一年生(8)——夏期休暇
抜き足差し足……薄汚れた廊下を私はルーナを抱いて進む。
どっちが出口かわからないけれど多分あっち。根拠のない勘を頼りに進む。
廊下を曲がると……おっと見張りだ! 私はすんでのところで身を隠した。
心臓バックバク。うん、大丈夫。見つかっていない。でもあっちに行くのは無理そう……
私は出口のドアでなく外に出られる窓を探し始めた。
倉庫のようなこの建物は窓は皆高い位置についておりよじ登れそうにない。登っても降りられない。でも事務室のような部屋があれば低い位置に窓が付いているかもしれない。
廊下を反対に進むとドアがあった。ここは事務室かも? 近づくと中からボソボソ話し声が聞こえる。男の人二人? 三人? の話し声。
見つかるとマズい。私はそっとその場を離れようとしたが耳に入ってきた言葉に足を止めた。
「……様子を見に行かなくていいのか?」
「なあに、もう少ししたら夕飯をもって見に行けばいいだろう」
「今頃泣いているんじゃないか? 俺が慰めてやろうかな。うへへ」
「お前あんなガキが趣味なのか?」
「綺麗なツラしてるじゃないか」
「お前らいい加減にしろ! あのガキはガスパレ殿下への貢ぎ物だ。手を出すんじゃねえぞ!」
「殿下への貢ぎ物は竜の子供じゃないんですかい? お頭」
「あのガキは貴族だろう。魔力を持つガキは貴重なんだ。殿下は前々から欲しがっていたからな」
「魔力を持っている? あのガキがですかい?」
「そうだよ、魔力を持つ女が手に入ったら自分の子供を産ませるんだって。悪趣味だよねえ」
また違う声だ。この声は他の人よりだいぶ若く聞こえる。
「そんなこと言っていいんですかい? 若様はガスパレ殿下の——」
「滅多なことは喋らないで欲しいな。ねえウーゴ」
「はい、若様」
「いっ! いてて! お頭、助けてくれ!」
「うるせえ! お前の口が軽すぎるんだ!」
とんでもないことがわかった……
こいつらはただの密猟者じゃなくてトシュタイン王国の手先だったんだ。ガスパレというのは確か第三王子の名前だ。第三王子と言っても三十は過ぎたおじさんだ。側妃とかも沢山いる。
うげっ! 絶対に逃げ出さなくちゃ!
「おい! そこで何をしている!」
決意を新たにしたばかりで見つかった。誰何したのはなんだかひょろっとした頼りなさそうな若い男の人。
その男の人はつかつかと私に歩み寄ってきた。
「お前誰だ? それに……抱いているのは竜の子供じゃないか!」
ん? この人は私のことを聞かされていないの? この人ならうまく言いくるめられないかな、とチラッと思ったけれど、実行する前にドアがバターンと開いた。
うん、ドアの前で騒いでいたんだものね。
「おやおや嬢ちゃん、逃げ出すのはよくないな」
「あっ! お頭、竜の子供まで連れ出してますぜ!」
出て来たのは人相の悪いおじさんと手下っぽい人が二人。若様とか呼ばれていた声に当たるような人は姿を見せなかった。
私はあっという間にまた拘束された。うー、ホントにヤバイ。
「おい! お前らこれはどういうことだ? 何でこんな小さな女の子が? それに竜の子供まで……」
私を見つけた頼りなさそうな男の人が騒いでいる。
けど密猟者の親分みたいな人がナイフを頬に当てるとピタリと口をつぐんだ。
「坊ちゃんよ、見なかったことにしてくれませんかねえ」
親分が凄んだ。
「いいいや、だだだっておお前たちはヘーゲル王国まで内緒で物資をはは運びたいって言うから……」
「それを密輸って言うんですよ。もちろんわかっていて片棒担いだんでしょ、お坊ちゃん」
「そそそそれは……僕の失態で商いに損が出たから穴埋めにしようと……でででもそんな大それたことなんて……そそそれに運ぶのは骨董品だって言ってたじゃないか!」
「俺たちが密輸をするってわかっていて倉庫を貸した時点で共犯なんですよ」
「うひゃひゃこいつバカだ」
子分が笑い声をあげた。
「俺たちはヘーゲル王国じゃなくてトシュタイン王国の人間なんだよ。密輸品は魔力を持った女に竜だ」
「お前は黙ってろ! 全部ばらしちまいやがって……まあいいか。坊ちゃん、俺たちがここを出ていくまでは口をつぐんでいてもらいますぜ」
「なななな……そそそそ……」
もうこの坊ちゃんっていう人はまともに喋れないみたい……気の毒っていうか自業自得っていうか……って人の心配をしている場合じゃない!ホントのホントに私ピンチだ……
私は最初の時よりグルグル巻きにされて倉庫に戻された。ルーナは檻の鍵を壊したので鎖でつながれている。密猟者たちはどうやって南京錠を壊したのか不思議がっていたけどばらすわけがない。
それともう一人『坊ちゃん』という人も私の隣でぐるぐる巻きにされている。
「坊ちゃん、俺たちが明日ここを出ていくときにはばれないように協力お願いしますぜ。俺たちが無事に出て行けば坊ちゃんは大金が手に入る。けど少しでも怪しい素振りを見せたら坊ちゃんの腹にこのナイフが入る。一晩ゆっくり考えることだな」
密猟者の親分はたっぷり『坊ちゃん』という人を脅して出て行った。
おまけに今度はドアの外に見張りがいる。まあ、私が鍵を壊しちゃったからなんだけど。
私は足元からじわじわ恐怖が這い上がってくるのを感じていた。
ううん、しっかりしなさいヴィヴィアーネ! 泣いても問題は解決しない。逃げる方法を考えなくちゃ!
