない。これはお嬢さんらが認識しとるロボットと同じや。でもな、自我がある言うことは――主人の命令を無視してでも、自分で考え、自分で行動することが出来るっちゅうことや。……この意味の恐ろしさが分かるか?』


 「……ええっと、私たちが、いちいち細かく指示しなくても先回りして動いてくれる……ってことだけじゃないの?」


 『そこも含まれるけどな。一番の問題は――契約者であるスズカはんが、もし万が一、命の危険に晒された時や。その時、主人の命令がなくても、あいつらは【勝手に出てきて、勝手に敵を滅ぼすために暴れ回る】ことができるっちゅうことやねん。……しかもあいつらのエネルギー波長は、さっき「神霊クラス」を軽く越えとった』


 「時々ネットとかでも聞くけど……そもそも、その『神霊クラス』って一体なんなの?」


 『分かりやすく言えば、神さんや。宗教的な概念としての神やなく、文字通りの「天変地異の如き暴力」をこの現世で振るうことが出来る、規格外の存在のことや。大なり小なりはあるけどな。その中でもあいつらはエネルギー波形が振り切れるほどのエネルギー量を出しとった。神霊クラスでも最上位に位置する存在や』


 「ストームとサンダーが、あの細っこいお姉さんたちがか? オレにはそんな風には見えなかったけどな?」


 『見た目で判断するのは大間違いやで、スズカはん。ストームはんは「荒れ狂う嵐」、サンダーはんは「怒れる雷鳴」。つまり、あいつら二人の本質は「風神・雷神」そのものや。考えてもみぃ。大自然の災害が自我を持って、人の形をして、スズカはんのために本気で暴れ狂ってみぃ。どうなると思う?』


 「……あー、なるほど。何となくヤバさは分かった。……しかし、国やギルドがわざわざ腕時計までつけて先手を打つほど、そこまで実際に騒ぎ出すものなのか?」


 『スズカはんの言い分も分かる。前例が何もなければ、ギルドもここまで大仰に放っておいたかもしれん。……だがな、あるんや。最悪の前例が』


 「前例があるの……?」


 おっさんAIの言葉に、部屋の空気が張り詰める。


 『ある。まだお嬢さんらが生まれる前の古い話やが、実際にあった話や。神霊クラスの召喚物と契約したトラベラーから、その力を我が物にしようと奪おうとした、頭の悪いアホな組織が居ったんや。で、事もあろうにそのアホどもは、神霊の強奪に失敗して、契約者のトラベラーを亡き者にしてしもうたんや。……そしたら、主を殺された契約召喚物がどうなったと思う? 怒り狂うて、暴走して――』


 「……それで、どうしたのよ」


 おっさんAIが妙なタメを作るから、私は耐えきれなくなって先を促した。


 おっさんAIは、一言、淡々と告げた。


 『――町が、一つ消えた』


 「「……は?」」


 私とスズカの声が同時にハモった。 


 「おいおい……嘘だろ、それ?」


 『ホンマや。まあ正確には町そのものが消えた訳やない。暴走した神霊が三日三晩荒れ狂ってな、死者千人超え。都市機能は崩壊。大規模な自然災害と変わらん被害を出したんや。そんで結果として町は捨てられた訳や。それ以降は、そんな神霊クラスの契約者を襲うような命知らずのアホは出て来んくなった。が、それでも心配が尽きん政府はギルドに要請してな。そう言った神霊クラスと契約した契約者の周りには、必ず「護衛」が着くようになっとる。まぁ、この辺がスズカはんにとっての、唯一のデメリットと言えばデメリットやな』


 「つまり、国がオレを守るために、SPを派遣してくれるってことか?」


 『……「守る」言う建前は合っとる。だがな、本質は逆や。守られとるのは、スズカはんの「周りにいる一般人」の方や。万が一、下手にスズカはんに何かあって召喚物が暴走した時に、その場で即座に対処・・できるプロの戦闘エキスパート達が、常に裏で控えとるだけのことや。まぁ、普通に私生活を過ごして、ダンジョンに潜る分には実害はない。ギルドの封印具も、街中で召喚物を呼び出せんようにするための保険や。……まぁ、あいつら相手やとどこまで対処できるかは分からんがな。何しろ、相手は本物の神さんやからな』


