No.13活動記録:最強のガーディアン(ただし主砲は永久封印)
No.13活動記録:最強のガーディアン(ただし主砲は永久封印)
私たちが5万円の予算(の一部)を支払って魔道機人形の購入を決めると、シスイさんはアタッシュケースの端をトントンと叩きながら尋ねてきた。
「じゃあ、この子の『マスター登録』は誰がやるっちゃ?」
「マスター登録?」
「簡単に言えば、この子の正式なオーナー契約のこと。一応、後からでも変更可能っちゃけど、変更手続きにはギルドの専用窓口で目茶苦茶めんどくさい手順を踏む必要があるから、ここで一発で済ませてくれるとありがたいっちゃねぇ」
私はどうすべきか迷い、アドバイスを求めておっさんAIに目を向けた。
『そうやな。前衛で常に盾を構えとるスイはんよりは、後衛のサクラはんかヒマリはんがオーナーになった方がエエと思うで。いくらパーツ不足で出力が出ぇへんと言うても、ガーディアンはガーディアンや。後衛の二人を守る盾代わりとしては十分機能するさかいな』
「はいはいはーい! ならサクラが契約する! サクラがオーナーになるー!」
おっさんAIの言葉を聞いたサクラが、待ってましたと言わんばかりにピョンピョンと跳ねて自己主張する。
私は少しだけ、本当に一瞬だけ考えてから、シスイさんに向き直った。
「……『ヒマリ』でお願いします」
「なんでぇえええええっ!? サクラが一番最初に手を挙げたのに!」
「……いや。あんた、オーナーにしたら絶対どこかで何かしら、とんでもないことをやらかしそうだから」
「ええ~……サクラ、何もやらないよぅ!」
いや、やる。あんたは絶対に何かしらのトラブルを無自覚に引き起こす。生まれてからの付き合いである、幼馴染みの私の勘が「全力でサクラを止めろ」と告げているのだ。
「ヒマリ、お願いしていい? オーナーになってくれる?」
「私、オーナーなんて大役、やらせていただけるなら良いですけど……。本当に、本当に良いんですか?」
ヒマリは、隣で「むぅー!」と頬を膨らませて悔しがっているサクラを気にして、すこし遠慮がちに私を見た。けれど私が「構わない、ヒマリが一番安心だから」と目配せすると、ふんわりと微笑んで前に出てくれた。
「では、よろしくお願いいたします」
「はーい、じゃあちゃちゃっとやっちゃうね。登録のためにちょっとだけ『血』をもらうけど、良いっちゃ?」
「はい。どうぞ」
ヒマリは覚悟を決めたように、まるで病院の献血でもするかのように思い切り腕を差し出した。
「あはは、腕ごと差し出さなくて大丈夫! 指先だけでいいっちゃよ」
シスイさんが苦笑しながら、引き出しから小さなナイフを取り出した。その冷たい刃をヒマリの白くて細い指先にそっと這わせる。
一瞬の鋭い刃の手応えの後、その一筋の傷口からツツゥ、と赤い血が流れ出た。
「その血を、魔道機人形のこの部分にちょんと当ててくれる?」
シスイさんが指差したのは、魔道機人形の胴体の真ん中。そこには、鈍く濁ったビー玉のような結晶が組み込まれていた。
ヒマリが意を決して指先をその結晶に触れさせると、まるで吸い込まれるように、彼女の血が結晶の奥へと取り込まれていく。
――ドクン。ドクン。
まるで命が宿ったかのように、脈打つようなリズミカルな輝きを放ちながら、濁っていた結晶が淡い琥珀色に染まっていく。
「はい、これで契約は完了ちゃよ。後は、オーナーになったお嬢ちゃんが『起動ワード』を決めて、それを唱えれば全て終了。いつでも動かせるようになるっちゃ」
「起動ワードは、どんなものでも大丈夫ですか?」
「基本は何でもいいよ。ただ、あんまり複雑なものは止めた方がいいっちゃね。いざダンジョンでピンチの時に噛んじゃったり、忘れたりしたら困るから」
「わかりました。……では、サクラちゃん。この子の起動ワードは、サクラちゃんが決めてください」
「……えっ? いいの、ヒマリちゃん?」
急に大役を振られ、サクラがパチパチと目を丸くした。ヒマリは優しく頷く。
「ええ。私がオーナーをやらせていただきますが、この子は私とサクラちゃん、二人の後衛を守ってくれる騎士ですから。そこは二人で分担しましょう?」
「ヒマリちゃん、ありがとう……っ! 大好き! ならね、ならね……『スタンダップ。ゴークくん』にする!」
「……ゴークくん? なんでまたそんな名前に?」
サクラの独特すぎるネーミングセンスに私が疑問を呈すると、サクラは「えー?」と魔道機人形を指差した。
「なんか、この子の重厚なデザイン、そんな感じのレトロロボットっぽくない?」
「ああー、わかるっちゃね! 確かにあの、ちょっと古き良き『巨神』な感じがあるっちゃねぇ!」
『そうか? わてはどちらかと言えば、横縞の入った『鉄人』に見えるけどなぁ』
「あ、それもわかる~! リモコンで動きそうな感じ!」
「……」
