一年生(7)——夏期休暇
次の日、私たちはニコお勧めの曲芸団を見に行くことにした。
昨日一日騎士たちは密猟者のことを調べまわったが手がかりが掴めず今日は人数を減らして通常業務にも戻ると言っていた。護衛も二人出すとハーゲンが言ってくれたので街へ出かけることにしたのだった。
街の広場に大きなテントが建っている。その周辺ではジャグリングや不安定な板の上で逆立ちをする曲芸師などがいて人々の興味を煽っていた。
入場券を買ってテントの中へ。階段状に組まれた座席の中央辺りに四人並んで腰かける。
二人の護衛騎士は私たちのすぐ後ろに座った。
「付き合わせちゃってごめんね」
私が騎士に話しかけると彼らはにこやかに返してくれた。
「俺も一回見たかったんです。ワクワクしてます」と言ったのは新人のラルス。
「おい、仕事だぞ。気を抜くなよ」と言ったのはもう少し年上のフェッツ。
「了解でーす!」
「お前ってやつは……ヴィヴィ様、俺たちも楽しんでいるので気を使わないでください」
テントの中で繰り広げられる様々な曲芸は楽しかった。
空中に張られた一本の綱を目隠しで渡る曲芸にはドキドキしたし、綺麗な衣装を着たお姉さんたちがカラフルな棒や球をジャグリングするのには拍手喝采した。可愛いワンちゃんたちが愛らしい芸を披露するのにはほっこりした。
「さてお次は弓の名手が芸を披露いたします!」
司会の男の人の声で登場したのは厳つい男の人。
一見怖そうな男の人は恭しく挨拶した。
舞台の端に大小の風船を括り付けた板が登場した。男の人は板と反対側の舞台の端に行くと矢継ぎ早に弓を射た。瞬く間に風船は割れていく。
「次はもう少し難易度が上がります」
今度は男の人が目隠しをした。目隠しをしてもその人は難なくすべての風船を割った。カールは手を叩いて大興奮している。
「最後にお客様にも協力していただきましょう!」
司会の人が声を張り上げた。
「ご協力していただける方はいらっしゃいますか?」
司会者の問いかけにカールははいはい! と手を上げた。
司会者はぐるりと観客席を見回した。
「そちらの元気よく手を上げているお坊ちゃん……の隣のお嬢ちゃんはいかがでしょう?」
え? 私?
後ろの護衛騎士に緊張が走った。
「そちらの可愛いお嬢さん協力していただけますか?」
言われてしまったので仕方がない。私は段を降りて舞台に向かった。フェッツが後ろから付き添った。
壇上に上がると司会者が小声で言った。
「ご協力感謝します。実は張り切って手を上げているようなお子さんは予想外の動きをするので危険なんです。可愛い女の子の方が舞台映えしますしね」
とりあえず裏がなさそうなので一安心する。
「いいですか、決して動いてはいけませんよ」
私は注意を受けて板の前に立った。頭には風船が括り付けられている。
ドロドロドロ……と太鼓の音と共に男の人が目隠しをして弓に矢をつがえた。
ヒュン——
彼の放った矢は見事私の頭上の風船を射抜き板に突き刺さった。観客席からは割れんばかりの拍手。私とフェッツはホッと息を吐きだした。
板に刺さった矢を見る。
———私はあることに気が付いた。
観客席に戻るとみんなが拍手で迎えてくれる。カールはしきりに羨ましがっていたが私はそれどころではなかった。皆に相談したいが今口に出すわけにはいかない。その後すべての演目が終わるまで私は上の空だった。
外に出ると私はみんなを手招きした。広場の片隅の人気のない場所に連れて行く。
こんな時に防音の魔術が使えれば便利だったのにな、と思いながら私は声を潜めた。
「矢羽?」
「そう。さっき射た矢の矢羽が竜に刺さっていたのと同じだったの」
「まさか!?」
みんなは懐疑的だけどこれは私しか気づけなかったと思う。昨日私はあの竜に刺さっていた矢を間近で見た。そしてさっき板に刺さった矢も間近で見たのだ。多分、十中八九同じ矢羽だと思う。
「矢羽ってどれも同じなの?」
護衛騎士に聞くと二人はかぶりを振った。
「うちでは黒鷲の羽根を使いますけど昨日の竜に刺さっていたのは違いましたね。俺は見たことないです」
フェッツが答えた。
「なあ、ホントに竜に刺さっていたのと同じだったのか?」
カールの問いかけに私は考え込んだ。
「うん。私には同じに見えた。でもじっくり見たわけじゃないから絶対そうとは言い切れないわ」
「現物を手に入れられればいいのに……」
アリーの言葉にカールが乗った。
