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竜の国 【リメイク版】  作者: 一理。
王宮生活

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86/89

密談再び

引き続き第三者視点です。


 『オリヴェルト・ヴァイス・リードヴァルム』



 それは亡霊の名だ。リードヴァルム王国は三十年も昔に滅びた。王族は全て殺され竜神の血統を守る者はヴェルヴァルム王国の王族だけになった……筈だった。

 その功績を認められ第三王子だった現在のトシュタイン王国の国王は王太子になった筈だ。


「信じられない……生きて……おられたのですか……」


 アルブレヒトの呟きと共にジークも言葉を発した。


「今までどうやって……ラーシュ殿に匿われていたのですか?」


 その男、オリヴェルトと呼ぶべきかカルドッチ卿と呼ぶべきか、は苦笑した。


「リードヴァルム王国を亡ぼされてからの私の半生を語ったら夜になってしまうだろう。もう既にかなり時間が経っているので、それはまたの機会に。色々あってひょんなことからラーシュに助けられたのですよ。ラーシュの奥方はやはりラーシュの父上に助けられていた私の乳兄弟でね。トシュタイン王国の王族の非道さを間近に見て虐げられている人たちを見て、私は両親の仇を討つことを決心したというわけです」


 髪色が黒から銀色になって眼鏡を外しただけでこうも雰囲気が違うものか……とルードルフは改めて思った。グラート・カルドッチとして多く言葉を交わした訳では無いが、ニコリともせず必要な事だけを端的に話す酷薄な印象だった。

 でも今目の前にいる男はソフトな物言いと微笑のせいもあって酷薄な感じは受けない。非常に整った顔立ちは理知的な静謐な印象を与える。ただ纏うオーラは変わらない。いや増しただろうか?

 だからこそ誰も彼がオリヴェルト・ヴァイス・リードヴァルムではないなどと疑う者はいなかった。


「あなたはリードヴァルム王国の再興を考えておられるのですか?」


 ジークが掠れた声で聞いた。あまりの驚きで喉がカラカラらしくしきりに唾を飲み込んでいた。


「とりあえず座りませんか?」


 オリヴェルトの提案で一同は我に返り席に着く。

 その時になってジークは傍らのヴィヴィが涙を流しているのに気がついた。


「ヴィヴィ?」


 呼びかけても返事がない。というか、返事をする余裕が無いように見える。


「傷が痛いの? まさか見えないところに大きな傷を負っている訳じゃ……」


 その言葉にヴィヴィは大きくかぶりを振って小さな声を絞り出した。


「違うの......ちょっと......混乱してて。気を落ち着けるから時間を......」


 ヴィヴィの様子をみて心配そうにオリヴェルトが手を伸ばし、ひっこめ、何かを喋ろうと口を開き、そしてまた噤んだのをルードルフは見ていた。

 


「オリヴェルト……殿下」

「あ、私のことは暫くはカルドッチ卿とお呼びください。咄嗟に呼び間違えられても困りますから。それから殿下ではありません。リードヴァルム王国は滅びました」


 ルードルフに呼びかけられて我に返ったオリヴェルトはルードルフの呼びかけを訂正した。


「で、そのあなたはどうしてあの農作業小屋にいたのですか? かぶっていたお面の意味は? ヴィヴィを誘拐する計画に嚙んでおられたのですか?」


 ジークが矢継ぎ早に質問するとオリヴェルトは苦笑した。


「まず、私はヴィヴィの誘拐には噛んでおりません。あの小屋にいたのはアメディオ。多分彼が今回の事を企てたのでしょう」


「なあ、そのアメディオって誰だ?」というラーシュを「後で説明するから」といなしてオリヴェルトは言葉を続けた。


「私は今日、偶然ヴィヴィを王宮の庭園で見かけたのですよ。護衛もつけず物置小屋にこそこそ入っていくヴィヴィを。それで人目を憚るように運び出された木箱とそれを積んだ荷馬車を追いかけたという訳です。少々......突飛な行動はとってしまったかも……ああ、丁度入ってきた馬便の馬をかっぱらってしまったのでそこはお詫びを。お面は道すがら見つけたのですよ。まだトシュタイン王国の者たちに正体をばらしたくなかったので」

