二年生(20)——冬期休暇
二日後、私は王太子妃教育の後ジークの執務室に向かった。
トーマスからはすぐに返事が来た。ジークになら話しても構わない、というか拒否なんてできないと。
お姉さまは結局家出中のことは何も話さなかったそうだ。それと近況についても触れられていた。
結婚後、お姉さまからは二~三か月の割合で家族に手紙が届いていたそうだが夏からはぱったり途絶えたらしい。そして先日結婚相手からお姉さまが実家に帰っていないかと問い合わせがあったらしい。
「まず二日前に話したご令嬢の名前はハイディ・ビーガー様。あ、今はご結婚されたから家名は違うのね。トーマスのお姉さまなの」
トーマスはジークも良く知っている。ジークは複雑な表情を浮かべた。
「その女性は結婚したんだったな」
「ええ。ご結婚された方が竜の森の門の守衛勤務なので今は王都にいない筈よ」
「「竜の森の門の守衛勤務!?」」
ジークとフィル兄様は驚いたようだった。
「どこの門だ?」
「そこまでは聞いていないわ」
「わかった。それはこちらで調べよう。フィリップ」
ジークが声を掛けるとフィル兄様が急いで部屋から出ていきそうになったので私は引き止めた。
「待って! トーマスから貰ったお返事に書いてあったのだけれど……」
私はトーマスからもらった手紙を見せた。
その内容を読んでジークとフィル兄様が顔を見合わせる。お姉様の旦那様から家に帰っていないかと問い合わせが来たという事は今度こそお姉様は失踪したのかもしれない。
「それと……これは私の勘違いなのかもしれないけど……」
私は躊躇いがちに切り出した。今から話すことは全く自信がない。
「去年の冬期休暇の時に街で偶然アンゲリカ・ウルプル伯爵令嬢と会ったの。その時彼女の連れの男性がパルミロって名前だったような気がするの」
なにしろ一度アンゲリカが口にするのを聞いただけだ。ちょっと変わった名前だな、と印象に残ったのと、その前に学院で彼女が新しくできた彼が凄いお金持ちだと自慢していたのでこの人がお金持ちの彼かな? となんとなく覚えていただけだ。
「あの、でも全然自信は無いのよ。勘違いかもしれないし……」
「うん、それは慎重に調べるから大丈夫だよ」
ジークは安心させるように言ってフィル兄様に向き直った。
「ヴィヴィ。貴重な情報ありがとう! 急いで調べるよ。僕のヴィヴィはやっぱり最高だ!」
フィル兄様は私の頬にキスを一つ落とし上機嫌で部屋から出ていった。
「ちょっ! 僕のヴィヴィっていうのは僕のセリフだ!」
ジークがハンカチで私の頬を拭いている。フィル兄様のは妹愛なんだから気にしなくてもいいのに。
それからしばらくは王太子妃教育の帰りにジークの執務室に寄って調査結果の報告を聞く日々が続いた。
それまでコズモ商会がどういう伝手でお茶会に招かれているのかがわからなかったのだがアンゲリカの紹介でコズモ商会のご子息のパルミロという人はジモーネ様のお姉様とも知り合いになっていた。そしてハンクシュタイン侯爵家の伝手で下位貴族や爵位無しの貴族のお茶会に顔を出して商品を売ったりしていたらしい。
商品自体は良質で安価。加えてご子息は整った顔立ちで女性に対してとても親切で甘いセリフを吐くので必ず一人や二人はポーっとなってしまうらしい。ポーっとならないまでもどの令嬢も褒められて悪い気はせずお得な買い物ができるので評判は上々だったらしい。
ジモーネ様の姉のゲルトルート様も取り巻きや派閥の令嬢からの評判がいいので鼻高々だったそうだ。それはゲルトルート様に紹介をしたアンゲリカも同様である。
パルミロはお茶会に招待されていくときにハンクシュタイン侯爵家の名前を出さないように頼んでいた。なので毎回紹介するのはハンクシュタイン侯爵家の派閥の誰かで毎回紹介者の名前が違うので絞り込みが難しかったのだ。お茶会に商会を招いた紹介者に聞いてもハンクシュタイン侯爵家の名前は出てこなかったし商会に詳しいのかと聞いても前のお茶会で紹介され評判がよかったから招待しただけだというばかりであった。
