誘拐されるのは趣味じゃない
ヴィヴィ視点に戻ります。
別に誘拐されるのが趣味って訳じゃない。
だけど私はまたもや誘拐されて荷馬車の中にいる。
約束の二時の一時間前に私は今日は西側の庭園に行きたいわと離宮を出た。
レーベッカには届け物を頼んだので戻ってくるのは三時頃だ。
護衛のアロイスとローラントを伴って離宮から本宮へ、本宮の西側から庭園に出た時に私は言った。
「あ、帽子を忘れてきてしまったわ、ローラント、とってきてくれない? ベティーナに聞けばわかると思うの」
ローラントはアロイスを見て、アロイスが頷くと駆け出して行った。
「あ、あそこのガゼボで待っていましょうか」
アロイスと一緒にアレス庭園の入り口にあるガゼボに向かったところで私は「あっ!」としゃがみこんだ。
「ヴィヴィ様、どうされましたか?」
「靴のかかとが取れてしまったの。アロイス、代わりの靴を持ってきてくれない?」
アロイスは逡巡した。自分までヴィヴィの傍を離れる訳にはいかない。
「ヴィヴィ様のお傍を離れる訳にはいきません。ローラントが戻ってきたらもう一度行かせます」
「でも、それにちょっと足を痛めてしまったみたいなの。冷やす物を持ってきてくれると嬉しいわ」
「医師を——」
「そんな大げさにしなくてもいいわ。ちょっと休んで冷やせば大丈夫よ。ね、ガゼボで大人しく待っているわ」
「しかし……」
「ここは王宮よ、それにこの辺りは人通りもあるから安全だわ」
それでも迷っているアロイスに再度「ね、大人しく待っているから」と告げると不承不承頷いた。
私をガゼボの椅子に座らせてアロイスは「急いで行ってまいります」と駆け出した。
さあ、ここからが勝負。私は手提げのバッグの底に隠しておいた代わりの靴を取り出して履き替えると素早くアレス庭園に向かった。
「外れの物置小屋は…………あ、あれかしら」
庭園を突っ切って王宮のほぼ西の端に出ると、従業員の通用門から少し離れた場所に庭師が使う物置小屋があった。
ここまで来るとさすがに人はいないし、通用門からは丁度木立が遮って見えない。
だから私は気づかなかった。小屋で待っていると思ったその人が偶然私を見かけて後をつけてきたことに。
小屋の前に立って小さくノックすると戸がスッと、じゃなくてガタピシと開いた。
薄暗い中からぬっと手が出て来たが、私はそれを避けて小屋に入った。
「……一人だろうな」
「見てのとおりよ」
「誰かに知らせたりは」
「していないわ(今はね)」
あれ? 『おとうさん』じゃない?
「あなた誰?」
「ククク......誰だっていいだろ、それよりチョロいな、こいつ危険だってわかっていないんじゃないか?」
男が腕を伸ばす前に私は障壁を張った。
「ん? 何だ? え? 何をしたんだ? どうして前に進めない?」
私はもうウォンドを使った魔術の練習をしている。障壁なんて秒で張れるし、ウォンドを使えばニ、三人の敵ぐらいなら制圧できると思う。人に向けるのは怖いからやったことないけど。
「言いなさい、何の目的で私を呼び出したの? 大事な人って誰のこと? まさか、これは『おとうさん』が仕組んだことなの?」
「はあ? お父さん? 何のことだ? それよりこの見えない壁を消せ! さもないと......」
小屋の奥、棚の影から出て来たのはもう一人の庭師風の男と縛られた......
