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竜の国 【リメイク版】  作者: 一理。
アウフミュラー侯爵家

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3/19

ヴィヴィ五歳(3)


 鑑定士立会いのもとヴィヴィの魔力封印が行われた。

 ヴィヴィは昏睡したままで意識のないまま封印は行われた。


 マリアは立ち会うことができなかった。アウフミュラー侯爵とヴィヴィの養子縁組は既に成立しており侯爵令嬢のヴィヴィと平民のマリアでは身分が違うのだった。


 それでもルードルフの恩情でヴィヴィが目を覚ますまでヴィヴィの傍で付き添うことが許された。


 お金を受け取ってもともと勤めるはずだった子爵家に行ってはどうかと勧められたが、マリアはルードルフにどうかこの屋敷で働かせてほしいと頼み込んだ。立場の変わった我が子を見ることは辛いだろうし子供の方も母親を慕っていくだろうから子供の目に触れる場所に行くことは許されない。

 それでも、物陰から見るだけでもいいのでヴィヴィの近くにいさせて欲しいと頼みこみ、マリアは侯爵邸に雇われることになりヴィヴィが目を覚ますときまでは近くにいることを許されたのだった。


 勤めるはずだった子爵家にはお詫びの手紙を書き、アルバおばさんにもお詫びと夫のオリバーが帰ってきたらアウフミュラー侯爵家で働いていることを伝えてほしいと手紙を書いた。


 そしてヴィヴィが意識を失って三日、目が覚めたヴィヴィは記憶を失っていた。








 ふかふかのお布団、あったかいお部屋……目を覚ましたヴィヴィの前に二人のおじさんの顔があった。


「だあれ?」

「君は自分の名前を言えるかい?」


 ヴィヴィの問いを無視して一人のおじさんが言った。もう一人のおじさんはヴィヴィの手を取ったりおでこに触ったり目をのぞき込んだりしている。

 ヴィヴィは少し考えて言った。


「わかんない」


 部屋の隅から息を呑む音が聞こえた。そちらを見ると眼鏡をかけた優しそうな女の人の姿があった。

(あ、このひとはさっきいた人かな?)ヴィヴィは一度目が覚めた後もう一度寝てしまったのだが、先ほど目が覚めた時のことはぼんやりとしか覚えていなかった。

 今ヴィヴィの体を調べているおじさんにさっきも色々聞かれた気がする。

 ぼんやりとしか覚えていないが部屋の隅の優しそうな女の人のことはとても気になった。


「私は君のお父様だ」


 目の前のおじさんが言った。


「おとうさん?」

()()()だ。君の名はヴィヴィアーネ・アウフミュラー。このアウフミュラー侯爵家の娘だ」

「こうしゃく? むすめ?」

「ああそうだ。事情があって君は別の場所で暮らしていたんだがこれからはこの家で暮らすんだ。私のことはお父様と呼びなさい。一刻も早く礼儀作法を身に付けて侯爵家の令嬢として恥ずかしくないように頑張りなさい」


 ヴィヴィにはおじさんが何を言っているのか難しくて理解できなかったがおじさんが()()()だということとこの家で暮らすということは理解できた。




 ヴィヴィが目を覚まして一週間ほど。ヴィヴィはなんとかここでの暮らしに順応していった。

 ヴィヴィの部屋付きメイドはお姉さんぐらいの歳のドーリスとおっとりしたおばさんのエリゼ。


 エリゼはいつもニコニコしているけれど、ドーリスはちょっと苦手。

 髪の毛を梳かしてもらう時グイって引っ張られて痛いし、ヴィヴィがご飯を食べる時、ふふん、ってちょっと馬鹿にした笑いを浮かべる。

 エリゼは「ヴィヴィ様、少しずつ覚えていきましょうね」って言ってくれてスプーンやフォークの使い方を丁寧に教えてくれるのに。

 



