二年生(22)——冬期休暇
私はその場にへたり込んだ。
違う! へたり込んでいる場合じゃない! このことを早くジークやフィル兄様に知らせなきゃ!!
震える足を必死に動かしてサロンに向かう。
なんかお屋敷が騒然としている。バタバタと外を走る音が聞こえる。
「ジーク!!」
第四隊のセルブス隊長と難しい顔で話し込んでいるジークを見つけて呼びかけた。
「ああ、ヴィヴィ、不味い、パルミロに逃げられたかもしれない」
「ねえ、大変なの! ディオが! ディオが第八王子で、パルミロが——」
「ディオって何だ? ごめん、今はゆっくり聞いてあげられない、ちょっと待ってて」
ああ、焦っているせいか上手く説明できない。落ち着かなきゃ。
スーハーと深呼吸をしているとフィル兄様が駆け寄ってきた。
「ジーク、やっぱり逃げられたみたいだ。第四隊で行方を追っているが……。それから従業員の出入り口の近くにこれが落ちていた」
フィル兄様が差し出したのはさっきディオが抱えていた包みだ。
「これ......お茶?」
「多分そうだよ」
私が聞くとフィル兄様が頷いた。
「これの近くに誰か......えーと私ぐらいの歳の男の子と身体の大きな男の人と......」
「いや、誰もいなかった」
じゃあディオも姿を消したんだ、ウーゴさんも。また私の前から......。
結局パルミロは見つからなかった。
次の日に私は国王陛下の執務室にいた。
あの後私はジークとフィル兄様に廊下で聞いた話を伝えた。
上手く説明できたのかわからないけれど、なるべく冷静に順序だてて説明したつもりだ。
私の話を聞いたジークは顔色を青くして、すぐに王宮に引き返した。
フィル兄様はペーレント伯爵と話をして今回の件の口止めと後始末をして王宮に戻った。
ペーレント伯爵は頼もしく頷いて使用人にも口止めを徹底すると約束してくれたけど、夫人はシャルロッテ様の事が気がかりなようだった。
王宮に来た時はシャルロッテ様はおかしくないと主張していたけど、お茶会でのパルミロのなれなれしい様子やそれを許している、いえ、それにのぼせ上っているようなシャルロッテ様の様子を見て思うところがあったようだ。
パルミロには逃げられたけどお茶の現物は手に入った。
これを分析すればどういう薬物が使われているか判明するし対処も出来る。フィル兄様の説明に夫人はやっと安堵の表情を見せた。
陛下の執務室にお邪魔するのはジークとの婚約を認めてもらった時以来だ。
今日はアルブレヒト先生とゴルトベルグ公爵はいなくて、宰相であるお父様とフーベルトゥス騎士団長、ノルベルト侍従長のほかに王国騎士団第四隊のセルブス隊長と私より緊張した顔をしているペーレント伯爵がいた。もちろんジークとフィル兄様も。
「令嬢失踪事件の主犯とみられるパルミロを取り逃がしてしまった事、深くお詫び申し上げます」
まずセルブス隊長とジークが陛下に頭を下げた。
「どういう状況だったのだ」
陛下の問いにジークが答える。
「令嬢失踪事件にコズモ商会のパルミロという男が関与しているのではないかという仮説のもとに、私たちはパルミロが現れるというお茶会の様子を探ることにしました。ペーレント伯爵の御息女、シャルロッテ嬢が協力を申し出てくれてパルミロが提供するお茶が怪しいのではないかという結論に達し、その現物とパルミロを押さえるべくペーレント伯爵家で罠を張っておりました。お茶会の途中でパルミロが件の茶葉を馬車に取りに行かせ、その茶葉が届いたら現物を証拠としてパルミロを取り押さえる手はずだったのですが——」
なかなか届かない茶葉に「ちょっと遅いな、様子を見てきますね」とパルミロが席を立った。
そしてそのまま戻ってこなかった。
廊下を急ぐパルミロに「私が代わりに取ってきましょうか?」と声を掛けたメイド(第四隊の女性騎士)には「扱いが難しい茶葉なので私が取ってきますよ」とにこやかに答え、「あなたのような美しい女性に気遣っていただけて嬉しいです。今度あなたにもささやかなプレゼントを贈らせてください」とウインクを飛ばして去って行った。その様子には変わったところは見られなかった。
馬車にも見張りがついていた。その見張りは馬車の中に入っていくパルミロを見ている。御者台には誰もいなかったので馬車が走り出さないことはわかっていた。しかし、馬車の中に入ったパルミロが一向に出てこない。不審に思った見張りが馬車を覗くとパルミロは忽然と姿を消していた。
「それからそのパルミロの正体に関してですが重要な事をヴィヴィが掴みました」
ジークが頷いたので私は廊下で聞いたディオとウーゴさん(多分)の会話を思い出せる限り忠実に再現した。
ガタッ!
