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竜の国 【リメイク版】  作者: 一理。
ヴァルム魔術学院

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58/90

ジークハルトの遠征と失踪(6)


「彼は王室を憎んでいると言ってもいいだろう」


 ラーシュは衝撃的な言葉を口にした後お茶を一口飲んだ。

 お茶を入れてくれたメイドはとっくの昔に退室している。室内にいるのはベッドで座っているジークとその傍らに座っているラーシュだけだ。


「この領地は第七王子の管轄になってからずいぶんと楽になった。彼は無理な徴税をしないし領地の発展も考えてくれる。徴兵も最低限だが……我々は総力を挙げて彼と共に戦う覚悟はできている。重税にあえぐ近隣の領主も……ね。それにね、御旗として掲げるべきお方がいるんだ」


 ラーシュは楽しそうに言った。


「御旗として……? 第七王子の事ではなく?」


 ジークの問いにラーシュははぐらかすような笑みを浮かべる。


「今はまだ時期ではない、時期ではないのだよ。でもその時期は絶対にやってくる。近い将来、我らがもう少し力をつけたら……」


 夢見るようにラーシュは言う。壮年の酸いも甘いも嚙み分けたような男が浮かべる夢見るような表情はなぜか彼の雰囲気とぴったり合っていた。


「少し話が長くなってしまったかな。この後は栄養を取ってゆっくり休んでくれ」


 少し疲れを感じていたジークは頷いた。


「ご配慮、感謝いたします」

「いやいや、感謝するには及ばんよ。私は見返りを期待している。今ではない、その時に」


 この男の目的がようやく見えて来た。しかしここはトシュタイン王国、内政に関わる問題に軽々しく首を突っ込むことはできない。できないがこの男の目的がヴェルヴァルム王国の利につながるものであるなら……


「善処する、と約束いたしましょう」






 次の日には更にジークの体調は回復した。食事も普通になり体の痣も薄くなってきた。ただ右足はひびが入っているので添木をして包帯を巻いている。歩けるようになるのはもう少し先になりそうだった。


 体力が回復するにつれここがどこなのかジークは気になってきた。今は部屋からでさえ出ることはできない。目にした人物は中年の素朴なメイド、エラと領主のラーシュだけだ。

 しかしなんとなくこの建物はあまり大きくないような感じがした。いかに田舎といえど領主の住む屋敷にしては小さいような気がする。

  ずっと世話をしてくれているエラに聞いてみた。


「ここはご領主様の別宅ですだ。ご領主様は『隠れ家』なんて呼んでおられますけんど」


 あっさりと教えてくれた。ついでにラーシュの家族についても聞いてみる。


「奥様と二人のご子息様は本宅に住んでらっしゃいますだ。奥様はほんにお綺麗でお優しいいい方ですだ。ご子息様たちもご立派にお育ちになられましてなあ」


 エラの様子からラーシュとその妻が仲睦まじい様子がうかがえた。僕のことはラーシュの家族は知っているのだろうか? そしてラーシュが昨日言っていた目的については?

 ジークが考え事をしているとドアがノックされた。


 エラがドアを開けるとラーシュが立っていた。

 午前中に来たことは今までなかったので少々意外だったがラーシュはどことなく忙しく感じられる歩調で部屋に入ってきた。


「ちょっと不味いことになった」


 開口一番ラーシュはそう告げた。


「今日の午後、国王軍が視察に来る。この辺りで竜の目撃情報が多数あり王都まで伝わったらしい。まずは本宅に迎えるつもりだが目撃情報のあった山に近いこの辺りにもやってくるかもしれない」


 そこでラーシュは一息ついた。


「私は急ぎ本宅に帰るが、君はここで大人しくしててくれ。まあその足ではこの部屋からも出られないだろうが」


 ジークが頷くのを確かめてラーシュは一人の老人を呼んだ。この屋敷で見る三人目の人間だ。


「彼はモートン、父の代から家令を務めてもらっていたんだ、今は引退してこの家の管理をしてくれている。モートンに君の事を任せる。頼んだぞ、モートン」


 矍鑠とした雰囲気のモートン老人は目を細めてお辞儀をした。


「お任せくださいですじゃ、坊ちゃん」

「おい、坊ちゃんは止めてくれ、いくつになったと思っているんだ」

「これは失礼いたしました。坊ちゃんは本宅にいる二人のお子様でしたな、ふぉふぉふぉ」


 ラーシュは頭をかくとブツブツ呟く。


「後は調査に入る山で彼らに出くわさなければいいんだが……全く、頭が痛い」

「ラーシュ殿、彼等とは?」

「山でうろついている者たちですよ、他国のね。彼らの目的はわかっているのですが、さて、どうしたものか」


 ジークは身を固くした。山でうろついている者たちというのはジークを捜索している竜騎士団の者たちであろう。ラーシュは彼らと事を構えるのだろうか、それとも僕の身柄をトシュタインの軍に?