 ヴィヴィの部屋がノックされた。ドーリスがドアを開けると執事のオットーが立っていて旦那様がお呼びですと告げた。


 ヴィヴィはオットーの後をエリゼとついていきある部屋に入ると部屋の中にお父様と男の子が一人いた。

 男の子と言ってもヴィヴィよりだいぶ大きい。赤みがかったクルクルの茶色の髪とよく動くヘーゼルの大きな瞳の活発そうな男の子だった。


 お父様はヴィヴィを手招くと男の子の方を向いていった。


「来たかヴィヴィアーネ、君の家族を紹介しよう。君の兄のエルヴィン・アウフミュラーだ」

「エルヴィン、君の妹のヴィヴィアーネだ。仲良くしてやってくれ」


 ルードルフは最初は息子と会わせるのをもう少し後にしようと考えていた。だが、エリゼの報告で考えを変えた。

 エリゼの報告ではヴィヴィは凄い勢いでいろいろな事を吸収しているそうだ。そして言葉使いこそ平民の子供のものだが立ち姿や歩き方、所作の基本的なところに品があるらしい。たとえば沢山あるカトラリーの使い方はわからなくてもスプーンの持ち方は綺麗で五歳にしては食べこぼしも少ない。

 それに驚くことに五歳にして読み書きや簡単な計算ができたらしい。


「旦那様、ヴィヴィアーネお嬢様はもう家庭教師をつけても良いと思います」


 このエリゼの言葉を受けて家庭教師をつける前に正式に次男のエルヴィンと会わせようと思ったのだった。長男のフィリップはヴァルム魔術学院に在学中で寮生活なので引き合わせるのはもう少し後になるだろう。

 エリゼの報告を聞いた後、ルードルフは現在は屋敷の下働きをしているマリアを呼び出した。

 聞くとマリアも読み書き計算など一通りのことはできるらしくその知識量は平民のものではなかった。思えば最初に応接室で話を聞いたときにもマリアの所作は綺麗だった。貴族の女性としか付き合いがないので気が付かなかったがマリアはオドオドしていても貴族の女性と遜色ない綺麗な所作だったのだ。

 マリアに聞くと読み書きや様々な知識は夫に教わったらしく、立ち居振る舞いも夫に指導されたらしい。決して厳しく言うわけではないが彼女の夫は辛抱強く彼女や娘に指導したらしい。

 マリアの夫も同じ孤児院出身だがマリアの夫は彼女より八歳年上で先に孤児院を出た後、彼がマリアを迎えに来るまでの八年間に独学でいろいろな事を学んだと言っていたらしい。


 ルードルフは(マリアの夫は本当は貴族なのだろう)と考えていた。何らかの事情で孤児院で育ち孤児院を出た後貴族としての教育を受けたのだろう。貴族であればヴィヴィの魔力の多さも納得がいく。


 しかしそれでもまだ疑問は残る。彼女の夫はどうして平民として暮らしていたのか。どんな理由でいきなり失踪したのか。ヴィヴィの魔力が今まで発覚しなかったのはどうしてなのか。そして彼女の夫に該当するような貴族はまだ報告に上がって来てはいなかった。

 ルードルフとてすべての貴族を知っているわけではないがルードルフは現在は王太子の教育係だが嘗て宰相を務めており数年後に復帰することも決まっている。

 ヴィヴィのように魔力量が多い貴族でマリアの夫に該当するような年齢の人物をルードルフは思い浮かべることが出来なかった。


「父上!この子が僕の妹というのは本当ですか?」


 エルヴィンの声にルードルフは物思いから覚めた。


「ああそうだ」

「妹ということは……」


 エルヴィンの声にばつの悪い思いをする。貴族が養子縁組をするのは二つの場合がある。下位貴族は魔力量の確保のために養子縁組をすることが多いが、高位貴族は庶子を引き取るときに養子縁組をすることが多い。養子縁組の事情を話すつもりは毛頭ないが息子に愛人との子供がいると誤解されるのはいささかばつが悪かった。


