二年生(19)——冬期休暇
次の日、私はイグナーツに乗せてもらって王都に帰ってきた。
ジークやエル兄様はもともと荷物は侍従に任せ竜に乗って帰るつもりだったらしいが私はおかあさんといっしょに馬車でのんびり帰ろうと思っていた。
それが急遽イグナーツに乗ってジークと帰ることになったのは婚約発表のためだ。
もちろん馬車に乗って帰ってもプレデビューの夜会には間に合う。夜会の二日前には王都に到着する。でも準備や諸々の打ち合わせなどで余裕があった方がいいだろうということでイグナーツに乗せてもらうことになった。
王都に戻ってお父様やフィル兄様に挨拶をしたらすぐにドレスの試着に連れ出された。私のサイズで仕立ててもらっているが最終調整が必要らしい。
その後もなんやかんやと忙しく過ごしプレデビューの夜会当日になったのだった。
夜会当日私は午前中に王宮に向かった。
王宮の一室を与えられ支度をする。
おかあさんは領地のお屋敷で用事があった為まだ侯爵家のタウンハウスに到着していない。そのため夜会の支度にはエリゼが付き添ってくれた。おかあさんがいないことは少し心細かったけど、エリゼも昔から世話をしてくれたメイドだし、王宮にも支度を手伝ってくれるメイドが沢山いるので問題はない。
支度が整ってすぐジークが迎えに来てくれた。
会場近くの王族控室までエスコートしてくれる。
私たちの婚約発表はプレデビューの人達がダンスを終えた後だ。ジークは王族としてプレデビューの人達の挨拶を受ける必要があるので会場に行き私はここで一人で待機する。一人でと言ってももちろんメイドや侍従もいれば護衛の騎士もいる。
メイドがお茶を入れ替えようと近づいて来た時だった。彼女は最初からかなり緊張した顔をしていたのでわかりやすかった。お茶を入れ替えようとして手元が狂ったふりをして彼女は私にお茶を掛けようとした。
でも何かあると彼女を注意して見ていた私は素早く席を立った。
お茶は今まで私が座っていたソファーの座面を濡らした。
「あっああ! 申し訳ありません!!」
彼女は青くなってプルプル震えている。とんでもないことをしでかしたことに対してなのかお茶を掛けようとして失敗して叱責される恐怖に対してなのかはわからないが。
この部屋の責任者と思われる侍従が素早く来て陳謝し私やドレスにかかっていないことを確かめてホッとため息を漏らした。
私は今日はジークの瞳の色の青いドレスを着ている。白よりは目立たないが明るい青色のドレスでも紅茶のシミは十分目立つ。控室で粗相があって衣装替えで進行が遅れたりしたら彼の首が飛んでいたかもしれない。
私は大丈夫だと彼を安心させる一方で粗相をしたメイドの名前を聞いた。家名を聞いて納得がいった。ハンクシュタイン侯爵家の縁者だった。ハンクシュタイン侯爵家かランメルツ侯爵家だと思っていたが、前者だった。
もっともジモーネ様は直接嫌がらせをするタイプ(相手が悔しそうな顔をするのを直接見たいタイプ)なので今回の事はハンクシュタイン侯爵の指示かもしれない。私はジーク捜索の許可を貰った時の会議でのハンクシュタイン侯爵の嘲るような口調を思い出した。
ランメルツ侯爵も会議には出席していた筈だけど、こちらは印象に残っていない。
侍従の彼も察したようで処罰と報告はお任せ願えますか? と聞いてきたのでお願いすることにした。
時間が来て会場の袖まで案内される。ちょうどダンスが終わったようだ。国王陛下の挨拶が聞こえてきた。
「……今日はもう一つ皆に知らせたいことがある」
陛下の声が途切れるとジークが私を迎えに来てくれた。
ジークにエスコートされて壇上に姿を現すとものすごい数の人々が見えた。
事前に今日の夜会には王家から重大発表があると告知しているので仕事や病気などやむを得ぬ理由の欠席以外のほとんどの貴族は出席しているだろう。プレデビューの夜会なので正式なデビュー前の学院の生徒たちもいるはずだ。
「先日王太子ジークハルトとヴィヴィアーネ・アウフミュラー侯爵令嬢との婚約が結ばれた。ここに発表する」
国王陛下は片手を広げ私たちを促した。ジークにエスコートされ前に進み出る。