 おっさんAIの話を聴きながら、私は冷や汗が背中を伝うのを感じていた。


 (……なんだか、大変なことになってきちゃったな……)


 私が元々思っていた、みんなで楽しく動画を撮って、ちょっとしたお小遣いを稼ぐ、それで出来ればダンジョン配信者一番になれたら。って言う、そんな等身大の「ダンジョン配信者」としての道。


 それとは全く違う、世界の裏側の物々しい重大事件や、国家規模の危険な領域の要素が、スズカの参戦によってドロドロと一気に入ってきている気がする。


 ――これで、本当にいいのかな?


 配信者としての、私の、私たちの方向性……。


 さっきまでビークルを手に入れてはしゃいでいたスズカたちの横顔を見つめながら、私は胸の中に、小さく、けれど確かな不安の火種を宿してしまうのだった。


 「どうしたんだ、スイ? なんかさっきから、ずいぶん難しい顔をしてるけど」


 私が胸の中でぐるぐると配信者としての方向性や、急に大きな話に巻き込まれていく恐怖について悩んでいると、スズカがすぐに気がついて声をかけてきた。


 スズカは普段、猪突猛進でガサツに見えるけれど、こういう「身内の不調や変化」に対してだけは、昔から本当に目ざとく良く気がつく人なのだ。


 私が気まずさに口を噤んでいると、スズカは私の頭の上に大きな掌をぽん、と置いて、短く促した。


 「ほら、話してみろ。オレが聞いてやるから」


 それは強制でもなければ、過剰な優しさでもない。ただただ「受け止めてやる」という確かな安心感に満ちた言葉だった。その温度に背中を押されるようにして、私は自分の心のうちをぽつりぽつりと吐露し始めた。


 「……えっと、ね。私、最初はただ配信者として、サクラやヒマリたちと楽しくダンジョンを探索して、みんなで仲良くやっていけたらいいなぁって思ってたの。それで、もしできれば、私の憧れでもあるトップ配信者の『御門空みかど・そら』さんみたいに、いつか上の方まで行けたらなお良いなぁ、なんて……。でもね、ここ最近、ダンジョンの隠された歴史とか、ギルドの物々しい裏事情なんかがどんどん耳に入ってくるようになって……。私みたいな普通の女子高生が、本当にこのまま配信者としてやっていけるのかなって、ちょっと怖くなって考えちゃって……」


 一気に胸の内を吐き出した私に対し、スズカは一切の躊躇なく、私の頭をごしごしと遠慮なしになで回した。


 「うわっ!? な、ちょっと、何するのよスズカ!?」


 「いいか、スイ。よく聞け。……オレは車の免許を持ってる」


 「え? あ、うん。持ってるね。年齢制限クリアした瞬間に、教習所に突撃するみたいな勢いで取りに行ってたわよね」


 「で、だ。オレは免許を取ったことで、何か人間性が変わったか?」


 「ん? ええっと……スズカはスズカのままだと思うけど。ただ、免許取り立てのその日に『今から遠出するぞ!』って車に乗せられて連れ回された時は寿命が縮むかと思ったわ。まぁ、スズカだから仕方ないかって納得したけど」


