ジークハルトの帰還と報告(1)
明朝、私たちは領主のお屋敷から離れた荒野に移動し、竜を呼んだ。そして無事にソヴァッツェ山脈を越え、山中で一夜を過ごしヴェルヴァルム王国に戻ってきた。
ジークがトシュタイン王国に旅立って十五日後の帰国だった。
「ヴィヴィ、見て! 王宮が見えて来たよ」
「うっうん」
返事をしながら私はこっそり胸をさする。ジークは右足が骨折しているので安定が悪い。なので私に後ろからしがみつくような体勢でイグナーツに乗っている。いや、体格差があるので実際は私を抱きかかえるように乗っていると言った方が正しい。長時間の密着に加えジークに耳元で話をされると心臓に悪い。
私のお腹に回された腕に力が入るたび、耳を吐息がくすぐるたびに私は赤面しているのだ、前を向いているのでこの顔をジークに見られないことがせめてもの救いだった。
百頭の竜が飛行する様は王宮からも当然見えているので竜場に降り立った私たちは沢山の人々に出迎えられた。
私がジークを支えながらイグナーツから降りると人々からどよめきが上がった。
私がトシュタイン王国に旅立つ前竜場でウルバンやディーターに乗ったのを見た人は少ない。私がイグナーツに共に乗って帰ってきたのを見て衝撃を受けている人は多いようだった。
人々の間から「王太子妃に相応しい」とか「黒竜が認めた王太子妃」という言葉が時折聞こえてきた。
ちょっと待って、それは——
「ヴィヴィ、話がある」
ジークに耳元で囁かれた。だから耳元で囁かないで。顔が赤くなるのを自覚しながら私は頷いた。
地面に降り立ったジークを私に代わってフーベルトゥス騎士団長が支え、ジークは国王陛下に近づいた。
「父上、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。皆の助けを得てこうして無事戻る事が出来ました」
国王陛下は何も言わずジークに近づいた。そっとフーベルトゥス騎士団長が場所を明け渡すとフーベルトゥス騎士団長に代わってジークを支えながら陛下はジークを抱きしめた。
「ち、父上……あの……」
「よく、よく生きて戻ってきてくれた……」
陛下は涙ぐんでいるようだった。
暫くジークを抱きしめた後、陛下はジークをそっと放した。すかさずフーベルトゥス騎士団長がジークを支える。
「ジークハルト、此度の任務大儀であった。報告は後日改めて聞こう。今はゆっくりと休むがいい。それからフーベルトゥス騎士団長、ブルクハルト第一隊長以下竜騎士団第一隊の諸君も大儀であった。また、ジークハルトの行方不明の捜索でいらぬ苦労を掛けた。しかしそなたたちの働きにより無事王太子が帰国することができた。礼を言う。またギュンター第二隊長以下竜騎士団第二隊の諸君及びフィリップ・アウフミュラー宰相補佐官、ヴィヴィアーネ・アウフミュラー嬢もジークハルトの捜索大儀であった。皆の迅速な対応と懸命の捜索の結果王太子ジークハルトが生きてここに戻ってくることができた。……皆、ありがとう」
国王陛下のお言葉に皆が目礼した。目に涙を浮かべている人もいた。
私も陛下のお言葉を聞いて「ああ、ジークが本当に戻ってきたんだ……」と実感が湧いてきてウルっとしてしまった。
皆疲れているだろうとその場で解散になり私は報告の為王宮に留まることになった為客室を用意してもらった。
王宮の上級メイドさんたちの手を借りて湯あみを済ませ軽食も食べてやっと人心地着いた私は部屋でまったりしているとノックの音がした。
この部屋でお世話してくれていたメイドさんが扉を開けてくれると入ってきたのはエル兄様だった。
「良かったなヴィヴィ。お疲れ」
エル兄様は労ってくれたけどどこか悔しそうでもあった。
「はあー、俺もジークを探しに行きたかったよ。お前よく行ったな」
「うん……フィル兄様と許可をくれた陛下のおかげね」
「いやまあそうなんだけど、俺は学院からここに来るときもトシュタイン王国に行きたいと言った時も……お前の迫力に驚いたんだ。てっきりお前はジークのことは兄の一人ぐらいの気持ちだろうと思っていたかんだ、だからジークの申し込みを断ったんだろうと」
私は黙るしかなかった。どう答えていいかわからなかった。
「お前、もしかして断ることがジークの為になるなんて思っていないか?」
図星だ。ちょっと目が泳いだかもしれない。エル兄様は続けた。
「それも一つの道かもしれないけどな、ジークの場合は悪手だと思うぞ」
「悪手?」
「うん。お前が身を引くことでジークが諦めるならそれも波風立てない一つの方法だ。だけどあいつは諦めないだろう。あいつが諦めるのはお前が心からジークと一緒になりたくないと思っている時、またはお前に好きな人が、ジークの他に、だぞ。そういう存在が出来た時。だけどそうじゃないよな、だったら腹くくれ」
〝腹くくれ〟その言葉が私の胸を突き刺した。
「ジークはお前と婚約することで陰口を叩かれることなんて百も承知だ。そのうえでそんな陰口を吹き飛ばすような立派な王太子に、ゆくゆくは王になろうと頑張っている。お前の事だけは譲れないから。だからお前もそんな陰口を吹き飛ばすような婚約者に、王太子妃になれ」
「なっていいのかな」
「いい、と皆に言わせるようになれ。俺も協力するから」
エル兄様は頼もしく頷いてくれた。
ジークを諦めるのは辛かった。隣に他の女の子が立つなんて見ていられないと思った。それがシャルロッテ様のような素晴らしい女性でも。だけど耐えて祝福しなければいけないと思った。
