表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の国 【リメイク版】  作者: 一理。
ヴァルム魔術学院

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/89

ジークハルトの遠征と失踪(1)


 ジークがトシュタイン王国へ?


 それは私の心に言いようのない不安を掻き立てた。

 目の前が真っ暗になる。

 エル兄様はジークがトシュタイン王国に向かうことになった事情をかいつまんで説明した。


「学院長、そういうわけでジークハルト殿下は暫く学院に戻ってくることができません。殿下の契約竜は黒竜であるということと共にしばらくの欠席をご報告します」


 エル兄様の言葉に学院長は頷いた。


「ああ……いやもちろんそういう事情であれば欠席もやむを得ない事である。そちらは了承した。それに殿下の契約竜が黒竜であったということは喜ばしい限りだ。私も殿下が早く帰ってきて黒竜を見せてくれるのを楽しみにしているよ」


 学院長の言葉がどこか遠くで聞こえる。


「ヴィヴィ、大丈夫か? 顔色が真っ青だぞ」


 エル兄様に肩を揺さぶられて我に返る。


「だ、大丈夫です」


 なんとか平静を装って返事をしてもエル兄様にはバレバレだ。


「ヴィヴィ、落ち着け。ジークは竜騎士隊に守られている。ジークと共に行くのは王国騎士団長のフーベルトゥスだ。無類の強さを誇る国王陛下の最側近の騎士だ。それに竜騎士隊を率いるのは竜騎士団第一隊長のブルクハルト・シュプリンガーだ。ジークは精鋭に守られている。無事に帰ってくることは俺が保証する」


 どんなにエル兄様が言葉を尽くしても私の不安は拭えなかった。

 私も頭ではわかっている。ジークは戦争をしに行くわけではない。トシュタインの王宮に竜に乗って乗り込むと言ってもすぐ攻撃される訳ではないのだ。もちろんこちらからも攻撃はしない。ただ我が国はトシュタインの王宮をいつでも直接攻撃できるんだという示威行動だ。我が国とトシュタイン王国の武力の差を見せつけるための行動なのだ。


 頭ではそれがわかっていても私の心は警鐘を鳴らして止まなかった。


「やはりヴィヴィアーネ嬢には席を外してもらった方が良かったのではないか?」


 アルブレヒト先生の言葉でようやく私は正気を取り戻した。

 ジークの事に関して蚊帳の外に置かれるなんてまっぴらだ。現状何もできないとしても何も知らないままで過ごしたくはない。


「すみません、もう大丈夫です。エル兄様、話の続きをお願いします」


 エル兄様は私を気づかわし気に見てから口を開いた。


「ジークハルト殿下が今回トシュタイン王国に向かったのは第三王子ガスパレを糾弾するためですが、その証拠は夏期休暇の折に私とジークハルト殿下、そしてここに居るヴィヴィアーネによって発見した隠れ家にありました。そして調査によりトシュタイン王国の第八王子の存在が浮かび上がりました」

「なんと......君たちは夏期休暇中に何をしていたんだね?」


 目をまん丸くした学院長の隣りでアルブレヒト先生が呟いた。


「トシュタイン王国の王子は第七までじゃなかったか?」


 さすがはビュシュケンス侯爵だ、アルブレヒト先生はトシュタイン王国の内情も詳しいらしい。私は第七だか第八だかもはっきり覚えていなかった。第五くらいまでなら名前も覚えたし特に第三王子のガスパレは誘拐されかかったんだから知っている。書面の上でだけだけど。


