No.20活動記録:その名は夏樹鈴華、またの名を暴走特急
No.20活動記録:その名は夏樹鈴華、またの名を暴走特急
「こんなところで何してんだ? スイにサクラ」
真夏を思わせるような、カラッとした元気な声が私たちのベンチへと近づいてくる。
その声を聞いた瞬間、サクラが「あ!」と顔を輝かせてベンチから飛び起きた。
「スーちゃん――っ!」
「おっと、サクラ! 元気なのは良いけど、そんな勢いよく走ったら転ぶぞー?」
嬉しそうに突撃していったサクラの小さな身体を、正面からガシッと大きな愛で受け止めた人物。
ラフなジャージ服に身を包み、快活に笑う短髪のその人は――男性、ではなく女性だ。
私たちの少し年上の幼馴染みであり、昔から近所のガキ大将のようでもあった頼れるお姉さん、夏樹鈴華だった。
「スズカこそ、こんなところでどうしたのよ? ジャージ姿でうろちょろして」
「オレ? オレは実家の仕事の配達だよ。このギルドのレストラン街に、ちょっと食材を卸しに来てさ。そしたら見覚えのある二人がたこ焼き突っついてるのが見えたから、声かけたんだわ」
「そうなんだ! あのねスーちゃん、サクラたちはね、いまスイちゃんの配信のお手伝いをしてるんだよ!」
「配信? ……へぇ、スイ、配信者なんてやってんの?」
スズカの健康的な瞳が、好奇心に満ちて私に向けられる。私は途端に居心地が悪くなって、持っていたプラスチックのフォークでたこ焼きの皿の端を突きながら視線を逸らした。
「……まぁ、一応、ダンジョン配信者として活動させてもらってますけど」
「なんでオレに言わないんだよー。水臭いじゃん」
「いや、だって……知り合いに見られるのは、その、なんか恥ずかしいし……」
「恥ずかしいって、ネットの不特定多数に晒してるんだろうが。というかさ、よくあのスイがダンジョン探索なんてやってるな。あそこって要するに未開のジャングルみたいなもんだろ? お前、虫とか平気になったのか?」
核心を突くスズカの言葉に、私はピシッと身体を硬直させた。
「……う。……な、なってないです。今でも大嫌い。二階層にイモムシが出るって聞いて、今日も一階層で妥協したくらいよ……」
「あはは、やっぱりか! じゃあ、よくそんな状態でダンジョン配信者なんて名乗れてるな?」
「サクラと、ヒマリちゃんと、おっちゃんAIと、ゴークくんが一緒にお手伝いしてくれてるから、スイちゃんでも平気なんだよ!」
サクラが我が事のように誇らしげに胸を張る。スズカは「へぇ……」と感心したように私の頭をぐりぐりと撫で回した。
「まぁ、無理せずやりな。もし何か困ったことがあれば、オレも手伝ってあげるからさ」
「えっ、スーちゃんもトラベラーやるの!?」
「オレが? うーん、そもそもトラベラーって、具体的になにするんだ?」
『それなら、わてが詳しく説明したろか?』
「うおっ!? だれだ!? ってか、何だこれ、浮いてる!?」
突如、目の前にふわりと下降してきたバスケットボール大のドローンに、さしものスズカも一歩飛び退いて目を丸くした。
「これがおっちゃんAIだよ、スーちゃん!」
『おっさんAIと呼ばれとります。あんじょうよろしくな、スズカはん』
「お、おう。よろ、しく……? ロボットが関西弁で喋ってる……?」
「最初はびっくりするけど、知識やナビゲートの腕は本当にプロだから大丈夫よ、スズカ」
「そうなのか? 最近の機材はハイテクなんだな……」
『――で、そろそろ説明に入ってもエエか?』
「おう、悪い悪い。頼むわ」
『ダンジョンの中で何をやるか? それはな、それぞれのトラベラーによって全く異なるんや。スイはんみたいにダンジョン配信者として活動する者も居れば、ただひたすらに潜って一攫千金を目的とする者も居る。あるいは、ダンジョンそのものの歴史や秘密を解き明かそうとする研究者気質な奴も居る。他にも様々や。要するに、ルールさえ守れば「何をやってもエエ」ってことやな』
「はーーん、なるほどね。……っと、ごめん。オレ、ずっとそっちの子を放ったらかしにしちゃってた」
スズカの視線に気づき、それまで上品に控えていたヒマリが、丁寧に一歩前に出て一礼した。
「初めまして。私はスイちゃんのクラスメイトで、同じダンジョン探索部に所属しています、言無妃茉莉です。どうぞ『ヒマリ』とお呼びください」
「おう、オレはスズカでいいよ。よろしくな、ヒマリ。で……サクラとヒマリは、スイと一緒にダンジョン配信をやってるのか?」
「サクラたちはね、スイちゃんのお手伝いをしてるだけで、自分たちは配信者じゃないの!」
「はい、配信の構成やチャンネルの運営は、すべてスイちゃんにお任せしています」
