No.18活動記録:滅びた世界の残骸と、謎の壁画
No.18活動記録:滅びた世界の残骸と、謎の壁画
「なるほど……。つまり、AIさんの言う『殴り魔法使い』というのは、格闘家さんのような立ち回りをするものなんですね」
一階層の花畑を歩きながら、ヒマリが納得したようにポンと手を叩いた。
『まぁ厳密にはちょっと違うんやけど、イメージとして認識できるならそれでエエ。あとな、別に素手で殴らんでもエエんやで? 何か武器を持って戦っても全然構わん。……そうやな、例えばスイはんが「重すぎてムリ」って諦めたメイスを、ヒマリはんが魔法スキルの力でブンブン振り回す……とかな』
「私が、メイスを……。わかりました、少し自分に合う戦い方を考えてみますね」
『おう、行き詰まったらいつでも聞いてや』
「おっちゃんAI! サクラは! サクラはどうすればいいのっ!?」
サクラが歩幅を合わせてドローンの下へ潜り込み、身を乗り出す。
『サクラはんはな、そのメモ帳の容量やと、現状は「魔法が五発しか撃てん」という制限を、まずは骨の髄まで自覚することや』
「……ごはつ」
サクラが自分の両手を見つめ、指を五本折って動きを止める。
『そや。その貴重な五発をどう使うか。どう味方をサポートするかで、これからの戦況は劇的に変わる。一発の無駄撃ちも許されん戦闘の支配者やな』
「サクラ、具体的にどうすれば格好よく支配できるの?」
『まずは、どんな魔法を使うか事前に頭の中でカチッと決めておくことや。そして戦闘中の状況に合わせて、その魔法の効果を現す文字をメモ帳に書いて、ページを素早く捲る。攻撃系、防御系、相手の邪魔をする阻害系に、回復系……このエネルギー量やと回復は微妙やな、まぁ色々試してみよか。呪文の文字は、サクラはんが直感で決めぇ。それをわてが実戦向きに吟味したるからな』
「うん! サクラ、すっごくワクワクしてきた!」
おっさんAIは、本当に親身になってひまりやサクラと話をしていた。その様子は、まるで出来の悪い……いや、手のかかる生徒たちを優しく導くベテラン教師のようでもある。
「ところでおっさんAI」
二人の講義が一区切りついたところで、私はドローンに声をかけた。
『なんや? スイはん』
「さっきからずっと、何もない花畑を真っ直ぐ歩かされてるけど……本当にこっちの方向で合ってるの? 景色がずっと同じで、迷子になりそうなんだけど」
『おお、カンペキに合っとるで。この辺は目印になるような大木や岩がないから不安になるのも分かるけどな、場所の正確な位置座標はわての頭の中にちゃーーんとインプットされとるからな。そこは一ミリも問題ないで』
「そうなの? ダンジョン内って外からの電波も届かないんでしょう?GPSなんて機能しないでしょうに」
『そこはギルドの「極秘機能」になるからな。お喋り好きなわてとしては、お嬢ちゃんらにバシバシ喋って裏事情を明かしてもエエんやけど――』
「それは止めなさいって、前にも言ったでしょ。変な情報に首突っ込んでギルドに目を付けられたくないわよ」
『あはは、手厳しいな!……とかなんとか、漫才みたいな掛け合いをしてる間に、そろそろ目的地に到着しそうやで』
「漫才言うな! ……って、え? どこによ」
私が足を止めると、おっさんAIのドローンが高度を上げ、前方の地面をスポットライトで照らした。
『あそこや。あそこの、ぽっかりと不自然に凹んどる窪地。あの窪地一帯に、かつてこの世界に先住民が居たという、確たる証拠が残されとるんや』
おっさんAIの言葉に誘われるように、私たちはその窪地の縁へと歩み寄り、下を覗き込んだ。
それは単なる自然の窪みというよりは、人工的に、それもかなり大規模に地面を掘り起こしたような階段状の跡に見えた。
「なんだか……昔の遺跡の発掘作業場みたいに見えますね」
ヒマリが呟いた言葉に、私も同意するように頷く。
「確かに。あちこちに土留めの支柱だったような木材の残骸が腐って転がってるわ」
『その通り、ヒマリはんの言う通り発掘現場の跡地や。元々は地上部分に建物の残骸が転がっとるだけやったんやけど、先人のトラベラーたちがそれを掘り起こしとる内に、地面の奥から古い遺物がボコボコ出てきた。で、さらに深く掘り進めていったら、大昔に人がここで確かに生活しとったという生活圏の跡――要するに、滅びた街の一部が丸ごと出てきたってことやな』
「今は、もう誰も発掘してないの?」
サクラが不思議そうに、ひっそりとした跡地を見回す。
