二年生(11)——夏期休暇
トランタはのどかな田舎の町だ。
王国の南西部にあり、気候は温暖。町の西側には大河メリコン川が流れていて町はずれの農業地帯に農業用水を引いている。町の中心部にはこじんまりとした食堂や居酒屋、衣料品店などが立ち並び、その東側にはパン屋、肉屋、野菜を売る店などが立ち並んでいる。その境ぐらいにこの町を管理する役場(馬車で三十分ほど離れたフェルザー伯領の領都サルバレーの役場の出張所)がある。
周囲は自然にあふれ数時間歩けば花が咲き乱れる丘やちょっとした森などにも行ける。
私たちは町の中心部にある宿屋に入り荷物を置いた後外に出た。
まず向かうのはかつて私たちが住んでいた家だ。町の中心から少し南東部にあるらしい。
商店が立ち並ぶ道をマリアと連れ立って歩く。
後ろにエル兄様とジーク。護衛は少し離れてついて来てくれる。
「凄くいいところね、マリア」
私がうきうきして言うとマリアが微笑んだ。
「住んでいる人たちものんびりして親切でとてもいい町ですわ」
私は飛び跳ねるように歩きパン屋さんの角を曲がった。
少し歩くと見えてくる三角屋根の可愛いお家。小さな庭には手作りのブランコがある。
その家の前まで歩いていくと急にドアが開いて小さな男の子が出て来た。
その後を追うようにお兄ちゃんらしき男の子。
「カーク! 先に行っちゃダメだろ。かあさん! カークと庭で待ってるね!」
お兄ちゃんは男の子の腕を掴みながら家の中に向かって叫んだ。
「ヴィヴィ、どうだ凄いだろう」
「こりぇ、なあに? おとうしゃん」
「ブランコだよ」
「ぶあんこ?」
「ほら、ここに座って」
ハッとして首を横に振ると庭に出てきた兄弟があんぐりと口を開けて私たちを見ていた。
「にーちゃん、おうじさまみたいなおにいちゃんとおひめさまみたいなおねえちゃんがいる」
うんうんやっぱりジークの気品は鬘と眼鏡ぐらいじゃ隠せないわね。エル兄様も美形だし。子供は正直だわ。それに何といっても眼鏡を外したマリアの美貌は目立つのだ。
私が感心していると戸口から母親が出て来た。
私たちに気づき目を見張った後、ちょっと頬を染めながら会釈してくれる。
私たちはその女の人に話しかけた。
「こんにちは」
「まあ! 以前この家に住んでいた方なんですか!」
その人は事情が分かると顔をほころばせた。
「ええ。偶々この近くに来る用事があったので懐かしく思って来てしまったんです」
マリアが答えるとその人は笑った。
「わかります! 家は思い出が詰まっていますものね。庭のブランコはご主人が作られたんですか?」
「そうです。この子のために」
マリアがヴィヴィを見るとその人はうんうんと頷いた。
「綺麗なお嬢さんねえ。お貴族様みたいだわ。ご主人物凄く可愛がっているんでしょう?」
「ええ。とっても」
マリアは微笑む。
その人は私を見て言った。
「お庭のブランコは今はこの子たちが使わせてもらっているわ。お父さんにお礼を伝えてくれる?」
私は「はい」と小さな声で答えた。
家から引き返しパン屋さんで買い物をしている時だった。このパン屋さんには素朴なお菓子も置いてあったのでおやつを買い込んでいたのだ。
「マリア……?」
声に振り向くと恰幅のいいおばさんが立っていた。
「マリアだろ! まあ!何年ぶりだろう。元気でやっているのかい?」
「アルバおばさん!」
マリアは相好を崩した。
「おばさんも元気そうでよかったわ。カティがせっかく紹介してくれたお勤め先に行けなくてごめんなさい」
「そんなのはいいんだよ。凄く偉い侯爵様のお家に勤めているんだろう? 凄いじゃないか!」
そこでおばさんは私たちを見て言った。
「はー! 侯爵様のお屋敷に勤めている人はみんなお綺麗な顔をしているんだねえ!」
その侯爵家の子供と王太子ですなんて言ったら目の前の人のよさそうなおばさんが腰を抜かしてしまうだろうから私たちは黙って微笑んだ。