「僕の子分ということですね!」


 エルヴィンは弾んだ声で言った。


「エルヴィン、子分ではない。妹とはお前が守る存在だ」


 八歳の子には愛人とか庶子とかわからないか。とホッとしながらルードルフは言った。


「はい! 僕は子分を守ります!」


 エルヴィンはヴィヴィのもとへ行き頭を撫でた。


「ヴィヴィアーネ、ヴィヴィでいいよね。僕はエルヴィン。エル兄様って呼ぶんだよ」

「エルにいさま?」

「うん。エル兄様はヴィヴィのことを守るからヴィヴィは僕の子分になるんだよ」

「こぶんってなあに? いっしょにあそんでくれるの?」

「もちろんだ! ヴィヴィは僕の子分で妹なんだから」


 ヴィヴィの顔がパッと明るくなりニコニコとエルヴィンの手を引いた。


「エルにいさま、おにわであそびましょう」

「いいよ! 父上遊んできていいですか? さあ! 子分一号、庭に向かって出発だ!」


 そうして仲良く部屋を出ていく二人を見てルードルフは安堵したのだった。








 エルヴィンとヴィヴィはすぐに仲良くなった。


「ヴィヴィ、あの木の下までかけっこだ!」

「はあい! エルにいさま!」


 エルヴィンに続いてヴィヴィが駆け出そうとしてズシャーと転ぶ。

 実はヴィヴィの後ろで付き従っていたドーリスが足を引っかけたのだがヴィヴィは気がつかず、地面に蹲ったままきょろきょろと辺りを見回していた。


「ヴィヴィ大丈夫か? あっ! 血が出ているじゃないか!」


 慌てて引き返したエルヴィンが声を掛けるとヴィヴィは土で汚れた顔を向けにぱっと笑って言った。


「だいじょうぶ。エルにいさま、はやくかけっこしよう」

「駄目だよ。まずは怪我の手当てをしておいで」


 エルヴィンはヴィヴィの手を引っ張って立たせると後ろでほくそ笑んでいたドーリスに声を掛けた。


「おい! お前は何でそんなところに突っ立っているんだ? 早くヴィヴィの手当てをしろよ!」


 叱られて「はい、申し訳ありません」と謝ったドーリスはエルヴィンに見えないようにチッと舌打ちをするとヴィヴィの手をグイッと乱暴に引っ張って歩き出す。


「いたっ!」


 擦りむいた肘を掴まれてヴィヴィが思わず顔をゆがめるとエルヴィンがまたドーリスを叱った。


「乱暴にするなよ! ヴィヴィは膝と肘から血が出ているんだぞ」

「ヴィヴィアーネ様はいつも乱暴で大袈裟なのです。お部屋でもしょっちゅう暴れて少しでも傷が出来ると大げさに痛がるのですわ」


 ドーリスの言い訳にヴィヴィは暴れたっていつだっけ? と首をかしげたが、あ、ベッドの上でぴょんぴょんした事かな? と思い当たって素直に「ごめんなさい」と謝っておいた。

 あの時はエリゼに叱られてそれからはぴょんぴょんしていないし怪我なんかしていなかったけど。

 部屋に戻ってエリゼに怪我の手当てをしてもらいヴィヴィはそわそわしながらエルヴィンに言った。


「エルにいさま、もういちどおにわでかけっこしちゃだめ?」

「傷が痛くないならいいよ。今度は気を付けて走るんだよ」

「はあい」


 もともと面倒見の良い性格だったエルヴィンは自分より年下の存在が出来たことが嬉しくてこのように何かと世話を焼いた。

 それに今までじっとしているのが嫌でたまに抜け出していた家庭教師の授業に真面目に取り組むようになった。


 ルードルフは今までエルヴィンに受けさせていた家庭教師の授業をヴィヴィも一緒に受けさせることにしたのだ。


 最初家庭教師は難色を示した。五歳の子供と八歳の子供ではレベルが違い過ぎる。ましてや侯爵家の教育レベルはほかの貴族と比べても高い方である。

 しかし蓋を開けてみるともちろんエルヴィンには及ばないもののヴィヴィの知識は五歳児をはるかに超えていた。知識の種類に偏りはあるものの——ヴィヴィは貴族のことや国王の名前、この国の名前さえ知らなかった——五歳で読み書き計算が完璧にできるのは珍しい事である。


