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竜の国 【リメイク版】  作者: 一理。
ヴァルム魔術学院

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38/90

二年生(5)——夏期休暇


 翌朝、朝食後に私たちは場所をサロンに移した。

 室内にいるのは私、お父様、エル兄様、フィル兄様、執事のオットー。

 全員がソファーに座るとオットーがお茶を入れてくれてそのまま部屋の隅に控えた。


「話があるのだったな。ヴィヴィ、話を聞こうか」


 お父様が私を見たので私はつばを飲み込んだ。一度下を向き決心するとお父様の顔をまっすぐ見た。


「私はお父様の娘ですか?」


 お父様は私から目をそらさず微笑んで言った。


「君は私の愛する娘だよ」

「それは——」弾かれたように私が腰を浮かしかけるとお父様は続けた。

「でも血縁上のことを言うのなら娘ではない」


 やっぱり。予想していたこととはいえお父様の口から直接言われると堪えた。


「私はどうして養女にしていただけたんでしょうか」

「君の魔力の多さ故……だな」

「魔力の多さ……」


 確かに私は魔力が多い。でもお兄様たちも魔力が多いアウフミュラー侯爵家は魔力が多いからと言って養女を迎える必要はなかったと思う。


「君は五歳の時に魔力暴走を起こしたんだ。私はちょうどその場所に居合わせた。そして君を連れ帰って養女にして魔力を封印した。君の記憶喪失は魔力暴走の後遺症だと思われる」

「魔力暴走……」


 私がそんな危険なことを? 記憶が無いので実感がない。


「父上、それはおかしいと思います」


 黙って聞いていたエル兄様が口をはさんだ。


「ヴィヴィが魔力暴走を起こして魔力を封印したのは五歳の時と言いましたよね。なぜヴィヴィはそれまで魔力が発覚しなかったのですか?赤ん坊のうちにわかるでしょう? 特にヴィヴィの魔力量なら」

「そうだ。それも謎なんだ。ヴィヴィが五歳の時に起こした魔力暴走は建物の三階部分にまで届くような竜巻だった。それまでヴィヴィが暮らしていた町に人を遣って調査したが魔力関連の事故は起こっていなかった。ヴィヴィに魔力があることを誰も知らなかった」

「そんなことが……? ヴィヴィは五歳で突如魔力が発現したんですか?」


 エル兄様が問いかけるとお父様は腕を組んだ。


「もちろんその可能性もゼロではない。でも何らかの方法で魔力が抑えられていた可能性の方が高いと私は思っている」

「背中に、いや身体のどこにも魔力封印の印は無かったんですか?」


 初めてフィル兄様が口を開いた。


「無かったよ。魔力封印の魔道具があることはあるが……」


 魔力封印の魔道具とは罪人に付けられる手枷だ。いくらなんでも五歳の幼児が手枷をつけて生活していたら目立つと思う。簡単に手に入るものでもないし。


「現実的ではないですね」


 フィル兄様も腕を組んだ。こうしてみるとフィル兄様とお父様も似ている。顔立ちはエル兄様とお父様が似ていてフィル兄様と肖像画の『お母様』が似ていると思っていたけれど、フィル兄様もお父様に似ている。親子なんだから当たり前だ。私は誰にも似ていない……そんなささいなことが悲しくなったが急いで打ち消した。

 お父様もお兄様たちも何度も私を愛していると言ってくれている。娘だ、妹だと言ってくれている。だから私はみんなの家族だ。


「ああ。それもあってヴィヴィをこの家の養女にした。そしてその事情は伏せておくべきだと判断した」

「事情はどうであれ僕はヴィヴィがこの家に来てくれてよかった。家族になってくれてよかった」


 フィル兄様が言うとエル兄様も頷いた。


「俺もそう思う」


 お父様は私を見て言った。


「君を養女にした経緯は今話した通りだ。でも私も君を養女にして良かったと思っているよ。家族の絆は血だけで結ばれるものではない。君と生活して笑ったり泣いたり心配したり喜んだり……そうして私たちは家族として絆を強めてきた」