にっこりと微笑んで挨拶をした。
真っ先に拍手してくれたのはリーネのフェルザー伯爵とヘンデルス様のロットナー伯爵、アウフミュラー侯爵家の縁者、クラスメイトの家族たち。
だけど、ほとんどの貴族の反応は微妙。一応拍手はしてくれている。一部の人はあからさまにおざなりだったり、拍手をせずに私を睨んでいる人もいたけれど、大多数の人は他の貴族の様子見という感じだった。けれど気乗りしていないことはよく分かる。私が平民の生まれだという事は今や周知の事実、いくら王家の決定とは言え、その平民の血を王家に入れることにわだかまりのある人は少なからずいるようだった。
その時、会場の一角から歓声が起こった。
その人たちは満面の笑みで「王太子殿下万歳!」「未来の王太子妃殿下万歳!」と叫んでいる。私には見覚えのない人達だ。
クラスメイトやその家族、アウフミュラー侯爵家の縁者以外にも私たちを祝福してくれる人がいる。
私たちを称えてくれるその声に私は勇気づけられた。
発表から数日後私は王宮に来ていた。
王太子妃教育というものが始まるらしくそのスケジュールの打ち合わせのためだ。
とりあえず私は冬期休暇中は毎日王宮に通うことになるらしい。学院がある期間は学院優先となるため王太子妃教育は夏期、冬期休暇に集中して行われる。
と言っても一般的な教養や知識は侯爵家の教育で身に着けている。もっと深い各領地の知識や諸外国の情勢などは学院で補講してもらうことになり王宮で学ぶことは王室のしきたりや礼儀作法などが主なのでそこまで過密スケジュールというわけではなかった。
打ち合わせの後ジークとお茶をしながら婚約発表に関する貴族や平民の感想を教えてもらった。
平民は私の事情など知る由もないので王太子と筆頭侯爵家の令嬢の婚約は概ね順当なものとして認識されているらしい。
貴族の反応は二つ、いや三つに分かれているらしい。先日発表をしたときに歓声を上げてくれたのは王宮で官吏として働く貴族の人達らしい。トシュタイン王国から帰ってきたときにイグナーツから降りる私を見ていた人たちだ。どうやら彼らは私を黒竜に愛されている令嬢として崇拝してくれているようなのだ。なんか面はゆい気持ちだ。
それに反発しているのが王太子妃の座を狙っている家の派閥の人達だ。主にはハンクシュタイン侯爵家とランメルツ侯爵家。その人たちは私が黒竜に乗ったなどというのは嘘だと決めつけている。私を王太子妃と認めさせるために流した噂だとして反対しているらしい。ハンクシュタイン侯爵とランメルツ侯爵は私が竜に乗ったのを見ている筈なんだけど……。
でもこの婚約は国王陛下と筆頭侯爵であるお父様の間で結ばれた婚約なので表だって文句を言う人などいる筈も無い。反対している人たちもせいぜい陰口をたたくぐらいなので大多数の人達は順当な婚約として受け入れているようだとジークは言った。
だけど私はお披露目の時の反応から、大多数の人は受け入れはしたが納得はしていないと思っている。
だから私に何かあれば反対派の人達はゴルトベルグ公爵やビュシュケンス侯爵を担ぎ出して表立って異を唱えるかもしれない。情勢はまだ読めなかった。
ジークとお茶をしながら話をしているとフィル兄様がやってきた。
エル兄様は王国騎士団に入団した。研修期間が終われば家から通うこともできるがエル兄様は暫くは寮暮らしをするらしい。
「最速で近衛まで駆け上がってくるから期待して待っていてくれ」
とジークに言ったそうだ。
エル兄様がジークの隣からいなくなるのと入れ替わるようにフィル兄様がジークの側近の立場に着いた。
フィル兄様はお父様の元での研修を終えジークの側近、王太子筆頭補佐官として政治的補佐をしていくようだ。ジークの執務室の隣室にはフィル兄様が選んだ補佐官たちが既に仕事を始めているらしい。
部屋に入るなりフィル兄様が向かったのはジークのところではなく私のところだった。
「ヴィヴィ、会いたかったよ。今日も可愛いな」
ぎゅっと抱きしめながらそんなことを言う。フィル兄様、ずいぶん会わなかったような口ぶりですが朝出勤するお父様とフィル兄様をお見送りしましたよ?