「それにしたってもう少し......こう......威厳とか」

「しょうがないだろう。馬で荷馬車を追いかけながら咄嗟に見つけたのが露店で売っているあれしかなかったんだ。かぶっていた鬘もどっかに落としてしまったし」


 小声で言い合いするラーシュとオリヴェルトはお互いに信頼し合っている友人のようでほほえましいものだったがジークはまだ納得できないものがあった。


「オリヴェルト殿、いや、カルドッチ卿はヴィヴィと面識があったのですか?」

「昨日、庭園で偶然お会いしました」

「また偶然? それでヴィヴィが名乗ったのですか?」

「いえ、会釈しただけでしたが…...」

「それで———」

「オリバー殿」


 ジークとオリヴェルトの会話に突然ルードルフが割り込んだ。ルードルフらしからぬ無作法だったが、その呼びかけをジークは、ジークだけでなくこの場にいたアルブレヒトもフーベルトゥスも奇異に感じた。オリバー、その名前には聞き覚えがある。


「オリバー殿はマリアがマリアレーテ王女だと知っておられたのですか?」


 ルードルフの問いかけにオリヴェルトは一度目を瞑った。

 そして目を開けると微笑んだ。対面に座るヴィヴィを見て。ここに居ない誰かをいとおしむように。


「いいえ、知りませんでした。トシュタイン王国では攫われたマリアレーテ王女の事件など存在しません。今回、ヴェルヴァルム王国に来ることになって初めてマリアレーテ王女の事を調べた。そして疑いを持った。三十数年前、私が谷底で拾ったあの赤子は誰だったのだろうと。そして昨日、ヴィヴィに会って確信したのです」

「……おとうさん......」


 ジークの隣りに座っていたヴィヴィからか細い声が漏れた。

 いつものヴィヴィとは全く違う、か細く頼りなげな声。


「おとうさんは一目で私だと分かったの?」

「ああ、もちろんだ。何度も想像した。トランタの町で待ってくれているマリアとヴィヴィの元に帰ることを。成長したヴィヴィはどんなに美しくなっただろうかと。年月が経つにつれ会ってもわからないんじゃないかと不安になった。けれど一目で分かったよ。君はマリアに似ているな」

「おかあさんはおとうさん似だっていうわ」

「そうか……マリアは私に似ていると言ってくれるのか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話が見えない!」


 アルブレヒトから悲鳴のような声が上がった。


「オリヴェルト殿は、あ、カルドッチ卿はあのオリバーだというのか? ヴィヴィアーネの父親で我々がずっと行方を追っていたあのオリバーだと?」

「行方を追われていたとは知りませんでしたが、私は平民のオリバーとしてこのヴェルヴァルム王国で暮らしておりました。十年前のトシュタイン王国の侵攻までは。メリコン川を渡ってきたあの侵攻が再び私の人生を変えた。トシュタインを亡ぼす、それは私の宿命なのでしょう」

「うう......何という......」


 アルブレヒトは言葉にならない呻きを上げた。そしてふと気がついたようにルードルフに向き直る。


「ルードルフは知っていたのか?」

「いえ、確信があったわけではありません。ただ私はマリアレーテ王女が誘拐された事件の時に同じタイミングで起こったリードヴァルム王国の滅亡、そこで戦火を逃れたリードヴァルム王国の王太子がマリアレーテ王女と会う可能性があるかどうかを調べていただけです。可能性はあるとはいえ、本気で信じてはいませんでした。先ほどのカルドッチ卿とヴィヴィの様子を見るまでは」

「ヴィヴィは直ぐにカルドッチ卿の事を分かったのか? その、君の父上だと?」


 ジークの問いかけにヴィヴィが頷く。


「それならなぜ僕に相談してくれなかったの? 昨日の晩にだって———」

「だってジークは今日のこの会談を控えていたし、それに……その……」


 言い淀むヴィヴィをジークが辛抱強く待つと、ヴィヴィは観念したように口を開いた。


「カルドッチ卿はトシュタイン王国の宰相補佐官でトシュタイン王国の手先だわ。だからジークに知られたくなかったの。私のおとうさんがジークのお母様の仇の一味だなんて。アルブレヒト先生だって仰ってたじゃない、私の父親がトシュタイン王国の人間だったら婚約を認める訳にはいかないって」