「ディオ? どうしてこんなところに?」
「ヴィヴィ様ぁ、助けてくださいーー」
ああ、いつぶりのディオだろう、学院を抜け出して王都に向かう私を心配してついて来てくれた時以来———ううん、私は頭を振って縛られたディオを見た。
シャルロッテ様のお茶会以来だ、遠目だけどあれは間違いなくディオだった。
「何のお芝居なの? ディオ、それともアメディオ王子って呼んだ方がいいかしら」
私の冷たい声にディオは顔を伏せた。え? 私の勘違いだった? って一瞬思ったけどそれは違った。
「…………ふふふ............くくく......あーあ、やっぱり知っていたんだぁ」
顔を上げたディオはディオじゃなかった。だって表情が全然違う。皮肉そうな口元も暗い色をした眼差しも。
「あのねえ、僕の目的は君だよヴィヴィ。君をトシュタインに連れていって僕のお嫁さんにしてあげる」
縛られていた筈の縄をぱらりと足元に落としてディオは立ち上がった。
「私がそれに従うとでも? 今だって私に触ることもできないのに?」
「そうなんだよなあ、ヴィヴィって意外に強いんだね。そんなところも僕に相応しいなあ。ナルシス馬鹿や自信過剰アホ兄にとられないようにしなくちゃ。ヴィヴィだって可愛い僕のお嫁さんの方がいいよねえ」
私は顔をしかめた。楽しかったディオとの思い出がどんどん壊れていくからもう喋らないで欲しい。
「どちらもお断りよ、大人しく捕まりなさい。さあ———」
「ちょっと待った。しょうがないなあ、僕を捕まえたら本当の人質をウーゴが殺しちゃうかもしれないよ」
呼子をポケットから出した私は口に当てようとしていったん止めた。この呼子を吹けばこの辺りを警備している衛兵や通用門の門兵に聞こえるはずなんだけど、ちょっと待って、本当の人質って誰?
「この髪飾り、見覚えある?」
「……知らないわ」
「あーー、冷たいんだあ、ほら、お友達になれそうだって言ってたじゃない。庇ってくれたってさあ」
「シャルロッテ様?」
そういえばジークたちが竜の森に入っている時に雑貨屋に出かけてそんな話をしたような気がする。
シャルロッテ様がディオたちの手のうちにあるという事なのだろうか。
「そうそう、ナルシス馬鹿って言ってもわかんないかあ。パルミロの獲物だった女だよ。やっぱり殺すのは勿体ないからあのお茶をたくさん飲ませてパルミロの土産にしてもいいかもね」
「そんな事させないわ!!」
「あはは、どうやって? 言っておくけど僕を捕まえて拷問したって無駄だよ」
ディオは明るくて素直で......でも本当の顔は違った。今のディオはなにか諦めているような暗い瞳だ。本当に拷問したって無駄かもしれない。ううん、捕まったらその場で命を絶ちそうな危うさがある。
「……分かったわ。この障壁を解くからシャルロッテ様のところに連れていって」
私は素直に誘拐されることにした。
シャルロッテ様を見捨てることなんかできない。シャルロッテ様に会うまでは大人しくしていてあげる。
後ろ手に縛られ、目隠しをされて箱のようなものに入れられた。
周りが見えないから推測するしかないけれど、多分私は荷馬車に積まれて通用門から王宮の外に運び出された。
そして今は荷馬車の中で揺られている。
まったくもって誘拐されるのは私の趣味でも特技でもない。
だけど最初に誘拐された時よりは慣れている。
体感では今は三時くらい。レーベッカが離宮に戻ってくる頃だ。
アロイスたちは私が姿を消してから必死に探しているだろう。(ごめんね)だけど、状況から私が自主的に姿を消したと思う筈。だからまだ公にはしていない。
レーベッカには戻ってきたら机の一番上の引き出しの中の手紙を出して欲しいと頼んである。
その引き出しには昨日図書館の本に挟んであったメモを入れておいた。
そして物置小屋には目隠しをされる前に私のハンカチを置いておいた。
それから一番肝心な事、私は右手の中指にはめている指輪をそっと確かめた。
これは追跡の魔道具。
ほんの一年前に開発されたばかりの改良型。従来の追跡の魔道具はもっと大きなものだったのだけど、小型化に成功し、発信機は指輪やペンダントの形に出来るようになった。
実用化されたばかりで、これを身に着けているのは王族だけ。そして受信機は私の場合はジークが持っている。最初は専属護衛が受信機を持つべきだという意見も出たけれど、専属護衛は主と行動を共にしている筈なので(もう一回、アロイス、ごめんね)護衛ごと行方が分からなくなると誰も行方を追えなくなるという事で自分以外の王族がお互いに受信機を持つことになった。
微弱な魔力を流せば発動するそれを私はそっと確かめる。
今はまだその時じゃない。