「だが……」


 お父様は珍しく言い淀んだ。


「我が家はそれで良いが、現在は王太子の婚約者問題が絡んでいる」

「父上、ジークはヴィヴィの事情を知っているんですか?」


 エル兄様の問いかけにお父様は頷いた。


「もちろんご存じだ。ヴィヴィが魔力暴走を起こした時、その場におられたからな」


 ジークが? 私には覚えがないけれど、そんな時にジークに会っていたんだ……


「次代の王となるジークハルト殿下の婚約者となれば話はそう簡単ではない。……ヴィヴィは殿下から婚約の話は聞いたのかね?」


 唐突にお父様に聞かれて私は頷いた。


「くそっ。ジークの奴素早いな……」というフィル兄様の呟きは聞こえないふりをした。

「それでヴィヴィは了承したのかな?」

「卒業パーティーのパートナーを申し込むからその時までに返事を聞かせてくれと言われました」

「そうか。ヴィヴィの今の気持ちはどうなんだ?」

「その……よくわからないんです」

「纏まらなくてもいいから考えていることを言ってごらん」

「ジークのことは好きです。あ、愛してるとかはよくわからないけどずっと一緒に居たいなって思います。でもジークは王太子で将来国王陛下になる人でその人と結婚するってことは私が王妃になるっていうことだから私が王妃様なんてなっちゃっていいのかな? って気持ちはあります。でも、学院で酷いことを沢山言われてそんな人たちに負けたくないっていうか、そんな人たちの陰口を跳ね返すくらい立派な大人になってやるって気持ちもあります」

「わかった。あと半年か……」


 お父様の呟きが気になって私は訊ねた。


「お父様は私がジークのお嫁さんになるのは反対ですか?」

「……そうだな。賛成とは言い難い」

「父上! 父上も血筋が、というのですか!?」


 抗議の声を上げたのは私でなくエル兄様だった。


「違う、いや、ある意味では違わない。まさにヴィヴィの血筋に関する懸念で私は躊躇しているんだ」

「どういうことですか?」


 エル兄様の質問にお父様は腕を組んで目を瞑った。

 そしてゆっくりと話し出した。


「ヴィヴィの魔力が発覚した事情は先ほど話しただろう。ヴィヴィは五歳まで魔力が発覚しなかった、これは十分異常な事態だ。そして五歳の時も思ったが、学院に入学して改めてヴィヴィの魔力量の多さに驚いた。これも平民の突然変異では説明がつかないことだ。だからヴィヴィの出生に、血筋には秘密があると私は考えている」

「ヴィヴィの両親は? 五歳までヴィヴィを育てた両親に話を聞けばいいんじゃないですか?」


 エル兄様の問いにお父様は頷いた。私はハッと息を呑んだ。そうだ、お父様と血がつながっていないという事は私には本当のお父様とお母様がいるという事だ。

 もっと小さい時は私はお父様の庶子だと疑っていたから私を産んだお母さまはどんな人なんだろうと考えたことが何度もあった。だけど本当のお父様がいると想像したことは無かった。

 聞きたい! 私の本当の両親はどんな人なのか。


「ヴィヴィの父親は失踪中だ。そしてこの人物が鍵を握っていると私は考えている」

「失踪とは? いつから? 犯罪でも犯したのですか?」


 フィル兄様の言葉に顔を青くした私を見てお父様は安心させるように微笑んだ。


「いいや、ヴィヴィの父親は真っ当なお役所勤めだったそうだ。私がヴィヴィと出会う一年前に突如失踪してしまったが。ヴィヴィの母親が職を求めて王都に来たことで私たちは出会ったんだよ。ただ、ヴィヴィの父親は表向きは平凡な平民でも実は何らかの秘密を抱えていると私は見ている。たぶん父親の血筋の秘密をね。父親についてはずっと調査をしているがまだ有益な情報は得られていない」


 謎に包まれた私の本当のお父様……どんな人だったんだろう。その秘密は今の私にどんなかかわりがあるんだろう。


「父上、俺にはよくわかりません。ヴィヴィの本当の親が誰であれヴィヴィは今はアウフミュラー家の家族です。父上はさっきそういいましたよね。なにが問題なんですか?」


 エル兄様は少し怒ったような口調でお父様に言った。エル兄様が怒るなんて珍しい。


「このヴェルヴァルム王国の王族は竜神様の末裔だ」


 いきなり話が変わってエル兄様も私も面食らった。


「それは知っていますが……」

「そのことはヴェルヴァルム王国民の誇りであり、だから王家は建国以来変わることなく民の崇拝と忠誠を集めている。しかし先代王のお子様が亡くなられヘンドリック陛下が王位に着かれた。ヘンドリック陛下の竜は赤竜だ」

「ヘンドリック陛下は尊敬に足るお方です。それにジークだって立派な王太子であるべく努力を欠かさない。だから俺はそんなジークを支える人間になりたいと——」


 お父様は言葉に詰まったエル兄様を優しい目で見て話を続けた。


「もちろんそんなことは私だってわかっている。ヘンドリック陛下やジークハルト殿下の努力が分かるからこそ彼らが、王家が非難されたりつけ入らせるような隙を作るわけにはいかない」


 お父様の言わんとしていることが私にはなんとなくわかった。

 ジークには誰にも後ろ指を指されることの無い由緒正しい御令嬢こそが相応しい。平民の血が流れている私なんて論外だ。それにもし私の本当のお父様が犯罪者だったり後ろ暗い秘密を持っていたりしたら? 

