ジークハルトの遠征と失踪(2)
次の日、私はエル兄様と共に王宮に向かった。
今日はお父様立会いのもと騎士団の第四隊の人にもう一度誘拐された時のことを聞かれた。
できる限り思い出したことを伝える。役に立つ情報かどうかはわからない。
その中で一つ気になる言葉があった。「若様」と呼ばれていた青年、または少年を見なかったか? という質問。うーん、聞いたような気がするけど思い出せない。
今日ジークは戻ってくる予定だという。私はジークが帰ってくるのに間に合ったのだ。ここで一番におかえりなさいということができる。
そんなことを考えていたから気もそぞろだったのかもしれない。
一晩考えて、もし思い出したことがあったら明日報告してくださいと言われて、今日の私の用事は終わり。それから、お父様の執務室にお邪魔してそこでジークの帰りを待つことにした。
お父様の執務室にはフィル兄様もいる。
フィル兄様は大喜びで王都の有名なお菓子屋さんのケーキを出してくれたり、色々世話を焼くので、お父様に「いい加減に仕事をしなさい」と怒られていた。
暫く待った、暫くじゃなくてずっとずっと待った。だけどジークを含めた竜騎士隊は戻ってこなかった。
私やエル兄様は一旦王宮を辞した。
タウンハウスに戻って一晩寝てそして起きた時に思い出した。
「若様」そう呼ばれていた人の声を聞いたことを。声なんかじゃ何の手掛かりにもならないかもしれないけれど、エル兄様に付き添ってもらって王宮のお父様の執務室に行くとお父様は定例会議に出席中だという。フィル兄様も補佐として一緒に。
お父様の執務室で待たせてもらおうと思っていたら王宮侍従がやってきて「こちらへ」という。ついて行ったら定例会議の真っただ中に通された。
え? この偉そうなおじさんたちの中に(実際偉いんだけど)入っていくの? と一瞬びびったけど、女は度胸。私は胸を張って静々と会議室に入るとできるだけ優雅にカーテシーをした。
「アウフミュラー侯爵が娘、ヴィヴィアーネと申します。お呼びに従い参りました」
「ああヴィヴィアーネ嬢。呼び立ててすまないね。思い出したことがあると聞いてそれならここで話してもらった方が二度手間にならないからね」
国王陛下がすまなそうに苦笑を浮かべて私に仰った。
何人かがぎらついた目で私を見る。ジモーネ様のお父様のハンクシュタイン侯爵もその一人。
ああそうか、報告にかこつけて私を値踏みしているんだ。私が何か失態をしたら声高に言い広めるために。ジークは私を大事に思ってくれていることを公言しているし、私が婚約を断ったことは知られていない。
私が婚約者に決ったわけじゃないからそこの話題には触れないだろうけど、何かあれば大袈裟に後ろ指を指される。
だけどかえってそのことが私を落ち着かせた。アウフミュラー侯爵家の娘としての矜持がむくむくと頭をもたげた。
顔つきが変わったのが分かったのか、お父様が笑い出したそうな目でこちらを見ている。フィル兄様は私の頭を撫でる時みたいに目を細めている。
付き添ってくれていたエル兄様が背中にそっと手を添えてくれた。
「わたくしの証言がどれほどお役に立てるかはわかりませんが、ヴェルヴァルム王国の一臣下としてご協力させていただけることは望外の喜びでございます。どうかお気になさらぬよう何なりとお尋ねくださいませ」
ちょっとほう、と感心したような声が上がった。
国王陛下がうむ、と頷いて言葉を続ける。
「それでは思い出したことを話してもらおうか」
「はい、誘拐された折、私は閉じ込められていた倉庫を抜け出したのですが、そこで密猟者一味の話をドア越しに聞きました。その中に『若様』と呼ばれていた人物が確かに居りました」
「何だ、声だけが。もったいぶって」
