ジークハルトの遠征と失踪(4)
「殿下が落ちた崖下の周辺を今第一隊が捜索しておりますが私が向こうを発つ時点では痕跡も何も見つかっていませんでした。黒竜も見当たらないことから場所を移動したことも考えられます。取り急ぎ私は現地に戻り捜索を再開するつもりです」
フーベルトゥス騎士団長が締めくくるとともに竜騎士隊第二隊の隊長が立ち上がった。
「捜索は我が隊が引き継ぎます。いろいろと準備がありますのでこれで失礼します」
「わかった。第二隊は急ぎ準備に取り掛かってくれ。竜騎士隊以外の随行者は追って知らせる」
国王陛下の言葉を受けて隊長は退出していった。
「ヴィヴィ、大丈夫か?」
エル兄様が気遣ってくれるが私は上手く呼吸が出来なかった。
何故今回はこんなにも不安だったんだろう。どうして悠長に馬車で向かうことが出来なかったんだろう……その答えがこれだったような気がしてならない。
私には予知能力なんて無い。でも私が今回不安に思って急いだおかげで私は今この場に居合わせることが出来た。ということは私にも何かできることがあるのかもしれない。
知らず私は立ち上がっていた。
国王陛下が私を見た。
「私も行かせてください」
国王陛下はちょっと呆気にとられた顔で私を見る。陛下の方こそ最愛の妻の忘れ形見、自らの息子の安否が心配で飛んで行きたいだろう。
「ヴィヴィアーネ嬢……その、それはどういう……」
「私も行かせてください」
私は繰り返した。
「我儘もいい加減にしてもらいたいですな」
口を挟んだのはハンクシュタイン侯爵。ハンクシュタイン侯爵は口をゆがめながら続けた。
「そもそも君はどうしてこの場にいる? 君の証言はもう終わったのだ、速やかに出ていきなさい!」
私はハンクシュタイン侯爵を丸っと無視した。国王陛下の顔を凝視しながら繰り返す。
「私も行かせてください」
「な、なんて礼儀がなっていない娘だ」
ハンクシュタイン侯爵は真っ赤になっているけれど、私は国王陛下にお願いしているのであって、横から口を挟んだのはハンクシュタイン侯爵の方だ。
「すみません陛下、発言をしてよろしいですか?」
騎士団の方が口を開いた。この場にいるのだから地位の高い人なのだろう。
「彼女はどちらの令嬢でしょう? まだ子供に見えますが」
「申し訳ない、私の娘でヴィヴィアーネという。トシュタイン王国の第八王子に関する証言でこの場に来ていたのだが……」
お父様の言葉に騎士は「なるほど」と納得したように頷いた。その件を知っているという事は第四隊の人なのかもしれない。
「お嬢さん、君が行くことは物理的に無理なんだよ」
今度はその二つ隣の騎士が私に向かって諭すように言う。
「捜索隊は竜に乗って行くんだ、君はまだ竜と契約前だろう? そもそも現地に行くことはできないんだよ。それは分かるかな?」
「許可さえいただければ山越えしてでも向かいます」
「はっ、ピクニックじゃないんだぞ」
ハンクシュタイン侯爵が嘲るような声を上げるが、それに頷いたのは国王陛下だった。国王陛下は戸惑った表情のまま続ける。
「ヴィヴィアーネ嬢、それはあまりに現実的ではない。もちろん向こうに着いてからの捜索も過酷で貴族令嬢が耐えられるものではないが、そもそもソヴァッツェ山脈を現在封鎖中の街道以外で山越えしたものなどいないんだよ」
その時急にフィル兄様が「あっ」と声を上げた。
皆に注目されたフィル兄様は小さく「コホン」と咳払いして陛下に言った。
「ヴィヴィアーネは私の竜に乗れるかもしれません」
その言葉にはこの場にいた全ての人が驚いた。
竜は絶対に契約者以外の人間を乗せないからだ。
「フィリップ・アウフミュラー、どういうことかね?」
陛下の問いかけにフィル兄様は答える。
「ヴィヴィアーネは九歳の時に私の竜ウルバンに乗っています。領地に帰る途中で盗賊に襲われけがをしたヴィヴィを私の竜ウルバンで屋敷まで運びました」
「あり得ない!!」
騎士団の方が吐き捨てるように言ったがフィル兄様は冷静に返した。
「しかし事実です。屋敷の者たちなど証言者は大勢います」
「証言者を呼んで証言させるより手っ取り早い方法があるだろう。今から竜場に行きウルバンを呼んでヴィヴィを乗せるのか確かめてみればいい」