 そんな想像をして私はぶるっと身震いをした。


 うん、今なら育ってきたこの気持ちを封印できる。ジークはただの優しいお兄様、フィル兄様やエル兄様と同じ。

 

「ヴィヴィだってそんな苦労はしなくてもいいんじゃないか?」


 フィル兄様が私を見て言った。


「ジークの婚約者になったらヴィヴィはいろいろな視線に晒される。今回のように生まれのことで相応しくないと言ってくる者は必ずいる。ヴィヴィ、王太子との結婚なんて面倒な事はスッパリ断ってヴィヴィはずっとこの家にいればいい」

「兄上、ヴィヴィを行き遅れにするつもりか?」


 エル兄様が呆れた声を出した。


「今回の噂が広まったのは僕のせいだ。人に聞かれるかもしれない場所で不用意にヴィヴィのことを口にした。それは本当に申し訳ないと思う。だから僕はヴィヴィを一生守る」


 エル兄様はため息をついて言った。


「兄上だっていつかは結婚するだろ」

「しないよ。僕はヴィヴィを守って生きていければそれでいい」

「アウフミュラー家の跡取りはどうするんだよ」

「エルヴィンの子供を養子に貰う。だからエルヴィン、頑張って子供を沢山作ってくれ」


 エル兄様は顔を真赤にしながら「無茶振りだ……」と呟いた。


「フィリップ、落ち着きなさい」


 お父様はフィル兄様に声を掛けた後、私を見つめた。


「今回の事はフィリップだけでなく私の落ち度だ。すまなかったヴィヴィ。だがヴィヴィの出生については時機を見て話そうと思っていた。出生に関係なく私たちは家族だ、そこは変わらない。ジークハルト殿下の件はまだ半年の猶予がある。それまでゆっくりと考えなさい」


 ゆっくり考えなさい、とお父様は言ったけど、私の答えは決まってしまった。平民の血が流れる私がジークのお嫁さんになんてなれる訳がなかった。半年間の猶予は私が気持ちに整理をつける猶予だ。

 私がはい、と返事をするとお父様はホッと息を付きながらすまなそうに私を見た。


「それから……ヴィヴィの本当の母親に会わせたいと思うが」

「お母様に!?」


 吃驚した。お母様に会えるなんて思ってもいなかったから。

 でもそうか、本当のお父様は失踪中って言ったけどお母様はずっとどこかにいたってことだものね。お父様が本当のお母様の所在を把握しているのは当たり前だわ。


「はい、是非会いたいです」


 私の返事を聞いてお父様は執事のオットーに目配せをした。

 オットーが部屋の扉を開けに行く。

 オットーに促されて入ってきたのは———


「マリア?」


 マリアが何か知っているの? それとも全然別の用事で私を呼びに来たのかしら?


「ヴィヴィ、マリアが君の母親だよ」




 



「マリアが……お母様?」


 私が呟くとお父様が言った。


「君が魔力暴走を起こしたのはマリアに連れられて王都に出てきた直後だった。君に魔力があって私の養女にすると決めた後、マリアは君の傍で君を見守りたいと言ったんだ。たとえ一生親子の名乗りを上げられなくてもね」


 マリアが私の母親だという事実は驚くほどストンと私の中に落ち着いた。

 ああ……だからマリアは私をいつも見守ってくれたんだ。いつも私の気持ちに寄り添ってくれて、私はマリアの言葉はなぜだか無条件で信じられた。


「おかあ……様」

「いえヴィヴィ様、マリアとお呼びください。ヴィヴィ様は侯爵家のご令嬢です。ただ私がヴィヴィ様を誰よりも愛していることをご理解いただければ嬉しいです」

「マリア!」


 私はマリアに抱き着いた。マリアはそっと抱きしめてくれた。


 そうして部屋に戻った後、私とマリアは沢山話をした。

 私はマリアにねだって五歳までの小さいころの話を沢山聞かせてもらった。





 次の日の朝食後、私はお父様におねだりをした。


「トランタの町に行きたい?」

「はい。昨日マリアと沢山話をしました。今の私はお父様の娘でアウフミュラー侯爵家の人間です。お父様やお兄様たちと絆がしっかりと結ばれていると信じることが出来ました。でも私は失われた記憶を取り戻したい。トランタの町に行けば何か思い出せるかもしれません」

