No.19活動記録:【悲報】一番普通のを引いたはずが、チョコレート味でした
No.19活動記録:【悲報】一番普通のを引いたはずが、チョコレート味でした
『ふーむぅ。なるほどな、スイはんは「そっち側」の人間やったか』
上空でホバリングするおっさんAIの呟きに、私はゾワゾワとする腕をさすりながら反応した。
「そっち側? ……それって、どういうことよ?」
『この壁画を見てな、スイはんみたいに強烈な恐怖とか焦燥感の拒否反応を示す奴が、たまーにおんねん。これも未だに理由がサッパリ分かっとらんダンジョンの謎の一つやな。ギルドでも一応、反応するトラベラーの統計データなんかを取っとるんやけどな? 男女の違いから年齢、人種、趣味嗜好、果ては血液型まで色んな角度で調べてみたけど、何一つ共通点(引っ掛かり)すら掴めんかったんや』
「そうなんですか……。私はスイちゃんのように、怖いとは感じませんね。不思議な絵だな、とは思いますけれど。……サクラちゃんは、どうですか?」
ヒマリに促され、私たちはサクラの方を見た。
サクラは眉間にシワを寄せ、瞬きも忘れたかのように、じーーっと真剣な目付きで壁画の赤黒い線を見つめ続けている。
いつもはお調子者のあの子が、これほど集中しているなんて。もしかして私以上に、この絵から何か重大なメッセージを受け取っているのでは……と、私がゴクリと唾を呑んで声をかけようとした、その時。
「……ううっ、目を寄り目にしてみたけど、なにも浮き出て見えないよぉ」
『そないな「3D立体視アート」みたいな絵やないわ、これは!?』
おっさんAIの至極真っ当なツッコミが暗闇に響く。
(……うん、知ってた。この子がそんな高尚な電波を受信できるわけがなかったわ)
がっくりと肩を落としてため息をつく。けれど、サクラのおかげで部室のような緩い空気が戻ってきたせいか、さっきまで私の心を支配していた嫌な感覚は、いつの間にか綺麗に消え去っていた。
「はぁ……。おっさんAI、この住居の跡地で見るものは、もう本当にこれで全部?」
『せやな。あらかた見尽くしたで。これ以上はただの土壁や』
「じゃあ、地上へ帰りましょうか。今日はもう十分に疲れたわ」
「ねえねえ、スイちゃん、スイちゃん! この落ちてた石、持って帰ってもいい?」
振り返ると、サクラが手のひらに小さな石の欠片を乗せて微笑んでいた。壁画の端からポロリとこぼれ落ちたものだろうか、赤黒い染料がうっすらと付着している。
私は念のため、ドローンを見上げて確認を取る。
「おっさんAI、これくらいなら持ち出しても大丈夫?」
『ああ、エエよエエよ。壁画に書かれとる染料の成分やら何やら、小難しいデータはとっくの昔に全部記録されとるからな。大規模に壁ごと削り取って持って帰る、とか言うのでなければお咎めなしや』
「わーい! 遺跡の記念品に持って帰るー!」
許可が下りるや否や、サクラは嬉しそうにその石の欠片をポケットの奥へとしまい込んだ。
その光景を見ていて、私はふと、前々回の探索の時のことが脳裏をよぎり、少し嫌な予感がして口を開いた。
「……ねえ。その石をポケットに入れたせいで、また何か変なレベルアップとか、スキルの覚醒とか起きたりしないでしょうね?」
『あはは、さすがにそれ起きへんと思うで、スイはん。前々回のサクラはんのメモ帳と晶石の組み合わせは、まぁそこまで珍しい事でもないんや。単にあのメモ帳との相性が奇跡的に良かったから一気にレベルアップしたってだけの話や。そないにホイホイと何度も珍事があったらな、わてがこのドローンボディで、その場で土下座したるわ!』
「いや、ドローンの土下座なんてビジュアル的に見たくもないから要らないけど」
「スイちゃんスイちゃん!?