お願いだから、私とヒマリを置いてけぼりにして、三人だけでわかる世代の古い話をしないで。完全に話についていけないんだけど。
「……コホン。では、サクラちゃんの案の『スタンダップ。ゴークくん』でお願いします」
「りょーかい。じゃあお嬢ちゃん、さっき血をつけた結晶に、もう一度だけ指先を押し当てて。そのまま起動ワードをカチッと唱えて。それで全ての登録が終了ちゃ」
「はい。……『スタンダップ。ゴークくん』」
ヒマリが真剣な表情で言葉を唱えると、魔道機人形の胸の結晶が激しく点滅し、やがて優しく安定した光へと落ち着いた。
「はい、お疲れ様。これで全てのセットアップは終了ちゃよ。後はオーナーであるお嬢ちゃんの命令をきっちり聞くようになるから、後でダンジョンの安全な場所で試してみてね」
「はい。ありがとうございます!」
こうして、私たちは当初の予定(頼れるアタッカー役のペット)とはだいぶ……いや、大分どころか完全に違う気がするけれど、新しい仲間(?)である「ガーディアン」を手に入れたのだった。
『ほなら、これからどないする? このまま早速ダンジョンに潜ってみるか?』
おっさんAIの提案に、私は手に入れたばかりの新しい相棒(伸縮式の金属棍棒)をポケットの上から叩いて頷いた。
「そうね。私もこの新しい武器を試したいし、何よりゴークくんの動きのテストもしてみたいしね。二人はどう?」
「うん! サクラ、早くゴークくんが動くところ見たい!」
「私も構いませんよ。少しドキドキしますね」
「よし、じゃあ行きましょうか」
「気をつけて行ってらっしゃい! もし動かしてみて壊れたり、メンテナンスが必要になったらいつでも持ってきていいっちゃからねぇ!」
「はい、ありがとうございます、シスイさん」
「またね、お姉さん!」
「失礼いたします」
私たちは気風のいい鑑定士のシスイさんに手を振って挨拶を済ませ、ギルドのゲートをくぐり、三度目となるダンジョンへと足を踏み入れた。
一階層。
相変わらず、目の前には現実世界とは思えないほど長閑で美しい花畑エリアが広がっている。周囲に他のトラベラーの姿がない安全な空間を確認して、私たちはゴークくんの起動テストを行うことにした。
「ヒマリ、お願い」
「はぁい。では……『スタンダップ。ゴークくん』」
ヒマリが、少し緊張した面持ちで紡いだ起動ワード。
その瞬間、アタッシュケースから取り出され、地面に置かれていた魔道機人形のゴークくんが、カタカタカタ……と不気味に震え出した。
次の瞬間、重力を無視するようにふわりと宙へ浮かび上がったかと思うと、その全身から爆発的な閃光が放たれた。
「な、何っ!? まぶしっ……!」
「目が、目が開けられないよぉ!」
「あらあら!? これ、本当に大丈夫なんですか……!?」
『問題あらへん、問題あらへん。それよりお嬢さん方、よーく見てみぃ。あれが「魔道機人形」の本来の姿や!』
おっさんAIは興奮気味に叫んでいるけれど、こっちは光が強すぎて何も見えない。
やがて、数秒の間、世界を白く染めていた魔力の光がすうっと収まっていき――私たちは、目の前に現れたゴークくんの「その姿」に、ただただ驚愕して硬直した。
「……え? 嘘、なんで……?」
「あらあら……これは、一体……」
「すっ、すごぉおおおいっ!! ゴークくん、めちゃくちゃ大きくなってる!!」
そう。さっきまで、三十センチ四方のアタッシュケースにすっぽり収まるおもちゃサイズだったはずのゴークくんは、今や私たちの見上げる背を遥かに越え、三メートル……いや、優に五メートルはあろうかという、圧倒的な質量を持つ巨躯へと変化していたのだ。
頭と腕がない、不完全な全身鎧の巨人が、花畑の中に静かに佇んでいる。
「これ、どういうこと!? はい、説明して、おっさんAI!」
『わかった、わかったがな、説明したる。あの鑑定士の姉ちゃんも言うとったが、そもそも魔道機人形は「ダンジョン産の古代兵器」っちゅうのが定説や。……では、それは何故か? このダンジョンにはな、明らかに高度な文明が存在しとった形跡、その残骸がいくつも見つかっとる。しかも……それはどうも、一度『人類が完全に滅んだ』臭いねん』
おっさんAIの声から、いつものふざけた調子が消え、冷徹な研究者としての響きが混じる。
「どういうこと、おっちゃんAI。人類が滅んだって……」
『詳しい研究はまだ発展途上やから、偉そうなことは言えんけどな。わてら研究者の間では、このダンジョンちゅう空間は、【すでに滅び去った別の人類の世界】そのものなんやないか、と言われてるんや』
サクラが呆然とする中、ヒマリがハッとしたように口元を手で押さえた。
「ええっと、それはつまり……パラレルワールド、とか……そういうお話でしょうか……?」