『あらかた有用なもんは取り尽くしたからな。歴史的に重要そうなものや、技術の残滓なんかは、とっくの昔にギルドが本部に持ち帰って厳重に管理しとる。今ここに残っとるんは、一般のトラベラーが拾っても二束三文にもならんような、ただのゴミかガラクタだけや』
「なるほどね……。じゃあ、本当に今の私たちにとっては、ただの『観光名所』みたいなものなのね」
私は緊張で強張っていた肩の力を抜き、滅びた世界の残骸へと続く、古い土の斜面を見つめるのだった。
「おっちゃんAI、おっちゃんAI! あそこの下まで降りて行ってもいいの?」
サクラが窪地の底を指差して、遠足に来た子供のようにぴょんぴょんと跳ねる。
『エエけど、足元には十分気ぃつけや。あちこちに尖った石やら発掘用の古い器具の残骸やらが転がっとるからな。変なところで転んで怪我するんやないで』
「もう、おっちゃんAIは心配性だなぁ。サクラ、そんなにドジじゃ――ひゃあ!?」
フラグを回収するお手本のようなタイミングで、サクラが足元の丸太に躓いて盛大に前のめりになった。
私はすかさず手を伸ばし、サクラの小さな身体をガシッと後ろから抱きとめる。
「……言った側から何やってるのよ。気を付けなさい、サクラ」
「うう、ありがとうスイちゃん……。丸太が急に動いたの」
『動くわけないやろ。ホンマに気ぃつけや。こんなところでつまらん怪我しても、配信の画的にも全然おもろうないからな』
「う、うん……」
おっさんAIにまでお説教されてシュンとするサクラを見て、ヒマリがふんわりと微笑みながら横に並んだ。
「サクラちゃん。もしよければ、私と手を繋いで歩きませんか?」
「むぅ、サクラは子供じゃないよ? 一人で歩けるもん」
「いえ、私がちょっと足元が覚束なくて、転びそうなんです。だから、もし私が本当に転びそうになった時は、サクラちゃんが私のことを力強く助けてくれませんか?」
「……!」
サクラは少しだけ考えるように首を傾げたあと、パッと顔を輝かせてフンスと誇らしげに胸を張った。
「仕方ないなぁ、ヒマリちゃんは! いいよ、サクラが横でしっかり助けてあげる!」
「ふふ、ありがとうございます。頼りにしていますね」
そう言って、サクラはヒマリの手をぎゅっと力強く握りしめた。
「えへへ」と嬉しそうに笑うサクラを見て、私はヒマリのあまりにも完璧な『保母スキル』に内心で深く脱帽するのだった。本当に、猛獣使いならぬサクラ使いのプロである。
「じゃあ、足元に気を付けていきましょうか」
ヒマリの声に頷き、私たちはゆっくりと斜面を降りて遺跡の敷地内へと足を延ばしていく。
窪地の底に到着すると、そこには地面を四角くくり抜いたような、奇妙な空間がいくつも点在していた。
「……これが大昔の文明の跡? 文明って言う割には、なんだか地面に直接作られた、すっごく原始的な住居って感じがするんだけど」
「昔の教科書で見た、竪穴式住居のようなものでしょうか?」
ヒマリが興味深そうに周囲の土壁を見つめる。
『いや、どちらかと言えばアフリカのチュニジアにある、マトマタの「洞窟住居」に近い構造やな。地面に大きな縦穴を掘って、その穴の側面にいくつも横穴を掘って部屋にしとるんや。入り組んではおらんけど、それなりに広さはあるで。中に入るんなら、わてのボディからライト点けたろか?』
「どうする? 二人とも。一応、中も見てみる?」
「サクラは行きたい! 絶対なんかあるよ!」
「未知の構造物ですし、今後の参考のためにも、私も見てみたいです」
「はいはい、多数決で決定ね。……おっさんAI、じゃあ申し訳ないけど、ライトの照射をお願いできる?」
『おう、任しとき! 極上の暗闇ツアー、わてがバッチリ案内したるからな!』
おっさんAIのドローンが、パッと前方に向けて強い白色光を放った。
闇に浮かび上がったのは、大昔に誰かが確かにそこで生活していた、土壁の不気味な横穴の入り口。私たちはゴークくんを少し後ろに控えさせながら、その滅びた世界の記憶が眠る洞窟住居へと、一歩、足を踏み入れるのだった。
ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ……。
暗い洞窟住居へ一歩踏み出した直後、背後から何やら鈍くて妙な金属音が連続して響き、私たちは一斉に後ろを振り返った。
そこには、天井の低い住居の入り口にその体を何度もぶつけ、中に入れずにその場で右往左往している巨大なゴークくんの姿があった。
