二年生(18)
卒業生が入場する時間になった。
もちろんジークがトップなので私たちが最初にホールに足を踏み入れる。
大勢の拍手に迎え入れられるが人々の反応は様々だった。
アリーやカール、一組のみんなは満面の笑みで拍手してくれている。ニコニコにして拍手してくれている人たちも思ったより沢山いる。明らかにジークに憧れているなぁって感じで頬を染めて拍手している令嬢もいる。でも、それとわかるようにおざなりに拍手している令息や刺すような目で睨んでいる令嬢たちもいた。
それも私たちの後に他の卒業生の方々が入場すると収まっていった。
卒業生のファーストダンスは踊らなかった。
ジークの足が完治して間が無いから。
「ごめんね、さすがに今はヴィヴィの足を避け切るのは無理なんだ」
控室でそう囁かれたけど、隣でエル兄様が激しく同意しているのはどうして?
私だって少しは成長した。ダンスの授業でパートナーの足を踏む回数が半分に減った。カールがなんやかんや理屈をつけてパートナーを逃れているのは腹立つけど、涙目で「上達したよ」と言ってくれるヨアヒムやエーリクには感謝しかない。
でも少しは良いこともあった。
足の怪我を理由にジークがダンスを全て断ることが出来たから。
ジークは去年も沢山の令嬢にせがまれて踊っていた。今日でジークは学院を卒業するから学院生はもうジークと踊る機会がない。去年以上に群がってくる令嬢は多いだろうと予想できた。だからちょっと申し訳ないような気もするけどホッとしたのも正直な気持ち。
ジークにエスコートされて軽食のおいてあるコーナーに向かう。その脇に置いてある休憩用の椅子に座らせてくれた。
私を座らせるとジークは給仕からさっぱりとしたジュースを受け取って手渡してくれる。
「殿下、ご休憩ですか? 殿下の卒業式でのスピーチ、わたくし感動してしまいましたわ」
近づいてきたのはジモーネ様と取り巻きの令嬢たちだ。さっき一番に突進してきてダンスを断られたのに凝りない人達だなあ。一番後ろでグレーテ様が申し訳なさそうに目を伏せていた。
「ありがとう」とジークはお礼を言った後用が済んだとばかりに私に向き直る。
ジモーネ様と取り巻きの令嬢たちは焦ったように話を続けた。
「殿下、学院の思い出などお話しませんこと?」
「殿下が黒竜に乗ってお帰りになった際はとてもご立派で感動的でしたわ」
「それに長らく学院をお休みなされても主席でいらっしゃるなんて流石ですわ」
「わたくし、今日で殿下が学院をご卒業なされることが寂しくて……喜ばしい事ですのに……」
ジモーネ様の言葉を受けて周りの令嬢が言葉を繋ぐ。
「わかりますわ。ジモーネ様はとても殿下を崇拝していらっしゃいましたもの」
「そうですわ!! これからなかなかお会いすることもできないのですからテラスでごゆっくりお話などいかがでしょう」
「ええそれが良いと思いますわ。ジークハルト殿下も一途に慕う健気なジモーネ様を無下にはなさらないと思いますわ」
「ヴィヴィアーネ様はわたくし達がお相手しますわ。さあ、ジモーネ様」
おお! 見事な連係プレーだ。ジークが断りにくい状況にもっていってる。
「あの……ジークハルト殿下、ご一緒してもよろしいでしょうか」
頬を染めおずおずと言った感じで手を差し出すジモーネ様は普段の高飛車な姿はどこへ行ったのやら、初々しいご令嬢に見えるから不思議だ。
「申し訳ないが私はここを離れるつもりは無いよ。そもそも君と語らう思い出も特にない」
え? あっさりバッサリジークは断った。ホッとしたけれどジモーネ様がちょっと気の毒に感じられるほどバッサリ。
「そ、それはヴィヴィアーネ様が離れないでくれと我儘を……」