 「……なんか今、オレの過去の暴挙に対する含みが大いにあった気がするが、今は聞かなかったことにしてやる。……そんで、それはスイ、お前も同じだって話だ」


 「私も……?」


 「そう。これからお前がどんなダンジョン配信者になろうが、世界の重大な秘密をいくつ知ろうが、なんなら異世界にトリップして急に勇者をやることになろうが――」


 「異世界にはあんまり行きたくないかなぁ……虫とかお化けとか、現代より多そうだし」


 「人の話を最後まで聞け!」


 痛くない程度の軽いチョップが私の頭に振り下ろされた。スズカは呆れたように笑いながら、真剣な目で私を見つめてくる。


 「まぁ、お前がどこへ行こうが、何をしてようが、スイが『スイ』である限り、それはスイなんだよ。余計な肩書きとか事情なんて関係ねえ。……わかったか?」


 「……うん。何となく、言いたいことはわかるんだけど。……つまり、周りがどうなろうと、私は私らしく、今まで通りに行けってこと?」


 「そういうことだ。なにか困ったことや、お前の手に負えないヤバいことが起きたんなら、その時はオレやサクラ、それにさっきいたヒマリなんかも、全員で絶対にお前を助けてやる。だから余計なことは気にせず、やりたいようにやれ」


 「……っ。うん……! わかった。ありがとう、スズカ」


 胸の中にあった冷たい塊が、すうっと綺麗に溶けていくのが分かった。私がスズカに向かって笑みを返すと、上空のおっさんAIがどこかバツの悪そうな様子でドローンを揺らした。


 『……いやぁ、わても悪かったな、スイはん。これでも一応プロのAIの端くれやのに、こんな若いお嬢さん方の前で、ギルドの生々しい大人の事情なんて話すもんやなかったわ。すんまへん』


 「いいのよ、おっさんAI。そういうダークな部分があるのは、遅かれ早かれどこかで耳にしていたことだと思うから。気にしてないよ」


 『そう言ってもらえると、わてもデータの処理が救われますわ……』


 私とおっさんAIが互いに頭を下げるような格好で和解していると、商談室の扉の向こうから、シスイさんの大声が響いてきた。


 「おーい、AIくん! ギルドの職員の人が封印具を持って到着したよー! 中に入っても大丈夫かいー?」


 「あ、はい! 大丈夫です!」


 どうやら、真面目な話はここまで。私たちはギルドの職員さんを迎える準備をしようと、部屋を出て店頭へと向かおうとした。


 ――だが、サクラ一人だけが、なぜかその場にトコトコと立ち止まったまま動かない。


 「どうしたの、サクラ? 早くシスイさんのところに行こう?」


 「……スイちゃん」


 振り返ると、サクラは今にも泣き出しそうな、ひどく悲しげな顔をして佇んでいた。そして、自分の小さな右の手のひらを、そっと私の方へと差し出して見せてきた。


 サクラの手のひらの上には――なぜか、大量の細かな『砂』が載せられていた。


 「どうしたの? その砂、どこで拾ってきたの?」


 「……あのね、サクラがお土産に持って帰ろうとして、ポッケに大事にしまってた綺麗な石さんがね……いつの間にか、ポッケの中でぜんぶザラザラの砂になっちゃってたの……。えーん! サクラのせっかくの石さんがぁー!」


 サクラのポッケに入っていた、石片――。


 それを聞いた瞬間、私の脳裏に、あの遺跡でサクラが「これお土産にするー!」と言っていた、あの【謎の壁画の石片】の記憶が鮮烈によみがえった。


 その瞬間、空中のおっさんAIの挙動がピタリと止まった。


 『……え? 石って……まさか、あの洞窟住居の壁画の一片かいな? ……「大いなる厄災」の顕現……ストームサンダーとの契約……。……嘘やろ。まさか、そんな、な……?』


 おっさんAIは信じられないものを見たかのようにレンズを激しく点滅させ、空中で何かをブツブツと呟きながら計算を始めている。その様子は、完全に余裕を失っていた。


 「ちょっと、おっさんAIまでどうしたのよ? 何かまずいことでもあるの?」


『……いや。わて、今猛烈に……サクラはんに向かって、全力で「土下座」せなあかん事態になっとるんちゃうかって、恐怖で内部回路が震えてましたわ……』


 なんで急に土下座?


 というか、そもそも球体のボール型ドローンであるおっさんAIが、一体どうやって土下座の姿勢を取るのかという素朴な疑問は湧いたけれど……。


 それが現実になるかどうかは、またいつか、そう遠くない未来の話にしようと私は心に決めるのだった。









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