一年生(6)——夏期休暇
その後は表面上は平穏を保ったまま私たちは日々を過ごしていた。
ジモーネ様たちは何も言ってこないしかといって友好的になったわけではない。
変化というと三組のミヒェル様によく話しかけられるようになった。カールは魔術の授業が同じAクラスなのでよく話すらしい。堅物だけど真っ直ぐなヤツだと言っていた。
初めての夏季休暇が間近に迫ってきていた。
「え?アリーもトーマスもお家に帰らないの?」
食堂で今日はトマトソースのパスタを食べながら私は聞いた。
「だって王都まで一週間もかかるのよ。その費用はバカにならないわ」
「うん。だから冬には帰るけど夏季休暇は帰らないことにしたんだ」
「そう……」
私はちょっとがっかりした。夏季休暇中ももしかしたら王都で会ったりできるかな~なんて考えていたので。
が、次の瞬間あることを思いついた。思いついたらもう口に出していた。
「じゃあ、うちの領地に遊びに来ない?」
「え?アウフミュラー侯爵領に?」
「あっ! あの、まだお父様に許可取ったわけじゃないんだけど、二人が遊びに来るなら夏季休暇は領地の方に帰ろうかな~なんて。領地ならここから四日で着くし、私と一緒の馬車に乗ればいいでしょ」
私が提案するとカールが騒ぎ出した。
「えーっ! みんなが行くなら俺も行きたい!」
「私も侯爵様が許可してくださるんなら是非お邪魔したいわ。侯爵邸にお邪魔できる機会なんて滅多にないし夏季休暇中もみんなと過ごせたらきっと楽しいわ」
アリーの言葉にトーマスも頷いている。
「じゃあ早速お父様に手紙を書くわね」
結論から言うとお父様の許可は取れた。フィル兄様から抗議の手紙は届いたけど。
そしてエル兄様となぜかジーク兄様もアウフミュラー家の領地に滞在することになった。
王太子が王宮に帰らなくていいのだろうかと思ったが学生のうちはある程度の自由は許されるらしい。アウフミュラー家であれば護衛の面でも心配いらないとのことだった。
かくして初めての夏季休暇、私たちは領地のアウフミュラー侯爵邸にやってきた。
エル兄様とジーク兄様は三日ほど遅れてやってくる。
領地のお屋敷は私にとっては一年ほど前までいたところだ。たった十か月離れただけだが懐かしかった。生活が目まぐるしく変化したせいだろうか。
出迎えてくれたマインラートに私はお礼を言って三人の友達を紹介した。
マインラートはメイドに指示をして三人は部屋に案内されていった。三人とも緊張した顔つきをしていた。
私も十か月前まで使っていた部屋に向かおうとした時声をかけられた。
「ヴィヴィ様! おかえりなさい」
「ニコ!」
私は駆け寄って二人で手を握り合いぴょんぴょん跳ねた。
彼はニコラウスと言って従者見習の少年だ。私より二つ下でここにいるときは弟のように可愛がっていた。
部屋に行くとマリアが領地で仲良かったメイドのベルタと話をしながら荷物の整理をしていた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
ベルタがにこやかに挨拶してくれる。
マリアは王都のお屋敷にいるときも領地のお屋敷にいるときも基本変わらないけど領地のお屋敷にいるときの方が少しリラックスしているように感じる。
「私は田舎育ちですから領地の方が安心するのかもしれません」
と以前言っていたことを思い出した。今は私と一緒に学院に来てもらっているからお友達もいなくて寂しいかもしれない。
「マリアも夏休みよ。お屋敷にいる間はほかのメイドもいるからたまには自分の好きなことをしてね」
とここに来る前にマリアには言っておいた。マリアは微笑んでいただけだったけど。
「昨夜はよく眠れた?」
朝食の席でみんなに聞くとみんなはコクコクと頷いたがアリーが声を潜めて行った。
「実はお屋敷が立派過ぎてお部屋が素敵過ぎて眠れないかもと思ったの。ベッドがふかふかでぐっすり寝ちゃったけど」
カールもしみじみ言った。
「お前って……お嬢様だったんだなあ」
何をいまさら。
「お前とか言ったらいけないかなあとか今みたいな態度はダメかなあとか考えた」
それはやめて
「けど、今更だし。まあいいか」
私はホッとした。この三人に距離を取られたら寂しすぎる。
「うん。いいのよ。私は私だもの」
「お前って変わってるよな。侯爵家のご令嬢っぽくない気安さだし」
「あら、わたくしご令嬢っぽくも振舞えましてよ。おほほ」