しかし貴族のお茶会に正体不明の商人を招くわけがない。きっと大物の後ろ盾があるのだろうと考えられていた。
コズモ商会自体は王都に店舗を構えていない。紹介や伝手を通じての販売しか行っていないという話だ。これは特段おかしいものではない。貴族相手の商売は貴族のお屋敷に商品を持っていくことがほとんどだから店舗を構えていない商会もあるのだ。
商品は化粧品や珍しい茶葉、普段使いできるようなアクセサリーに洒落た小物。簡単に持ち運びできるような物で女性が喜びそうな物を扱っている。
店舗は構えていなくても王都に屋敷は構えていた。少し郊外だがかなり大きなお屋敷だ。使用人の数も多く調度品も見事だったらしい。それもコズモ商会の信用を高めた要因だった。
らしいというのは今はそのお屋敷はもぬけの殻だからである。調度品も何一つ残っていない。
コズモ商会は昨夏以来忽然と姿を消したのだった。
この冬にまたお茶会に姿を現し始めたと情報を得たが上位貴族から下位貴族、爵位無しの貴族の内輪のお茶会までどこに姿を現すかわからず苦慮していたところ私の情報を得てアンゲリカを張っていたらパルミロが姿を現したらしい。
冬期休暇も半ばを過ぎ、その日も私はジークの執務室に向かった。
執務室の前に立つ衛兵に取次ぎをお願すると隣の部屋の扉が開いた。隣の部屋はジーク付き文官の執務室だ。
「シャルロッテ様!」
「まあ! ヴィヴィアーネ様」
シャルロッテ様は私に近づくと丁寧に挨拶してくださった。
「ヴィヴィアーネ様、遅ればせながら御婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます。あの、シャルロッテ様はどうしてここへ?」
微笑んだシャルロッテ様はどこか寂しげだった。
「わたくし、王宮の文官に採用が決まりましたの。出勤は一か月後なのですが今日はお世話になった方々にご挨拶に」
「わあ、おめでとうございます! それではまた王宮でお会いできるかもしれませんわね」
私が喜ぶとシャルロッテ様はふふっと笑って「心機一転頑張りますわ。素敵な出会いも含めて」と言った。
その言葉で私は思い出した。シャルロッテ様がジークの婚約者候補に名を連ねていたことを。
婚約者候補は五名。私、ジモーネ様、イアルデ様、バルテンブルグ伯爵令嬢のアルビーナ様、そしてシャルロッテ様。
当然婚約者候補の令嬢は他の方と婚約を結ぶわけにはいかない。と言っても候補期間は半年ほどで、全員が学院生だったのでそこまで支障があったわけではない。アルビーナ様に至ってはまだ一年生だ。
ただシャルロッテ様だけはジークと同じ歳で先日学院を卒業した。シャルロッテ様だけは卒業前の進路を決める大事な時期だっただけに支障があったのではないだろうか。
もちろん高位貴族のご令嬢、しかも王太子妃候補に名を連ねる方なのだから縁談の申し込みは数多あると思うのだけど、シャルロッテ様は文官として働く道を選んだらしい。
それは凄くシャルロッテ様らしい選択だと私は思った。
「あの……」
言葉を紡ごうとして私は詰まった。シャルロッテ様はジークの事が好きだったんだろうか。ジモーネ様やイアルデ様みたいに嫉妬を向けられたことは無い。無いけれど……
「ヴィヴィアーネ様、わたくしはジークハルト殿下をお慕いしておりました」
「えっ、その……」
私の迷いをわかっているとばかりにシャルロッテ様はあっさりと衝撃的な言葉を口にする。声は潜めているけれど、扉の前の衛兵から少し距離は取っているけれど、ここは廊下でジークの執務室の前だ。