『ヒマリはんの言葉通りやな。どうしても、そういう結論に行き着くことになる。どこか別の世界線で、高度な文明を築きながらも、何らかの理由で滅亡した地球――それがこのダンジョンの正体。……やとしたら、どうしてそんなものが突如としてわてらの世界に繋がったのか?』
「……なんで、滅んだかもわからないってことよね?」
『せや。ギルドの調査員やトラベラーに頼んで階層をくまなく探索しとるけど、いまだにその原因らしい明確な手がかりは出てきてこうへん。……滅んだ人類が、まだ生き残っとるわてらの人類へ向けた最後のメッセージなのか、それとも、もっと最悪な何かを引きずり込もうとしとるのか。……そして、この魔道機人形も、その滅んだ世界の『遺産』ちゅうわけや』
足元に広がる美しい花畑。その更に先に眠る、滅びた世界の記憶。
私たちは、自分たちが抱えることになった「頭と腕のない巨人」を、言葉を失ったまま見上げることしかできなかった。
「……一応確認するけど。今あんたが話した情報って、私たちが知っちゃっても法律的とかギルド規約的とかに問題ないやつよね?」
『安心しいや。わてが自律行動で喋れる内容ちゅうのは、一般のトラベラーが知っても問題ないレベルでシステム制御されとる。さすがにガチの国家機密をペラペラ喋るわけにはいかんからなぁ。……まぁ、わて個人としては、もっと奥のヤバい機密を喋りたくてウズウズしとんのやけど。聞くぅ? 耳元で教えたろか?』
「聞かないわよ!! 後でどんな行動制限とか記憶処理受けるかわかったもんじゃないわ!」
『アハハハ! 流石スイはんは賢いなぁ。その方がええ。お嬢さんらは難しいこと抜きにして、普通に楽しい配信映像を撮って、キャッキャ言うて回してる方が、絶対に人生幸せに生きられるよってに』
「……」
このおっさんAI、サラッと恐ろしいことを言っている気がする。やっぱり二度とレンタルしない方がいいのかしら? でも配信の解説役としてはめちゃくちゃ役に立つし……。
「ああっ、もう! 頭が痛くなる! 難しいことは考えない!」
よし、思考放棄! 世界の謎はひとまず終わり!
それよりも先に考えるべきなのは、目の前の物理的な問題だ。
「このゴークくん……これからずっとこの大きさなの? 大きいのは頼もしいけど、これじゃギルドのロビーに持ち帰れないし、歩くことすらできないわよ?」
『その辺は心配あらへんよ。元がアタッシュケースサイズに収まっとったんや、その逆の縮小化も当然可能や。質量を魔力空間に一時退避させとるだけやからな』
「どうやったら小さくなるの?」
『ゴークくんの正式なオーナーである、ヒマリはんが「元に戻れ」と念じて命令すれば一発や。ほら、やってみぃ』
「はい! ええっと……ゴークくん、元の姿に戻ってください!」
ヒマリがパッと手をかざして指示すると、五メートルの巨体が再びピカッと眩い光に包まれた。そして次の瞬間には、光の霧が晴れるようにして、元の可愛らしい三十センチサイズの人形へとカシャリと縮んでいた。
「ふぅ……これなら持ち運びには苦労しなくて済みそうね」
足元に転がったゴークくんを拾い上げながら、私はホッと息を吐いた。
じゃあ、持ち運びの問題がクリアされたところで、次は誰もが気になる「戦闘検証」と行きましょうか。
「ヒマリ。ゴークくんの、その……」
『内部武装やな。エネルギー波砲でもエエよ』
「それ、テストで一発撃たせてみて」
「はぁい、わかりました! ゴークくん、エネルギー波砲を……そうですね、あの辺りの、誰もいない空に向かって撃ってください!」
ヒマリが再び起動させて指示を出す。
ゴークくんは相変わらず頭部がないままだが、まるで指示された方角を正確に「視認」したかのように、ずっしりとした金属の体を上空へと傾けた。
直後、地面を踏みしめるように脚部をガバッと大きく広げると、ふくらはぎの装甲がシャキインと展開し、太い金属製のフック(地面固定用アンカー)がドスゥンッ!!と強烈な勢いで地面に突き刺さった。
「え!? えええっ!? な、何よあれ!?」
『あぁ、やっぱりな。ああやって自重を地面にガッチリ固定せんと、発射時の凄まじい反動で自分自身が後ろに吹き飛んでまうレベルの出力なんやろ。お嬢さんら、安全のためにゴークくんの真後ろに隠れとき!』
おっさんAIの切迫した指示に従い、私たちは大慌てでゴークくんの背後へと回り込み、盾を構えて身を潜めた。
ゴークくんの胸の中心――あの淡い琥珀色の結晶の前に、カチカチカチ、と幾重にも重なる幾何学的な光の「魔方陣」が層を成して展開していく。
『かぁーーーッ!! まさかの「積層形の魔導砲身」かいな!? これを作った古代の設計者は、男のロマンちゅうもんを骨の髄まで分かっとるなぁ!!』
「すごーい! なんかアニメみたいでめちゃくちゃカッコいい!!」
サクラとおっさんAIが、大はしゃぎで歓声を上げている。
しかし、そのオタクたちの喜びも束の間――。
――ズ ド ォ ォ ォ ン ッ !!!