「さっきの記念に矢を下さいって頼むのはどうだ?」
「逆に怪しまれるんじゃないかな……」
トーマスは慎重派だ。
「しのび込もう!」
私の提案にカールは賛成、アリーは反対、トーマスは迷っている。
そして護衛の二人は大反対だった。
「ヴィヴィ様、無茶言わないでください」
「危険すぎます!護衛として容認できません」
「んーでも……」
私が渋るとフェッツが言った。
「帰ってハーゲン団長に報告しましょう。騎士団で調査した方がいいと思います」
「でも時間を置くと証拠を隠滅されちゃうかも知れないわ」
今日あの矢を使っていたのは騎士団が密猟者を探していることが耳に入っていなかったのだろう。でも耳に入ったら確実に証拠は処分されてしまう。
今がチャンスだと私は思った。
「危なくなったら逃げるわ。見つかったらさっきカールが言ったみたいに記念に矢が欲しかったと言えば怪しまれないと思う」
結局フェッツとラルスは私に負けた。
何度も危険を感じたら逃げることを約束させられて私とカール、フェッツがしのび込むことになった。
アリーとトーマス、ラルスは馬車のところで待機。三十分たっても戻らなかったらお屋敷に知らせに行くことになった。
「ああー、ヴィヴィ様に危険なことをさせたのがバレたら減俸ものだ……」
「大丈夫よラルス。ちょっと行って素早く帰ってくるから。今は次の興行の真っ最中でしょう。ほとんど人はいないと思うわ」
私はラルスの肩をポンポンと叩いてその場を離れた。
私たちは今曲芸が行われているテントの裏手、道具類を保管していると思われるテントに忍び込んでいる。雑多に積まれた荷物の中からガサゴソと矢を探していた。
「あったか?」
「ううん、こっちにはない」
小声でボソボソ話しながら探すけれど見つからない。
ここには無いのかな、とあきらめかけた時、梁から吊るされた細長い筒が目に入った。
「あ、あれじゃないかしら?」
言いながら私は傍の大きな木箱の上によじ登って筒に手を伸ばす。
「ヴィヴィ、危ないから俺が——ぐぎゃ!!」
カールが言い終わる前に私はバランスを崩してカールの上に落っこちた。
辺りの物をなぎ倒して倒れ込んだ私たちの横にその筒もボコンと落っこちた。
「いてて......ヴィヴィ気をつけろよ!」
腰をさすりながらカールが起き上がり、筒の中を調べて矢を一本取り出した。
「いたた......あった! それだわ!」
外で見張っていたフェッツがテントに入ってきて素早く囁く。
「ヴィヴィ様、大きな音を出してしまいましたから急いでこの場を離れましょう」
フェッツの声に私とカールも急いでその矢を手近な布で包む。三人でこそこそとテントから外に出た時だった。
「何をしている!!」
ヤバ! 見つかった!
私は布でくるんだ矢を背中に隠した。
「あ、あの~、私さっきの曲芸に凄く感激しちゃって……」
言いながらじりじりと後ずさる。フェッツが私とカールの前に身を入れた。
「ふうん……それで何で嬢ちゃんたちはこんなところにいるのかな?」
なんか嫌な目つきの裏方さんらしい男の人が猫なで声で聞いてくる。
「なんか記念になるものが欲しいかな~なんて」
「すいませ~ん、俺たちもう退散します!」
私たちの言い訳なんて何も耳に入っていない様子で男の人が迫ってくる。
止めようとフェッツが立ちはだかると男の人は躊躇いも無くナイフを取り出した。その躊躇いの無さに警戒しながらフェッツも剣を抜く。
「ヴィヴィ様、下がってください」
フェッツの邪魔にならないように後ろに下がった時だった。
私は背後から伸びてきた手に肩を掴まれ同時に口を塞がれた。
「あっ! ヴィヴィ!! コノヤロー!」
カールが気が付いて手を伸ばしたけれど私は男の人に担ぎ上げられた。
油断した。一人じゃなかったんだ。
男は私を担いで走ろうとした。
男に気が付いたフェッツが私のもとへ駆け付けようとするが最初に声をかけた男がナイフでフェッツに襲い掛かる。やむなくフェッツは防戦している。
カールが私を追いかけようとするが男に蹴られて吹っ飛ぶ。
口を塞がれていた手が外れた。
尚も追いすがろうとするカールに向かって私は矢の包みを投げた。
「カール!! 逃げて!」
男は私を担いだまま凄い勢いで走って行く。走りながら男は途中で呼子を吹いた。
わらわらと曲芸師や裏方らしい人たちが集まってくる。興行はどうしたんだろう? フェッツとカールはちゃんと逃げられたんだろうか?