「違うよ。私がヴィヴィを独り占めしたいだけなんだ。私が他のご令嬢とこの場を離れたらどこかの猛者がヴィヴィをダンスに誘うかもしれない」
ちょっと、猛者って何? 甘い言葉を吐かれた筈なのに『猛者』に全て持っていかれて素直に照れることもできない。そんな私の葛藤は意に介さず、ジークは私に顔を近づけて言う。
「いい? ヴィヴィは私が独占するんだから他の人の誘いに乗っちゃだめだよ」
ジモーネ様たちはこちらに近づいてきたときから意図的に私を無視していたけどジークの態度に無視できなくなってきた。
結局彼女たちは「失礼します」と去っていかざるを得なくなった。ジークが邪魔者を見る目で見ていたから。
去り際に私を凄い眼で睨んで行ったけれど。
私たちに近づいてくるのは令嬢たちばかりではない。もちろん圧倒的に令嬢が多いのだけど。
ジークの学友の令息たちも色々話しかけてきた。
同じ研究コースの令息たちと話すジークは新鮮だった。エル兄様と居た姿しか見ていなかったけど同じコースの人達ともしっかり交流していたのね。それから竜との契約の為の演習班の人達。これは令息二人に令嬢が三人。令嬢は牽制していたジークだけど、演習班の人達は特に警戒もせず和やかに話をしている。うん、全ての令嬢がジークの婚約者の座を狙っている訳でもあるまいし、普通に友人として接する令嬢がいるのが当り前よね。そういう令嬢や令息たちも卒業してしまえば気軽にジークと話ができる機会は無くなる。話は尽きないようだった。
私はクイクイとジークの袖を引いてお花摘みに行ってくると告げた。
「ついて行こうか?」と聞いてくるジークに「すぐ戻るから大丈夫よ」と返事をしてその場を離れようとした時、小さな声で「ヴィヴィアーネ様」と呼ばれた。
「シャルロッテ様」
「イアルデ様が何か企んでいるようですわ。一人にならない方がよろしいかと」
話の輪から外れてシャルロッテ様が私の近くに来て囁いた。シャルロッテ様はジークと演習班の仲間。盛り上がっていた話を中断してまで私に忠告しに来てくれた。
「ありがとうございます。対策を講じますわ」
シャルロッテ様に微笑んで私はその場を離れた。
トイレから出てきたところで私は三人の令息に取り囲まれてしまった。
「こんばんはヴィヴィアーネ嬢」
知らない顔だ。知り合いでも何でもない。私は無視してその場を通り過ぎようとしたが行く手を塞がれた。
「つれないなあ。無視しないでくださいよ」
ニヤニヤ笑う男たちに私は言った。
「私はあなたたちを知りませんわ。お話する義理はありません。そこを退いてください」
「僕たちはあなたに恋焦がれる哀れな男たちですよ。あなたをダンスに誘いたくても殿下が独り占めして近寄らせてもらえなかった。やっと一人になったんだ。僕たちに少し付き合ってくれてもいいんじゃないですか?」
それは嘘だ。だって揶揄うような目をしてる。蔑んでいるのに嘗め回すような嫌な目だ。
「さああちらに言って楽しくお話ししましょう」
一人が私の腕を掴んだので私は振り払った。
「何だよお高いなあ。お前元平民だろ」
男たちは本性を出して来た。
「平民風情が俺たちに逆らうんじゃないよ。お前とは流れている血が違うんだ」
こういう輩は一定数いる。この国で貴族か貴族じゃないかは魔力のあるなしだ。ある分野で成功をおさめ地位も名誉もある平民もいるし裕福な平民もいる。
しかし王族を始め政治の中枢を担っているのは貴族であることも確かで建国以来民を守って導いてきたのも貴族である。それに国を守るという観点で竜の存在は不可欠である。よって貴族であるというだけで偉いと思っている選民意識の強い輩は一定数いるのだ。
もう一度腕を掴まれる。
私は男たちを睨んで言った。
「私はアウフミュラー侯爵家の娘よ。その手を放しなさい」