「私の発言か!! あの時の!!」


 アルブレヒトが頭を抱えた。

 アルブレヒトはヴィヴィの母親がマリアレーテ王女だったことでジークとの婚約に対し賛成に回ったが、それとこれは別問題だろう。


「でも僕はあの時、ヴィヴィの父親が誰であれヴィヴィを僕のお嫁さんにしたいと言ったよ」


 ジークの優しいけれど圧を感じる口調にヴィヴィは一旦口を噤んだが、一つ首を振るともう一度口を開いた。


「うん、それは嬉しかったの。でも無理をして私の前で笑って欲しくなかった。だからおとうさんに会って説得しようと思ったの。トシュタイン王国なんて捨てて帰ってきて欲しいって。......その……あの……物置小屋の呼び出しはおとうさんだと思ったから......行ったらディオがいて吃驚して......」


 だんだん尻つぼみになるヴィヴィの言葉を聞いてジークは納得した。

 自分の父親からの呼び出しだと思ったからヴィヴィは誰にも黙って行動した。だけど納得したのと許容するのは別だ。


「ヴィヴィ、それを無謀というんだ。ヴィヴィは今回の行動で護衛や皆に迷惑と心配をかけた、それは分かってる?」

「う……はい」

「僕だって......『勝手に姿を消されると僕の心臓が持たない』と言ったはずだ」

「だから時間が経てばどこに行ったのかわかるように細工して。それに追跡の魔道具もあったから」

「ヴィヴィ」

「……ごめんなさい」


 涙目で頭を下げるヴィヴィの頭をジークがポンポンと撫でる。

 それを複雑な表情で見るオリヴェルトはブツブツと呟いていた。


「ジークハルト殿下とヴィヴィはそういう仲なのか? いや、ヴィヴィはまだ子供だ、早い、早すぎる。やっと成長したヴィヴィに会えたっていうのに……ああクソ......俺はヴィヴィの五歳の頃も十歳の頃も知らない......俺には資格がない......いや、それでも......」


 その言葉は両隣に座るラーシュとエリオ王子には聞こえていたが、この二人は衝撃の事実を咀嚼するので精一杯だった。

 二人は聞いていたのだ、ヴェルヴァルム王国に残してきた平民の妻と娘がいると。十年前の侵攻の折、意識を失っていたオリヴェルトをトシュタイン王国まで秘密裏に連れ帰ったのはラーシュとその父だった。オリヴェルトの正体を知り、クーデターの旗印として担ぎ上げたのはラーシュとエリオ王子だ。今更オリヴェルトに抜けられては計画そのものが頓挫する。オリヴェルトが抜けるとは思わないが、オリヴェルトの妻子が平民ではなくヴェルヴァルム王国の王女であったことが今回の計画に吉なのか凶なのか見分けがつかなかった。


 アルブレヒトもまた頭を抱えていた。

 過去の自分の発言、それはその時点での正直な気持ちだし、トシュタイン王国を憎む気持ちは変わらない。でも自分の発言をヴィヴィに聞かせてしまった事で、ヴィヴィの心に不安と葛藤の種を植え付けた。

 生まれなど子供にはどうにもならないことだ、そのどうにもならないことをヴィヴィに突きつけるべきではなかったとアルブレヒトは今更ながらに悔やんだ。

 ヴィヴィの父親が共にトシュタイン王国を憎むオリヴェルトであったからヴィヴィの心は救われたが、そうでなければジークとヴィヴィの関係にもしこりを残したかもしれない。


「今回のヴィヴィの誘拐は第八王子のアメディオが主犯であることはほぼ間違いないと思われますが、それは一旦置いておきましょう。さて、時間も少ない、我々は今回のエリオ王子との密談でまだ肝心なことを聞いていません」


 ルードルフの声が皆の意識を引き戻した。


「カルドッチ卿、あなたはリードヴァルム王国の再興を考えておられるのですか?」


 先ほどのジークの問いかけをルードルフが繰り返す。

 オリヴェルトは慎重に答えた。


「私は、私を支えてくれている人たちはそのつもりでいます。今私はグラート・カルドッチという人物に扮して王宮に出仕しています。国王の信頼を得て王宮内部を探っていますがクーデターの際には本当の名前で軍を起こすつもりです」


 オリヴェルトに続きラーシュも口を開いた。


「もちろん人柄やカリスマ性もありますが彼が『オリヴェルト・ヴァイス・リードヴァルム』であるということも私たちにとっては大きいのですよ。私たちのように旧ゲレオン王国や旧ルセック王国、旧リードヴァルム王国の者たち、トシュタイン王国でも地方の人々には竜神信仰は根強く残っているのです。トシュタインという名前は私たちにとって忌むべき名前です。是非ともリードヴァルム王国を再興したいと考えています」