「わたくしでは歯が立ちませんでしたわ。ジークハルト殿下は一切揺らぐことなくヴィヴィアーネ様を思っていらしたので。これでも努力したんですのよ」
そう言ってまた寂しそうに微笑むので私は「ごめんなさい」と頭を下げた。
「シャルロッテ様には何度も助けていただきました。私はシャルロッテ様が好きです。でもジークの事だけは譲れません。諦めて他の素敵な殿方に目を向けてくださると——はわわ」
「ヴィヴィ、何をしているんだ?」
ガチャッと扉が開いてジークが顔を出した。
「ヴィヴィが来たって聞いたのにいつまでたっても入ってこないから——シャルロッテ嬢」
ジークが私と話をしていたシャルロッテ様に気づいてちょっと目を見張った。
「ジークハルト殿下、ご婚約おめでとうございます。わたくし、王宮の文官に採用されまして、お世話になったシュルツ様にご挨拶に伺ったところでしたの」
「ああ、ありがとう。そうか、文官か、君もおめでとう。シュルツは隣の部屋にいるが?」
「ええ、ご挨拶はすみましたわ。それではこれで失礼いたします」
シャルロッテ様はジークに挨拶した後に私に向かって囁いた。
「ヴィヴィアーネ様、謝る必用はございませんわ。寧ろ簡単に譲るなどと言われたら、わたくしヴィヴィアーネ様を軽蔑するところでしたわ」
去って行くシャルロッテ様にもう一度心の中で頭を下げた私がジークの執務室に入ろうとすると今度はフィル兄様が顔を出した。
「ああすまない、ペーレント伯爵令嬢、君はケーラー子爵令嬢の事を知っているかな?」
「ええ、ロスヴィータ・ケーラー様は友人ですが」
「じゃあちょっと相談にのってくれないかな」
結局シャルロッテ様は引き返し、私と一緒にジークの執務室に入ることになった。
執務室の一角にあるソファーセットに私とシャルロッテ様が腰を落ち着けるとフィル兄様がジークを見た。ジークが頷く。
「シャルロッテ嬢は大丈夫だ。信用できる」
「そうですか。ではある程度の事情は打ち明けてかまいませんね」
そう言ってフィル兄様はシャルロッテ様に向き直る。
「実は我々はとある事件を追っていて、その重要人物がケーラー子爵家のお茶会に現れるという情報を得たんだ。そこでそのお茶会に女性騎士を潜り込ませたいので、ペーレント伯爵令嬢が知人としてご紹介いただけると嬉しいのだけど」
フィル兄様の言葉にシャルロッテ様はしばらく考え込んだ。
「ご紹介するのは構いません、でもそのお茶会にご招待いただくのは難しいと思いますわ」
「それはどうして?」
「お茶会というのは来週開かれる予定のですわね」
「そうだ」
「わたくしとケーラー子爵家のロスヴィータ様は同級生でして、学院時代は親しくお付き合いさせていただいておりました。そういう友人が他に五名おります。おうちの爵位もバラバラで爵位持ちではないお家のご令嬢もいらっしゃいますわ」
私の一組の友人たちみたいな付き合いなんだろうな、と私はまた一つシャルロッテ様に好感を抱いた。
「わたくし達は学院を卒業し、様々な道に進むことになります。今後は家の家格を無視したお付き合いがどれほどできるかわかりません。なので最後に......なるかどうかはわかりませんけれど気の合った友人同士でお茶会を開こうという話になったのです」
「……そうだったのか」
「ええ。ですからご友人でもない方をご招待はなさらないと思いますし、ロスヴィータ様に無理を言ってお茶会に参加しても浮いてしまうでしょうし、怪しまれると思いますわ」
「納得したよ。残念だけど他の方法を探すことにしよう」
フィル兄様は残念そうではあるがきっぱりと諦めた。
うん、わかる。一組のみんなで集まってお茶会しよう、って時に誰かの紹介だとしても他の人が混じっていたら「え?」ってなるよね。少なくともその人はみんなの注目を浴びると思う。女性騎士は目立たないように参加したいのだからその時点で失敗だ。だけど見知らぬ商会が混じるのはいいのかな?