シャルロッテ様の居場所が分かってから。
暫く走っていた馬車が停まり、私を入れた箱が運ばれていく感覚。そうして私は箱の中から引っ張り出された。
馬車の走っていた時間から考えると、ここは王都の端か、王都の外門から出てもすぐの辺り。次の町までは行っていない。
目隠しが外されて私は周りを見回した。
私がいるのは多分農作業小屋。農機具が壁沿いに立てかけてあるし、一角にはわらが積まれている。王宮の物置小屋は棚にも壁際にも雑多なものが並べられた小さい小屋だったけど、ここはその五倍くらい広くて天井も高い。そして桶やらざるやらが積まれているそのすぐ前の地面に後ろ手に縛られた女の人が横たわっている。
シャルロッテ様だ。
私は直ぐに駆け寄ろうとしたけど、肩をグイっと引かれて押しとどめられた。
「……生きているのよね?」
私を押しとどめたディオを振り返って睨むとディオは大袈裟に「おおこわっ!」と両手を上げた。
「気絶しているだけだよ。普通のご令嬢はヴィヴィみたいに度胸が無いからねえ。そんなところもヴィヴィの魅力だけどね」
シャルロッテ様はそんなか弱い令嬢と違う。物理的な意味じゃなくてね。シャルロッテ様が気絶したんならそれほど恐怖を味あわせたか、危害を加えられたか。
私が睨み続けるとディオはちょっと肩をすくめた。
「ちょっと薬を盛っただけだからそんなに睨まないで欲しいなあ。それにね、ヴィヴィにもその薬を飲んでもらいたいんだよ。大丈夫、ナルシス馬鹿のお茶と違ってただ眠るだけだからさあ。気持ちよくおねんねしている間に船に乗れるから。あ、その準備にもうちょっとかかるからこんな汚いところで可哀そうだけど待っていてね」
シャルロッテ様が無事ならもう躊躇う事はない。
私は指輪に魔力を流すと同時に、肩を抱こうとしたディオに体当たりした。
「うわっ!!」
のけぞったディオに目もくれず壁際まで走る。
できる、魔力のコントロールなら飽きるほどやった。なるべく自分の手を傷つけないように指先から魔力を放出する。
バキッと壁の一部が傷ついたけど、ちょっと手も切り傷だらけになったけど、私を縛っていた縄が切れた。
両手が自由になったらこっちのものよ、隠していたウォンドを取り出して呪文を唱えた。
この場にいる男たちは七人、ウォンドの先から水の球が勢いよく発射されて襲い掛かろうとした男どもを跳ね飛ばす。竜騎士なんかはウォンドから光線を出すことが多いんだけれど、私は怖いからこっち。
魔力のコントロールには自信あるけど、光線だと間違って殺しちゃうかもしれない。水なら当たっても死ぬことはない。凄い勢いだから怪我はするかもしれないけど。
バシュッバシュッと水の球で三人倒した時にディオがナイフを投げたのを目の端で捉える。
水球をディオに向けてはなったけれど、ちょっと遅かった。
ディオは吹っ飛んだけど、ディオのナイフが右腕をかすめた。
「あっ!」
思わずウォンドを取り落とした時に、「そこまでだ」と声が聞こえた。
一瞬期待した。アロイスたちが駆けつけてきたんだと。
でも違った、振り返った私の目が捕えたのは気絶しているシャルロッテ様を引き起こして喉にナイフを当てているウーゴさんの姿だった。
「イタタ......遅いよウーゴ」
「申し訳ありません、若様。ですが、準備が整いました」
頭を振ってディオが起き上がるとウーゴさんは油断なくナイフをシャルロッテ様に当てながら応える。
やっぱり水球を当てたくらいなら気絶しないか。あ、でも先に倒した三人は三発くらい当てたから気絶しているみたい。
といっても絶体絶命に違いないんだけど。しょうがないから大人しく捕まってここから移動させられても騎士たちが追跡してくれるのを待つしかないかな。
「若様、ヴィヴィ様のウォンドを取り上げてください」
「そうだね、まったく油断しちゃったよ。ヴィヴィは剣やナイフは使えないでしょ、ウォンドで攻撃するなんて思ってもみなかったんだ。トシュタインには魔術なんて無いからさあ」
そう言いながらディオが近づく。
「今度は大人しくしててね。ヴィヴィの可愛い顔にも身体にも本当は傷一つつけたくないんだよ」
「でもナイフを投げたわよね?」
「ああごめんねえ、痛かった? ちゃんと手当てするからね」
私の思い出の素直なディオの顔を皮肉に歪ませて甘えたような口調で話すディオは物凄く気持ち悪かった。
ディオが地面に落としたウォンドを拾い上げ、私の怪我した腕を掴もうとした時に小屋の扉がバン! と開いた。
同時に何かがヒュンと飛んでウーゴさんの腕にぶち当たる。
「うっ!!」
ウーゴさんがナイフを取り落としたと同時に今度は何かが、じゃなくて黒い影が素早く飛んでウーゴさんを蹴り飛ばした。
今度こそアロイス?