「山をうろついている者たちは目的を達成すればここから出ていくだろうとはわかっているのです。ただ今は時期が悪い。私が預かっている荷物を(ここでジークを見る)国王軍の目に触れず彼らに渡すことができればいいのですが」


 そうか……一瞬でもラーシュを疑ったことをジークは申し訳なく思った。

 なんとかフーベルトゥス、またはブルクハルトに連絡を取れないだろうか。


「とりあえず私は本宅に向かう。ジルはここで大人しくしていてくれ。国王軍さえ帰ってしまえばやりようはいくらでもあるからな」


 そういいおいてラーシュは忙しなく部屋を出ていった。



「モートンさん、このベッドを窓の近くに移すことが出来ますか?」


 ラーシュが出ていくと直ぐにジークがモートン老人に聞くとモートン老人は「お安い御用ですな」と了承してくれた。

 モートン老人がパンパンと手を叩くと部屋に入ってくる屈強な二人の男性。


「庭師のローデンと下男のガイアスですじゃ、アルバイトで坊ちゃんの護衛兵士もしておりますがな、ふぉふぉふぉ」


 屈強な二人の男は「ほっほっほっ」と掛け声と共にジークをベッドごと窓際に移動してくれた。

 窓から外を眺めるとこの屋敷をぐるりと取り巻く石塀、その向こうに小高い丘が見える。丘の向こうには意外と至近距離に山が迫っており、あの山が僕が崖から落ちた山だろうかとジークは考えた。左手に川、川の向こうは素朴な町並みが広がっている。そして石塀の右端にこの屋敷の門がかろうじて見ることが出来る。この部屋はかなり奥まった位置にあるようだが、屋敷自体がさほど大きくないので三階(多分)のジークがいる部屋から門を見ることが出来るのだ。

 さほど大きくないと言っても川向うに見える村らしい家々よりはずっと大きい。ヴェルヴァルム王国の爵位無し貴族の屋敷くらいの大きさである。窓から見える景色によるジークの推測に過ぎないが。


 ともあれ外界と隔絶した状態から、窓から外を眺めるだけだとしても外の情報を得られる環境になり、ジークはホッと息をついた。

 薬湯を飲み、昼食をとり、ちょっとまどろみかけた時、ドドドド......と地響きのような音が聞こえた。

 はっと窓の外を見る。

 丘の上に三十ほどの騎馬が現れた。略式の武具をまとったその姿はトシュタイン王国の兵士だろう。

 それから十ほどの騎馬。彼らは三十人ほどの兵士とは色の違う装備をした兵士だ。その中にラーシュを見たような気がした。遠目なのでしかとはわからないが。それから武具を纏っていない一人の男。もちろん彼も馬に乗っている。顔立ちや年齢までは判別できないが、兵士の中のただ一人の文官? と思しき彼はジークの目にとても優美に見えた。


 眺めているとラーシュ率いる(多分)十頭とその文官? は丘の向こうに下っていく。丘の向こうは山だから山に調査に向かったのだろう。

 と、残っていた三十頭がこちらに向かって丘を駆け下りてくるのが見えた。

 見えたと同時に部屋の扉がバン! と開いた。


「ジルさん、ちょっくら我慢しておくんなさいな」


 入ってきたのはいつも世話をしてくれているメイドのエラとモートン老人。

 エラは手に持っていた大量の白い布をジークに巻き付け始めた。ああこれは包帯だ。もちろん既にジークの右足に巻かれているものと同じだ。その包帯をメイドはジークの顔や上半身、寝間着から出ている手にも巻き付けていく。頭は髪の毛まで全て包帯で覆われ、顔も目と口と鼻に少し隙間をつくっただけで全て覆われた。


「あの? これは?」


 戸惑いながら包帯が巻かれているせいでちょっとくぐもった声で聞くと、モートン老人はジークに何かを握らせた。木の実のような赤い小粒な何か。

 

「ジル様は奇怪な病に侵されたわしの孫ですじゃ。身体が腐って膿が広がる伝染する病に侵されている可哀そうな孫でのう。もしこの扉を開けて侵入してくる兵士がいたらその手の中にある木の実を握りつぶして身体や顔に擦り付けてくだされ。この地方にしかない木の実じゃが、ついた赤い汁は三日は落ちぬほど頑固でおまけに臭い臭い匂いを発するんでの、ふぉふぉふぉ」