「ええそうです。公には出てこない第八王子です。その第八王子が我が国に潜伏しているらしい——」


 ガタッと音を立ててアルブレヒト先生が立ち上がった。


「また何かテロでも企んでいるのか? あの国はっ!」

「いえ、まだ何もつかめていません。それでヴィヴィアーネにもう一度話を聞きたいと王宮から召喚が、まあ王宮と言っても呼んでいるのは父上なんだけど」


 アルブレヒト先生は一瞬で落ち着きを取り戻し椅子に腰を下ろしたが、今度は私を凝視した。


「ヴィヴィアーネ嬢が第八王子とどんな関係が?」

「え? いえ、私も第八王子なんて……」


 会ったことがない、という前にエル兄様が言葉を挟んだ。


「第八王子は昨年の夏、ジャンと行動を共にしていたらしい。ほら、ヴィヴィが誘拐されたあの時だ」

「誘拐された時......」


 私は昨年の夏に思いを馳せる。曲芸団の中に? 閉じ込められた倉庫の中に? いたんだろうか、第八王子が。


「そういう訳で私もこの後王都に引き返しますが、ヴィヴィアーネも暫く学院を欠席させていただきたいのです」


 エル兄様の言葉に学院長は不承不承という感じで頷いた。


「宰相殿が呼んでいるとなれば仕方がないだろう。しかしエルヴィン君やジークハルト殿下は卒業までの単位はほぼ取得済みだが、ヴィヴィアーネ嬢はまだ二年生だ。あまり欠席が長引くと進級に差し支えるだろう。迅速に王宮に向かい、用事が済んだらすぐに帰ってきなさい」

「はい」


 私は素直に頷いた。第八王子の事はどれくらい協力できるかわからないけれど、王宮に行けるのは嬉しかった。ジークの事が心配だから。

 別に王宮に行ったからってジークがいる訳じゃない。本当はトシュタイン王国に飛んで行きたかったが行けるわけもない。せめて情報が一番に入る王宮に居たかった。


「それでは明朝馬車の手配を——」


 学院長の言葉を私は遮った。


「いえ、騎馬で行きます」

「ヴィヴィ!」


 エル兄様が声をあげたけど、私は学院長に向かって言った。


「馬車だと一週間かかります。乗馬は二年生で習いました。騎馬なら半分くらいの日数で行けますよね」

「無理だよヴィヴィ、授業での乗馬とはわけが違う。それに俺は竜で王都に引き返す、ヴィヴィについていられないんだ」

「大丈夫よ、エル兄様。王都で到着を待っていてね」


 私はエル兄様に微笑んだけど学院長は首を横に振った。


「私はアウフミュラー侯爵から君の身柄を預かっている。君だけでなく全ての学院生を親御さんから預かっている。学院生の身体的安全を守るのも私の役目だ。騎馬は許可できない」


 学院長の言う事はわかる。だけど私は悠長に一週間かけて行くつもりは無かった。一刻も早く王都に行きたい、どうしてこんなに胸が騒ぐのかわからない。だけどジークの情報が入る場所に一刻も早く行きたかった。