「ありがとうアロイス......じゃない!! 誰!?」
その人はシャルロッテ様を抱き止めると私のところに担いできた。
もちろんその間も襲い掛かってくる男たちを蹴り飛ばし、担いでいない方の手で殴り飛ばす。私は扉がバン! と開いたときにディオから一歩離れて咄嗟に障壁を張ったのでディオは私に触れることはできなかった。
「若様! 危ない!」
やっと起き上がったウーゴさんの声で私の障壁を何とか突破しようとしていたディオが地面に転がる。
その今までディオがいた空間を男の人の足がブンッ! と薙いだ。
「うわあ、ヤバッ!」
転がったディオが起き上がった時には味方? の男の人は私の近くまで来ていたので急いで障壁を解除する。
私の横にドサッとシャルロッテ様を置いた男の人が言った。
「ヴィヴィ、さっきの透明な膜みたいのを張れ! 身を守れるな?」
「はい!」
素直に返事をして障壁を張りなおしてから気がついた。
だからあなた誰?
聞こうとした時にディオがナイフを手に男の人に襲い掛かるのが見えた。
「危ない! えっと......えっと......ドラゴンジャー赤!!」
ドラゴンジャー赤は素早く地面に転がると落ちていたナイフ(さっき私の腕をかすめたヤツ)を拾ってディオのナイフを受け止めた。
ドラゴンジャー赤は足技も凄いけど、ナイフも上手かった。
バッタバッタとディオ一味が倒されていく。足や腕を刺されてディオ一味が地面に転がって呻いている間に肝心のディオとウーゴさんの姿が見えなくなっていた。
「ドラゴンジャー赤、ディオがいない!」
「ドラ......?」
ポカンと男の人が動きを止める。
表情が見えないからポカンとしているかどうかわからないけれど。
だってその人は銀の髪をなびかせ、お面をかぶっていたから。
仮面じゃないよ、お面。ドラゴンジャー赤の。
ドラゴンジャーっていうのは子供たちに人気のヒーロー。
数年前、絵本から始まったドラゴンジャーは瞬く間に子供たちに人気となった。字が少ししか書いていない絵だけでも追えるストーリーの絵本だったから平民の子供に大人気となり、近頃はお祭りの時に広場で寸劇が催されるほど。竜神信仰が厚いこのヴェルヴァルム王国で竜は大人気だ。その竜を擬人化したヒーローが悪を倒す単純だけど痛快なストーリーが大うけした。はるか西方の島国での竜の呼び方、ドラゴンをもじった名前も斬新でうけた。ちなみに契約竜の色になぞらえてドラゴンジャー赤、青、緑、黄がいる。黒は総司令。
その子供向けのドラゴンジャー赤のお面を助けてくれたその人が被っているのだった。
「ああくそっ、逃げられたみたいだ。相変らず逃げ足が早いな」
呻きながら逃げ出そうとしたディオ一味の下っ端を踏んづけて気絶させてからドラゴンジャー赤が呟いた。
相変らず? という事はこの人はディオの事を知っている。そしてさっき私の事をヴィヴィと呼んだ。
本当に、この人は誰なの?
申し訳ありません、ストックが無くなってきたので投稿を三日ごとにします。
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