私はホロ付きの荷馬車に放り入れられた。数人の男の人が荷馬車に飛び乗ってくる。素早く手足を縛られた。
荷馬車には雑多なものが積まれていたけど私の後に放り込まれた人はいなかったからカールとフェッツは無事逃げられたと思いたい。荷馬車にガタゴト揺られながら(ああ、無謀だったな……フェッツとラルスがあまり怒られなければいいな)と反省した。
荷馬車は暫く走ってどこかに停まった。走った時間の長さから考えてアウフミュラー侯爵領は出ていないと思う。
倉庫のような場所に私は入れられた。周りにはいろいろな荷物が積んである。荷馬車を降りるときに足の縄は解いてくれたけど後ろ手に手首は縛られたままだ。
ここはどこだろう? 逃げることはできるだろうか? 私は倉庫の中をぐるぐると歩き回った。
とりあえず足は拘束されていないし扉は……うん、鍵がかかってるわね。当たり前か。
今後はどうなるかわからないけど今すぐの命の危険はなさそうだ。
——彼らは私を誘拐したから。
わざわざ誘拐したってことは私に利用価値があるってことよね。私が侯爵令嬢だとわかっていて誘拐したのか? ほかに利用価値があるから誘拐したのか?
考えてもわからない。
次に私はこの倉庫にある荷物を調べ始めた。と言っても後ろ手に縛られているので調べにくい事この上ない。私が荷物の海の中で四苦八苦していると少し離れたところからガサゴソと音がした。
え!? なにっ!? 何かいる?
ぎくりとして動きを止める。音がした方を凝視した。そこには布をかけられた何か……形状として檻のようなもの。
何?猛獣とかだったらどうしよう……それは高さは私の背丈ぐらい幅は両手を広げたくらいの大きさだった。今は手を縛られているから広げられないけど。
またガサゴソと音がした。そして「キュー」
今のは鳴き声だろうか? 私はそれに背を向けて布を掴むとそろそろと引っ張った。
ズルっと布が落ちて被されていた物が現れた。やっぱり檻だ。そして檻の中にいたのは……竜? 子犬ほどの大きさの子竜が蹲っていた。
「キュー」
か、可愛い!
子竜は縋るような目で私を見上げる。
「待って、今出してあげる」
と思ったけど当然檻には鍵が付いている。頑丈そうな南京錠だ。この鍵を壊せるものがないかしら? 辺りを見回して……はっ! もしかしたらいけるかもしれない……
私は魔術の授業中遠く離れた的を割ったことを思い出した。ウォンドを使うほど効果は無いかもしれないけれど私の魔力量なら至近距離でぶつければ金属の鍵も壊せるんじゃないかしら?
とにかくやってみよう。私は子竜にそこから動かないでねと声をかけ鍵の前に後ろ向きに立った。
方向に気を付けて……間違っても子竜の方に飛んで行かないように。
鍵に向けて思いっきり魔力を放出した——
ピキ……
ひびが入るような音の後、鍵はバラバラと壊れて落ちた。
やった!!
檻の扉を開けると子竜は外に出てきた。すりすりと私に身体を擦り付けてくる。
可愛い! 可愛い! 可愛い!
はっ! 今はそんな場合じゃない。密猟者は昨日の竜を仕留めようとしただけでなく子竜も攫っていたんだ。何とか逃げ出してこのことを伝えたい……
私が座り込んで考えているとガジガジと背中から音がする。
……と、パラっと手首の縄が解けた。
子竜が私の縄をかじって切ってくれたんだ!
「ありがとう!! えーと……ルーナ。あなたの名前はルーナよ」
私がルーナを抱きしめると、ルーナは「キュー」と鳴いた。
さて、後はここを逃げ出さないと……
扉は鍵がかかっていたけど、さっき私は南京錠を壊すことができた。扉の鍵も壊せるかも?
やってみると鍵はあっさり壊れた。後ろ手でないだけさっきよりも簡単だった。
そうして私はルーナを胸に抱きそろそろと廊下に足を踏み出した。