鼓膜を直接ぶん殴られたような、大気を激しく震わせる重低音の衝撃波が、私たちの体を突き抜けた。
続いて、視界を焼き尽くすほどの、眩いばかりの純白の閃光。
ゴークくんの胸から放たれた太いエネルギーの奔流は、一瞬で空へと駆け上がり、遥か上空に浮かんでいた分厚い雨雲を綺麗に円形にぶち抜いて、そのまま宇宙の彼方へと消え去っていった。
雲にぽっかりと開いた、綺麗な丸い穴から、遮るもののない青空が見えている。
「…………ねえ、おっさんAI」
私は完全に引きつった顔のまま、ドローンを見上げた。
『な、なんや、スイはん……?』
「……今のビームって、さっきのサクラのメモ帳(パラパラ漫画)の『銀玉鉄砲』で例えると、何発分くらいになるわけ?」
『あ、ちょっと待ちぃな。エネルギー計算値を換算して……ええっと、そうやね……。ざっと【1万発分】くらいやな』
「……よし。ゴークくんのエネルギー波砲は、今後『永久封印』ね」
私は冷徹な声で、即座にそう決断した。
だって、ダンジョンに入るたびにあんな規格外のビーム兵器みたいなのを撃ちまくっていたら、私たちの戦闘訓練にも配信の撮れ高にもならない。
「ゴークくんだけでいいじゃん」になったら、私たちのトラベラーとしての成長はそこでストップしてしまうのだから。
『ははは! まあ確かに、これ一体でお嬢さん方の探索はヌルゲー(超絶イージーモード)になってまうからな。その辺のセルフ縛りプレイは、お嬢さんらの配信方針で好きに決めればええと思うよ』
こうして、私たちは最強にして最大の(ただし主砲は封印された)ガーディアンと共に、次なる本格的なダンジョン攻略へと動き出すのだった。
――しかし。
この時の私たちは、まだ知る由もなかった。
昼間の一等星のごとくダンジョンの空を貫いた、あのゴークくんのエネルギー波砲。その圧倒的な光の柱を、少し離れた場所からしっかりと目撃していた「厄介な者たち」がいたことを。
同じ一階層の、少し離れた丘の上。
雲にぽっかりと開いた大きな丸い穴を見上げながら、二つの人影がひそひそと声を弾ませていた。
「あはっ! すごいの見つけちゃった! ねえ、いくよエリカ!」
「ええー……ちょっと待ちなよ、あんなの危険じゃない? 私としては、余計なトラブルはできるだけ避けたいんですけど」
「何言ってるの、あんな規格外のビームが出るんだよ? とんでもないお宝が眠ってるかもしれないじゃん!」
「お宝っ!? ……なら、イクーーーッ!」
「……あんた、最後の『イク』だけおかしな発音になってるわよ。わざとでしょう?」
「エヘッ☆」
「……おばさんがそれやっても、ちっとも可愛くないから」
「誰がおばさんじゃい!! 私はまだ精神年齢二十代、いや気持ち的には十代なんだからねっ!」
「ふぁッふぁッふぁッ! 漏れてる漏れてる、実年齢のボロが隠しきれずに漏れてる! あーおかしい!」
「ああもう、バカ言ってないで置いてくわよ!」
「行くから、行くから待ってってば! じゃあ、あの光のあった場所に向かって――レッツ・ゴー!」
賑やかで、どこか不穏な二人の影は、お互いに背中を叩き合いながら、まっすぐにスイたちのいる花畑へと向かって進み始める。
新たな波乱の予感を孕みながら、彼女たちの足音が近づいていた。