ジークが私をべりっと引きはがしながら言った。
「フィリップ、用向きは何だ? この時間は婚約者との親睦に当てられていた筈だ」
「失踪令嬢の件について進展があったのでご報告に。この時間にわざわざ来たのは僕がヴィヴィに会いたかったからです」
しれっというフィル兄様にジークも目が点になった。
「あの……失踪令嬢って? 私が聞いてもいいのかしら?」
私は今年の春のトーマスのお姉さまの家出事件のことを思い出しながら聞いた。
ジークはうーん……と考え込んでいたがまあヴィヴィならいいかと他の使用人を部屋から出した。
フィル兄様が一緒なのでドアは閉めてもOKだ。
三人になって防音の障壁を張るとジークは説明してくれた。
今年の春から夏にかけて令嬢が三名失踪していること。各家では家の恥になるとして隠していたが全く連絡が取れないと友人たちが怪しみだし発覚したらしい。
各家には内密にするからと約束し調査を開始したところ令嬢たちが出席していたお茶会に同じ商会が出入りしていたことが判明したこと。
「その商会ってえーと……コズモ商会かしら?」
確かそんな名前だったような気がする。
「その通りだ! 何故知っているんだ?」
ジークとフィル兄様が驚いたので私は去年の冬期休暇の時に友人の知人が家出をしてその関係で知人が出入りしていたお茶会を調べたことを教えた。
「それは……四件目の失踪令嬢か?」
「あ、違うの。彼女は帰ってきたから」
「「何だって!?」」
「その令嬢は家出をしていた時のことを話したのか? どこにいたとか」
「春に聞いた時は家出中のことは知人の家にいたとしか話さなかったそうよ」
「もう一度聞くよ。その令嬢はコズモ商会の息子がいるお茶会に出席して親しそうに話をしていた。そういうことが数回続いた後外出が増えた。または婚約者がいる場合は結婚したくないと言うようになった。そしてある日姿を消した」
「ええ。概ねあっているわ。でも彼女は戻ってきてこの夏に結婚したはずよ」
ジークとフィル兄様は目を輝かせている。
「状況は他の令嬢と酷似している。その令嬢に一度話を聞く必要があるな」
ジークの言葉にフィル兄様が頷いた。
「ヴィヴィ、その令嬢のいや結婚したから夫人か。名前を教えてくれ」
「えーとちょっと待ってくれる? 友人に他言しない約束をしたから許可を取りたいの」
なんだか犯罪に関わり合いのある話になってきたのでそんな場合じゃないかもしれないが一応トーマスには許可を取りたかった。
「なるべく早く頼む」
「わかったわ。友人は王都にいるはずだから今日帰ったらお手紙を出すわ。でもその令嬢は王都にいないと思う。結婚相手が地方勤務だって言っていたから」
「わかった。返事が来次第教えてくれ」
本当は拒否権などないだろうけどジークは私の顔を立ててくれた。まあ急を要する案件じゃないということもあるだろうけど。
「話を戻すぞ。フィリップ、進展があったこととは何だ?」
「ああそうでした。夏以来姿を消していたコズモ商会ですが最近また姿を現し始めたようです。二件のお茶会に出ていたと情報が入ってきました」
「コズモ商会の息子パルミロが?」
ジークの言葉が私の何かに引っ掛かった。
うーん……記憶をいろいろ引っ張り出す。なんか聞き覚えのあるフレーズだったのだ。
思い出せ! 私!
「あ!!」
いろいろ考えた末についに私は思い出したのだった。ただし思い出したのは二日後だったが。