そんなおっさんAIのフラグを回収するかのようにサクラが騒ぎ出す。私はまさかと思い。
「土下座案件!?」
私の言葉に何かを勘違いしたサクラが首をかしげていた。
「土下座?スイちゃん土下座するの?」
「……いやしないけど、何よ」
「サクラね、お腹空いた!」
「……そう。じゃあ、本当に帰りましょうか」
張り詰めていた緊張が完全に脱力感へと変わってしまった。
お腹の音を鳴らすサクラを真ん中に挟みながら、私たちは今日のダンジョン探索をここで打ち切り、ギルドのレストラン街で美味しいご飯を目指して、地上への帰路につくのだ
門を潜り、無事に地上へと帰還した私たちは、サクラの鳴り止まないお腹を満たすため、ダンジョンギルドに隣接されているレストラン街へとやってきていた。
世界各国の料理店や、ダンジョン食材を使った珍しい飲食店がズラリと並ぶ光景に、サクラが一瞬で目を輝かせる。
「わーい! 美味しそうなものがいっぱい! スイちゃん、ヒマリちゃん、何食べよう!」
『店に入って腰落ち着けて食うのもエエし、外にズラッと並んどる屋台で食べ歩きするんもエエな。好きな方選んでエエで』
「そうなの? おっさんAI、何かおすすめのお店とかある?」
『まぁ、何が食いたいかにもよるけどな――』
おっさんAIがドローンを揺らしながら答えようとした、その時。
賑やかな雑踏の向こうから、どこか威勢が良いというか、明らかに周囲から浮きまくっている大声が響いてきた。
「ワッハッハッハッ! さあ、我輩が作りし地獄の供物を食すが良い、愚民どもよ!」
「……ええっと、なに? いま、もの凄い物騒な単語が聞こえたんだけど」
声のする方を凝視してみる。地獄とか愚民とか言っている時点で、お世辞にも健全な商売をしている雰囲気ではない。
『おっ、あいつ、今日はあそこで屋台出しとるんか。ちょうどエエわ、あそこ、ちょっとおもろいもん売っとるから行ってみぃ』
「おもろいもんって……。変なゲテモノ料理とかじゃないでしょうね?」
『行けばわかるて。まぁ騙されたと思って行ってみなはれ』
「もう、怪しいなぁ……。どうする、サクラ? 行ってみる?」
特に食べる店を決めていたわけでもないのでサクラに確認すると、サクラは小さなお鼻をクンクンと動かした。
「なんかね、すっごく良い匂いが漂ってきてるよ!」
クンクン……あ、本当だ。香ばしい出汁とソースの焦げる、食欲をそそる匂い。これってもしかして――。
「たこ焼き屋さん、ですか? あの方が出しているお店は」
『ヒマリはん大正解や。もっとも、ただのたこ焼き屋やないけどな』
(ただのたこ焼き屋じゃないって何よ、絶対何か裏があるわね……)
私が内心で警戒していると、サクラが私の服の裾を引っぱった。
「スイちゃん、行ってみよ! サクラ、たこ焼き食べたーい!」
「はいはい。変なもの食べさせられて後悔しても知らないわよ?」
仕方なしに私たちは、件の賑やかなたこ焼きの屋台へと足を運んだ。
鉄板の前で忙しなく千枚通しを動かしていたのは、大きめのエプロンを着た小柄な女性だった。彼女は私たち一行が近づいてきたことに気づくと、バッと大袈裟な身振りで胸を張った。
「よく来たな、我輩の領域へ集いし愚民ども! さあ、我輩特製の禁忌たる供物を食すがよい!」
「……あの、一言突っ込んでいいですか? その口調、絶対に普通の商売の邪魔になってると思いますよ」
私がジト目でストレートに指摘すると、小柄な女性店主はガタッと肩を震わせ、一瞬にしてその表情を涙目に変えた。
「……仕方ないんだよぉ。普通にたこ焼き焼いても、周りの大手チェーン店に負けて全然売れないんだよぉ……。お願いだから買ってよ、今日まだ三舟しか売れてないの……!」
うん。いきなり女性の口調が綺麗さっぱり崩れ去った。
必死の形相で両手を合わせて懇願してくる姿が、あまりにも哀れすぎて大丈夫なのかなこの人と本気で心配になってくる。
「……え、ええっと。一応確認しますけど、これって普通に食べられるたこ焼きですか?」
「ふ、普通のモノもあるぞ! 何しろここにあるのは、何が当たるか分からぬ地獄の供物だからな! ワッハッハッハッ!」
キャラ戻すの早っ!? お願いだからコロコロ変えないでほしい、対応に困るから。
要するに、中に何が入っているか分からない「ロシアンルーレットたこ焼き」仕様ということなのだろう。
「一応聞きますけど、変なのは入ってないわよね? 激辛とか、それこそダンジョンのゲテモノ生物の肉とか……」
「フハハ! 安心するが良い、すべて我輩が食せるものを厳選して作ったものだ! この世に我輩が胃袋で食せぬものなど、存在せぬ!」
力一杯、もの凄く自信満々に言い放っているけれど……。それ、あなただけが食べられても一般人の私たちが食べられなきゃ意味がない気がするんだけど。
「……サクラ、本当にここで注文するの?」
「うん! お姉さんのたこ焼き、すっごく美味しそうだもん!」