お父様の言葉に全員が頷いた。
しかしフィル兄様はその前に陛下に言った。
「陛下、もしヴィヴィアーネが私と一緒に竜に乗る事が出来たら私とヴィヴィアーネの随行を許可していただけますか?」
私は驚いてフィル兄様を見つめた。
「ヴィヴィアーネは僕の最愛の妹だ。僕はヴィヴィが望むことなら何でも叶えてあげたいんだ」
これは後でこっそりフィル兄様が私に囁いた言葉だ。
陛下は暫く逡巡していたが最終的に「許可しよう」と言った。
数名の人達は不満げな顔をしたが(ハンクシュタイン侯爵とかハンクシュタイン侯爵とか)他人の契約竜に乗れることなどないと高をくくっていたようだった。
正直私も自信なんてない。フィル兄様は九歳の時私がフィル兄様の竜に乗ったと言ったが私はその時は気絶していたので覚えがないのだ。
でもこれはフィル兄様がくれたチャンスだ。絶対ものにしたかった。
「今から竜場に場所を移す。フーベルトゥス、竜騎士団第二隊の準備も今しばらくかかるだろう。王宮に客間を用意するのでしばらく休んでくれ」
国王陛下の言葉にフーベルトゥス騎士団長はかぶりを振った。
「俺ならに三日徹夜しても大丈夫だ。それよりこんな面白い……いや、不謹慎だな、興味惹かれる事柄を見逃すわけにはいかない」
そう言った後で「申し訳ありません、言葉遣いが不敬でしたな」と反省した素振りを見せたが国王陛下は苦笑しただけだった。
私たちは竜場に移動した。
フィル兄様が念ずると暫くして上空に赤竜の姿が見えた。
契約した竜は自らの魔力を介して呼ぶことができる。
赤竜は悠々と竜場に着地した。フィル兄様が駆け寄ると恨めし気な目で見つめる。
「すまんウルバン。最近は君に乗る機会も滅多になかったな」
フィル兄様がウルバンを撫でると頬を擦り付けて来た。そんなウルバンを愛おし気に見つめフィル兄様は言った。
「ウルバン、ヴィヴィを覚えているか? またヴィヴィを乗せて欲しいんだ」
フィル兄様が私を手招きする。
私はウルバンに近づいた。
「こんにちはウルバン。私を乗せてくれる?」
私がウルバンの眼を見ながらそう言うとウルバンは私を大きな舌でひと嘗めした。
「わっっぷ!」
私の様子を見てウルバンはグルルルル……と喉の奥で笑ったような声を上げ、前足を折り首を垂れた。
これは竜が人を乗せるときのポーズだ。
周囲の人達からどよめきが漏れた。
私とフィル兄様はウルバンに乗り空高く舞い上がった。
私とフィル兄様はウルバンに乗り王宮上空を一周して戻って来た。
ウルバンから降りると皆が信じられないと言った顔をしている。
それほど竜が契約者以外を乗せるというのは異常な事なのだろう。
「陛下、先ほどのお言葉通り私とヴィヴィの随行を許可してくださいますね」
フィル兄様の言葉に国王陛下は頷いた。
「あっ……ああ」
その時フーベルトゥス騎士団長が急に言った。
「ヴィヴィアーネ嬢が乗ることができるのはフィリップの竜だけなのか? 他の竜でも乗れるのか?」
「フーベルトゥス騎士団長、それはヴィヴィと僕の固い固ーーーい絆をウルバンが理解してですね——」
フィル兄様の言葉を無視してフーベルトゥス騎士団長は「試してみよう」と言った。
程なく別の赤竜が竜場に現れた。
フーベルトゥス騎士団長はその竜に近づき私を手招きしながら言った。
「ディーター、俺と一緒に彼女も乗せてくれるか?」
私はディーターの眼を見ながら言った。
「ディーター、乗せてくれる?」
ディーターは忙しなく視線を私とフーベルトゥス騎士団長の間を行ったり来たりさせた。
そして戸惑いながらといった感じではあるが前足を折り首を垂れた。
私は無事ディーターに乗ることができた。
周囲の驚きはいや増していた。
その後ほかの者がフーベルトゥス騎士団長やフィル兄様の竜に共に乗ろうとしたが竜たちは拒絶した。
一緒に乗ろうとしたものを威嚇し唸り声を上げた。
「兄上、彼女は何者ですか?」
アウグスト・ゴルトベルグ公爵が国王陛下に囁いた。
「ルードルフの養女で平民生まれの少女だ。今のところは……」
そんなことを話しているなどと私は知らなかった。フィル兄様と共に隣国に赴く準備に追われていたから。