「じゃあ、スイがメインで戦って活躍するスタイルなのか」
「う……そう出来れば格好いいんだけど、なかなか私の実力じゃ上手くいかなくて……」
情けない声を出す私を見て、スズカは顎に手を当てて不敵に笑った。
「もしオレが手伝うってなったら、まず何すればいいんだ?」
『とりあえずスズカはんは、ギルドの窓口で「ダンジョンパスポート」を申請して取得。その後に一度ダンジョンに入って、自身のステータスや発現したスキルを確認やな。そんで、自分に何が出来るかを決めてったらエエと思うで』
「そのパスポートを取るのって、難しいのか?」
『なーに、ムズいことなんか一ミリもあらへん。十五歳以上なら、誰でも申請書類に必要事項を書いて提出して、ちょいとした短いガイダンスを聞いたら……はい、おしまいや』
「へぇ、そんな簡単なのか。車の免許取るより楽じゃん」
「……スズカ。あのさ、そのパスポート、サクラでも取れたのよ?」
「あー……なるほど、納得」
「なんで納得するのーっ!? サクラだって、車の免許くらい取れるもん!」
サクラが「ぶー!」と頬を膨らませて抗議するが、スズカは容赦なくニヤリと笑った。
「止めとけって。サクラ、こないだウチのゲームでレーシングカー運転した時、めちゃくちゃな動きしてただろ? あんなの現実の道路でやられたら、大惨事のマルチクラッシュ事故にしかならないからな」
「おじいちゃんは『サクラなら取れる』って言ってたよ!」
「……あの人はサクラに甘々だから、サクラが何やっても『天才だ!』って言うんだよ。な、おっさんAI」
『はは、どこの家庭も孫には弱いな。で、どないする、スズカはん』
「これ、時間ってどれくらいで取れる?」
『そやな。紙に書いて、十五分ほどの映像ガイダンス受けるだけやから、三十分もあれば余裕で戻ってこられるで』
「そっか。それなら、取るだけ取ってくるかな。持ってたからってデメリットもないんだろ?」
『ないで。ギルドがトラベラーに何かを強制させるような力はあらへん。……もっとも、ダンジョン産のアイテムの私的流用とか、転売周りの厳しい法律はあるから、そこだけはガイダンスでちゃんと承知しといて欲しいな。これ守れんくて捕まる奴が、たまーに居んねんから』
「ルールは守るさ、そういうの得意だし。じゃあ、ちょっと行ってくるわ!」
そう言うや否や、スズカは本当にスパッと踵を返し、ギルドの申請窓口へと大股で歩いていってしまった。相変わらず、疾風みたいな人だ。
『……なんや、恐ろしいほど決断力の高そうな姉ちゃんやったな』
「そうね。一度やると決めたら、一秒も迷わない人だから」
「前にね、スーちゃん『オレ、ちょっと日本一周してくるわ』って言って、本当に自転車で日本一周してきたことあるんだよ!」
「ええっ……!? それは、凄まじい行動力をお持ちの方ですね……」
ヒマリが本気で目を丸くしている。
『なんで日本一周したくなったんかは敢えて聞かんけど、凄まじいバイタリティ溢れる姉ちゃんや。……で、どないする? あの姉ちゃんが戻ってくるのをここで待つか? それともお嬢ちゃんら、もう帰るか?』
「サクラ、スーちゃん待ってる! スーちゃんのステータス見たい!」
「……とのことだから、私はここでスズカを待つわ。ヒマリは、この後確か予定があったわよね?」
私が尋ねると、ヒマリはハッと手元の端末を確認し、申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうでした……! 申し訳ありません、この後アイちゃんのご実家にお伺いして、お話し合いをする約束になっていましたので、私はここでお暇させていただきますね」
「うん、アイのことは任せたわ。しっかりお説教(教育)してあげて」
「サクラちゃん、また部活でね」
「ヒマリちゃん、またねー!」
丁寧にお辞儀をして出口へと向かうひヒマリの背中を見送りながら、私とサクラ、そしておっさんAIのドローンは、新米トラベラー(予定)のスズカが戻ってくるのをベンチで待つことにしたのだった。
スズカがギルドの申請窓口の奥へと消えてから、三十分が経過するかしないかの頃。
「お待たせー!」と、本当にカラッとした笑顔のまま、スズカが早くもこちらへと走って戻ってきた。その手には、発行されたばかりのプラスチック製のダンジョンパスポートが握られている。
「早いおかえりね、スズカ。……あ、ヒマリなら、用事があるから今日はもう帰っちゃったわよ」
「そうなのか? 残念。まぁいっか! それよりさ、次は確か『一度ダンジョンに入ってステータスを見る』んだろ? ほら、さっそく行くぞ!」