「明朝、八時までに馬車と護衛を用意しておく。今日はゆっくり休んでおくように。エルヴィン君も明朝立つのだろう? 今日はしっかり休みなさい」


 私は頭を下げて学院長室を出た。

 向かったのは寮だ。閑散とした校舎を急ぎ足で抜けて寮に戻る。流石に辺りはもう真っ暗で出発するのは無理だ。おかあさんに手短に王都に行かなくてはならない事情を告げる。


「日の出と共に向かうから準備が出来たら寝るわ」


 おかあさんは何も言わず準備を手伝ってくれた。心配そうな眼差しは時折向けられていたけれど。


 次の日、まだ夜が明けきらぬ前に私は寮を出た。

 厩舎について勝手に馬を引き出そうと思ったのだが、ここで私は足止めをくらってしまった。

 何で厩務員がこんなに朝早くからいるんだろう。そしてその厩務員は頑固だった。

 学院の事務局から連絡が来ていないので確認を取るまで待って欲しいと譲らない。うん、そのくらい厳格な方が学院の職員としては安心なんだけど今はちょっと困る。

 学院から許可なんて来るわけがない。学院長は馬車で行けと言っているんだから。

 私は一旦引いて作戦を考えることにした。


「ヴィヴィ様、どうかしたんですか?」

「あ、ディオ」


 まだ夜が明けるか明けないかの時刻。こんなところでディオに会うと思わなかった。


「ちょっと納品でミスっちゃって今日の始業時間に間に合わせるために品物を届けに来たんです。始業前に準備が必要だからなるべく早く届けるようにって言われて」


 苦笑いするディオに私は聞いてみた。


「ねえディオ、どこかで馬を借りられないかな」

「馬ですか? 乗馬用? 荷運び用?」

「ええっと......ちょっと王都まで行ってこなくちゃならなくて」


 言っていて私自身も無茶な事言ってるなあと感じた。

 しょうがない、とりあえず馬車で出発して、途中で交渉して騎馬にしてもらおう。少しでも早く王都に着きたいけど。


「あ、ごめん、今言ったことは忘れて」

「ちょっと待ってください」


 寮に帰ろうとした私をディオが引き止めた。


「ヴィヴィ様こっちです」


 ディオについて行くとそこは馬便を扱う店舗だった。


「ちょっとここで待っていてください」


 ディオは店の裏手の厩舎に向かう。あ、そうか、馬便の店なら長距離を走る馬がいるはずだ。寧ろ学院の厩舎の馬より長距離に慣れている。

 馬便とは手紙や荷物を各地に運ぶお店だ。馬車便、馬便、一番早いので竜便。値段も違うし、竜便は本当に緊急の場合じゃないと使わせてもらえない。他には短い手紙なら鳥便もあるけれど、軽いものしか運べないし、鷹なんかに襲われて届かないこともある。

 だけど馬便の馬なんてそう簡単に貸してもらえるんだろうか、なんて私の心配を他所に暫くするとディオは二頭の馬を引いて戻ってきた。二頭?


「さあヴィヴィ様こっちです」


 次にディオが私を連れて行ったのは業者用の門。あ、学院の門には騎士の見張りがいる。そんな事も忘れていた私は迂闊すぎる。

 もちろん業者用の門にも門番はいるんだけど、ディオが何やら門番と話をしていたと思ったら、私たちはあっさりと門を出ていた。


「あの、ディオ、ありがとう。お礼はまた改めてするわね。……だけどその馬は?」

「僕の馬です。ヴィヴィ様が危なっかしいからついて行ってあげます」

「へっ? ダメダメ、これ以上迷惑かけるなんて。それに……ディオ、馬に乗れるの?」


 私は全力で辞退した。馬を調達してくれて、門を出られただけでもディオには多大な迷惑をかけている。このことが発覚したら、私は学院の罰則だけかもしれないけれど、ディオは解雇、もしかしたら牢屋行きかもしれない。

 私の心配を他所にディオは「やだなあ、馬くらい乗れますよ」とにぱっと笑った。


「さあ、行きましょう。急ぐんでしょ」


 促されて馬に乗る。ごめん、そしてありがとう。首になったらアウフミュラー家で雇ってもらえるようにお父様に頼むね。

 心の中で手を合わせて私は馬に跨った。







 二時間ほど馬を走らせだだっ広い草原に伸びる街道を駆け抜けている時、空が急に翳った。 

 雲じゃない、私とディオの頭上を、はるか上空じゃなくて直ぐ上を竜が飛んでいた。

 その竜は私とディオの少し前方で街道を塞ぐように地面に降り立った。

 私とディオは急いで馬を急停止させる。

 ディオの乗馬技術はかなりのものだった。私より格段に上手い気がする。私だって運動神経が......と言われ続けた中で乗馬だけは手放しで褒めてもらえたのに。どうやら私は馬にも好いてもらえるようなので。


 降り立った竜は赤竜。ああ嫌な予感。


「ヴィヴィ、お前って奴は……」


 嫌な予感が当たった。ため息と共に赤竜の背から下りてきたのはエル兄様。

 腕組みをしてこちらを睨んでいるので、私は馬から下りてまずは謝った。


「勝手なことをしてごめんなさい。だけど私、どうしても——」

「うん、わかったよ。というかわかっていた筈なんだ。ヴィヴィが言いだしたら引かないことや突拍子もないことを仕出かすってことはね」


 え、今まではそんなに突拍子もない事なんてしていないけど……それでも今回は学院長の言いつけを破って勝手に学院を抜け出したという自覚があるので、私は反論せずに黙っていた。