でも今回のような場合、ジークに命の危険が迫った場合、私は蚊帳の外に置かれることは我慢できない。いつでも助けに行ける場所に居たい、その為の身分が欲しい。
「うん、腹くくるわ」
私はエル兄様に告げた。
どうせ辛いならジークの傍に居る辛さを選ぼう。平民の血が、と言われてもそれを上回る行動で補おう。勉強も魔術ももっと頑張る。礼儀作法も。淑女中の淑女に......は自信ない。でも頑張る。
私の宣言にエル兄様はニカッと笑った。
「俺もお前とジークを支えてやるからな、俺は卒業したら王国騎士団に入団してジーク付きの近衛騎士になるつもりだから」
「ふふっ、ありがとうエル兄様」
そこでふと気が付いた私はエル兄様に聞いてみた。
「エル兄様は意中の人はいないの?」
エル兄様はふっと笑って言った。
「さあどうだろう? 卒業パーティーまでにははっきりするよ」
やっぱり誰か意中の人がいるのね。私は確信を持った。でもエル兄様は教えてくれそうもない。私は卒業パーティーまで楽しみに待つことにした。
「俺なんかより早く結婚を決めなくちゃならない人が我が家にはいるけどな」
その言葉には大いに頷いたのだった。
次の日に王宮の会議室で今回の遠征とジークの捜索に関する報告が行われた。
ジークはトシュタインの王宮での出来事に対する労いとその後の魔獣討伐時の軽率な振る舞いに関する叱責を、私はジークの捜索に関してイグナーツを見つけジーク奪還に貢献したこと、ジークを支えてイグナーツに乗り(実際は抱きしめられていただけのような気もするが)無事帰還したことに対するお褒めの言葉をいただいた。
竜騎士団第一第二隊に対する労いや特にフーベルトゥス騎士団長の働きに対し陛下は感謝の言葉を述べられ報告会は終わった。
会議が終わり部屋から出たところで私はジークに呼び止められた。
ジークは歩けない為車椅子に乗っている。それを押しているのはエル兄様だ。
そうだ、ジークに「話がある」と言われていたんだった。
案内されたのは奥宮に近いこじんまりしたサロン。
メイドが紅茶を入れるとジークは彼女たちとジークについている護衛騎士を部屋から出して防音の結界を張った。婚約者でもない男女が同じ部屋に二人きりになる訳にはいかないが、この場にはジークの車椅子を押しているエル兄様がいる。扉も開け放してあって、扉の外には警備の兵士もいる。
「俺はこの部屋の置物だと思って話してくれ」
ジークの車椅子を私の対面に据えると、エル兄様は部屋の隅まで椅子を持って行って後ろを向いて座った。
「ありがとうエルヴィン」
ジークはエル兄様に声を掛けて私に向き直る。
「ヴィヴィ、もう少し待とうと思ったんだけど言わせてくれ。僕の婚約者になって欲しい。一生を共にする相手はヴィヴィしか考えられないんだ」
「はい、お受けします」
「君がそう言う事はわかっている。だけど僕はもっともっと頑張るから。だからチャンスを——え?」
ジークはちょっと固まった後にもう一度聞いた。
「僕のお嫁さんになってくれる?」
「はい、よろしくお願いします」
私が頭を下げるとジークは「えええっ!」と驚いた後に車椅子から立ち上がりかけて「痛っ!」と沈み込んだ。
「ジーク! 大丈夫?」
慌てて席を立って駆け寄るとジークは私の手を握って言った。
「夢じゃないよな?」
「……うん」
「一応断られてもヴィヴィを脅す計画は練っていたんだ」
「脅すって……」
「ラーシュ殿のお屋敷でヴィヴィが包帯グルグル巻きの僕に言った言葉『お願い、死なないで! ジークを失いたくないの! 好きなの! 私の手でも足でも何でもあげるから死なないで!』一言一句覚えてる」
え? そんなこと言った? あの時は無我夢中で全く覚えていないけど…………覚えていないけど……......は、恥ずかしすぎる!!
真っ赤になった私の手を離さず、ジークが続ける。
「ちゃんとヴィヴィの口から『ジークが好き』って聞いたからね、諦めるつもりは無いよって言おうと思っていたんだけど……あっ!」
安堵の表情を浮かべたと思ったら次の瞬間ジークが真っ青になった。
「どうしたの?」
「失敗した......僕はヴィヴィにプロポーズしたのに花束も何も用意していない......おまけにこんな足で跪くこともできない」
「なーんだ、そんな事」
私は笑ってしまった。
「最初のプロポーズの時は打診だっただろ、だから卒業パーティーのパートナーを申し込むときに色々用意しようと思っていたんだけど」
「じゃあ足が治ったら正式にプロポーズしてね」
「わかった、ありがとうヴィヴィ、抱きしめていい?」
「ゲフンゲフン」
壁際から変な咳払いが聞こえて私たちは我に返った。
「あーその、邪魔して悪いけど……」
「すまないエルヴィン、存在を忘れていた」
「……そうだろうな」
「ヴィヴィ、そうと決まったら父上とルードルフに許可を貰いに行こう。正式に婚約者になればある程度二人きりになる事も許されるからね」
「お前……気が早すぎ。っていうかヴィヴィはまだ十四歳なんだぞ、そこのところを——」
「うん、わかってる、わかっているから」
ホントにか? っていうジト目でエル兄様がジー見るので笑ってしまった。ジークは浮かれているし、私も浮かれてる。これからいろいろな事を言われるのはわかっている。表立って非難されるだけじゃなくて陰口もいっぱい叩かれるかもしれない。だけどそれが何? そんなもの吹き飛ばしてやる!