「でもシャルロッテ様、そのお茶会に他の方が参加するって聞いていませんか? 商会の方なんですけど」
私の問いかけにシャルロッテ様は顔をほころばせた。
「ええ、それは聞いておりますわ。友人の一人が商人を連れてくると。ちょっと洒落た小物や質のいいお化粧品などを安価で販売して下さるそうで、近頃評判の商会だと聞いております。恥ずかしながら、わたくし達六人でおそろいの小物を誂えようと相談しましたの。何にするかは商会の方が持ってきてくださる品物を見て決めるのですが……あの、他意は無いのですが……その、友人たちがわたくしを慰めようとしてくださって......」
シャルロッテ様の言葉がだんだん小さくなる。私はジークと顔を見合わせた。
「……そうか、わかった。手間をとらせて申し訳なかったな。お茶会を楽しんでくれ」
ちょっとばつが悪そうにジークが言って話を終わらせようとしたけれど、ちょっと待って、いいのかな? そのお茶会で新たな令嬢がパルミロの罠にかかっちゃうかもしれないのに。
やっぱりそのお茶会に何とか女性騎士に潜り込んでもらった方がいいような気がする。
「フィリップ筆頭補佐官、その商会が何か事件にかかわっているのでしょうか? まがい物を販売するとか? 法外な金額を要求されるとか? わたくし友人たちにも警戒するように助言した方が良いのでしょうか」
私たちの様子を見てシャルロッテ様はその商会、十中八九コズモ商会だと思うけど、に警戒心を抱いたようだった。
「いや、そうじゃないんだが……」
フィル兄様は否定はしたものの思い悩んでいるようだった。
怪しまれないようにコズモ商会の尻尾は掴みたい。証拠をつかんでパルミロを捕縛できればいう事なしだ。だけど現状はどうやってご令嬢を失踪させているかまるで分らないのだ。失踪したご令嬢が誰かに無理やり連れ去られたような形跡はない。ただコズモ商会のパルミロに夢中になっていたようだ、と一緒にお茶会に参加したご令嬢が言っていただけ。もしかしたら令嬢たちの失踪とコズモ商会とは全く関係ないかもしれない。ただ偶然失踪した令嬢が直前まで出席していたお茶会にパルミロがいたってだけで。毎回? それって偶然にしては出来過ぎよね、と私の勘は告げているけれど。
私が考えているうちにシャルロッテ様は何やら決心を固めていたようだ。
「ジークハルト殿下、フィリップ筆頭補佐官、わたくしではダメでしょうか」
「ダメとは? シャルロッテ嬢?」
ジークの怪訝そうな問いかけにシャルロッテ様は居住まいを正して宣言した。
「わたくしがその商会の事を探ってみるのはダメでしょうか。騎士の方のように上手にできないかもしれませんが、わたくしなら怪しまれることはございませんわ」
「しかしシャルロッテ嬢、それでは貴方が危険な目にあうかもしれない」
「このままお茶会に参加してもわたくしはその商会に警戒心を抱くと思いますわ。不自然な素振りを見せてしまうかもしれません。それだったら何を探ればいいか、どんなことに警戒すればよいのか具体的に指示していただいた方が良いと思いますの」
ジークとフィル兄様はしばらく迷っていたようだけど、結局シャルロッテ様の提案は採用された。
もちろんシャルロッテ様の一存で決定したわけではない。
ペーレント伯爵が呼ばれ、ペーレント伯爵が了承したことで、シャルロッテ様とペーレント伯爵に失踪事件のあらましが語られ、シャルロッテ様はお茶会でのパルミロの言葉や不自然な行動が無いかに注意すること、他の令嬢とパルミロが二人っきりになるような素振りが見えたら怪しまれぬ範囲で探ることなどが簡単にレクチャーされた。なんにしても時間がない。上手くいかなくても身の安全を優先するように言い含められてシャルロッテ様はお茶会に臨んだ。




