ジークハルトの遠征と失踪(7)
川の浅瀬で黒竜を発見したもののジークの行方は杳として知れなかった。
「イグナーツ、ジークはどこに行っちゃったのかしら……」
イグナーツに問いかけてみるがイグナーツが答える筈も無い。黒竜の名前はフーベルトゥス様に教えていただいた。イグナーツは私が傍にいることは許してくれた。
捜索隊は拠点を河原に移し付近の捜索と共に近隣の町や村にも偵察を出し情報を収集していた。
もし河原までイグナーツと共にいてその後ジークだけ姿を消したならば誰かに捕らえられたか助けられたかという可能性が浮上したためだ。
町や村での聞き込みはあまり芳しくない。この辺りは田舎でよそ者は滅多にいないのであまり大人数で聞き込みをすることも出来ず、有力な情報は得られない。
「私、イグナーツに乗せてもらってこの辺りを探してみましょうか?」
河原に拠点を移し捜索三日目、私はフーベルトゥス騎士団長に提案してみた。
もちろんイグナーツがジーク抜きで乗せてくれることが大前提だが、他の騎士たちの青竜や赤竜は目立ち過ぎる。その点黒竜なら夜の闇に紛れて飛ぶことが出来ると思ったのだ。
「なるほど、それも一つの手だな。しかし……」
フーベルトゥス騎士団長は何かちょっと言い淀んだ。
「騎士団長?」
「いや、ヴィヴィアーネ嬢はよく頑張るなと思ってな。山での野宿はご令嬢には辛いだろう?」
「そんな事!」
勢いで否定したけど確かに大変だ。食事は携帯食と狩りなどの獲物と木の実など、地面が固くてよく寝られないし、お風呂にも入れない。それでもフィル兄様が一緒に来てくれたので、知らない男の人達の中で寝る不安は軽減されたし、河原に拠点を移してからは川の水で身体を拭うくらいのことはできる。そういう時やトイレの時にフィル兄様が気を使ってくれたのも大きかった。
でもどんなに大変でも私はここに来たことを後悔したことは一度もない。私なんかの大変さより、今どうしているかわからないジークの方がもっともっと大変だと思うから。
一刻も早くジークを見つけたい。ジークのあの青空のような瞳を見たい。「ヴィヴィ」と私を呼ぶ優しい声を聞きたい。その為なら何でもする。
「ジークを見つけるためなら辛い事なんて何でもないです」
「そうか。その……ヴィヴィアーネ嬢は……ジークハルト殿下の申し込みを......ああいや、何でもない」
あ、この人は知っているんだ、と私は思い至った。私がジークの申し込みを断ったこと。だから不思議なんだ、私がこんなに必死にジークを探していることが。
だけど、フーベルトゥス騎士団長は言葉を濁したから私もその事には触れなかった。そんな事より今はジークを探すことの方が大事だ。
「イグナーツに頼んでみます」
私がその場を離れる時にフーベルトゥス騎士団長が何か呟いた。
「ジークハルト殿下、脈は十分にあるぞ。五十回まで頑張らなくても次のプロポーズでいけるかもしれん。だから無事に戻って来い」
その言葉は小さすぎて私の耳には届かなかった。
イグナーツは私が乗ることを了承してくれた。イグナーツは賢い。ジークを探したいという私の意図をわかってくれたようだった。
反対したのはフィル兄様だ。
フィル兄様の竜、ウルバンに乗った時はフィル兄様と一緒だった。つまり私は一人で竜に乗ったことがない。それだけでも危険だというのに私がイグナーツに乗るのは夕刻から夜にかけて。流石に明るいうちに黒竜が飛んだら目立つ。
私は無茶なことをしないからと何度もフィル兄様に誓って、(落とすわけがないだろう)と言わんばかりのジト目でイグナーツに睨まれてようやくフィル兄様は納得......はしていないかもしれないけれど了承してくれた。
しかし、結果的にイグナーツに乗って飛んだことは正解だった。
山の西側の斜面に灯りを発見した。山小屋の灯りだ。河原とそんなに離れていないが徒歩では気づきにくい場所にあった。
そしてその山小屋に住む木こりが河原で金髪の遭難者を拾ったと証言したのだ。
その木こりは突如押し入るように現れた屈強な男たちに震えあがりながら(木こりも十分屈強だったけど騎士の屈強とはまた違うみたい。多勢に無勢だしね)金髪の遭難者を麓の町はずれにある領主様の別邸に運び込んだと教えてくれた。
ジークを助けてくれた親切な人だ、怖がらせるのは申し訳ない。
フーベルトゥス騎士団長が金貨の袋を差し出してお礼を言うが木こりは不安そうに訊ねた。