「ヴィヴィちゃんは大きくなっただろう?」
おばさんがマリアに話しかけるとマリアが笑って言った。
「いやだわおばさん、この子がヴィヴィよ」
おばさんは私をまじまじと見て「ほえ―」と言った。
「綺麗になったねえ。でも髪の色が……?」
「あ、鬘なんです。私の髪色は目立つので」
私が急いで言うとおばさんはうんうんと頷いた。
「マリアはこの辺では見ないくらいの別嬪さんだからねえ。ヴィヴィちゃんも別嬪さんに育ったねぇ」
おばさんはそう言った後マリアを見て言った。
「そういえばマリアはまだあの眼鏡をかけているのかい?」
「ええ。今は事情があってかけていないんですけど、あれは主人から貰った大切なお守りですから」
「まあねえ。別嬪さんのマリアを隠しておきたいオリバーの気持ちもわかるけどさ。あんた、あの眼鏡、壊滅的に似合わなかったからねえ。なんかあんたの印象がうすぼんやりしちゃうんだよ。もうオリバーがいなくなってだいぶ経つだろう?そろそろ新しい人でも——」
「あの人は帰ってきます!」
マリアが強い口調で遮るとおばさんは眉を八の字にした。
「あんたも頑固だねえ。あっ、ああ。わかってるよ。オリバーが帰ってきたら必ずあんたに知らせるしあんたたちの居場所をオリバーに教えるから心配しなくていいよ」
それを聞いてマリアはおばさんに頭を下げた。
「あ、それからお金の事なんだけど」
人のよさそうなおばさんから出た『お金』という言葉に私たちは身構えたが、実際は真逆の内容だった。
マリアは毎年アルバおばさんに送金をしていたらしい。
「マリア、私はあんたが好きだからあんたの力になりたいだけだ。だからお金を送ってくることはもう止めておくれ」
そう言って微笑むと私たちがあと数日この町に滞在することを聞き出し、お土産にお手製のサクランボのジャムを渡すから是非取りに来るように念押ししてアルバおばさんは帰っていった。
宿に帰ってお茶を貰い、おやつを取り出してみんなで座ると、私は口を開いた。
話したのはさっきの幻聴。それだけじゃなくてレーベンで度々あった幻影? 妄想? のこと。
私の頭がおかしくなったのか、または......
「ヴィヴィ、記憶が戻ってきているんじゃないか?」
エル兄様の言葉に私は頷く。頭がおかしくなったとは思いたくない。
「ヴィヴィ様が今お話したことはヴィヴィ様が小さい頃あったことだと思います。日常の出来事なので私もはっきりとは覚えておりませんが、夫はよく私のシチューを褒めてくれましたし、ヴィヴィ様はお転婆で木に登ろうとしたり、泥水に飛び込んだり。その度に怪我をして、それでも滅多に泣かない子でしたわ」
マリアが懐かしそうに目を細める。その姿が、本当に嬉しそうで私は早く記憶を取り戻したい、と強く思った。
「マリア……私……」
「ヴィヴィ様、焦らなくていいんです。明日はメリコン川を見に行きませんか? お弁当を持って。主人のお休みの日に三人でよく行ったんです。木陰でお弁当を広げると川風が気持ちよくて。ヴィヴィ様はお花を摘んだり夫と追いかけっこをしたり。なにか思い出すきっかけがあるかもしれません」
「そうね。宿の厨房が借りられたらお弁当を作るわ」
私が言うと、ジークが一言言った。
「激辛サンドイッチだけはやめてくれ……」
次の日、お弁当を持って私たちはメリコン川のほとりに出かけた。
メリコン川はゆったりと流れる大河で、あまりに大きすぎて対岸はうすぼんやりとシルエットが見えるだけだ。
川に沿って遊歩道が作られ、木々が植えられ、芝生のちょっとした広場があったりベンチが置いてあったりする町の人の憩いの場所だ。
しかし遠くに見える塔は騎士団の詰め所で、九年前のトシュタイン王国の襲撃以来王国騎士団が日々警戒に当たっている。