まんじりともしないうちに空が白み始めてきた。薄明かりが高い位置にある窓から差し込んでくる。
夕べこの『坊ちゃん』いえ、フランクさんと言うらしいが、彼は一晩中ぐずぐず泣きながら私に謝っていた。でも君を助ける等の言葉は言わなかった。やっぱりこの人は密猟者たちの言うことを聞いちゃうんじゃないかと私はずっとジト目で見ていた。
カタ……と上の方で音がした。
上を見ると窓から人が入ってくるところだった。その人は窓枠を乗り越えると床に向かって飛んだ。
ふうわりと着地する。
スッと立ったその人は高い位置で長い髪をひとくくりにした女の人だ。黒いシャツに黒いズボンのその人は腰に剣を下げていた。
「リーゼロッテ! どうしてここに?」
フランクさんが侵入してきた女の人を見て驚いた声を上げる。その女の人はため息をついた。
「はあ……こんなことになってるなんてな……」
前髪を掻き上げる。
「私はちょうどお前の家の商会に用事でいたんだよ。フランク、お前が今晩帰らないって知らせが届いたから様子を見に来たんだ。届いた手紙もなんかおかしかったし。ここに来てみたら人相の悪い奴がお前は忙しいから会えないとかいうし……おかしいと思ってしのび込んだら……はあ……」
女の人——リーゼロッテさんはため息をつきながらも素早くフランクさんと私の縄を解いてくれた。
「お嬢ちゃんは?」
「誘拐されて閉じ込められたヴィヴィアーネ・アウフミュラーと申します」
「アウフミュラー? ひ……ひぇぇ……ご領主様のご令嬢……」
私の自己紹介にフランクさんが情けない声を上げる。そういえばフランクさんには名乗ってなかったわ。
「ヴィヴィアーネ様、私はリーゼロッテ・シュトイデルと申します」
リーゼロッテさんは一瞬遠い目をしたが気持ちを立て直して名乗ってくれた。面倒ごとに足を突っ込んだとか思ったんだろう。
「何とかここを抜け出そう。あの窓から……は無理か」
リーゼロッテさんは私とフランクさんを見て言った。うん、無理です。
「あ、ルーナも連れて行かなくちゃ」
「ルーナ?」
私は鎖に繋がれたルーナのところにリーゼロッテさんを引っ張っていった。
「竜の子供!」
リーゼロッテさんは目を見張る。
そして剣に魔力を込め一閃……リーゼロッテさんは貴族だった……鎖を粉砕した。
私はルーナを抱き上げる。
倉庫のドアの前に立つとリーゼロッテさんが言った。
「いいですか、私はドアを開けたら見張りをやっつける。ヴィヴィアーネ様とフランクは素早く廊下に出てほかの見張りの有無を探ってくれ」
そうして息を整え、いざドアを開けようとした時——
ギャ————オ―――――
凄まじい竜の咆哮が轟いた。
「な、なに?」
ギャ————オ――――――
咆哮は真上から聞こえるような気がする。
キュ——キュ——
腕に抱いたルーナが呼応するように鳴き始めた。
バターンとドアが開き見張りの男が二人入ってきた。
「静かにしろ! あっ! お前は誰だ!」
リーゼロッテさんは私とフランクさんを庇うように前に立って剣を構えた。
男たちもナイフを構える。
と、その時外の方で騒ぎが起こった。
「わー!」とか「ギャー」とか「逃げろ!」とかいろいろな声が聞こえてくる。
え? もしかして領騎士団が来てくれた?