音を出したのは扉の近くに立っていたフーベルトゥス騎士団長。そしてお父様も陛下も身を乗り出すようにして私を凝視していた。
「調査は必要ですが、パルミロはトシュタイン王国の者であるという疑惑が浮上しました。いえ、疑惑ではなく私は令嬢失踪事件の黒幕はトシュタイン王国であると確信しています。返す返すもパルミロを逃したことが悔やまれます」
ジークは悔しそうに拳を握る。私はその拳の上にそっと手を置いた。ごめんなさいの気持ちを込めて。
「誘拐を企てていたガスパレは死んだ。パルミロ、えーとヴィヴィアーネ嬢の聞いたところによるとパオリーノだったか? そいつは誰なんだ?」
フーベルトゥス騎士団長の問いに答えたのはお父様。
「たしか第一王子サロモネの第三子がパオリーノという名前だった」
「そいつもトシュタイン王国の王子か! 我が国の警備体制も見直さなきゃならないが、第八王子といいトシュタイン王国の王子って奴はみんな間者よろしくホイホイ敵国にやって来るのか? 身軽過ぎないか?」
フーベルトゥス騎士団長の次の質問に答えたのは陛下だった。
「公には王子と認められていない第八王子はともかくパオリーノという王子が我が国に潜入していたのはそれが必要な事だからだろう」
「つまり陛下はこの令嬢失踪事件は単なる誘拐ではないとお考えですか?」
お父様の問いかけに陛下は「ルードルフもそう考えているだろう?」と笑った。苦いものを含んだ笑いだったが。
「パルミロを逃したのは多分私の所為です、申し訳ございません」
私は頭を下げた。
「第八王子も捕まっていないのですよね、第八王子に姿を見られたのです。第八王子が私に気づいた、それがパルミロを逃がすきっかけになったのかもしれません」
「それは違うよヴィヴィ」
即座にジークが否定した。
「君が窓から覗いたときに第八王子と目が合ったかもしれないって言うんだろ。だけど窓と従業員出入り口は離れていた。それに君は変装をしていた。そんな一瞬で君の正体を第八王子が見破ったとは思えない。それよりパルミロや第八王子に気づかれるような不手際を私たちの誰かが犯していたのかもしれない」
「アウフミュラー嬢、私も同じ意見です。遠目で見たメイドが実は侯爵令嬢だと気づくのは不可能でしょう」
セルブス隊長もそう言ってくれたけど、私はそれでも少なくともディオが姿を消したのは私に気づいたからだという疑いを拭えない。
「でも私は彼に気づいたんです。姿を見る前に声でわかっていたからかもしれませんが」
「ヴィヴィ、君の口ぶりだとまるで第八王子の事を知っているように聞こえるんだけど」
ジークが私を見る。私は頷いた。
「ヴィヴィ、それはどこでだね? 半年前は誘拐された時に一度声を聞いただけという証言だったが」
お父様の質問に答えるために私は一度深呼吸をした。本当はまだ動揺している。ディオがトシュタイン王国の王子なんて何かの間違いじゃないかと思っている。間違いじゃないって確信している自分もいるけれど。
そして私は夏期休暇の時の事も思い出していた。マーベルの町の事件に巻き込まれた切っ掛け、それはマーベルでディオを見かけて後を追おうとしたのをヴィムに勘違いされて誘拐されたのが切っ掛けだった。
「今回もう一度声を聞いたことで分かったんです。第八王子はディオという名でヴァルム魔術学院の西エリアにある雑貨屋で働いていました。雑貨屋の店主はウーゴ、彼は第八王子の家来だと思います」
「「「何だって!?」」」
みんなの動きが一瞬止まった。