お弁当は手作りできなかったが、宿の心づくしのお弁当を受け取って私たちは川辺の遊歩道まで歩いてきた。
暫く川に沿って散策し、大きな木の木陰を見つけて私たちは腰を落ち着けた。
太陽は眩しいくらいに輝いているけれど川を渡る風がとても心地よい。空を見上げるとちっちゃな雲が一つだけぽっかりと浮かんでいた。
「おとうしゃん、ねこしゃんのくも」
「ああそうだな、ちゃんと耳と髭がある」
「あっち、とましゃん」
「とましゃん? とましゃんってなんだ? 熊さん?」
「ちあう! とましゃん!」
「ふふっ、トマトの事よ、オリバー。ヴィヴィはお腹が空いたのね」
「しゃんどっちー!」
「はい、サンドイッチよ。ゆっくり食べてね」
「マリアのサンドイッチは絶品だな」
「オリバーったら......」
「おかあしゃん、ほっぺ、とましゃん」
「ヴィヴィ! ヴィヴィ?」
気が付くとジークに身体を揺さぶられていた。
「何か見えた?」
心配そうなジークに大丈夫、と微笑んだ。
「この場所にピクニックに来たのね。私はトマトとハムのサンドイッチが好きだった」
「……ヴィヴィ……記憶が?」
「ううん、まだ。でも今見た光景はちゃんと私の中に眠っている思い出だと思う」
今より若いマリアと優しそうな男の人。今までは幻聴? に近くて姿は薄ぼんやりだったけど、今の幻影では私を抱き上げて、顔を覗き込む男の人の顔がはっきり見えた。
マリアが涙ぐんでそっと目頭を押さえた時だった。
「マリア!! ああ、私のマリア! 戻ってきてくれたんだね!」
叫んだ声の方に視線を向けマリアがビクッとした。
黒髪をぴっちりと撫でつけ鼻の下の髭にちょび髭を生やした全体的に気障ったらしいその中年男は二人の従者を従え大股に歩み寄ってきた。
咄嗟に私はマリアの前に立ち、更にその前にジークとエル兄様が立ちはだかった。
「な、なんだ君たちは!」
「あなたこそ誰です? うちのマリアにどんな御用ですか?」
その男の居丈高な声よりも静かに誰何したエル兄様の声の方がよっぽど迫力があった。
その男は一瞬気圧されたようだが何とか持ち直した。エル兄様がまだ少年だと侮ったのかもしれない。
「う……うちのマリアだと? 何を言っているんだ! マリアは私のものだ。私がマリアを見初めたのだからマリアは私のところに来るべきなのだ。長い間行方をくらませていたことは許してやろう。今すぐ私のもとへ来い!」
「……って言ってるけど? なんか約束でもした? マリア」
エル兄様の問いかけにマリアはかぶりを振って答えた。
「する訳がありません。付きまとわれて迷惑していました。もう八年も前の話ですけど……未だに私のことを覚えていたなんて驚きです」
マリアの言葉に気障男が反論する。
「マリア、八年たっても君の美貌は色褪せないな。それでこそこの私、大地主エーゴン・ビュクナーの妻に相応しい!」
「え? マリア、この人って独身なの?」
私が小声で訊ねるとマリアは軽蔑した口調で言った。
「違います。たしか奥様もお子様もいらっしゃいましたわ」
「うわっサイテー」
私たちのこそこそ声が聞こえたのか聞こえないのかその気障男はしつこくマリアに話しかける。
「マリア、君が頷いてくれたら今の妻などすぐに追い出すから心配はいらない。私はご領主様の覚えもめでたい大地主エーゴン・ビュクナーだ。君に贅沢な暮らしを約束しようじゃないか!」
マリアが心底うんざりした顔をしたのを見てエル兄様が気障男に言った。
「マリアは家の使用人だ。勝手に連れていかれても困るな」
気障男は馬鹿にしたようにエル兄様を見た。何度も言うようだけど、私たちはお忍びだ。だから、服装は平民のそれだし、護衛は少し離れて見守っている。
「何だこの小僧は」
気障男に続いて二人の従者も横柄な物言いをした。
「おい、ビュクナー様に対して失礼だぞ!」
「お前のようなガキがかなう相手ではないのだ」
