二年生(9)——夏期休暇
閉じられている貯蔵庫の扉の奥から物音が消えた。
消えた次の瞬間、今度はガタガタと何かを動かすような物音。
ジークはスタスタと扉に近づくとバン! と一気に扉を開いた。
途端に襲って来る男の人達、ナイフが室内のランタンの灯りに反射してきらりと光った。だけどジークとエル兄様はそれを余裕でひらりと躱してナイフを叩き落した。
私は何をしていたかというと、ヴィムとトビアスを守る役目だ。ヴィムとトビアスを後ろに庇いながら私は障壁を張っていた。
ちょっと援護もしたけどね。後ろからジークに襲い掛かる男の手元のナイフを魔力を飛ばして弾いたりね。
視界の片隅によろよろと外に向かう男が一人、
「エル兄様、一人逃げていくわ」
「いいよ、放っておけ」
援軍を呼んでこられたら厄介じゃないかしら、と思ったがそんなことはエル兄様もわかっているだろうから何か考えがあるのかも。
「これはどういうことだ? お前たちは誰だ?」
部屋の奥から声が聞こえた。
私が貯蔵庫を覗き込むと野菜やら乾物やらが置かれた棚の間の通路に二人の男に守られるように髭のおじさんが立っていた。
「君たちは誰だ? こんな夜中にこの家に忍び込むとは盗人か?」
「それはあなたも同じですよね、フォクト商会の会長さん」
ジークがにこやかに返すとフォクト商会の会長さんは値踏みするようにジークを見た後、私の後ろのヴィムとトビアスに目を止めた。
「ああ、そうですか。あなた方は騙されたんですね」
柔和な笑みを浮かべてフォクト商会の会長、ハシュテットが両手を広げた。
「そこの二人に何を吹き込まれたのか分かりませんが、この『野うさぎ亭』は借金を返せなくて私の所有物になったのですよ」
「違う! 借金は返していた! 偽の証文で店をだまし取ったのはお前じゃないか!」
ヴィムが喚いてもハシュテットは鼻で笑っただけだった。
「困りましたね、私がこの店の持ち主だという事はお役人も認めているのです。つまり不法侵入者は貴方たちの方なのですよ」
「ここが貴方の持ち物ならどうして夜中にこそこそ忍び込んだの?」
私が聞くと肩をすくめる。
「忍び込むなんて人聞きが悪いですな、私は店長のライマーに頼まれて食料品の在庫を調べていただけです」
「こんな夜中に?」
「ええ、日中は何かと忙しくてね」
「会長自ら?」
「何か問題でも?」
「ナイフを持った男たちを大勢引き連れてか?」
「近頃は物騒ですからねえ。あなたたちのように」
ジークやエル兄様の追及をのらりくらりとかわすハシュテットは薄い笑みを浮かべていた。
「あああなたはライマーが隠している借金の返済受取証を盗みに来たんでしょう? 正直に言ってください!」
震える声でトビアスが言い募るがハシュテットは全く動じない。
「受取証? 借金を返していないのだからそんなものある訳ないでしょう。万が一そんなものが存在するとしても、それなら私はこんなところにいないでライマーの部屋を探している筈だ。違いますか?」
「会長、そんな事よりこいつらをなんとかしねえと」
ハシュテットを庇うように立っていた男がイライラした調子で言うがハシュテットは落ち着いて男に何か囁いた。
「ああ、逃げ出したゲレオンが代官様のお屋敷に?......時間稼ぎ? ......なるほど、代官様の権力で捕まえてもらうと!」
いや、せっかく囁いても男の地声が大きすぎて筒抜けなんですが。
そして残念ながら代官様の権力が私たちに通用しないなんて思ってもに無いんだろうな。そうよね、ジークとエル兄様はやっと青年、と言えるくらいの年齢だし、私は無害そうな美少女だしね。ハーゲンやジュノーは私たちの後ろに目立たなそうに控えているし。
それでも私はハシュテットの落ち着き払った態度に疑問を持った。
