二年生(17)
毎日差し入れを持ち顔を出してくれるエル兄様に私はこっそり聞いてみた。
「エル兄様、卒業パーティーまであと半月しかないわ。パートナーは申し込んだの?」
誰とは言わなくてもわかっていると思う。でも申し込みされる本人はわかっていない。
「エルヴィンって妹思いなのねぇ、毎回差し入れ持って顔を出してくれるんだもの」
と私に向かってしみじみ言っていたからだ。
「うーん……タイミングを計っているんだけどいまいちそういう雰囲気にならないんだよな」
エル兄様の返事を聞いて私は思った。(ナターリエ様がそういう雰囲気になるのを待ってたら卒業パーティーに絶対に間に合わない!)
なのでいつものようにエル兄様が差し入れをもって顔を出した時に話を切り出した。
「エル兄様もナターリエ様ももうすぐ卒業ですね」
「そうねー。私はこのまま学院に残るから卒業って気がしないけど」
「ナターリエ様は卒業パーティーのパートナーは決まったんですか?」
私の質問にナターリエ様は目をパチクリさせた。
「……そんなものあったわねぇ」
やっぱり忘れてたっぽい。私は早く申し込めと目でエル兄様を促した。
「コホン。ナターリエ、実は俺もパートナーはまだ決まっていないんだ。よかったら俺のパートナーになってくれないか?」
私は撃沈しそうになった。その言い方だと余ったもの同士しょうがないからパートナーになるみたいじゃないの。
大勢の女子からパートナーにしてくれという申し出をすべて断っているの知っているんだから。
私はエル兄様を軽く睨んだ。
「えっ! エルヴィンも決まっていないの? あ! ヴィヴィちゃんに頼めば? 私は魔道具のヒンメル先生にでも頼むわ」
ナターリエ様はエル兄様の申し込みをいとも簡単に断った。ちなみにヒンメル先生は魔道具を研究しているおじいちゃん先生だ。
「あーーっと、ダメなんです。私他の人のパートナーになる事が決まっているので」
私は急いで言ってこの場を去って二人きりにする作戦に出た。
「あ! 私今日は用事があったので先に失礼しますね」
そうして出ていくときにエル兄様にこそっと言った。
「エル兄様、はっきりと男らしく告白してね。ナターリエ様がOKしてくれることを祈っているわ」
ナターリエ様はエル兄様のことをかなり気に入っていると思う。勝算ありだから頑張ってねエル兄様!
旧校舎から出て寮に向かう道を歩いている時だった。
「ヴィヴィ!!」
呼ばれた方を振り返る。西日が強くてその人の顔ははっきり見えない。
でも声で分かった。私がずっと待っていた声。
その人に向かって駆け出す。その人が両手を広げる。私は勢いよくその腕の中に飛び込んだ。
「ジーク!! おかえりなさい!」
ジークは私を腕の中に閉じ込めると暫くぎゅっと抱きしめた後少し離して私の顔を見つめた。
「あーー、やっとヴィヴィの顔を見ることができた。足が治るまでこれ幸いと公務を入れられて仕事漬けだったんだ。癒されたくてもヴィヴィはいないし……」
「ふふっ私も課題や罰則で忙しかったわ。癒されたくてもジークの顔を見られないし……」
歩きながら近況報告会をしていると女子寮の前あたりで声を掛けられた。
「まあ――殿下!!」
駆け寄ってきたのはジモーネ様と取り巻きの令嬢たち。
王都から帰ってきて以来ジモーネ様たちとは目立った諍いは無かった。
というかジモーネ様たちは相変わらず高飛車だったがジークがいなかったせいか私に突っかかってくることが少なかった。というか私を露骨に避けていた。まるで病原菌みたいに。まあ私も色々と忙しかったので彼女たちと関わることがほとんど無くて精神的には安定した日々を送っていた。
彼女たちは駆け寄ってくるとジークをぐるっと取り囲んだ。さりげなく私を輪から弾き出すあたり手慣れている。
「御公務で怪我をされたとか……心配しましたわぁ」
「殿下がいらっしゃらなくて学院も火が消えたようでしたわ」
「お元気そうで安心しましたわ。殿下が休まれている間心配で食事も喉を通りませんでしたの」
令嬢たちの言葉にジークは「心配かけたね。怪我も完治したので私はもう大丈夫だよ」と返事をした後令嬢たちの包囲網の隙間から手を出して私を引き寄せようとした。
「すまないけど私は今ヴィヴィアーネ嬢と話をしているんだ」
「いけません殿下!」
ジモーネ様がそれを遮った。
「殿下はお休みされていてお知りにならなかったかもしれませんが彼女は伝染病でしばらくお休みしていましたのよ」
伝染病? 私は王都で病気になったという設定だけど伝染病なんて一言も言っていない。大体休んでいたのは一か月以上前の話だ。
だけどジモーネ様様たちの間ではそう言う事になっているらしい。はあ。だから私を露骨に避けていたのか。ジモーネ様の言葉を引き継いで取り巻きの令嬢たちも口々に言った。
「そうですわ。殿下に病気がうつられたら大変ですわ」
「何の病気か知りませんけど病原菌をまき散らさないで欲しいわ」
「平民のかかる病気かしら」
「あら、だったら私たちは安全ね」
「でも殿下の近くに病原菌を放置しておくことなんてできないわ」
「———君達、いい加減にしてくれないか!」
ついにジークがキレた。
「ヴィヴィアーネ嬢は病気になどかかっていない。それに君たちは私の行動を指図するつもりか?」
「い、いいえ! ただ私たちは殿下の御ために万が一の心配をしただけですわ」
「そうですわ。殿下の尊い御身に万が一のことが無いように——」
ジモーネ様の言葉をジークがぶった切った。
「君たちに私の心配をしてもらう必要はない。私は私の意志でヴィヴィアーネ嬢と大切な話をしているんだ」
え? 大切な話なんてしていたっけ? 近況報告だよね?