「おらが喋ったことでご領主様に迷惑がかかったりしねえだか?」
「大丈夫だ。俺たちは遭難者の身内でな、ご領主様にお礼を言って彼を引き取らせてもらうだけだから」
フーベルトゥス騎士団長の笑顔に安心したのか木こりはやっと袋を受け取ったが、袋を覗き込み「うっひゃー!」と目を丸くした。
ともあれこれでいくつかのことがわかった。
一番重要なのはジークが生きていたこと。そして居場所が分かったことはとてつもない僥倖だった。
木こりの話ではジークは全身に擦り傷や打撲の跡、そして右足がおそらく骨折している。
それから全身ずぶ濡れで意識は無く発熱していたそうだ。
彼は応急手当はしたもののそれ以上どうすることも出来ず、見事な金髪や着ていた物がズタズタではあるが元は豪華な装いであることからご領主様のお屋敷に運び込んだそうだ。
「領主の屋敷という事はジークハルト殿下はトシュタイン王国の者に捕えられたと考えてよいのだろうか?」
ブルクハルト隊長の言葉に騎士たちの表情が硬くなる。
「まあ待て、殿下の身元がバレたと決定したわけではない」
フーベルトゥス騎士団長が緊張を和らげるように意識してのんびり話す。
もしトシュタイン王国にジークが捕えられたとするならどうする? 相手の出方にもよるがジークがトシュタイン王国の王都まで運ばれるのは避けたいところだ。とはいえここに居る者でジーク奪還を謀り武力衝突を起こせば大きな戦争にも発展しかねない。
「まずはその領主の屋敷というのを探ってみるべきでしょう」
ギュンター第二隊長の言葉にフーベルトゥス騎士団長も頷いた。そして五名の偵察隊が選ばれた。
その五名の中に私が入れたのは私の実力......ではなくて私が必死にアピールした成果だ。
だって密かにと言ってもむくつけき男たちが屋敷の様子を窺っていたら怪しい事この上ない。だから少女の私がいた方が怪しまれませんよ、とアピールしたのだ。
イグナーツに乗ってジークを見つける手がかりをつかんできたのも認められる理由の一端にはなったと思う。最初の頃の(何だ? この小娘)とか(我儘お嬢さんか、足手まといになるだけだ)といった視線がほぼ無くなったもの。
後のメンバーはフーベルトゥス騎士団長とフィル兄様、なるべく線が細そうに見える(あからさまなマッチョじゃない)騎士二名、隊の中で比較的若いハーロルトとクンツ。
私たちは農作業の帰りというていで荷車を引きながら領主様の別宅というのに近づいた。
お屋敷の近くは人通りが少ないものの全く無人という訳でなく、そこそこ行き交う人も見られる。
別宅は静まり返っていて異常な様子は見られない。門から少し離れた木が密集している場所でで休むふりをして門の辺りを窺った。
「どうします? 中に忍び込みましょうか?」
若い竜騎士クンツがフーベルトゥス騎士団長に聞くとフーベルトゥス騎士団長も頷いた。
「そうだな、あまり警備も厳重でなさそうだし——」
ドドドド............と地響きが聞こえた。
振り返るとさっき越えてきた丘の上に数十頭の騎馬。
固唾をのんでみているとその内の一部は丘の向こうに消えたが、他は領主のお屋敷を目指して丘を駆け下りてくる。
彼らは門の手前で馬を降りるとお屋敷の中に消えていった。
「ジークハルト殿下を引き取りに来た兵士達でしょうか?」
「そうだとすると不味いな、ジークハルト殿下をトシュタインの王家の者たちに渡すわけにはいかない」
ハーロルトの言葉にフーベルトゥス騎士団長も唇をかみしめる。
兵士たちは門の前に二人の見張りを立てた。
これで簡単に忍び込むことはできない。山に残っている竜騎士たちを呼び寄せてこの屋敷を急襲するかか否か。
「あ、騎士団長、門から誰か出てきます」
屋敷の下男と思しき男が門から出てくると川向うの町の方角に歩き出す。
「ちょっと行って様子を探ってきます」
フットワークの軽いクンツが男を追って川向うに向かった。
じりじりしながら待っていると小一時間でやっとクンツが戻ってきた。
「どうも連中はこの屋敷で酒盛りを始めるようです」
「酒盛りだと?」
「さっきの下男はお酌する女性を集めに町に向かったようで」
「はあ?」
フーベルトゥス騎士団長には意味がわからない。いや、この場にいる誰も意味がわからなかった。
ヴェルヴァルム王国の王太子を捕えた祝い? 今ここで?