 クーデター、その言葉が初耳だったヴィヴィは目を見張った。

 しかし口は挟まずに会話を見守る。たとえ王女でも、オリヴェルトの娘でも迂闊に口を挟める話ではなかった。


「ああ! 私はこの会談に参加できたことを竜神様に感謝する!!」


 突然、アルブレヒトは感極まった様子でオリヴェルトの手をがっしと握った。

 

「必ずや来る戦いに勝利しましょう! 非道なトシュタイン王国などというものはこの大陸から抹殺しリードヴァルム王国とヴェルヴァルム王国、手を携えて民を幸福に導きましょう!」


 先ほど項垂れていた様子から一転しての大袈裟な身振りにジークはアルブレヒトの気遣いを感じた。アルブレヒトは大袈裟に皆を鼓舞してこの会談が成功だったと、リードヴァルム陣営(と言っていいかわからないが)とヴェルヴァルム王国が固い絆で結ばれたと印象付けたいのだ。ジークも同じ思いだったのでオリヴェルトと固い握手を交わした。少々、ちょっぴりだけヴィヴィの父親としてのオリヴェルトに「娘さんを下さい」の意味も込めた。


 その後はこれからどうやって連絡を取り合うかとかリードヴァルム陣営の規模や味方の名前等実質的な打ち合わせをし密談は終了となった。


「オリヴェルト殿、いやカルドッチ卿は国王か第一王子の陣営でエリオ王子の見張り役として随行したと認識しておりますが、疑われたりはしませんか?」


 最後にルードルフがそう告げるとオリヴェルトは頷いた。


「私は国王の手の者で今回の任務はエリオの監視です。……と思わせているだけですが。実は今回の訪問も私の進言によるものです。真の目的は私たちが貴方方と繋ぎを取りたかったからですが、国王には来年の戦に備えてヴェルヴァルム王国の貴族で寝返りそうな者を見繕うべきだと進言しました。なのでここにいる者以外のトシュタイン王国からの一行の者たちは必死にこの国の貴族に取り入ろうと動いているはずです。彼らにも監視はつけているのでしょう?」

「もちろんです」

「でしたら少しの間彼らを泳がせてくだされば国王は油断するでしょう。それから私が取り入ってトシュタインに寝返ったと思わせることのできる貴族を紹介してくださるとありがたいのですが」

「早急に人選にかかりましょう」


 ルードルフは頷いた。

 何人か信頼できる口の堅いものはいる。けれどことは慎重に進めなければならなかった。トシュタインに寝返ったと偽装するならば屋敷の中にトシュタインの手の者を入れてくる可能性がある。当主だけでなく家族、使用人、全てが信頼できるものを選ばなければ。



「おい、これを被っていろ。戻れば予備の鬘も眼鏡もあるんだよな」

 

 会談が終わり外に出ようとしたオリヴェルトにラーシュが上着を差し出した。

 その上着を頭からすっぽりかぶってオリヴェルトはラーシュ、エリオ王子と馬車に乗り帰って行った。


 帰る場所は同じ王宮だが、まさか一緒に仲良く帰る訳にもいかない。とりあえず第四隊の騎士に指示を出して、怪しさ満載のオリヴェルトが門を守る衛兵に止められないように手配して、その場に残ったヴェルヴァルム王国の面々も別のルートを使って王宮に帰還した。 




 様々な意味で実りある会議だった。

 これから一年かけてトシュタイン王国の第一王子を迎え撃つ戦の準備をするので関係者には段階的に情報を開示していくことになるだろうがその見極めは慎重にしなくてはならない。

 ヴィヴィやマリアレーテ王女に関しては戦などという血生臭いことからなるべく遠ざけておきたかったが、ここで明らかになった衝撃の事実から、二人を遠ざける訳にはいかなくなってしまった。

 ヘンドリック陛下と急ぎ相談しなくては、とルードルフはジークと目を見かわした。

 ヴィヴィも今日の事を急いでお母様に報告しなければ、と思っていた。

 お母様に報告してもすぐにお母様が『おとうさん』に会えるわけではない。だけど、お披露目の夜会では絶対に顔を合わす。お母様が待ち望んでいたオリバーにやっと会える、それはもうすぐだよ、と言ってあげたかった。


 

 様々な思惑が交錯する夜会はもう目の前に迫っていた。

 


 


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