本当にライマーがいない隙に受取証を盗みに来たのならこんなに落ち着いていない筈。それに受取証をそんなに急いでライマーから盗む必要ある? トビアスの手に渡りそうだというのなら焦る必要はあるかもしれないけど……
「お前は何の目的でここに来たんだ?」
ジークの目が鋭くハシュテットを見据えている。
ジークも不審に思っているんだ、ハシュテットの行動の意味が掴めない。
「食料品の在庫を調べに来たと——」
「ちょっと待って」
私はハシュテットの言葉を遮った。
なんか、違和感の正体が分かったかも。
この部屋を覗き込んだ時に感じていた違和感。ハシュテットの言動だけじゃなくてね。
なんか棚の配置が変なの。ジークやエル兄様はわからないと思う。厨房なんて入ったことないだろうし。でも私は領地で厨房にも出入りさせてもらっていた。食料品貯蔵庫にも入ったことがあるわ。
「ヴィム、棚の配置、変じゃない?」
「あ、はい、いくつかの棚が移動していて——」
「ちょっと待て! 君たちは急に何を言い出すんだね? ここは子供の遊び場ではないよ。早く帰って寝るがいい」
あ、ビンゴだ。ハシュテットは急に焦って私とヴィムの会話に割り込んだ。
ハシュテットが隠したい事はここにある。
「ジーク、エル兄様、ちょっと棚を動かすのを手伝って」
私が動き出すとハシュテットを守っていた男たちが阻もうと動き出す。だけど彼らはハーゲンとジュノーにあっさりとのされてしまった。ちょっと棚に積まれている野菜をひっくり返したり、小麦粉をぶちまけたりしたのはご愛敬。
「おい! こら! 泥棒め! この部屋のものに勝手に触れるんじゃない!」
今や大勢連れてきた警備員を全て気絶させられ、ただ一人、ハーゲンに押さえられているハシュテットが焦って叫ぶ。
「お前たち! 覚えていろよ! お前たちは全員代官様に捕まえてもらうからな! そしてじっくりいたぶってやる!」
さっきまでの余裕ある態度をかなぐり捨て、柔和なおじさんという仮面も投げ捨ててハシュテットは叫んでいる。
「それで? どう動かすんだ? ヴィヴィ」
ハシュテットの喚き声なんて全く聞こえていないような顔でエル兄様が問いかける。
「うーん、ちょっと待って」
私は床をじっと見つめた。長らく棚があったところは無いところと床の摩耗具合が違う。それに、床に引きずった跡のようなものがついていた。
棚を元に戻すんじゃなくて……
「えーっとこの棚は右側に移動して、あ、そっちは後ろに下げて」
ジーク、エル兄様、ヴィム、トビアスでえっちらおっちら棚を動かすと何もないぽっかりした空間が出来た。
「……やめろおお......」
ハシュテットの声が若干涙混じりになってない?
私はじっと床を見つめる。きっと何かある。
「あ、ここ!」
床板の継ぎ目に不自然なところを見つけて押してみる。
その部分の床板が外れて取っ手が現れた。
「なんだ? コレ」
エル兄様が取っ手を引っ張ると床の一部が持ち上がった。
「扉だ……」
そう、人が一人通れるほどの扉がぱっくり口を開けている。地下に下りる階段も見えた。
「地下室? こんなところに地下室があるのか?」
ジークの問いかけにヴィムもトビアスもそろって首を横に振った。
「全然気がつかなかった......」
地下から弱い灯りが漏れている。携帯のランタンの灯りだ。それはさっきまでハシュテットがそこに居たことを意味していた。たぶん、貯蔵庫の外で私たちが争っている物音が聞こえて急いで戻って棚を動かして地下室への扉を塞いだのだろう。
「入ってみるか」
「ジーク様、まずは俺が。中に誰かいるかもしれませんし、危険なものがあるかもしれません」
ハシュテットをジュノーに任せてハーゲンが階段を下りようとした時だった。
「お前たち! そこまでだ!!」
ドカドカと厨房に入ってくる複数の足音。私たちが振り返ると厨房の入り口に十名ほどの兵士と共に、フリフリのブラウスの上にゴテゴテした装飾がついた服を着たピンと撥ねた口髭のおじさんが仁王立ちしていた。