「ジルさん、実を潰すのは最終手段にすて欲しいだ。その汁がついちまうと三日は落ちねえし臭くてたまんねえだに」


 エラがしかめっ面で補足する。

 ジークが返事をする間もなく門から兵士たちが入ってくるのが見え、モートン老人たちは部屋を出ていった。

 ベッドに横になり息を殺しているとドタドタと何人か階段を上がってくる足音が聞こえる。制止するような声も。


「ええい、五月蠅い!! 映えある国王軍第十二隊のトリスターノ・ギラルディーニ隊長がこの屋敷を休息場所にお選びになられたのだぞ! 名誉な事であろう!!」

「そうだぞ! お前たちはわざわざ王都からこんな辺鄙な田舎まで来てやった俺たちに感謝して食事や酒を用意せよ!!」

「酌をしてくれる女も忘れるでないぞ、この地方の女は素朴だがなかなか美しい者が多いと聞いたことがあるからなあ」

「さすが隊長!! 遠征に行く地方の情報収集も完璧ですな」

「はっはっはっ、調査はこの地方のシュトレームだかシャトレーゼだかという子爵に押し付けたから我々はここで酒でも飲んで待っていれば良い」

「お見事です! 隊長の手際の良さには感服いたしました」

「しかし、そのシャトレーゼとかいう子爵はちゃんと調査をするでしょうか?」

「おまえっ、隊長の采配にケチをつけるのか?」

「そこはほれ、王都から一緒のカルドッチという文官を一緒に行かせたから大丈夫だろう。えらく有能な男らしいぞ、陰気だがな。元々調査は文官の仕事だからな、我らは竜が現れでもしない限りここで酒を飲んでいれば良い」

「おお! やはり隊長は出来る男ですな」



 扉は閉まっているが声が大きいので話は筒抜けだ。

 そのおかげでジークは大体の事情を推測することが出来た。

 丘の上で装備の色が違う十頭が武具を着ていない文官らしき一頭と丘の向こうに消えた。今この屋敷に入ってきた国王軍というやつらはラーシュたちに調査を任せてその間にこの屋敷で飲み食いをしようという算段らしい。ラーシュについて行ったのが文官一人なら僕を探しているらしいフーベルトゥスたちの痕跡を胡麻化すことも容易いだろうとジークはひとまず安堵した。

 彼らの会話と共に扉を開け閉めするバタンバタンという音が聞こえ、そしてその音はだんだん近づいて来ている。


「どの部屋も大したことない部屋だな」

「特に目を引くものは何もありませんね」


 呆れたことに彼らは部屋を物色しているらしい。


「やけに三階に上がらせたくないようだったからお宝か女でも隠しているのかと思ったが、いたのはメイドのババアだけとはな」


 とうとうジークの部屋のすぐ外で声が聞こえた。手の中の赤い実を確認する。この部屋で気がついた時にウォンドは手元に無かった。崖から落ちた時かその後かはわからないがウォンドを失くしてしまった今は手の中に納まるこの赤い実だけがジークの武器だった。


「あっ、そこは、その部屋だけは開けないでください」

 

 今までは小さくて聞き取れなかったモートン老人の声がドアのすぐ外で聞こえた。


「なにっ? 我らに逆らうのか?」

「我らは滞在するこの屋敷が安全かどうか確かめる必要がある」

「そのために全ての部屋を調査しているのだ! 隠し立てすると為にならんぞ!」

「ああっ、その部屋だけはっ!」


 モートン老人の悲鳴と共にドアがバーンと開く。

 同時にジークは手の中の赤い実を握りつぶし、その汁を寝間着や顔の包帯に擦り付けた。


「うわっ! くせえ!」

「なな何だ? この部屋は?」

「あっ! 隊長、ベッドに人が!」

「その子に近づいてはいけません!」

「ジジイ! 俺たちに命令する気かっ!」


 モートン老人を押しのけて近づいてくる隊長含む五人の兵士は包帯でグルグル巻きのジークを見て足を止めた。包帯で顔まで覆われているばかりか、寝間着や顔に真っ赤な血の跡がつき、異様な匂いを発しているジークを見て。


「そこに寝ているのはわしの孫ですじゃ。恐ろしい奇病に取りつかれ全身がただれて膿んでおります。触ったらうつるので——」

「「「ひっ!!」」」


 モートン老人に皆まで言わせず五人は飛び退いた。


「ジ、ジジイ! そう言う事は早く言え!」


 五人は物凄い速さで部屋を出ていき、ジークはホッと息をついた。

 いや、息をつくと物凄い匂いが鼻の中に飛び込んでくる。


「うう......臭い......」


 唸っても臭いは無くならない。最終手段といった意味がよーく分かった。

 少しでも換気をしようと窓に手を掛けた時だった。


「あれは…………ヴィヴィ!???」


 門の影から中を伺う一人の少女。

 え? いや? 僕は幻でも見ているのか? 熱が見せた幻覚? 違う、熱はもう下がった。見間違いか? だけど僕がヴィヴィを見間違えるわけがない。僕の唯一。遠目でもあれは僕が愛した少女だと本能が告げている。


 混乱のまま立とうとしてジークの足に激痛が走る。


「ううっ!」


 情けなく鼻をつまんだままジークはベッドに沈み込んだ。


「あんれまあ、まだ歩くのは無理ですだ」


 ドアを開けて入ってきたエラが急いで駆け寄ってくる。


「はああ窓を開けようとしなさっただね、この臭いはひっでえもんだで」

「エラ」

「すまないが門のところにいる少女をここへ連れて来てくれないか?」

「門のところ?」

「ほら、あそこ、門のところで兵士に話しかけているあの少女だ」

「ジル様の大切な人だか?」


 ジークは頷く。あれは間違いなくヴィヴィだ。僕の一番大切な存在。


「わかりますただ、ジル様の大事な嬢ちゃんはこのエラがちゃんと連れてきますだ」


 エラは胸をドンと叩くと部屋を出ていった。




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