けれど男たちは薄ら笑った。
「たかが養女だろ」
「アウフミュラー侯爵家も揉めてるって聞いたぜ」
「案外疎まれているんじゃないの?」
それ、どこ情報? 私はお父様やお兄様たちに愛してもらっていると今なら胸を張って言える。
「どっちみち関係ないよ。これからヴィヴィアーネ嬢は俺たちと密室で濃ゆーい時間を過ごすんだ。阿婆擦れだってことが分かれば侯爵も愛想をつかすだろ。実の子でもないし」
「そうだな。殿下も目が覚めていいんじゃないか?」
「平民の卑しい女に誑かされた殿下の眼を覚ましてあげるんだ。僕たち感謝されちゃうかもね」
男たちの勝手な言い分に腹が立った。
「ふざけたこと言わないで! 私はあなたたちと一緒になんか行かないわ。こんなことしてただで済むと思っているの?」
「ただで済むに決まってるだろ」
「俺たちには強い味方がいるんだよ」
「そうそう。だって元はと言えばその人が僕たちに——」
「おい! 喋り過ぎだぞ。もういいから早く連れていこう」
男たちに腕だけじゃなく肩も掴まれる。囲まれて引きずられそうになったので踏ん張って耐える。強引な男たちに抵抗して髪も乱れる。もう少しよ、そろそろのはず。
「ヴィヴィ! おい! その手を離せよ!」
「カール!!」
良かった。ホッとしながら私はカールの方を向いた。
バタバタと私の方に駆け寄ってきたのはカールだけではなかった。
アリーやトーマスだけではない。一組のメンバーが駆け寄ってくるのを見て男たちがたじろいだ。
ん? 一組だけじゃない。たしかアリーのルームメイトにカールやトーマスの剣術仲間。あ、アウレールのお師匠さんも見える。その後ろになんだなんだと見物人が押し寄せる。
「な、何だ君たちは」
「俺たちはヴィヴィのクラスメイトだ。それよりお前たちは何だ?」
「ぼ僕たちはヴィヴィアーネ嬢と少しお話していただけだ」
「お話するのに腕を掴むのか?」
ヘンデルス様の冷たい声でやっと私の腕が自由になった。
ふう……と腕を擦る。掴まれたところが赤くなって指の跡がついている。
「ぼ、僕にはお前たちがヴィヴィを強引に連れていこうとしたように見えたぞ!」
「眼鏡は黙ってろ! ぶっ飛ばされたいのか!」
一緒に駆け付けてくれたアウレールが必死に声を上げてくれたけど男たちに恫喝されて「ひっ!」と首をすくめた。
だけど男たちはわかっていない。この場には見物人が沢山いるのだ。
ざわっと見物人たちが騒めいた。
「怖いわ」「学院にならず者が紛れ込んでいるみたいですわ」なんて声も聞こえる。
今度はヨアヒム様が声を上げた。
「お前騎士コースの四年生のアーベル・シュティルケだろう、知ってるぞ。騎士コースの落ちこ……むにゃむにゃ」
ヨアヒム様は最後の言葉を必死に飲み込んだ。
「上級生に対して失礼だぞ!!」
アーベル何とか様は真っ赤になって怒ったけどカールが言い返した。
「そっちこそ令嬢に対して失礼だぞ! 何をしようとしていたんだ!」
また見物人からざわめきが上がる。
「本当に学院生ですの?」「品位が......」なんて声も聞こえる。普段は私の悪評に眉を顰めている人もいるだろう。だけどこの場の私は圧倒的に被害者だった。
「おい......不味いぞ」
「人が多すぎる。こんなんじゃ無理だ……」
「先生が出てくる前に......」
男たちはこそこそと話をしていたと思うとバッとその場を逃げ出した。
「あっ! 待てよ!」
カールが追いかけようとしてヘンデルス様に止められた。
「顔はばっちり覚えたから大丈夫だ」
「うん、一人は名前もわかっているからいつでも糾弾できるよ。見物人も多いから目撃者にも事欠かないしね」
ヨアヒムがニカッと笑う。
「ヴィヴィ、髪が......」
