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竜の国 【リメイク版】  作者: 一理。
アウフミュラー侯爵家

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ヴィヴィ八歳(2)


 しょうがなく四人で遊ぶことにしたもののアンゲリカは我儘だった。


 こっちに行きましょう、あっちに行きましょうと皆を引っ張りまわす。薔薇が見事に咲き誇る庭園では勝手に薔薇を摘もうとした。薔薇には棘があるし無理矢理手折ってはいけない。

 ヴィヴィは咄嗟に注意した。

 アンゲリカはヴィヴィを睨むとエルヴィンに向かって泣き真似をした。


「エルヴィン様~ヴィヴィ様に苛められてしまいましたわ。グスン」

「いや、ヴィヴィは薔薇の棘で君が傷つかないように注意をしたんだろ」

「まあ!エルヴィン様はお優しいのですね」


 どこまでもずれた会話にエルヴィンはため息をついた。


「薔薇を摘む剪定鋏を貰ってこよう」


 そう言ってジークに囁いた「父上に報告してくる」

 ジークが頷いたのでエルヴィンは三人の元を離れた。

 エルヴィンがいなくなるとアンゲリカはますます本性を現した。


「ヴィヴィ様はエルヴィン様の妹なのですよね?」

「はい、そうですけど……?」

「おかしいわぁ? 私、エルヴィン様に妹がいたなんて初めて聞きましたの。それにヴィヴィ様はエルヴィン様にちっとも似てらっしゃらないのね。本当に妹なのかしら?」


 アンゲリカはクスクス笑う。

 それはヴィヴィが密かに恐れていたことだった。ヴィヴィはお父様にもエル兄様にも肖像画のお母様にも似ていない。上のフィリップ兄様には会ったことがないのでわからないが。ヴィヴィは五歳より前の記憶は無い。もしかしたらヴィヴィのお母様はエル兄様とは違うのかもしれない……

 三年前に聞いた『めかけのこ』という言葉がヴィヴィの心の中に居座っている。その意味もうっすらとわかってきていた。


「アンゲリカ嬢、言葉が過ぎるのではないか?」


 鋭い声はジークのものだった。


「君は何の権利があってアウフミュラー侯爵家の内情に口を出している?このことは侯爵に報告させてもらう」


 ジークに反撃されアンゲリカは頭に血が上った。報告されてはマズいとの意識も働いた。


「平民風情がでしゃばるんじゃないわよ!!」


 アンゲリカは手を振り上げ……ジークに躱され咄嗟に彼の首にかかっていた銀の鎖に手をかけた。

 ジークも相手が女の子なので手を掴んだり反撃することもできず、中途半端な避け方になってしまった。


 ブチッ!   銀の鎖は引きちぎられアンゲリカの手に指輪が残った。


「こんなもの……こうしてやる!!」


 アンゲリカが力いっぱい指輪を放り投げる。

 運悪く薔薇園の隣には満々と水を湛えた池があって——指輪は池に向かって一直線に飛んで行った。


 ヴィヴィは考えるより先に体が動いた。

 あれはジーク兄様の大切な指輪。お母様の形見の大切な指輪。

 ヴィヴィは走った。幸いヴィヴィの立ち位置はアンゲリカと池の間だった。

 走ってまさに池に落ちようとしていた指輪に向かってジャンプし、すんでのところで指輪をキャッチした。


 キャッチしたのはいいがそこは池の水の上———


 ザッパ―――ン!!


 当然ヴィヴィは池に落ちた。


「ヴィヴィ!!」


 急いでジークが池に駆け寄る。

 同時にエルヴィンに報告を受けたルードルフが屋敷の護衛騎士やメイドと共にやってきた。

 水しぶきの上がる音を聞いたルードルフ達が急いで駆け付け、ヴィヴィは護衛騎士に助け出された。

 ジークは急ぎ池に飛び込もうとしていたがルードルフに止められた。


 池の中から護衛騎士に助け出されたヴィヴィはそのまま護衛騎士に抱えられ急ぎ屋敷に戻るように促されたが


「ゴホッゴホッ……少し待って……ジーク兄様!」と咳き込みながらもジークを呼んだ。


 ジークがヴィヴィに近づく。


「ジーク兄様……これ」


 ヴィヴィが握っていた手を開く。ジークの指輪がヴィヴィの小さい手の中にちゃんと納まっていた。


「ヴィ……ヴィヴィ、ありがとう」

「ふうっ……ちゃんとキャッチできて良かった。ゴホッ。池の中に落ちちゃったら探すの大変だもの」

「ヴィヴィ、ヴィヴィ、本当にありがとう」


 ジークは指輪を受け取り涙を堪えながらヴィヴィの頭を撫でた。

 そしてヴィヴィは屋敷に運ばれていった。



 

 


 ヴィヴィが屋敷に運ばれていくとルードルフはじろりと辺りを見回した。

 