そんな声がチラッと聞こえたけど無視。
「姿は見ておりませんが声は若そうな感じでした。若いというより子供のようなちょっと高い声で甘えたような話し方で......」
話しながら私は不思議な気持ちに襲われていた。あの声は最近聞いたような気がする。どこだろう、甘えたような話し方じゃなくてもっと口調を変えてみたら……
「ヴィヴィアーネ嬢?」
「失礼いたしました」
私は思考を断ち切って話を続けた。
「それから『若様』の部下と思しき人はクーゴ? ウード? トーゴ? そんな名前で呼ばれておりました。申し訳ありません、一度しか聞いていないのではっきり思い出せませんが。思い出したことは以上です」
「なんだ、それでは人相書も作れないし、何の役にも立たん」
「いやいや、まだこんな子供がパニックにもならず冷静にこれだけの事を覚えているのは大したものだ」
「さっきの挨拶も子供とは思えぬほど立派だったぞ」
聞こえてくるのは落胆した声と感心したような声が半々。だけど、まず私は子供じゃない、十四歳の立派なレディだ。ここに居るおじさんたちは認識を改めてもらいたい。それに別に私がここまで乗り込んで強引に証言したわけじゃなくて、お父様にちょっと報告してそのついでに王宮に居座ってジークを待とうと思っていたら呼び出されたんだもん。仕方ないじゃない、と唇がとんがりそうになって慌てて淑女の笑みを貼り付けた。
人相書なんかジャンとベニートから聞いて......ああそうか、ジャンたちが渋っているのか。どんな思惑があるのかわからないけれど。
「相分かった、ヴィヴィアーネ嬢、ご苦労であった」
「とんでもございません。今後もお役に立てるようなことがございましたら——」
その時に慌てたように従者が部屋に飛び込んできた。
「国王陛下、三頭の竜が王宮に向かって飛んできていると報告がありました!」
竜騎士隊ではなくたった三頭の竜が? 着陸するであろう竜場に向かって私は走り出した。
もちろんエル兄様も一緒に走った。お行儀が悪いなどと気遣っている余裕はなかった。
うん、国王陛下やお父様、フィル兄様も走ってる。護衛の騎士が周りを固めていて走りにくそうだけど。会議室にいた太......走るのが難儀そうなおじさん以外はみんな竜場に向かっているみたいだった。
舞い降りた竜は赤竜一頭と青竜二頭。
赤竜から降りて来た厳つい騎士様は陛下の元に行くと跪いた。
王国騎士団団長のフーベルトゥス・ブルックナー様だとエル兄様が教えてくれた。ジークと一緒にトシュタイン王国に行った騎士団長だ。
フーベルトゥス様が陛下の前でがっくりと膝をつき謝罪をした。
「陛下……申し訳ありません……ジークハルト殿下が行方不明になりました……」
私たちは今王宮の会議室にいる。
会議室に集まったのは国王陛下を始め先ほどの会議に出席していた人たち、加えて王国騎士団の方が三名、竜騎士団の隊長が第一隊長を除く四名、帰還したフーベルトゥス騎士団長と竜騎士二名、そして片隅に私とエル兄様もしれっと紛れ込んでいた。
私はここを追い出されるつもりは微塵も無い。テーブルの下に潜り込んででも話を聞いてやる。そんなつもりだったけど、お父様は何も言わなかったし、陛下も片眉を上げただけで何も言わなかった。なんならフィル兄様はこっそり私とエル兄様の分も椅子を用意してくれた。
予定の人達が集まると、いや集まるのを待たずフーベルトゥス騎士団長はすぐに国王陛下に報告を始めた。
フーベルトゥス騎士団長は会議の場では気が急いていたのでかいつまんで事実を報告したのだけど、後日詳細に語られた事実は以下の通り。
ジークとフーベルトゥス、竜騎士団第一隊の五十名はトシュタイン王国に隊列を組んで向かった。