少し離れた場所からキレそうな顔つきのハーゲン達が駆け寄ろうとしたのをエル兄様が目で押しとどめた。
不敵に笑って気障男に向き直る。
「いくら偉ぶって脅しをかけようとマリアは家の使用人だ。引き渡すわけにはいかない」
「ふうむ……ではいくら積めば引き渡してくれるかね? 私は寛容で大金持ちなんだ。大金を摘めば君のお父さんも頷くのではないかね?」
気障男は髭を撫でながらそんなことを言う。侯爵家相手にいくら積むつもりなんだろう? 私は可笑しくなってぷっと小さく吹き出してしまった。
「何が可笑しい? 小娘が! おや? そうか、この小娘はマリアの娘か! あの時のこまっしゃくれたガキだな。大きくなっても失礼な娘だ」
こまっしゃくれた? 私がこの男に何を言ったのかは知らないけれど、小さい私、グッジョブ。
「あのね、マリ......お母さんはあなたなんて全く、ちーっとも、爪の先ほども好みじゃないの。いくら積まれてもお断りだわ。そのちょび髭といやらしそうな目つきをどうにかしてから出直したら?」
ズイッとエル兄様より前に出て小馬鹿にしたように鼻で笑ったら、いきなり気障男の様子が一変した。
「このっ! 下手に出ていれば付け上がりやがって!」
気障男の振り上げた手は余裕で躱したつもりだった。だけど私は自分で思っているより素早くないらしい。叩かれはしなかったが、男の手が髪に当たり、フィル兄様に貰った髪飾りが吹っ飛んだ。
「「ヴィヴィ!!」」
ジークとエル兄様の焦った声が聞こえる。でも、鬘を被っているし、ダメージはほとんどない。
「大丈夫、なんともないわ」
答えた時に気障男の従者たちも殴り掛かろうとしているのが見えた。
パキン! フィル兄様に貰った髪飾りが従者に踏まれて砕け散った。
パキン! 私の心の中の何か、蓋のようなものも砕け散った。
従者たちが殴りかかろうとするその手をハーゲン達が後ろから抑えた。
「うわっ! はなせっ!」
「なんだ、こいつら!」
従者二人は腕を振り回して逃れようとするがハーゲン達はびくともしない。騎士と一般人なのだから当たり前だが。
「来ちゃったのかハーゲン、目で止めたのに」
残念そうにエル兄様が言うとハーゲンは澄まして答えた。
「職務ですから」
青くなってわなわなと震えていた気障男が叫んだ。
「わ、私の従者を放したまえ! 私たちに乱暴を働くなどご領主様も黙っていないぞ! 君たちはそろって牢屋行きだ!」
「はいはいっと。ジーク、ここの領主って……」
「フェルザー伯爵だな」
「ヴィヴィ、フェルザー伯爵の御令嬢はヴィヴィの......ヴィヴィ?」
様子のおかしい私に気づいてエル兄様とジークが駆け寄る。
私はマリアの腕の中で震えていた。
「ヴィヴィ様? お加減でも悪いのですか? やはりお怪我を?」
「大丈夫か? ヴィヴィ」
大丈夫だって答えたいのに答える余裕がない。
自分の中の何かがグルグルと渦巻いている。その何かは外へ出ようと暴れまわっている。私はそれを抑えるのに必死だった。
「魔力暴走を起こしかけている......」
ジークが呟くと、マリアの手から奪い取るように私の肩を掴んで引き寄せた。
「ヴィヴィ! 僕を見て!」
両肩を掴んで引き寄せたまま、ジークが目を合わせる。青空のような澄んだ青い瞳が私の視界一杯に広がる。
「ゆっくり呼吸をして。さあ、僕に合わせて、大丈夫だから。ほら、吸って—、ゆっくり吐いてー」
「もう......大丈夫」
私はもう一度ゆっくり息を吐き出した。
ジークもエル兄様もマリアもハーゲン達も同時に息を吐き出した。
何が起こったのかわからない気障男と従者たちはハーゲン達に押さえつけられたまま喚いているけれど、私は無視してマリアに話しかけた。
「お母さん、お父さんに貰った髪飾り、壊れちゃった……」
「ヴィ......ヴィヴィ様……記憶が?」