「さて、何があったか説明してもらおうか」


 その言葉と眼光にアンゲリカはすくみ上がり事情を話すジークの言葉を夢中で遮った。


「わ、私は悪くないわ! この平民が私に楯突くから!」

「ほお……」ルードルフから地の底を這うような声が漏れた。


「彼は平民ではない、高位貴族だよ。君なんかよりずっと身分は上だ。しかしたとえ平民相手だとしても君のやったことは最低だ。それに私の娘を侮辱したそうだな。そもそもなんで君はここにいる? 私は応接室で待つように言ったはずだ」

「それはお母様が……」

「「アンゲリカ!!」」


 ルードルフの後をついてきたウルプル伯爵と騒ぎを聞きつけ庭に出てきた夫人がアンゲリカの言葉を遮った。


「侯爵様! 子供のやったことです。大目に見てくださいませ! この子にはよく言って聞かせますわ!」

「そうだよ。ルードルフ、私と君の仲じゃないか。なあ」


 二人を見てルードルフは冷ややかに言った。


「即刻この家から立ち去ってくれ。金輪際立ち入ることを禁止する。親戚の縁も切らせてもらう」

「な!! そ、それは冷たすぎるだろう! 子供がやったことを大げさにし過ぎじゃないか? なあルードルフ」


 ルードルフは取り合わなかった。護衛騎士に「お引き取り願え」と言っただけだ。

 護衛騎士に引っ立てられた三人は悪態をつき始めたが、全て無視した。

 もっとも彼にしては恩情をかけた方だ。ジークの正体を明かしていれば子供のやったこととはいえウルプル伯爵家の三人は捕らえられ家の存続も危うかっただろう。


 もっとも罪に問われなくてもその前に借金で家の存続は危うい。アウフミュラー侯爵家から出禁を言い渡された伯爵家に金を貸してくれるところがあるのかは疑問だが、それはルードルフの知ったことではなかった。




 ヴィヴィは急ぎ部屋に担ぎ込まれた。


「まあ! ヴィヴィ様!」


 エリゼが目を丸くする。


「ドーリス、お風呂の用意をしてちょうだい。私は温かな飲み物を用意して来るわ」


 エリゼが部屋から出るとドーリスは浴室にヴィヴィを連れて行った。

 乱暴に服を脱がせると頭から水を掛ける。


「冷たっ!」


 ヴィヴィが身震いするとドーリスは笑いを隠して言った。


「申し訳ございません、お水とお湯を間違えてしまいました。ヴィヴィアーネ様どうしたのですか?」

「ちょっと庭の池に落ちちゃったの」

「まあどうりで! ヴィヴィアーネ様からどぶ臭い匂いがしておりますわ」

「え? そんなに臭い?」

「ええ。鼻が曲がりそうなくらい。元から身に沁みついたものかもしれませんけど」


 ヴィヴィは心配になって水を何度も被った。ジークの鼻は曲がらなかっただろうか? 

 だいぶ暖かな季節だと言っても水はまだ冷たい。池に落ちた際に水も飲んでしまったようだ。

 エリゼが戻ってきた時にはヴィヴィは真っ青な顔で毛布にくるまっていた。熱が出始めているようだった。

 エリゼは蜂蜜入りのホットミルクをヴィヴィに渡しながら急いで医者の手配をしたのだった。






 医師の診察を終えるとエルヴィンとジークが部屋に入ってきた。


「ヴィヴィ、大丈夫か?」


 エルヴィンはヴィヴィに駆け寄るとベッドの上のヴィヴィを抱きしめた。ギューギュー抱きしめるのでエリゼに「お嬢様のお体に障ります」と引きはがされたが。


「ヴィヴィはジークの大切なものを守ったんだな。偉かったぞ」

「ぷはっ。エル兄様ありがとう」


 エルヴィンの抱擁から解放されヴィヴィは息をついた。


「ヴィヴィ……」


 ジークは静かにヴィヴィに近づくとベッドの脇に座りヴィヴィの手を握りしめた。


「ごめんね、ヴィヴィは私の大切なものを守ってくれたけど私はヴィヴィを守れなかった」

「ジーク兄様......」


 ヴィヴィは気になっていたことを聞いてみた・


「ジーク兄様、鼻が曲がらなかった?」

「鼻?」

「うん、あ、曲がってない。良かった......あれ? やっぱり曲がってる?」


 目がグルグルしてきてジーク兄様だけじゃなくいろんな物が曲がって見える。


「熱が上がってきたようです。薬が効くまでお休みになった方がよろしいので皆さまご退出をお願いいたします」


 医者の声で皆が静かに部屋から出ていく。ジークは立ち上がりもう瞼を閉じているヴィヴィに囁いた。


「ヴィヴィ、ありがとう。私はもっともっと強くなってヴィヴィを守れるようになるから。君に相応しいと思えるようになるまで———」


 その後の言葉を飲み込んでヴィヴィをじっと見つめるとジークは部屋を後にした。

 この日を境にジークがアウフミュラー侯爵家に来ることは無かった。


 そして次の年エルヴィンもヴァルム魔術学院に入学し侯爵家を離れた。





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