先頭に赤竜二頭その後ろに黒竜、黒竜を守るように五十頭の竜が隊列を組み空を飛ぶさまは壮観だった。
隊列を組んで飛ぶことに慣れていないばかりか竜に乗ったのも昨日が初めてであるジークにブルクハルト第一隊長は言った。
「殿下は前の二頭の赤竜だけ見て飛んでください。竜はこちらの意図を察してくれますので殿下が前の赤竜を見て進路をしっかり把握していればちゃんとついて行ってくれます。くれぐれもほかに気を取られて進路を逸れることのなきようお願いします」
いかに竜が速いと言っても一日でトシュタイン王国の王宮に着くことはできない。一行はソヴァッツェ山脈の中腹で一夜を明かし次の日にトシュタイン王国に入った。中腹とは言え標高の高いソヴァッツェ山脈は極寒の地である。防寒対策はしっかりとられていた。ただ竜に乗っている間は防寒は必要ない。竜の背は竜の魔力に守られているため風の影響も受けなければ寒さの影響も受けない。
トシュタインの王都上空に差し掛かると人々が空を指さしパニックに陥っている様がよく見えた。ヴェルヴァルム王国の民衆、特に王都民は竜騎士隊が隊列を組んで飛んでいるのは見慣れている。人々は歓声を上げて手を振る。もちろん自国を守ってくれているのだから当然だろう。
トシュタイン王国の民衆は竜を見かけることなど、ましてや隊列を組んで飛行する様など見たことがない。トシュタイン王国の民衆にとってはこの国を征服しに来る地獄の使者のように見えていることだろう。
と同時に竜は信仰の対象でもある。神々の使いのように感じ跪いて祈るものの姿も多々見受けられた。
五十頭を超える竜の隊列は見せつけるように王都の上空を旋回している。
やがてその中から五頭の竜が王宮に向かって降下を始めた。そのうちの一頭は黒竜である。漆黒の鱗がつややかに光り一際大きなその黒竜の堂々たる姿に人々は恐怖と共に畏敬の念を抱いた。
五頭の竜が王宮の広場に着陸する頃にはその広場には竜をぐるりと取り囲むように多くの兵士と高貴な身分だと思われるものの姿があった。
野生の竜に比べ契約竜の魔力は桁違いに大きい。弓程度では傷つけることはできない。それを知っているせいか広場には弓箭隊は見えなかった。しかし物陰から狙われていることも考えられるため竜騎士は自身たちの周りに障壁を張る。
ジークたちが竜の背から降りると彼らを囲んだ人々の中から一人の人物が進み出た。
「ヴェルヴァルム王国の方々とお見受けします。私はこの国の宰相ボニート・インサングと申します。此度の突然の訪問、無礼極まりない殴り込みは宣戦布告と取ってよろしいのでしょうか」
初老のその男は言葉は辛らつだが声音が震えていた。竜騎士の一団が「そうだ」と肯定してしまえば王宮を守る兵士たちではかなわないことは明らかである。
フーベルトゥス騎士団長が宰相に話しかけた。ジークは黙って立っているだけだ。その目は冷たく宰相を睨んでいた。
「いかにも我々はヴェルヴァルム王国のものである。この行為が宣戦布告となるのかはそちらの返答次第と言ったところだ。まずはこの国の国王を呼んできてもらおう」
「お待ちください。いきなりそんなことを言われても——」
「ならばそうだな、あそこにある塔の高さが半分になれば国王がすっ飛んでくるか? それともそちらの豪華な宮殿の屋根がなくなればどうだ?」
「そ、そんな無茶苦茶な事が——」
「よい。インサング、下がれ」
宰相の言葉を遮り一人の人物が前に出た。年のころは四十前後の壮年の男である。すぐ後ろには屈強な騎士が二名控えている。騎士たちは剣の柄に手をかけていた。
「私はこの国の第一王子サロモネだ。国王に成り代わりご挨拶申し上げる。そちらはヴェルヴァルム王国の王太子殿下とお見受けするが」