お茶を入れ替えていたノルベルト侍従長まで固まっている。
「雑貨屋? ヴィヴィが贔屓にしていたという? 店員にお世話になったと言っていたな」
最初に我に返ったジークが呟いたので私は頷いた。
「ディオには何度もお世話になったの。明るく素直な男の子で話し方も全然違ったのよ。だから今回窓の外の声を聞くまで全然気がつかなかったの」
「学院に連絡して急ぎその雑貨屋を差し押さえます」
踵を返そうとするフーベルトゥス騎士団長に私は急いで言った。
「もうありません」
「……無い?」
「はい、トシュタイン王国にジークを探しに行った後、学院に戻ったら雑貨屋は無くなっていました。どこに移転したのか知りたくて聞きまわってみたんですけど、誰も知りませんでした」
「むむう......またしても知らず知らずのうちに取り逃がしていたという訳か」
フーベルトゥス騎士団長は憮然とした表情だ。
「とは言え学院内に出店するには相応の紹介状なり身分保障が必要です。どういう経緯でトシュタイン王国の第八王子が出店できることになったのか、調べるべきことは多々ありそうです。こちらの調査は私が行いましょう」
お父様の言葉に陛下は「頼むぞ、ルードルフ」と言った後に私を見た。
「ヴィヴィアーネ嬢には驚かされることばかりだ」
「父上、ヴィヴィはそんなつもりでは——」
「ああ、ムキにならなくてもわかっているよ、ジーク。私はヴィヴィアーネ嬢を非難しているわけではない。寧ろ今回の事はヴィヴィアーネ嬢のお手柄だ。単なる、と言っては語弊があるかもしれないが、令嬢失踪事件だと思われていたものがトシュタイン王国の陰謀だと気づくことが出来た。それに関与している人物が第一王子サロモネの第三子と第八王子だと判明した。幻だった第八王子の容姿も判明したし、数か月前までではあるが足取りも掴むことが出来た。ヴィヴィアーネ嬢には感謝しかない」
陛下だけでなくお父様も頷いて「ヴィヴィよくやった」と言ってくださった。
フィル兄様がそっと私の背に手を当てる。その手のぬくもりにじんわりしているとフィル兄様は私の耳元で囁いた。
「うん、僕のヴィヴィはやっぱり世界一だ」
隣に座っているジークには聞こえたみたいで「僕のって……それは僕のセリフだ」とムッとした表情でフィル兄様を睨んでいた。
騎士団は私たちが陛下の執務室で話をしていた間もパルミロの行方を捜していたけれど、手がかりはつかめなかった。
捕縛できたのはお茶会の会場に残っていた従業員一名と使用人休憩室でお茶をご馳走になっていた御者一名。従業員はひと月前に雇われたばかりで、御者に至っては日雇い、彼等はコズモ商会についてほとんど何も知らなかった。
騎士団はパルミロの現在の住まいと目されている屋敷にも捜査の手を伸ばしたが当然のことながら彼はいなかった。
ただ以前と違っていたのは屋敷には使用人もいて調度品もそのままだったこと。それは今回パルミロが姿を消したのは突発事態だったことを意味している。屋敷にいたパルミロの側近の部下らしい三名も姿を消している。屋敷にいたのは新しく雇い入れた使用人ばかりで彼らのことを詳しく知るものはいなかった。
コズモ商会、及びパルミロは王都から忽然と姿を消してしまった。
そしてディオとウーゴさん、いえ、第八王子アメディオとウーゴも。
「ヴィヴィ、進展があったらまた伝えるから」
物凄く後ろ髪を引かれる思いだったけど、ジークのその言葉に頷いて私は王都を後にした。
今度は馬車で学院に向かわなくてはならないので早めに王都を出発しなければならなかったのだ。