「うん、長い間、忘れていてごめんね」
マリアが、ううん、お母さんが涙でぐしゃぐしゃになりながら私を抱きしめた。
「ヴィヴィ......ヴィヴィ......私の可愛いヴィヴィ......」
「お母さん......お母さん......」
ジークとエル兄様は黙って見守ってくれている。
ハーゲン達は少し離れているから話し声は聞こえていないかもしれない。メイドと抱き合って泣いている私を見て訝し気に思うかもしれないけれど、それを詮索するような騎士はそもそも今回の護衛に選ばれていない。
ひとしきり抱きあって泣いて、そうしてお母さんは居住まいを正した。
あ、もうメイドのマリアの顔だ。
私はお母さんから離れてジークの元へ行く。
「ジーク、ありがとう」
「いや、ヴィヴィが頑張ったからだよ。魔力が暴走しないように必死に抑えていただろう。それにまだ、三分の一しか魔力が解除されていないからそれもあって魔力暴走を起こさずに済んだんだ」
「ううん、今だけじゃないの。あの時、私が王都に出てきたばかりの時、魔力暴走を鎮めてくれたのはジークでしょう」
うん、ジークの青空のような澄んだ青い瞳を覚えている。
この瞳が私を救い出してくれた。怖くて、怖くて、寂しくて、不安で、グルグルと渦巻く何かから幼い私を救い出してくれたのはこの瞳だった。
記憶が無い時もジークの瞳はいつも私を落ち着かせてくれた。
ああ、あの時からジークは私にとって特別な存在だったんだ。
この旅は私の記憶を取り戻す旅、それともう一つ、ジークへの気持ちを封印する旅。それなのに……
「あー、コホン、この男たち、どうする?」
エル兄様の言葉で現実に返った。
今はそんな場合じゃなかった。ジークへの気持ち云々はポイっと棚の上に放り投げて、まだ元気に喚いている気障男を私たちは見た。
「おおお前たち! 早くこの腕を離せ! 今ならマリアを大人しく渡せばご領主様に報告しないでおいてやる! いいか、今だけだぞ! さすがにこれ以上暴力を振るえば温厚な私もただで済ますわけにいかないからなっ!」
「はあー......無駄に元気ね」
「もう面倒だからフェルザー伯爵のところに連れていくか」
エル兄様のの言葉にお母さんが止めに入った。
「エルヴィン様、あまり大事にしないでください」
「大丈夫だよ、マリア。きっちりこいつに釘を刺しておかないと後で昨日会った気のいいおばさんとかに難癖付けられても困るからね」
ジークの言葉に困った表情を浮かべるので、私も援護射撃をした。
「大丈夫。お母さんの所為じゃ無いし、それに私もリーネに会いたい。フェルザー伯爵ってリーネのお父様でしょ、レーベンで散々ヘンデルス様に惚気られたしね」
さあ、話は決まった。
「そんなにご領主に気に入られているならご領主にどっちが正しいか判断してもらおうぜ」
ニヤニヤ笑いながらエル兄様が宣言し、私たちはここから馬車で三十分ほどの領都サルバレーにあるフェルザー伯爵のお屋敷を訪問することにした。
護衛の一人を先ぶれに走らせ私たちは馬車に乗りこむ。私とジークとエル兄様の馬車に気障男も乗せ、おかあさんはハーゲンと気障男の従者と一緒にもう一台の馬車に乗った。
これで気障男は逃げ出すこともできないしおかあさんと違う馬車なのでおかあさんも安全だ。気障男の従者もハーゲンが一緒なら手が出せないだろう。
気障男は最初は「ご領主様がそんなに簡単に会ってくれるわけがない」とか「身の程知らずな事をするな」とか煩かったが、サルバレーの街に着いて護衛が面会を了承する返事を持って戻ってくると途端に青ざめた。まさかちょっと裕福な平民の私たちが面会の申し込みなどしても門前払いだと思っていたのだろう。不気味なものを見るような目つきで私たちを見ている。
気障男の視線に気づかないふりをして私たちはフェルザー伯爵のお屋敷に向かって馬車を走らせた。