サロモネは値踏みするようにジークを見つめた。
「いかにも。ヴェルヴァルム王国王太子、ジークハルト・シューヴェルヴァルムだ」
「おお我が王宮の女どもがこぞって寵を競い合いそうな美丈夫だ。どうです?まずは王子同志ゆるりと語り合いなど。貴殿のような美しい王子のお世話ができるとなれば女官どももさぞ喜ぶことと。さあ、こちらへ、飛び切りの美女に世話を申し付けましょう」
サロモネの言葉にはジークを侮る響きが隠されていた。若造のボンボンなど簡単に丸め込めると思っているのだろう。
「サロモネ殿と言ったか、同じ王太子とはいえ貴殿は私より随分と高齢、耳が遠くなられたようにお見受けする。我らは国王を出せと言っているのだ、王太子など、いや失礼、サロモネ殿はまだ王太子ですらなかったな」
ジークの返しは痛烈だった。サロモネはサッと顔を赤くしたが、何とか憤怒を抑え込んだようだった。
「国王陛下は体調を崩しておられる、だから第一王子であるこのサロモネが用向きを伺おうと申しておるのだ」
「ほう、体調を」
フーベルトゥスは鼻で笑った後にジークに伺いを求め、ジークがうむと頷くと再びサロモネに向き直った。
「我らはここを動くつもりはない。もっともあなたたちが殿下の黒竜ごとくつろげるような部屋を用意してくれるのなら考えぬでもないと王太子殿下は仰っている。それよりあなたがこの国の代表だとして話を進めて良いのか? それとも体調が急に悪くなった国王を呼んでくるのか?」
サロモネは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたがすぐに笑顔を張り付けた。
「我らは長旅をしてきた隣国の盟友をもてなしたいだけなのだが。しかしここを動くつもりがないのなら私が要件を承ろう。私は第一王子、国王からそれなりの権限は許されている」
サロモネのもてなしなどまっぴらごめんだとジークもフーベルトゥスも歯牙にもかけなかったが、これ以上押し問答をしても時間を浪費するばかりだ。フーベルトゥスは用件を切り出した。
「三か月ほど前我が国で竜を密猟せんとする者が捕えられた。その者たちは昨年の夏侯爵令嬢を誘拐したこともわかっている。そしてその者たちの隠れ家からこの国の第三王子ガスパレの指示であったという証拠が出て来た。そのことは既に書簡にて届けられているはずだ。一向に返事が来ないことに陛下はお怒りである。よって犯人であるガスパレの身柄引き渡しと賠償についての返事をいただきに参った」
「なんと!!」
サロモネは驚いたような顔をしたが知っていたに決まっている。ジークが言葉を挟んだ。
「貴殿が知らなかったのであれば貴殿はさほど重要な地位にはおられぬのであろう。やはり国王を——」
「いや、待たれよ」
サロモネはジークの言葉を遮った。これ以上若造に自分がないがしろにされることは我慢がならないのであろう。
「私は今回の貴殿たちの訪問について全権を任されている。しばし待たれよ」
そうしてサロモネは後ろの騎士に何事かを囁いた。
騎士は急いでどこかへ出かけていった。
ジークがフーベルトゥスに囁く。
「待っていてもいいのか? 時間稼ぎか? 国王を連れてくるようもう少し脅しをかけようか」
「多分あの第一王子は今回の事を上手く収めれば王太子にしてやるとでも言われているのでしょう。国王は出てきませんよ。臆病で狡猾だ。十二年前もそうだった。我々の目的は第一王子なり第三王子なりに責任を取らせて国王の手足をもぐことです。少なくとも第三王子の身柄は押さえましょう」
程なくしてこの場にもう一人の人物が現れた。豪奢な服装はしているもののどことなく自堕落な印象を受ける中年の男、第三王子のガスパレであった。