『……あー、まぁそりゃあそうやな。ゴークくんの巨体じゃあデカすぎて、この狭い横穴の入り口は入れんわ。ヒマリはん、すまへんけど一回小さくして持ち運んでくれるか? いくらあらかた発掘が終了しとる空き家とはいえ、一応は歴史的な遺物、文化財やからな。ダンジョンの保全のためにも、これ以上体当たりで削られたら困るわ』
「あ、わかりました。ゴークくん、一度『元に戻って』ください」
ヒマリが優しく声をかけると、数メートルあった鋼鉄の巨躯は、みるみるうちに三十センチほどの小さな金属の人形へと縮んでいく。
私たちはそれを専用のアタッシュケースへと丁寧に収め、私が手にして再び暗い住居の奥へと進み出した。
「それにしても、ここって電気もないのに、昔の人はよく中が見えてたよね。サクラ、おっちゃんAIのライトがなかったら、暗くて一歩も動けないよ」
「そうですね。当時はどうやってここで生活していたんでしょうか?」
ヒマリが興味深そうに、削り出された土壁を見つめる。
『まぁ、暗闇に対する「慣れ」とかもあったんやろうけどな。一説には、当時の先住民は今の人間に比べて遥かに夜目が利いたんやないか、と言われとる。実際に電気が通っとらん文明の国では、夜間の生活で使う火なんかほんの極微量やからな。その小さな灯りだけで普通に生活しとったんちゃうか、と。……まぁ、実際にそれをして生活しとった生身の人間を誰も見とるわけやないし、今はもう想像することしか出来へんのやけどな』
「でも、そうやって考えるのって結構楽しいわね。ここにいた人たちは、この部屋でこうしてたのかな? とか、どんな風に暮らしてたのかなって、色々想像を膨らませるのは嫌いじゃないわ」
『ほう、スイはんは意外と歴史の研究者に向いとるかもな。ただ落ちとるお宝を拾うだけやなくて、そうやって背景に想いを馳せられるんは非常にエエことやで』
おっさんAIの丁寧なナビゲートを聞きながら、私たちはいくつかの洞窟住居の部屋を見せてもらった。……が、本当に、見事なまでに何もない。
床にも壁にも生活用品の破片すらなく、まるで不動産屋にガランとした「家の内見」でもさせられているような気分だ。少しは隠された秘密のスイッチとか、取り残されたガラクタくらいあるかと期待していたのだけれど。
「本当に、何から何まで綺麗に取り尽くされてるって本当なのね……」
『当たり前や。ここが最初に発見されたんは、今から二十年近く前やぞ? その長い年月の間に、どれだけのトラベラーやギルドの専門家がここに入ったと思うとるねん。昨日今日トラベラーをやり出したばかりの新米お嬢ちゃんらが、今さらここで何か大発見でもしてみぃ。世界中のトラベラーや考古学の研究者たちが、揃ってスイはんたちの前に土下座するレベルの奇跡やぞ』
「ふん、舐めないでよね。うちには歩くトラブルメーカーのサクラがいるのよ? あの子が一緒なんだから、何が起きてもおかしくないわよ」
「うにゅ? スイちゃん、いまサクラのこと呼んだ?」
「なんでもないわよ。……おっさんAI、他にはもう、ここには何も無いの?」
『そやな。ガラクタはあらへんけど……最後に、アレだけは見しといたろか』
「あれ?」
『ここにある、壁画みたいなもんや。現代の学者でも意味はさっぱり分かっとらん。何かのメッセージ性があるのか、それとも当時の住人がただの感性の赴くままに衝動的に描いたのか……まぁ、百聞は一見に如かずや。見たったらええ』
おっさんAIのドローンに先導され、私たちは住居の最も奥深くへと進んだ。
そこは、いくつかの横穴が交差する、少し開けた広場のような空間だった。
「――あそこや」
ドローンの白色光が、広場の正面にある一枚の大きな土壁を、強く真っ直ぐに照らし出す。
そこには、赤黒い染料のようなもので、びっしりと何かが描き殴られていた。
それは、何か具体的な生物や風景を表すような幾何学的な模様のようでもあり、同時に、それを描いた人間の当時の生々しい『感情』を、そのまま壁にぶちまけたような歪な線の塊でもあった。
歴史の知識も、ダンジョンの知識もない私が、それを一目見た瞬間に口にできた言葉は――ただ一つだけだった。
「……なに、これ? ……見ていて、なんか、すごく怖いんだけど」
ゾワリと、冷たい鳥肌が全身に立つ。
ただの古い壁画のはずなのに、見つめているだけで、胸の奥を激しく掻きむしられるような恐怖の感情と、何かに追い詰められているかのような強烈な焦燥感が、泥泥とした濁流のように私の心へと流れ込んでくる――そんな、おぞましい気持ちにさせられるモノだった。
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