アリーが駆け寄って乱れた髪を直してくれた。アリーはそういうところは器用なのでヘアアレンジなんかも自分でしている。
私はホッと息をついてみんなにお礼を言った。
「ありがとう、助かったわ」
「間に合って良かったわ」
アリーが私の髪を直してくれながら微笑んだ。
「腕は……?」
「ショールで隠すから大丈夫。もう痛くないし」
トーマスの小さな声に笑って答えた。
私はトイレに行く前にアリーとカールに声を掛けていた。二十分経っても戻ってこなかったら様子を見に来て欲しいと。
私はイゾルテ様と取り巻きの令嬢たちに囲まれることを想定していたのだ。
ジモーネ様は人の目があろうとなかろうと嫌味を言うし突進してくる。だからジモーネ様に味方する人もいるけれど、特に下位貴族や爵位無しの一部の人達には『高飛車令嬢』なんて言われている。
そんな事歯牙にもかけないのがジモーネ様なんだけどね。
それに対してイゾルテ様は人の目を物凄く気にしている。
私を取り囲んだり嫌味を言ったりするのはいつも人目の無いところでだ。イゾルテ様は見た目が儚げなので優しくて気が弱いと思われているらしい。
だからイゾルテ様が実際はどんなことを言うのか人目にさらされればいいと思ったのだ。
ニ十分というのはイゾルテ様が我慢の限界を超えて本性を表す時間。それまではきっちり言い返して、カール達の姿が見えたらイゾルテ様の扇で叩かれてもいいと思っていた。
意地が悪い? そうよ。何回も嫌味を言われたり言いがかりをつけられたら意地も悪くなる。反撃してもいいよね。
だけど実際はイゾルテ様たちじゃなくて私に絡んできたのは令息達だった。
彼らが単純に私を気に入らなかったのか、誰かに頼まれたのかはまだ分からない。だけどカールやアリーに頼んでよかったとホッと胸を撫でおろした。
「それにしてもこんなに人が集まるなんて」
「私は数人に声を掛けただけよ」
「俺もだ」
アリーとカールは私が頼んだことをクラスメイトに伝えた。偶々近くに居たルームメイトにも。そうして入り口をそれとなく注意していたのだがニ十分経っても私が戻ってこないので様子を見に行こうという話になった。更に数人のクラスメイトも加わり、その人たちが知り合いに声を掛け、ぞろぞろと会場を出ていくカール達に興味を引かれた見物人が加わった。
その見物人たちは「なんだもう終りか?」「結局何があったのかしら」と首をかしげながら会場に戻って行った。
先ほど男たちに言われたことは私一人の証言しかないから立証は難しいかもしれない。だけど私が男たちに連れて行かれそうになったのは大勢の人が見ているし、腕が赤くなっていたことも沢山の目が見ている。
大勢の人が見ていたって言ってもここは会場の外でここに居た人たちは学院生のほんの一部。先生はいなかったからちょっとしたいざこざなんか学院は把握していないと思う。
私は今のところはことを荒立てるつもりは無い。あっちが(あの令息達かはたまたどっかの黒幕か)なんか仕掛けてきたら反撃するけどね。
私は気持ちを切り替えてみんなと楽しくお喋りしながらホールに戻った。
ジークは私の姿を見つけるとホッとしたようだった。
「なかなか戻ってこないから心配していたんだ。クラスメイトと話していたのか」
私は曖昧に頷いた。さっきの出来事をジークに話そうかとも思ったがジークは今日でこの学院を卒業した。これから王太子としての仕事も忙しくなるのに遠い学院の出来事で煩わせるのも気が引ける。このまま何もないかもしれないし自分で対処しようと思い黙っていることにした。
その後は何事もなく私たちはパーティーを楽しんだ。
やっぱりジークやエル兄様の人気は凄くて別れを惜しむ人々に常に囲まれていた。