バタバタと男たちが倉庫になだれ込んできた。
「おい! そのガキと子竜を攫ってずらかるぞ!」
親分の言葉に子分たちが襲い掛かってくるが、リーゼロッテさんが必死に剣で防戦している。
「うわ、うわわわ……」
フランクさんが頭を抱えて蹲って震えている。私は何か抵抗できないかとあたりを見回した。
魔力を人に向けることは怖い。でも物なら……
子分の一人が襲い掛かってくるときに私は魔力を放出し彼の前方の木箱を粉砕した。
「うおっ! いてて……」
駄目だ……木の破片が子分を傷つけたもののダメージは少しだけ。子分はまたナイフをかざして襲い掛かってくる。
リーゼロッテさんが剣でナイフを弾いた。でも別の子分が襲い掛かってくる。
「わあ! わあああ――」
一際大きな声がして倉庫のドアから子分たちが逃げるように入ってきて、それを追いかけるようになだれ込んできたのは——
「エル兄様!? ジーク兄様!?」
二人を筆頭に騎士団の面々。彼らの手腕は鮮やかで密猟者たちはどんどん捕えられていく。
ホッとしたときに目の端に何かが映った。
そちらを向くと曲芸の見世物の時に矢を射ていた厳つい男が弓に矢をつがえて——
え? こっちを向いてる?
認識すると同時に矢が放たれた。
その矢の軌道上に割り込んできたのは……
「ジーク兄様!!!」
ジーク兄様の身体が白く光る。騎士が素早く男の腕を切り男は捕えられた。
私はジーク兄様に駆け寄る。
「ジーク! 危ない真似はするなと言っただろ!」
エル兄様の怒声が響き渡る。ジーク兄様は怒声を意に介さず微笑んで私を見た。
「ヴィヴィ、無事でよかった」
私はルーナを抱いたままその場にぺたんと座り込んだ。
ポロポロと涙がこぼれてくる。
「ジ……ジーク兄様……死んじゃうかと……思って……こ……怖かった……」
今まで張りつめていた気が緩んだらしい。一度涙がこぼれ出したら止まらなかった。私はルーナを抱きしめながらわんわん泣いた。
ジーク兄様はずっとルーナごと私を抱きしめていてくれた。
「ちぇ、兄の役目をジークに取られた」
エル兄様はぶつくさ言いながらも私の頭をポンポンした。
「若様、ここは危険です。早く離れましょう」
「わかっているよ、ウーゴ。 ねえ、こっそり見たんだけどさ、あの娘、ちょっと可愛かったよね。誘拐されているのに泣きもしないし、ガスパレじゃないけど僕もちょっと興味あるかも」
「はあ……若様......」
「はいはい。ねえ、今度はどこにいこうか。ガスパレをもう少し焚きつける? それともサロモネを唆そうか。なんか企んでいるみたいだし」
「それはこの国を離れたらゆっくり考えましょう」
「あの娘に会えないのは残念だな。……また会いに来ればいいか」
人目に付かないようにこの倉庫から遠ざかる二つの影。大きな影と小柄な影がそんな会話をしていたことを私は知らない。
捕らえられた密猟者たちの中に『若様』と呼ばれるような人物が見当たらなかったことに気づいたのはずっと後の事だし、そもそも声だけで姿を見たわけではない。だからそんな人はいなかったのだと、私の勘違いだろうと私は『若様』の事を記憶の片隅に追いやってしまった。
暫く泣いて目がパンパンに腫れて開きにくくなったころ私は泣き止んだ。ジーク兄様が私を抱いて運んでくれた。
建物の外に出ると空に旋回している竜の姿が見えた。
「あの竜がヴィヴィの居場所を教えてくれたんだ」
私の腕の中のルーナが身じろぎしている。
「飛びたいの?」
「キュ———」
ルーナを抱く腕の力を緩めるとルーナはパタパタと羽ばたいた。
パタパタパタ——
ルーナは飛んでいく。
やがて上空を旋回していた竜とルーナは竜の森の方角へ飛び去って行った。
私はジーク兄様、エル兄様、領騎士団のみんなとやっとお屋敷に帰ることが出来た。お屋敷はまだ夜が明けたばかりというのに皆が起きていた。
エントランスホールに入るとカール、アリー、トーマスの三人が走り寄ってきた。アリーが私に抱き着く。アリーもカールもトーマスも泣いていた。
「ヴィヴィ、ごめんな。俺、守れなくてごめん」
カールが言うので私も謝った。
「ううん、心配かけてごめんなさい。無茶なことしてごめんなさい」
「全くですな」
振り返るとマインラートとハーゲンが腕組みをして立っていた。
「ごめんなさい。無茶なことをしました。あの……ラルスとフェッツは?」
「彼らは謹慎中です。それと三か月の減俸です」
ハーゲンが厳しい顔をして言う。
「ラルスとフェッツは悪くないの。無理を言ったのは私なの」
「それでもです。彼らはヴィヴィ様を止めなければいけなかった。ヴィヴィ様が幸い無傷で戻られましたので減俸と謹慎ですが、ヴィヴィ様に万一のことがあればそんな生ぬるい処罰ではなかった」
私は何も言えない……
「ヴィヴィ様も肝に銘じてくださいね」
「はい……」
「でも無事に戻られてよかったです。心配しましたよ」
ハーゲンはホッとした顔をしながら私の頭を撫でてくれた。




