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竜の国 【リメイク版】  作者: 一理。
アウフミュラー侯爵家

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ヴィヴィ八歳(1)

 

 三年の月日が流れた。


 ヴィヴィは八歳、エルヴィンやジークハルトは十一歳になっていた。

 来年のジークハルトのヴァルム魔術学院の入学をもってルードルフは宰相に復帰する。

 と言っても今までは彼の部下が宰相代理を務め、彼は実質裏の宰相だった。


 ヴィヴィに関する調査は進まずヴィヴィの記憶が戻ることもなくヴィヴィの本当の父親が姿を現すこともなかった。

 マリアが育ったというレーベンの孤児院にルードルフが部下を遣わして調べたところ、今から二十五年程前、赤子のマリアを抱いた(のち)のマリアの夫オリバーが孤児院にやってきたそうだ。オリバーはマリアの両親と自分の両親は共に行商をしながら各地を転々としていたが盗賊に襲われて命を落とした。自分はマリアを抱いて必死に逃げてここにたどり着いたと言っていたそうだ。

 非常に利発な子供でよく本を読んでいた。孤児院に来た時既に読み書きは出来たので孤児院の院長は領主に掛け合い街の図書館の入館許可を貰ってやった。図書館は普通は貴族か裕福な平民しか利用しない施設であるが十五歳で孤児院を出るまで毎日オリバーは図書館に通ったそうだ。


 孤児院を出てからオリバーが何をしていたかは知らないが八年後マリアが孤児院を出るときオリバーが迎えに来たそうだ。

 二人が結婚していたことはルードルフの部下に聞いて初めて知ったそうだ。

 二人が孤児院を出てからのことは知らないが毎年同じ筆跡で孤児院に寄付金が届けられそれはたぶんオリバーからであると孤児院の院長は言っていた。それも四年前から途絶えているが。



 マリアは下働きを脱し、メイド長に鍛えられ今では屋敷の上級メイドになっていた。

 下働きでなく上級メイドになれば屋敷内でヴィヴィと顔を合わせることもある。しかしマリアは決して使用人の立場を崩すことは無かった。廊下で偶然ヴィヴィと出会っても、親し気に話しかけることも感情を顔に出すことも無く淡々と使用人として挨拶をした。ヴィヴィが通り過ぎた後に後ろ姿を見送って涙ぐむことはあっても他の者には決して気取られることが無かった。










 その日ルードルフは不愉快な客を迎えていた。


 ゲラルト・ウルプル伯爵。ルードルフの叔母の息子であるこの伯爵は派手好みで浪費癖があり、散財で作った借金を穴埋めすべくアウフミュラー侯爵家に新たな借金の申し込みにやってきたのだ。親戚だから貸して当然というその態度と借金の申し込みなのに夫人と娘を連れてきて、その夫人と娘が使用人に偉そうな態度をとる。

 ルードルフは辟易としていた。


 夫人と娘を連れてきた魂胆はわかっている。ウルプル伯爵の娘は十歳。エルヴィンと会わせてあわよくば婚約を結ぼうなどと考えているのだろう。


 ルードルフは応接間に夫人と娘を待たせてウルプル伯爵を執務室に呼び出した。今日はジークも来ている。ジークはエルヴィンやヴィヴィと過ごしているはずだが夫人と娘を三人に会わせるつもりは毛頭なかった。


 執務室に呼び出したウルプル伯爵は「金を貸してもいいが返済計画と使用目的、借用書等をちゃんと用意しろ」と言っても「親戚なんだから固いことは言わないでくれ」とかのらりくらりと逃れようとして踏み倒す気満々だ。そのくせ「では貸せないから帰れ」と言っても「冷たい事いうなよ。従兄弟だろ」と一向に帰ろうとしない。

 ルードルフは本当に本当にげんなりしていた。



 応接間に通された夫人と娘はしばらく「あらもっといいお菓子は無いの?」とか「王都で評判のモンテールのチーズケーキが食べたいわ」とか勝手なことを言いながら菓子を食べ散らかしていたが、ふと思い立ったように娘が部屋から出て行こうとした。


「お嬢様、どちらへ行かれるのですか?」


 メイドが慌てて止める。


「どこだっていいじゃない。ああそうだわ、あなたエルヴィン様がどこにいるか知ってる?」


 訪問した先のお屋敷で勝手に動き回るなど言語道断だ。

 メイドは慌てて夫人を振り返ったが、夫人は澄まして言った。


「あら、いいわね。アンゲリカ、エルヴィン様にお庭でも案内してもらったら?」


 窘めるどころかけしかける夫人を見てやむを得ずメイドがもう一度止める。


「困ります。旦那様からこの部屋でお待ちいただくよう申し付かっております」

「煩いわね! 使用人風情が客人に指図するの? それよりエルヴィン様はどこなのよ」

「私は存じ上げません」

「まったく使えないメイドね。いいわ、アンゲリカ、エルヴィン様を探して仲良くしてもらいなさい」

「そうねお母さま」


 アンゲリカは部屋を飛び出していった。




 アンゲリカが追いかけてくるメイドを上手く撒き、廊下をうろうろしていると別のメイドが通りかかる。


「ああちょっと、そこのあなた、エルヴィン様はどこ?」


 アンゲリカが声を掛けるとメイドは立ち止まって訝し気にアンゲリカを見る。


「失礼ですが」

「私はアンゲリカ・ウルプル。アウフミュラー侯爵家の親戚よ。お父様とアウフミュラー侯爵はとっても親しいのよ。エルヴィン様にお庭を案内してもらいなさいと言われてエルヴィン様を探しているの」