 家庭教師は俄然乗り気になった。そしてエルヴィンも妹に追い付かれまいと授業に真剣に取り組むようになった。

 また、エルヴィンはヴィヴィより少し高度なことを学んでいるのだが、授業のたびにヴィヴィが「エルにいさますごーい」とか「エルにいさまはむずかしいことをいっぱいしっていますね」と褒めるのでエルヴィンはますますやる気が出てくるのだった。


 二人は大抵午前中は家庭教師について勉強し、その後エルヴィンは剣術の稽古、ヴィヴィは淑女教育を受ける。遅めの昼食をとって午後は二人で遊ぶ。

 ヴィヴィがエルヴィンといる時間が増えたためドーリスは少し苛立っていた。エリゼの目を盗みヴィヴィに小さな嫌がらせをしていたのだが、なかなかその機会が訪れない。最初は難色を示していた家庭教師にまで褒められ、エルヴィンに可愛がられるヴィヴィを見ていると忌々しさが募った。

 かといって大っぴらにはドーリスは何もできないのだった。





 ルードルフは基本毎朝王宮に出仕する。現在は王太子の教育係をしているため王太子と同い年のエルヴィンを伴っていくことも多かったが、エルヴィンは現在は新しくできた妹に夢中なので王宮についていくことは無くなっていた。


 そんなある日ヴィヴィとエルヴィンが庭で遊んでいると「エルヴィン」と呼ぶ声がした。

  二人が振り返るといつもはもっと遅くならないと帰らない父ルードルフが立っておりその傍らに一人の少年が立っていた。

 先ほどの呼び声はその少年が発したものだ。

 ヴィヴィは嬉しくなって「おとうさま!」と駆け寄ろうとし少年を見て躊躇する。

 エルヴィンはヴィヴィの手を引いて二人の前に行くと「ヴィヴィ、従兄弟のジークだよ」と少年を紹介した。


「いとこ?」

「うーん……兄様みたいなもんだ」とエルヴィン。

「ジークにいさま?」


 ヴィヴィの問いにジークは背を屈めヴィヴィと目を合わせて答えた。


「ジーク兄様だよ。ヴィヴィ、私とも仲良くしてくれるかな?」


 ジークの青空のような澄んだ青い瞳はヴィヴィをとても安心させた。


「うん、ジークにいさまもいっしょにあそびましょう」


 傍らでルードルフは静かに微笑んでいた。





 それからジークにいさまは度々遊びに来るようになった。

 ジークにいさまが来るとおとうさまも早く帰ってくるし、ジークにいさまはいつも落ち着いていて優しくてヴィヴィはすぐに大好きになった。


 ジークにいさまはお昼ご飯を食べた後に来ることが多かったが、たまに朝から来てエルにいさまやヴィヴィと一緒に授業をうけたりエルにいさまと剣術の稽古をすることもあった。

 ジークにいさまはエルにいさまよりもっともっといろいろな事を知っていてヴィヴィにわかりやすく教えてくれた。剣術の稽古はエルにいさまと同じくらいの強さで二人はいいライバルのようだった。