首をかしげる私を引き寄せながらジークは言った。
「卒業パーティーのパートナーの件で重要な打ち合わせをしていたんだ。邪魔しないでくれ。では失礼する」
衝撃を受けるジモーネ様たちをその場に残してジークは私の手を取りその場を後にした。
ジモーネ様たちが悔しさのあまりハンカチを嚙み締めていたかどうかはわからない。興味もない。
私を寮の入り口まで送り届けた後、帰り際にジークがぽそっと言った。
「怪我して休んでいて良いことが一つだけあったよ。卒業パーティーのパートナーにしてくれと無駄なアピール合戦をされなくて済んだ」
私がぷっと吹き出すとジークは眉を下げた。
「本当だぞ。今までも卒業生でもないのにパートナーにしてくれと毎年アピールが凄かったんだ。今年は卒業だから春ごろからちらほらアピールされていたし。この時期居なくて本当に良かったよ」
そうして「ドレスとアクセサリーはもう手配してあるから近日中に届くよ。僕の可愛い婚約者さん」
そう囁いて帰っていった。
私がジークのパートナーになったらしいという噂は次の日には学院中に広まっていた。
クラスメイトにはひやかされた。
「もう! ヴィヴィったら! どうして黙っていたの? 水臭いわ」
アリーに背中をバーンと叩かれた。
黙っていたというよりは正式に決まったのは昨日? ってことになるのかな。ジークが戻ってきてパートナーの話をしたのは昨日だし。
もっとも私は婚約が決まったときからジークが卒業式に間に合うように帰って来れればパートナーは私だと思っていたし、それはジークも同じだったみたい。だけどはっきり言われた訳じゃないからみんなに言う訳にもいかないしね。
「アリー、お相手は王太子殿下ですわ。言えないことも多々あるでしょうし」
リーネの言葉にアリーはうんうんと頷いた。
「そうか、そうよね。じゃあこれだけは聞かせて。どんなふうに申し込みされたの?」
「ん? え? ......されてない?」
卒業パーティーのパートナーになってくれって言われたっけ?