「ククク、わかっておるではないか、そこの幼き迷い子よ。――一舟丸ごと自分で選ぶか? それとも我輩の気まぐれ(ランダム)で選んでやろうか?」
「サクラ、自分で選ぶ! ええっとね、これと、これと、それから、あの奥にあるこれ!」
「ふむ、見事な目利きだ。承った、しばし待て!」
女性店主はパパパッと鮮やかな手付きで、サクラが指定したたこ焼きを舟皿のケースへと入れていく。さすがに手際はプロのそれだ。
「では品だ。対価をいただこう」
提示された金額を見て、私は少しビックリした。ギルド内の物価にしては、意外なほどに安かったのだ。私は驚きつつも、財布からきっちりお代を支払って、温かいたこ焼きのケースを受け取った。
「感謝するぞ! また我輩の供物が欲しくなったらいつでも来るが良い! ワッハッハッハッ!」
――去り際まで高笑いを見送られながら、私は温かいケースを抱えて歩き出す。
なんと言うか、初対面なのに胃もたれしそうなほどにキャラの濃い女性だった。
たこ焼きが入った温かいケースを手に、私たちはギルドの広場を歩きながら、腰を落ち着けられる場所を探した。
「あそこの木陰のベンチ、ちょうど三人生地で空いていますよ」
「本当ね、あそこにしましょ」
ヒマリが見つけてくれたベンチへと移動し、三人並んで腰を下ろす。さっそくケースの蓋を開けてみると、ソースとマヨネーズがたっぷりかかった、大ぶりのたこ焼きが姿を現した。
「……あれ? これ、本来なら一舟十個入りって書かれてたはずなのに、なぜか二つおまけして十二個入ってるわ。あの店主さん、私たちが三人組だから気を利かせてくれたのかしら?」
「あ、本当ですね。十二個なら、ちょうど一人四つずつ綺麗に分けられます。ふふ、あの店主さん、あんな口調でしたけど根はすごくお優しい方なんですね」
「愚民どもって言いながら、おまけしてくれるなんてツンデレさんだね!」
サクラが嬉しそうに笑う。私はそれほどお腹が空いているわけではないし、最悪サクラが全部食べちゃってもいいかなと思っていたけれど、店主さんのありがたいご厚意に甘えて、一人四個ずついただくことにした。
「じゃあ、一応『地獄の供物』ってことらしいから、まずは一人一個ずつ、一斉に食べてみましょうか」
「サクラ、これにする! 一番大きくて丸いやつ!」
「では、私はこちらの端っこにあるのをいただきますね」
「……私は、これにしようかしら」
私は、並んでいる中で最も焼き色が落ち着いていて、見た目が普通のたこ焼きを選び取った。
箸でそれぞれを持ち上げ、せーので口へと放り込む。ハフハフと熱さに身悶えしながら、それぞれの口の中で「供物」が弾けた。
「ふう、あむ……ん? なんだろうこれ。くにゅくにゅしてる。……こんにゃく、かな? 出汁が染みてて普通に美味しいわ」
「サクラのはね、中からトロ〜ってチーズの味がする! アタリだよ!」
「……うーん。私のは、ジューシーなウィンナーでしょうか? 皮がパリッとしていて、ソースとの相性も抜群です」
『なんや。全員ハズレなしの美味いヤツ引いたんか。つまらんなぁ』
空中から、心底がっかりしたとでも言いたげなおっさんAIのブーイングが飛んでくる。
(……もしこのおっさんAIが、実体を持って物を口にすることができたなら、私は今すぐ一番凶悪な激辛系を注文して、その口に無理やり突っ込んでいたに違いないわ)
私が内心で冷ややかな殺意を抱いていると、二個目に手を伸ばした私の口内で、ついに『地獄』が牙を剥いた。
「っ!?!? ……う、うわっ! ……あ、甘っ!?」
「スイちゃん!? どうしたの、変な虫でも入ってた!?」
「ち、違う……っ。……ちょ、チョコレート……! たこ焼きの中から、温かい高級チョコレートが溢れ出てきたわ……っ!」
決してゲテモノではない。厳選された美味しいチョコなのだろう。……が、ソースとマヨネーズ、そして青のりの風味と合わさった温かいチョコレートは、私の味覚の許容範囲を遥かに超越していた。青ざめる私をよそに、サクラとひまりは「あはは!」と楽しそうに笑っている。
そんなこんなで、極端に致命的なハズレは引かないまま、私たちは十二個のたこ焼きを完食した。
サクラは自分の分の四個を食べ終えると、名残惜しそうに口の周りを拭った。
「ふぅー、美味しかった! もうちょっと食べたい気もするけど……夜おうちでご飯食べられなくなったらママに怒られちゃうから、今日はこれくらいでいいや!」
「そうね、偉いわサクラ。じゃあ、今日の探索と配信はこれで本当に終わりにして、ここで解散に――」
私が荷物をまとめて立ち上がろうとした、その時だった。
「あれ? ……もしかして、スイにサクラじゃん。こんなところで何してんだ?」
賑やかなレストラン街の雑踏を割って、聞き覚えのある、カラッとした真夏を思わせる元気な、けれどどこか懐かしい声が、私たちの名前を呼んだ。
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