「ふうむ……」

「それに私が記憶を取り戻せば実の父の手がかりが何か掴めるかもしれません」

「記憶を失った時君はたったの五歳だった。オリバーはその一年前に失踪している。何か覚えているとは思えないが」

「でも私が実の父親に魔力を封印させられていたのなら何か覚えているかもしれません。……自信は無いんですけど……」


 お父様はしばらく考えた末に頷いた。 


「わかった。許可しよう。しかしトランタの町は遠いぞ」

「はい。馬車で十五日ぐらいかかると聞きました。なのでトランタに行った後は直接学院に戻ることになると思います」


 そう。トランタはこの国の南西部、大河メリコン川の向こうはヘーゲル王国だ。


 現在この国は完全鎖国をしているわけではない。この国と北西部でソヴァッツェ山脈を挟んで隣接するトシュタイン王国とは国交を断絶している(間者の類は双方の国で紛れ込ませている)が、南西部で接するヘーゲル王国とは通商を行っている。また大陸の西部の国境を接しない数か国とは船で交易を行っていた。


 ヘーゲル王国とは通商を行っているが九年前にトシュタイン王国がヘーゲル王国の領土に侵入しメリコン川を渡って攻めてきたこともありトランタの近くの街サルバレーには王国騎士団が駐在し、竜騎士団も定期的に巡回しているそうである。


「それから一応身元は隠すようにしなさい。今君は社交界で話題に上がっている。この時期に今まで縁もゆかりもなかった土地に出かければいらぬ憶測を生むことになる」

「はい。承知いたしました。許可してくださってありがとうございます」


 お父様は微笑んで言った。


「あまり気負わないで夏期休暇中の旅行だと思って気軽に行ってきなさい。お土産を楽しみにしているよ」

「では父上、僕も王宮に行ったら休暇申請を提出しますね。ヴィヴィと旅行なんて楽しみだなあ」


 しれっとフィル兄様が言ったがお父様に「お前はダメに決まっているだろう」と即座に却下された。


「まあまあ兄上、俺が代わりにヴィヴィを守るから安心して仕事をしていてくれ」


 エル兄様がついて来てくれるらしい。凄く心強かった。


「エル兄様! ありがとうございます! フィル兄様、お土産必ず送りますから!」






 急いで旅支度が進められ二日後の早朝、私はトランタに向けて出発した。

 馬車は一台。私はちょっと裕福な平民の格好でココアブラウンの髪色の鬘をかぶっている。私の銀に近いプラチナブロンドの髪色は目立つのだ。

 金髪は多いとまでは言わないが貴族にはちらほらいる。王家は代々見事な金髪が多い。ジークも国王陛下も見事な金髪だ。平民でもたまにいる。でも私の髪は光の加減によって銀にも見える。銀髪の人は見たことがなかったけど、王国の北西部には銀に近い髪色の人が少数だがいるらしい。

 私とマリア、エル兄様が馬車に乗り込む。その周りをハーゲンを含め三人の騎士が騎馬で付き添ってくれる。


 馬車に乗り込む前何度もフィル兄様にハグされ名残を惜しまれた。フィル兄様はやっぱり僕もついていくと言っていたがお父様に却下された。


 馬車が出発する直前、馬車の戸がドンドンと叩かれた。


「何だ?」


 エル兄様が戸を開けると乗り込んできた人が一人。


「ジーク!!」


 私やエル兄様の驚きをよそにジークは御者に声をかけた。


「出していいぞ!」


 ゆっくりと馬車が動き出す。馬車の窓からお父様に詰め寄っているフィル兄様の姿が見えた。

 ジークはエル兄様の隣にドサッと腰を下ろすとはあーと息を吐いた。


「間に合った! 私も一緒に行くぞ」

「おまっ……王太子が王宮を抜け出して一緒に行くなんてありえないだろう」


 エル兄様は呆れ顔だ。


「父上には許可を取ったぞ。ちょっと強引だったけど粘り勝ちだ。見えないように離れてだけど護衛もついて来ている。それに、ほら!」


 ジークは黒髪の鬘と銀縁の眼鏡を取り出した。


「変装もばっちりだ」


 呆れるエル兄様をよそに馬車は軽快に走り続ける。


 私はというと……もう、ため息しかない。

 ジークとの婚約を断ろうと決めたのは昨日だ。

 だらかと言って急にジークを嫌いになんてなれる訳がない。だから昔のように、恋も何も知らずジークを兄様と慕っていた頃の気持ちに戻そうと決心したのだ。なのにもう会ってしまうなんて……せめて夏期休暇の間くらい心の準備期間が欲しかった。






ストックが少なくなってきたので一日一話の投稿になります。

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