 アンゲリカは故意に誰に言われたかをぼかしてメイドに告げた。


「失礼いたしました。私はドーリスと申します。ヴィヴィ様付きのメイドをしております」


 ヴィヴィ様って誰よ、とアンゲリカは内心で首を傾げた。アウフミュラー侯爵の二人の子、エルヴィンとフィリップについては聞いていたがヴィヴィ何て名前は聞いたことも無い。


「あーー、ヴィヴィね」


 とわかったような口調で返すとドーリスというメイドは顔をゆがませた。


「お嬢様もお聞きでいらっしゃいましたか。養女として引き取られたお嬢様でございます。我儘で礼儀作法も身に付いていないお嬢様で私たちメイドも苦労しておりますわ。妾の子のくせにエルヴィン様に取り入って......あっ、申し訳ありません、いらぬことを申しました、どうかお忘れください。エルヴィン様ならお庭にいらっしゃいますわ。こちらの扉からお出になって下さい」


 ドーリスに案内されてアンゲリカは庭に出た。アンゲリカを見送った後でドーリスがほくそ笑んでいたことをアンゲリカは知らない。

 ドーリスは古参のエリゼから聞いていたのだ、今日は迷惑な客が来ると。エルヴィン様やヴィヴィ様と顔を合わさないと良いけれど、とエリゼは心配をしていた。

 アンゲリカはエルヴィンに執着しているようだった。だからちょっとけしかけてみたのだ。後は知らない。ドーリスは客人に訊ねられたことを教えただけだ。






 アンゲリカが庭をうろうろしていると子供の話し声が聞こえる。

 声のする方に歩いていくと二人の少年と一人の少女の姿が見えた。三人は木陰の芝生の上に座り楽しそうに話をしていた。

 アンゲリカがそちらに歩いていくと三人がアンゲリカに目を向ける。

 見目麗しい三人の姿にポーっとなったアンゲリカだったがすぐ我に返り三人を観察した。


 少年二人はアンゲリカと同じか少し年上で一人の少年はストレートの輝く金髪に空のように澄んだ青い瞳、もう一人の少年は赤みがかった栗色のくせ毛でヘーゼルの瞳、少女はアンゲリカより幼く銀に近いプラチナブロンドの髪に深い青の瞳をしていた。

 アンゲリカは栗色のくせ毛の少年をロックオンした。


(お父様に聞いていたこのお屋敷の息子はこの子だわ。二人とも美形だけれど狙うのは侯爵の息子。絶対にものにしてみせる!)


「いきなりお邪魔して申し訳ありません。ウルプル伯爵令嬢のアンゲリカと申します。エルヴィン様ですわね」


 アンゲリカは覚えたてのカーテシーをする。実は傍から見ればかなり無様なカーテシーだったが本人は得意満面だった。


「……お前誰だ? どうしてここにいるんだ?」


 エルヴィンの返事は素っ気なかった。エルヴィンももう十一歳。やたらな人間を王太子に近づけてはいけないとの思慮が働いたのだ。


「お父様やお母様と伺いましたの。お父様とアウフミュラー侯爵様は従兄弟同士なのですわ。聞いていらっしゃいませんか?」

「知らない」

「お庭にエルヴィン様がいらっしゃると聞いて探しておりましたの。エルヴィン様に遊んでもらいなさいと(お母様に)言われたので」


 アンゲリカがまたもはぐらかして言うとエルヴィンはため息をついてヴィヴィとジークを見た。


「一緒でもいいか?」

「私は構わないが」「私も。お友達が増えるのは嬉しいもの」


 二人の返事を聞いてエルヴィンはアンゲリカに二人を紹介した。


「俺の妹のヴィヴィと……友達のジークだ」

「よろしくお願いしますわ」と言いながらアンゲリカは考えていた。


(ジークという子はとても美しいけれどエルヴィン様は家名を言わなかったわ。爵位が低いか平民なのかもしれないわね。容姿は好みでも平民はいらないわ。それとヴィヴィ? この子がさっきメイドが言っていた我儘な妾の子ね。全然エルヴィン様に似ていないじゃない)


 アンゲリカの心の中でジークとヴィヴィは蔑ろにしてもいい存在となった。






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