「え? 喜劇役者の人?」
私の呟きに吹き出しながらジークがハシュテットを振り返る。
ハシュテットは喜色満面の顔で喜劇役者を見つめて口を開いた。
「おお! フォルバッハ代官様! 助けに来てくださったのですね!」
「無事か? ハシュテット、私が来たからにはもう大丈夫だ。極悪人たちは私が全て成敗してくれよう! 者ども、この盗人どもを捉えるのだっ!!」
喜劇......じゃなくて代官のフォルバッハは手にしていた杖をブン! と振る。
だけど厨房の入り口は狭い。そんなところにデンと突っ立っていたら後ろの兵士たちが通りにくそうよ。
「やっぱり喜劇役者の人だ……」
エル兄様も吹き出しながらそれでも私やヴォル達の前に出る。地下に下りかけていたハーゲンも。
その時フォルバッハの後ろから「ぎゃ!」とか「うわあ」とか声が聞こえた。
あ、外の護衛騎士の皆さんがちゃんと対処してくれたみたい。あ、フォルバッハの後ろの方から手を振ったのはシュテファンね。昨日の夜から姿が見えなかったシュテファンが帰ってきたという事は……
「おおおお前ら! この私に! ロットナー伯爵様の縁者で代官であるこの私に逆らうなど許されると思うなっ! 纏めて領都の牢屋送り、いや、ロットナー伯爵様に報告して縛り首だっっっ!!」
「いや、わざわざ報告してもらわなくても大丈夫だ」
後ろから声を掛けられてフォルバッハはぴょんと飛び上がった。
やっぱり喜劇役......
「ロットナー伯爵様!!」
「ローマン・フォルバッハ、そこに立っていられては邪魔だ、横に退いてくれないか」
フォルバッハが「はい、只今!」と(なぜか一度くるりと回って)横に退くと入ってきたのは数名の騎士を従えたロットナー伯爵。シュテファンもちゃっかり一行に加わっている。そう、シュテファンはジークの手紙をロットナー伯爵に届けに行ったのだ。
ロットナー伯爵が率いているのはフォルバッハが連れていたような私設兵士じゃなくてちゃんとした領騎士。
そして私はロットナー伯爵の後ろに懐かしい顔を見つけた。
「ヘンデ......」
こんなところでクラスメイトに会えると思わなくて、嬉しくなって思わず呼びかけようとしたら、ヘンデルス様が口に指をシーというように当てた。
あ、私たちは今、お忍びだった。ヘンデルス様に逆に気を使わせてしまった。
そうか、ここはロットナー伯爵領、ヘンデルス様のお父様の領地だ。
「ロットナー伯爵様、(もう一度ターン)こいつらは夜中にこの店に忍び込み、盗みを働こうとしたばかりか、居合わせたフォクト商会の会長を襲った凶悪な盗賊どもです!(両手を大げさに広げた後、私たちを杖で指す) この通りフォクト商会の会長はこの暴漢どもに捉えられ、卑劣にも彼を人質に取られた私は手も足も出すことが出来ず......(ここで片膝を付き苦悶の表情で項垂れる)ぐぬぬ......悔しいですが我が兵士は彼らに倒されてしまいました」
おっと、私がヘンデルス様と瞳で旧交を温めている間に(夏休み前に会ったばかりだから旧交ってほどじゃないけど)喜劇役者の舞台が始まってしまったわ。
フォルバッハは片膝をついたまま今度は天を仰いだ。
「ロットナー伯爵様、どうか、どうか彼らを捉え、哀れなフォクト商会の会長を救い出してくださいませんか!」
「と言っておりますが……いかがいたしましょう」
ロットナー伯爵は嘆いているフォルバッハを冷めた目でチラッと見た後にジークに話しかけた。
「まずはフォクト商会の報告を」
「はい、先ほどフォクト商会に立ち入り捜査を行い、関係書類を押収しました。この『野うさぎ亭』の借用書は……あ、これですな。これによると返済は十二回の分割の内十一回が完了しております。もちろんこの店の権利はオイゲン、オイゲンが死亡した今はトビアスにあります」