ますますどうするか決めかねているうちに町から十人程の女性がやってきて次々に門の中に消えてゆく。女性たちは手に酒瓶やら料理を詰めた籠やらを持っている。宴会を始めるというのは確からしい。
門に立つ二人の兵士もそわそわと屋敷の中が気になるようだった。
「奴らが酔っぱらってしまえば制圧するのは簡単じゃないですか?」
「しかし平民の女性たちが沢山いるだろう」
フーベルトゥス騎士団長は平民を巻き込むことに渋い顔をした。ヴェルヴァルム王国の騎士たちは平民を守るべき存在だと認識している。トシュタイン王国の民とは言えなるべく巻き込みたくはない。女性や子供は特に。
「フーベルトゥス騎士団長、私が様子を見てきます」
私が申し出ると案の定フィル兄様が反対した。だけど私が一番怪しまれないのは確かだ。
「私だったらさっき入っていった女の人の妹だと言えば通してもらえると思うの」
ジークは私の目と鼻の先にいる。ここまで来て王都に連れていかれてしまうなんて我慢できるわけがない。
「大丈夫、フィル兄様、私を信じて。危なくなったら逃げてくるから」
「それが一番信用できない」
フィル兄様は渋っていたけどフーベルトゥス騎士団長は許可してくれた。怪しまれたら直ぐに逃げること、怪しまれなくても中の様子を確かめたら戻って来ること。
「いいか、ヴィヴィアーネ嬢、無理にジークハルト殿下を探そうと思わなくていい。屋敷の大まかな間取りや中の様子が分かれば俺たちが潜入する計画も立てられるからな」
私は頷いて門に向かって歩き出した。
まずは門の影から中の様子を窺う。門からお屋敷までは小さな前庭があるので中の音は聞こえて来ない。
門は今は閉じられていて門の内側に立っている二人の兵士はやっぱりちらちらと屋敷の方を見てはため息をついていた。
「腹減ったよなあ」
「チキショー! 今頃あいつら飲んで食って......いいよなあ」
「なあ、さっき入っていった娘、可愛かったよなあ」
「どの娘だ? 俺は栗色の髪を一つにまとめた娘が好みだったな」
「俺は赤毛の娘が良かったな、俺たちにもにっこり笑いかけただろ」
「はあ……いいなあ」
「あのお......兵士さん」
私は意を決して話しかけた。
「何だ? ガキが来るところじゃないぞ」
「私のお姉さんが中にいるんです。ちょっと用事があって......中に入ってもいいですか? お姉さんと話をしたら直ぐに戻ってきますから」
私の申し出に二人の兵士は顔を見合わせた。
「うーん、通してもいいのか?」
「ガキ一人じゃ危険な事も無いしなあ。大体俺らは竜が出ないか見張ってるだけだろ」
「じゃあ、いいか。おいお前、すぐに戻ってくるんだぞ」
「はーい」
私は門の中に身体を滑り込ませた。
兵士たちの会話に(ん? 竜?)となったけど、考えるのは後回しにしよう。
「兵士さん達、ご苦労様ですだ」
門に入ると同時にお屋敷の玄関が開いて恰幅のいいおばさんメイドが出た来た。手には酒瓶とコップ、バスケットに詰められたのは料理らしい。
「さあさあお腹が空いたんじゃなかろと料理とお酒を持ってきただ。休憩してくんなせ」
兵士たちの目が輝く。
「この嬢ちゃんは私が連れていくですだ」
メイドは私の腕を掴んだ。
兵士たちは酒と料理に気を取られてもうこちらを見向きもしない。メイドは私をぐいぐい引っ張って今度は玄関から入らず屋敷の裏手の方に連れていく。
「あの、おばさん」
メイドについて行っても大丈夫なのか判断がつかず、とりあえず話しかけてみることにした。
「エラですだ。お嬢ちゃんはジル様の大切な人と聞きましただ。ジル様のところに案内するからそうっとついて来てくんなせ」
ジル様? 聞き覚えの無い名前だけどおばさん、いえ、エラさんは真剣な様子で私を連れていく。使用人の出入り口からこっそり入る様子を見てこの人について行っても大丈夫なんじゃないかな、と感じた。
エラさんは私が兵士たちと出会わないようにうまく私を誘導してくれた。少し離れた食堂と思しき場所から賑やかな声が聞こえてくる。それに食堂に入りきらないのか廊下をうろつきながら酒を飲んだり、女の人に言い寄っている兵士もいた。
エラさんは時に私の身体を自分の身体で隠してやり過ごしたりしながらなんとか三階まで上った。だけど三階の階段を上がり切ったところで声を掛けられた。
「んー? 何だそのガキは?」
「隊長さん............えーと私の姪っ子で下働きの娘ですだ」
「ああん? 下働きがどうしてこんなところにいる? おい、ちょっとツラを見せろ」
隊長さんと呼ばれた他の兵士よりちょっと豪華な服装をした人はグイッと私の腕を引っ張った。
うわっ! お酒臭い!!