『ス、スズカはん?まさか今日中に全部済ませるつもりかいな?』
「あったり前じゃん! やれることなら、いっぺんにまとめて終わらせた方が楽だしスッキリするだろ。ほら、スイもサクラも行くぞー!」
「待って、スーちゃん! サクラが次元門まで案内してあげるー!」
スズカに手を引かれ、嬉しそうに先頭を走っていくサクラ。私はその後ろ姿を、深いため息と共に見送るしかなかった。
『……なんちゅうか、ホンマにバイタリティーの塊みたいな姉ちゃんやな、スズカはんは。嵐みたいや』
「言ったでしょ。あの人の付き合いに付き合うなら、それなりの覚悟が必要よ、おっさんAI」
『あっはっはっ、さよか! でもまぁ、わてはこれくらいのバイタリティー溢れる奴は嫌いやない、というかむしろ大好物やで。見ていて飽きへんしな』
「そう。……それなら良かったわ。私は毎回、寿命が縮む思いをしてるんだけどね」
そんな会話を交わしながら次元門を潜り、私たちは再び一階層の花畑エリアへと足を踏み入れた。
スズカは周囲の景色を珍しそうに見回すこともそこそこに、自分の両手を眺めて首を傾げた。
「ええっと、おっさんAI。ここに入ったら、その『ステータス』ってのを呼び出せば良いんだよな?」
『せや。口に出しても心の中でも「ステータス」と念じてみぃ。半透明の画面が目の前に浮かび上がるはずや。その画面は本人以外には見えへん完全プライベートなもんやからな、基本は自己申告や。まぁ、ギルドに嘘ついたり虚偽申告したりしても、戦いの中でバレるからあんまり意味ないけどな』
「そうなの?」
『大概のスキルはギルドの膨大なデータベースに登録されとるからな。よっぽどの未知のレアスキルでもない限り、だいたいの性能はわてらでも推測がつく。まぁ、ヤバいスキルを持ってたら、余計なトラブルを呼び寄せかねんから、普通のが一番エエんやけどな』
おっさんAIが解説していると、スズカが「おーい」と、自分の目の前の空間を指差しながら声を上げた。
「おっさんAI。なんかオレの画面に『騎乗』って文字があるぞ。これか?」
『騎乗、かいな。それは文字通り、何かしらの乗り物に乗って戦闘したり移動したりする時に、強力なステータス補正が掛かるスキルやな。逆に言うたら、その「乗り物」そのものを持っとらんと、一ミリも意味のない死にスキルや』
「騎乗スキルかぁ……。スズカ、普段から実家の軽トラとか私用の車をブンブン運転してるから、そのライフスタイルが影響したのかしらね?」
『その人間の趣味趣向や得意分野で初期スキルの発現が左右される、っちゅう説は確かにあるけどな。明確に因果関係が証明されとるわけやないから、まぁ偶然の産物やろな』
「ふーむ。乗り物に乗るスキルねぇ……」
スズカは腕を組んでフムフムと頷いていたが、突然、パッと何かに気づいたように顔を上げ、大股でいま入ってきた次元門へと歩き出し始めた。
「おーい、二人とも! のんびりしてると置いてくぞ!」
「ええっ!? ちょっとスズカ、今度はどこに行くのよ! ステータス確認は終わったでしょ!?」
「決まってるじゃん、乗り物を買いに行くんだよ! おっさんAI、ダンジョン用の乗り物ってどこで売ってんだ?」
『……。……いや、売っとる場所ならギルドに隣接してるストレージマーケットに行けばエエけど……。スズカはん、お財布の事情は大丈夫なんか? ダンジョン仕様のビークルなんて、中古のモノでも数百万円、高いやつなら数千万円は下らんで?』
「あ、それなら大丈夫。オレ、欲しかった新車を買うつもりで、ずっと貯めてた貯金があるからさ。それを銀行から下ろせば、数百万円くらいなら今すぐキャッシュで払えるわ」
『エエんか、それで!? それ、元々は自分が欲しかった私生活用の車のための大事な軍資金やったんやないの!?』
「そんなの、また明日から働いて貯めれば済む話だろ? 今はそれより、この新しく手に入れた『騎乗』ってスキルを試したくて堪らないんだよ!」
「……」
『……』
おっさんAIのドローンが、空中で完全に動きを止めて絶句している。
私はそんなおっさんAIの横にそっと歩み寄り、冷や汗を流しながら、優しく肩(?)を叩いてあげた。
「……ね? こういう人なのよ。お願いだから、早めに慣れてちょうだい」
『……いや、さすがのわても言葉を失ったわ。行動力 の化身どころか、暴走特急やんか、スズカはんは……』
ガチのサポートのプロであるおっさんAIにそこまで言わしめた幼馴染みの背中を追いかけながら、私たちは、三度目となるマーケットへと、強制的に連行されるのだった。
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