ロットナー伯爵の言葉を聞くとヴィムとトビアスは抱きあって涙した。
うん、ロットナー伯爵が動けば簡単な事、それでもヴィムたち平民にとってはご領主様に訴え出ることなんてできないし、そもそも取り次いでもらえない。
ヴィムとトビアスが訴え出ることが出来るのはこの町の役所や代官。
その代官や役人が敵だったのだからヴィムとトビアスはもう詰んでいた。私たちがこの問題に気づくことが出来たのは偶然のこと。
「え、そんな筈は……」
フォルバッハは天を仰いだままポカンとロットナー伯爵を見つめている。ハシュテットは小さく舌打ちをしたがその目はキョロキョロと定まらない。まだ何か隠していることがあってそれが発覚していないか窺う目だ。
「ああ、それからな、お前の収賄の書類も沢山出てきたぞ。随分と沢山の金を貰って見逃したり隠蔽したことがありそうだな、フォルバッハよ」
ロットナー伯爵の言葉にフォルバッハはブルブルと震えだす。一緒に口髭もブルブルと震えてる。
「わ、私は誠心誠意代官の職に邁進しておりまして......その……時にはご褒美といいますか……いえ、決して職務に私情を——」
「申し開きはレーベンの役所で行うがいい。お前は代官の任を解く。フォルバッハとフォクト商会のハシュテットを捉えよ、ああ、そこらに転がっている男たちも全員捉えて役所に監禁しろ。明朝、レーベンに護送する」
ロットナー伯爵はフォルバッハの言い訳を途中でぶった切ると領騎士たちに指示をする。
騎士たちに引っ立てられて、フォルバッハは「あああ、このブラウスは王都の高級店の一点ものなんだ! ああ、引っ張るな!」と叫んでいたし、ハシュテットも「この仕返しはきっとしてやる。私はこんなところで終わるわけにいかない......」と往生際悪くあがいていた。
うるさい人達がいなくなってロットナー伯爵は改めてジークに丁寧に挨拶しようとした。
「よい、非常時だ。それにお忍びの旅行中なんだ。それより伯爵自らよく来てくれた、礼を言う」
「私の方こそ申し訳ございません、私の監督が不十分でありましたゆえに悪政を見逃し、ご旅行中の殿下のお手を煩わせることになってしまいました。捕らえた者どもは厳しく詮議し、厳罰を与えます」
「よろしく頼む。まあ、私がこの問題に気づけたのはヴィヴィのおかげなんだが」
ジークはちろっと私を見た。私が首を突っ込んだから面倒ごとに巻き込まれた、と思っているのか、私が首を突っ込んだからこの町の問題を解決できて良かったと思っているかは微妙なところ。
「ああ」
ん? 今、ヘンデルス様から納得したような声が聞こえたのはどうして?
私が首をかしげているとパン! と手を打ってジークが言った。
「さあ、問題はまだ解決していない。ハシュテットが必死に隠そうとしていた地下室を調べて見なければ」
そう、それが一番の謎だ。多分ハシュテットがこの店に拘っていたのは地下室の存在の所為だから。
改めてハーゲンとシュテファンがランタンを手に慎重に地下室の階段を下りていく。この騒ぎにも出てこなかったのだから、人はもう潜んでいないと思うけど。
もう夜もだいぶ遅い時間、夜明けまであともう少し、といったところ。だけど当たり前だけどこの場に眠そうな顔をした人は誰もいない。ああ、ヴィムとトビアスは安心したのか厨房の隅の床で小さくなってうとうとしてるけど。
私はくっつきそうな瞼を何とかこじ開けて地下の物音に耳を澄ませていた。地下室を探るガサガサという物音が続いた後に「これはっ!」と驚いたような声が聞こえた。
更にガサガサと何かを探るような音。
そして青い顔をしたハーゲンが階段から顔をのぞかせた。
「ジークハルト殿下、とんでもないものが出てきました。ここは……あいつらの隠れ家だったみたいです」
「あいつら? 誰の事だ?」
「ジャンとベニート、ヴィヴィ様を誘拐し、竜を殺したトシュタイン王国の手先です」