「ほお、ガキのくせに随分整ったツラだな」
「隊長さん、宴会は一階ですだ。大分お酒が回っているみたいだに私が案内しますだ」
「五月蠅い、ババアは引っ込んでろ! せっかく若い娘を連れ込もうとここまで引っ張ってきたのに逃げやがって! 」
焦ったエラさんが庇おうとしてくれたけど隊長さんにどつかれてよろける。
その隙に私は隊長さんの腕を振り払って逃げる。廊下の奥へ。
一番突き当りで追いつかれた。
「手間かけさせやがって! 決めた、お前は王都に連れて行ってやる。俺はガキは好みじゃあねえが数年後には見られる身体になるだろう。おいガキ、こんな田舎から王都に行けるんだ、俺様に感謝しろ」
冗談じゃない、この兵士たちはジークを連れに来たんだよね? 多分この屋敷に運び込まれたジークがヴェルヴァルム王国の王太子だってバレてこの土地の領主から王都に連絡が行って......ん? ジークが連れていかれるなら私も行くのはアリなの?
いやいやいやいやダメでしょ、私はジークを探してヴェルヴァルム王国に連れ帰るために来たんだから。
それに何より、目の前の男に我慢できない!! お酒臭いし、脂下がった顔も気持ち悪い!!!
思いっきりむこうずねを蹴っ飛ばした。
「ぐあっっっ!」
手が緩んだので目の前のドアを開ける。
夢中で飛び込んでドアを閉める前に隙間に足を差し込まれた。
グッと手を掛けられてドアを開かれると私の力では対抗できない。あっと思った時には目の前に隊長さん、ううん、さんなんてつけるもんか、スケベ隊長の顔があった。
「ヴィヴィ!」
聞きたかった声が聞こえたような気がする。だけど私は無我夢中だった。
だからぶっ放してしまった、魔力を。至近距離のスケベ隊長に向けて。
「うぐっ......」
くぐもった声が聞こえてスケベ隊長がバターーンと仰向けに倒れた。
「はあっはあっはあっ」
「……ヴィ、ヴィヴィ、大丈夫か?」
今度ははっきり聞こえた。
「え? ジーク?」
バッと振り返るとベッドの上に人——包帯でグルグル巻きの、ところどころに血がついている——
「ジ、ジーク......死なないで!」
私の両目から涙が吹き出した。急いでジークに駆け寄る。
「お願い、死なないで! ジークを失いたくないの! 好きなの! 私の手でも足でも何でもあげるから死なないで!」
ガバッと抱きつこうとして躊躇する。こんなに包帯でグルグル巻きなんだもの、私が抱きついたら死んじゃうかもしれない。
「ヴィヴィ、大丈夫だから。死んだりしないから。これは作戦だから」
死にそうもない穏やかなジークの声を聞いてちょっと安堵する。
「え? 作戦?」
「うん、右足は骨折しているけど、他はピンピンしているよ」
「作戦......よかったあ」
どんな作戦かわからないけれどジークが無事ならそれで良かった。
安心したらまた涙があふれてきた。
ぐずぐず泣く私の頭をジークが包帯でグルグル巻きの手で優しく撫でる......
「なんか臭い......」
「え? あっ!」
落ち着いてきた今はわかるけど、この部屋は凄く臭い。特に目の前のジークから、撫でてくれた手から異様な臭いが漂って来る。
バター――ン!!
その時再びドアが開いて三人の人がなだれ込んできた。