私が首をかしげるとリーネが聞いた。
「されていないの? だけどパートナーになったことは間違いないのよね?」
私は頷く。ドレスとアクセサリーがもうすぐ届くって言っていたし。
「わざわざ口に出さなくてもって間柄なんだろ」
カールから爆弾発言が飛び出した。
「まあ! まあ! まあ! それじゃあヴィヴィとジークハルト殿下はそういう仲ですのね!」
さっきまでの冷静さをかなぐりすててリーネが叫ぶ。
「わたくし、夏期休暇の時からそうではないかと思っておりましたの!」
「じゃあ、愛の告白はされたの?」
アリーの言葉にいつもは大人しいグレーテまでキャー!! と盛り上がっている。
「そ、それは…...秘密!!」
とてもこっぱずかしくて口には出せない。
私はその場を逃げ出した。
クラスメイトは喜んでくれたけどそういう人ばかりじゃない、というか面白く思っていない人の方が多いかもしれない。私と交流がある人はそうでもないけど令嬢ばかりじゃなく令息も眉を顰める人が多い。やっぱり平民の血が王家に混ざることを危惧する人達が一定数いるようだった。
陰口は叩かれたけどクラスメイトがなるべく一緒に行動してくれて、物理的に何かをしてくるような人たちを牽制してくれた。
そして卒業式当日。
ジークは卒業生代表として卒業式で素晴らしい挨拶をした。卒業前の数か月休んだのにもかかわらず学年主席の座を譲らなかったのだ。
私はジークの挨拶を聞きながらもっと頑張ろうと決意を新たにした。魔力量ではトップだけれど座学は三組のミヒェル様とトップ争いをしている。三年からはコースに分かれるためその分野で秀でている人も能力を伸ばしてくるだろう。
頑張ろうとは思っているけれど三年生からは学院にジークはいない。学年が違うからそう頻繁に顔を合わせたわけではない。それでも魔術の授業の時のたわいない話やサロンでエル兄様やカール達とお茶したこと、色々な事を思い出してしんみりしてしまった。
長期休暇で会えるとは言え一年のほとんどはジークと離れ離れになるのは寂しかった。
私は心の手でほっぺたをパチンとひっぱたいた。会えない間に頑張って次に会えた時に成長したねって褒めてもらおう。寂しがっている暇はないわ。
とはいえこれから冬期休暇に入るのでまだしばらくはジークと一緒に過ごせるのだけれど。婚約の発表もあるし……ね。
婚約の発表のことを考えたら今度は緊張してきた。
ジークのスピーチを聞きながらいろいろな事を考えていたら顔に出ていたらしい。私は一切顔に出していないつもりだったのだけれどジークにはわかったらしく後で言われた。
「僕のスピーチの時に他のこと考えていただろ。何を考えていたの?」
来年からジークが学院にいないことを実感して寂しかったと答えたらぎゅっと抱きしめられて「ああもう、可愛いなあ」とグリグリされた。
卒業式が終わったら寮に帰ってパーティーの準備だ。今年はジークのパートナーなので去年よりは時間に余裕がある。
おかあさんが去年よりもっともっと気合を入れて身支度を整えてくれた。
ジークから贈られた薄桃色のドレスは首元や袖にジークの髪色の金糸のレースで縁どられていてアクセントに腰に青いリボンが巻かれている。スカートは幾重にも重なる生地が綺麗なドレープを作り出していた。
髪をハーフアップに結ってもらいおそろいのサファイアをあしらった髪飾りとネックレスをつける。
「ヴィヴィ様、支度が整いましたわ。とってもお綺麗です」
「ありがとうおかあさん!」
「ヴィヴィ様……」
「ありがとうマリア」
私は一度聞いてみたかったことをおかあさんに聞いてみた。
「おか……マリアは私の婚約についてどう思っているの?」
おかあさんは微笑んだ。
「喜んでおりますよ」
「ジークが王太子殿下だから?」
「ヴィヴィ様を大切に思ってくれる人だからです」
そうして私の眼を覗き込んで言った。
「ヴィヴィ、私はあなたが彼を選んだから賛成するわ。身分は関係なくあなたが一生共に歩きたいと思った人だから」
そうしてはっと気が付いたように「ヴィヴィ様、そろそろ時間ですよ。エントランスに向かいましょう」と私を急き立てた。
ジークにエスコートされて卒業生の控室に入ると周囲の視線が突き刺さってきた。
好意的な視線もあるのだけれど睨むような刺すような視線も多い。
でも私は負けるわけにはいかない。王都での婚約発表の時にはもっと多くの視線を浴びるのだ。このくらいでビビるわけにはいかない。楽しそうに微笑んでジークと歩いて行った。
「ヴィヴィ! ジーク!」
部屋の中ほどで声を掛けられる。振り向かなくてもわかる。エル兄様だった。
でも振り向いて分かったこともある。エル兄様は可愛らしいご令嬢を連れていた。
小柄で愛らしいご令嬢はダークブラウンの髪を今日は綺麗に結っていて可愛らしいレモンイエローのドレスとおそろいのリボンを結んでいる。目に覆いかぶさるぐらいの前髪もすっきりとまとめられていて何より眼鏡が無かった。その為非常にかわいらしい顔立ちだということがよく分かった。
「エル兄様! ナターリエ様も。ご卒業おめでとうございます」
「その声はヴィヴィちゃんね。ありがとう」
なんか変な返しがナターリエ様から返ってきた。
「ナターリエ様、もしかして見えていないんですか?」
「そうなの。ぼやっとした輪郭はわかるんだけどね」
そうしてナターリエ様はエル兄様の腕をぎゅっと握った。
「エルヴィン、絶対絶対私の傍を離れないでね」
エル兄様は「もちろんだ」とか言いながら鼻の下を伸ばしていた(ように私には見えた)