 剣術の稽古でジークにいさまとエルにいさまが対戦するときジークにいさまはヴィヴィのところに来て言った。

 その日はヴィヴィの淑女教育がお休みでヴィヴィは二人の稽古を見学していた。二人の稽古を見てワクワクしてこっそり棒切れを振って真似をしたりしていたのである。


「ヴィヴィ、これを持っていてくれる?」


 ジークにいさまは首から外したあるものをヴィヴィの掌に載せた。


「ふわ……きれい」


 銀のチェーンに通されたそれは複雑な模様がびっしり刻まれた指輪だった。中央に大きな青いピカピカした石がはまっている。


「母上の形見なんだ」


 ヴィヴィには〝かたみ〟が何かわからなかったが大事なものであるということはわかった。

 ヴィヴィはそっと掌の指輪を両手で覆い胸元に引き寄せた。



 ヴィヴィが胸元に大事に指輪を抱きながらジークにいさまとエルにいさまの対戦をワクワクと見ている時、ふいに後ろから大きな声がした。


「駄目ですわ!! ヴィヴィアーネ様!!」

「ふえっ?」


 驚いて振り返るとドーリスが怖い顔でヴィヴィの手を掴んで引っ張った。

 ジークにいさまの大切な指輪が手からこぼれそうになって慌ててヴィヴィは指輪をぎゅっと掴みなおしながらドーリスの手を振り払う。


「どうしたんだ?」


 ジークとエルヴィンが大きな声に驚いて駆け寄ってきた。


「ヴィヴィアーネ様がジーク様の大切な指輪で遊んでいたのです。その挙句地面に落とそうとしていたのでご注意したのですわ」

「してないっ! そんなことしてないもん!」


 ヴィヴィは涙目になって抗議した。ドーリスがどうしていきなりそんなことを言いだしたのかわからなかった。


「してないの。ほんとうにしてないの」


 大事に胸に抱いていた指輪をそっとジークにいさまに差し出すとジークにいさまはにっこり笑って受け取ってくれた。


「うん、信じるよ。ヴィヴィはそんなことする子じゃないからね」

「本当に見たのか?」


 エルヴィンが疑わし気なまなざしをドーリスに向ける。


「申し訳ございません、見間違いかもしれませんわ。ジーク様の大切な指輪をこんな幼い子に持たせるなんてとハラハラして見守っておりましたので」


 ドーリスがあっさり謝りその場はそれで治まったが小さいしこりは残った。

 ドーリスはエルヴィンやジークが自分よりこんな幼い子供の言い分を直ぐに信じた事に苛立っていたしエルヴィンはドーリスに疑いの目を向けた。

 しかしエルヴィンとてまだ八歳、小さな疑いは直ぐに忘れてしまった。日々覚えることや楽しい事、新しい発見がエルヴィンを待っているのだ。

 







 次の日、ヴィヴィはジークにいさまの言葉で気になっていたことをエルにいさまに聞いた。

 〝かたみ〟ではなく母上の方だ。


 ヴィヴィは〝おかあさま〟に会ったことが一度もなかった。


「エルにいさま、おかあさまはどこにいるの?」


 エルにいさまは辛そうな顔をした。


「母上は僕が四歳の頃死んじゃったんだ」

「しんじゃった……?」

「うん。遠い遠いところに行っちゃったんだ。あ! 母上の肖像画見せてあげる!」


 エルにいさまはヴィヴィの手を引いて三階の奥まった一室まで行った。

 そうっとドアを開けると……

 そこには沢山の絵が飾ってあった。


 正面の大きな絵は椅子に座って赤ちゃんを抱いている凛とした雰囲気の美しい女性とその斜め後ろに立つ男の人。男の人の前には可愛い顔の男の子が立っていた。


「父上と母上と兄上。この赤ちゃんが僕だよ。……あれ?ヴィヴィがいない」


 そういった後でエルにいさまはポンと手を打った。


「あ! まだ生まれてないんだからいるわけないか」


 おかあさまだという女の人の絵はその部屋中に飾られていてヴィヴィは夢中になってその絵を見ていた。




 部屋に戻るとエリゼが声を掛けてきた。


「ヴィヴィ様、どちらに行っていたんですか?」

「あのね、エルにいさまにおかあさまのえをみせてもらったの」


 エリゼは一瞬複雑そうな顔をした後に笑顔で言った。


「それはようございましたね。奥様はとてもお綺麗な方だったでしょう?」

「うん、エルにいさまみたいなあかいきれいなかみのけで、えっとえっとあめがふったあとのはっぱみたいなきらきらしたおめめだったの」


 言いながらヴィヴィは自分の髪の毛も目の色も『おかあさま』と全然似ていないんだなと思った。


「ヴィヴィ様、今おやつの用意をいたしますね」


 エリゼがヴィヴィの傍を離れるとドーリスが忌々しそうにつぶやいた。


「妾の子のくせに厚かましいのよ」


『めかけのこ』の意味はわからなかったがその言葉はヴィヴィの胸の中に残った。









 

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