 それについては黙っていたけど、私はこのまま王都に向かうつもりだ。だから、エル兄様に見逃して欲しいと頼もうと口を開いたけど、エル兄様の言葉の方が早かった。


「しょうがない、俺が付き添うから」

「え?」

「ヴィヴィ一人で王都に行かせられるわけないだろ。だから俺も付き合うよ」

「エル兄様......」


 エル兄様が付き添ってくれるならこんなに心強いことは無い。だけどいいんだろうか、エル兄様は竜に乗れば半日で王都に着けるのに。


「お前を一人で放置なんかしたら兄上にもジークにも半殺しの目にあうだろ。それに俺自身が心配でしょうがない」


 エル兄様は怒った顔をクシャりと崩して私の頭をポンと叩いた。


「俺も兄上ほどじゃなくても兄バカなのかもな。ところで彼は?」


 エル兄様は感激している私の後ろを指さした。


「あっ、えっと彼は……」


 そうだ、ディオが咎められないようにしなきゃ。


「その、西エリアの雑貨屋さんの店員さんなんだけど、偶然会って私が心配だからってついて来てくれたの」


 私の後ろで馬から降りたディオがぺこりと頭を下げた。


「そうか、君、迷惑かけたな。ここからは俺が付き添うから戻ってくれ」

「ディオ、ありがとう。後で必ずお礼をするからね」


 ディオが咎められなくて良かったと安堵する私に「お気をつけて」と手を振ってディオは引き返して行った。

 それから一番近いヴィーゼンの町までエル兄様は私の頭上を飛び、町で馬を調達すると竜を返して私たちは騎馬で王都に向かった。



 実際かなりの強行軍だったけど、私たちは三日で王都に着いた

 乗馬は領地に居たときにフィル兄様に少し手ほどきをしてもらっていて授業でも習った。私は得意だと思っていたが全然違った。一日中馬に乗って駆け続けるのは想像以上に辛かった。大きな街で替え馬をしながら駆け続け暗くなったら野宿をする。それでもエル兄様は私が乗りやすいように小型で馬力のある馬を選んでくれたし、少しでも休めるように色々配慮してくれた。

 エル兄様が付き添ってくれて本当に良かったと私は改めて思った。ディオと二人だったらどうなっていたことやら。

 それでもかなり体力を削られ私は疲労困憊だったが弱音は吐かなかった。いや吐けなかった。エル兄様は私の我儘でしなくてもいい苦労をしているのだ。その元凶の私が弱音を吐くわけにはいかなかった。



 三日後、ボロボロに疲れながら王都のタウンハウスに到着した。


 お父様とフィル兄様は王宮に滞在しているそうだ。私は執事のオットーに迎え入れられメイドのエリゼにかいがいしく世話を焼かれる。

 すぐに王宮に向かいたかったが一晩ゆっくり休んで明日王宮に来るようにとお父様の伝言を聞かされた。


 三日ぶりの湯あみを済ませ慣れ親しんだ私の部屋のベッドでぐっすりと眠った。実は湯あみの最中から半分寝ていた。不安でいっぱいのはずなのに肉体の極限までの疲労のおかげで私は夢も見ずに熟睡することができた。











「若様、お早いお戻りですね」

「…………ああくそっ、失敗したー。アウフミュラーの小倅に掻っ攫われちゃった」

「それは残念でした。しかし馬便の店に紛れ込ませた密偵から手紙を受け取った時は驚きました」

「あんな朝早くにヴィヴィに会うなんて、しかも学院を抜け出す相談をされたんだよ? これはチャンスだと思うじゃん。運命が僕に味方したと思うよねえ。それでヴィーゼンの町の密偵に連絡はしたの?」

「はい、伝令鳥で。令嬢を一人誘拐する手はずを整えるようにと。もちろん暗号を使っていますから、万が一手紙を見られても大丈夫です」

「中止の連絡をして。あああ、もう少しだったのに! ヴィーゼンの町まで行けば成功したのにっ!」

「しかし若様、ヴィヴィ様を誘拐すればこの国の王太子やアウフミュラー侯爵家が黙っていないのでは? それにガスパレ殿下の密命も露見した今となっては——」

「え? 何? ガスパレなんてクソ兄にヴィヴィを渡す訳ないでしょ。ヴィヴィはもっと使い道があるんだから」

「使い道とは?」

「侯爵令嬢で魔力もすごく多いんでしょ、いくらでも使い道があるじゃん」

「若様、若様はヴィヴィ様のことを……いえ、何でもありません」

「えー言いかけてやめるなんて気分悪いなあ。僕が何? ヴィヴィは利用価値のある娘、それだけだよ。それより失敗しちゃったからこれからの事を考えなくちゃね。誘拐が成功したらこんなところおさらばだったんだけどな」





拙作『私の婚約者は異世界から来た聖女様にかかりきりですの』が7月8日発売のコミックグロウル『令嬢たちのすれ違い恋! 一途な婚約者を疑う必要がありません! アンソロジーコミック』に掲載されます。

 漫画は『春乃まい』先生です。


 こちらもよろしかったら是非!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