お父様が何を考えているのかも知らなかった。
ルードルフは茫然と目の前の光景を見ていた。ヴィヴィアーネがフーベルトゥスと共に竜に乗って天を駆ける様を。
彼女の正体は何なのだろう……あまりに大きすぎる魔力を持ち竜たちが頭を垂れ背に乗せる……
初めは高位貴族の庶子なのではないかと思った。該当する者がおらず他国の貴族や王族の血を引いているのではないかと思った。
いや、他国の王族や貴族ではない。他国にこれほどの奇跡が起こせるような力の強いものなどいない。まるで彼女は……そこまで考えてルードルフはかぶりを振った。いや。ありえない。かの王国は三十年も前に滅びたのだ。彼女がその血を引くなど……
待て……本当に? 本当にあり得ないのだろうか……調べてみる価値があるとルードルフは思った。しかし事は他国、今はトシュタイン王国に併合された地で起きている。調べるにしても慎重に事を運ぶ必要があるし時間もかかるだろう。
今はまだヴィヴィアーネの正体を誰も知らない。彼女自身でさえも。
ジークハルト王太子殿下の捜索隊は次の日の早朝王宮を発った。
竜騎士団第二隊五十名に加えてフーベルトゥス王国騎士団長、フィリップ・アウフミュラー宰相補佐官、ヴィヴィアーネが一行のメンバーだ。
第二隊隊長のギュンター・リンクス様は私とフィル兄様を見てちょっと眉を顰めたが何も言わなかった。
ジークが消息を絶った場所はトシュタイン王国の中でもヴェルヴァルム王国寄りの場所、旧ゲレオン王国のソヴァッツェ山脈寄りの山の中なので一日でその場所まで飛んで行く予定になっていた。そのためにまだ夜も明けきらぬ早朝に王宮を発ったのだ。
そうして一日竜に乗って空を飛び目的の場所にたどり着いたのは日が暮れる直前だった。
目的地にはまだ少し距離がある荒野で私たちは竜から降りた。
目的地の山の付近には田舎町があり峠の向こうには村もあると聞いた。竜の群れは目立ちすぎる。ここは敵国トシュタイン王国であり、私たちは不法入国者だ。ジークの行方不明も知られる訳にはいかなかった。
徒歩で山のふもとまで移動し木々に隠れるような場所で仮眠を取った。そして次の日、私たちはようやく第一隊の騎士たちと合流を果たした。
ジークが行方不明になって六日目を迎えた昼前の事だった。
この地に残って捜索を続けていた第一隊の騎士たちの顔には疲労が濃く浮かんでいたが、第二隊が用意してきた物資を受け取り皆安堵の表情を浮かべていた。
しかしブルクハルト第一隊長が捜索の状況を話し出すと皆一様に暗い顔をした。
「殿下が落ちたと思われる崖下を捜索したが殿下はおろか何の痕跡も発見できなかった。木々がへし折られたような跡や無理に葉がちぎられたような跡も見受けられなかったため殿下は崖下には落ちていないと思われる。そのことから黒竜が見事殿下を受け止めてくれたと考えられるのだが、殿下はおろか黒竜も一向に戻ってこない。殿下をどこかに降ろしたとも考えられるため現在この地点から順に範囲を広げて捜索中だ。未だ何の痕跡も見つかってはいないが……」
「南側の山の斜面に草木が踏みつぶされたような痕跡があったが……」
ギュンター第二隊長の質問にブルクハルト第一隊長が答えた。
「それは魔獣の大群が通った痕跡だ。そちらも調べたし最初に襲われた町や峠向こうの村にも部下を派遣して探らせたが殿下を見た者はいないようだ」
軽く軽食を食べ私たちはジークの捜索を始めた。
落ちたと思われる崖下からかなり離れ西北の方角を捜索している時だった。
「川……」
私は呟いた。
私がいる少し小高い場所から川が見えた。そんなに大きな川ではないが流れは速そうだ。
「ヴィヴィ、何か言ったか?」
フィル兄様が私を振り返った。
「フィル兄様、ジークは川に流されたとは考えられない?」
「うーん……あの崖下からこの川までかなりの距離があるよ。どうやったら川に落ちるんだ?」
「でももし川に流されていたら痕跡を残さず遠くに行ってしまうわ!」
一応フィル兄様は私の考えをブルクハルト第一隊長に伝えてくれた。
そうして下流を捜索した結果、私たちは少し開けた浅瀬で所在無げに蹲る黒竜を発見したのだった。