カールの言葉に私が返すと三人が噴き出した。失礼な。
その後、今日は何をしようかと話していると食後のフルーツをサーヴしていたニコが街に曲芸師の一団が来ていると教えてくれた。
街とは領都ヒルデンスのことで王都には大分劣るもののかなり大きい地方都市だ。
この屋敷はヒルデンスの郊外、街を見下ろせる丘の上に立っている。
敷地はかなり広い。屋敷のほかに従業員の宿舎や邸宅、馬場や厩舎、領騎士団の宿舎、訓練場、竜のための厩舎や広場も広くとられている。
アウフミュラー侯爵領は竜の森の西に位置し竜の森と広い範囲で隣接している為、偶にではあるが竜の森から子竜や成竜が遊びに来たりすることもある。
そのためにお父様やフィル兄様の竜がいない時でも竜のえさ場には竜の好む木の実や草が用意されていた。
広大な竜の森には全体を覆う結界が張られている。結界は魔道具を介してゴルトベルグ公爵家他数家が張っているのだけれどこの結界は人の侵入を阻むものである。人のみの侵入を阻む結界であるので竜の出入りは自由である。よって隣接する領にはしばしば竜が遊びに来る。人々は竜が遊びに来ると尊敬と親愛の念をもって遠くから見守るのである。
成竜は飛行距離が長いため遠方の地に出かけることもあるがこの国であればどこの地でも竜は尊ばれる。
この国を作ったのは竜神の子孫で今の王家の先祖。竜神は人々の信仰の対象である。
人々の信仰の対象である竜だがその鱗や皮膚、牙、爪など優れた武器や宝飾品の素材にもなる。
なんらかの原因によって死んでしまった竜からはその素材をいただくわけだがそれらは王宮で一括して管理している。しかしながら非常に高額で取引されるため闇の業者や密猟者がなくならないのが現実だった。
密猟者は竜の森に入ることはできない。竜の森は森の周囲の五つの門のいずれかからしか入ることはできず、その門は厳重に管理されていた。ちなみに学院の東南にも門の一つがある。アウフミュラー侯爵領にも一つの門があった。
そのため密猟者は竜が森の外へ出てきた時を狙う。もちろんいつどこに出てくるかはわからないしほとんどの人々にとって竜は信仰の対象なので捕獲できる確率は非常に低い。成竜であれば力も強く鋭い牙や爪を持つ竜を捕獲するのは至難の業だ。竜の必死の抵抗に遭えば人間など到底かなわない。ゆえに密猟は非常に割に合わない。かといって密猟がなくなるわけでもないのだった。
「曲芸団を見に行く?」
私の問いかけに皆が「面白そうだな」「見てみたいわ」などと話をしていた時に外でバタバタしている音が耳に入った。
外のバタバタした気配が気になって私はエントランスに出て行った。
ちょうど領騎士団の騎士が一人駆け込んできてマインラートに報告しているところだった。
「何があったの?」
私の問いかけに二人は振り向いた。
「竜の庭に傷ついた竜が現れたようです」
マインラートが答えた。竜の庭とはこのお屋敷の敷地内にある竜たちが寛いだり餌を食べたりできる広場のことだ。
「身体に矢が刺さっており密猟者にやられたのかもしれません」
騎士はさらに続けた。
「現在騎士団で密猟者を捜索中です。また、竜に治療を施したいのですが気が立っているようで今は近づけません。もう少し落ち着くのを待って治療をしたいと思います」
「契約竜ではないのね?」
「はい」
契約竜とは誰かと契約をしている竜であるということだ。契約者を持つ竜はその者の魔力の色を帯びる。
繭から孵り成竜となるとき与えられた魔力によって魔力の多い順に赤竜、青竜、緑竜、黄竜となる。魔力が与えられなかった竜は本来の色である茶色だ。
王家の竜だけは特別で王家の契約竜は黒竜であった。大昔は白竜もいたそうだが今では伝説となっている。
私は食事室に戻り皆に今の話を伝えた。
どのみち今日は街に行くのは無理そうだ。私は護衛なしでは街に出してもらえない。忙しい騎士団に護衛を出してもらうのも気が引けた。
「竜の様子を見に行こうと思うの」
私の言葉にカールとトーマスは頷いたがアリーは心配そうだった。
「その竜は気が立っているんでしょ。危ないんじゃないの?」
「遠くから見るだけよ。騎士団の邪魔になってもいけないし」
竜の怪我がとても気になった私は竜の庭に向かうことを決めた。
竜の庭に着くと広場の真ん中に矢の刺さった竜が見えた。
竜を取り巻くように騎士団の騎士たちが様子を窺いなんとか宥めようとしている。
竜はいったんは大人しくなるものの騎士が近づくと威嚇の唸り声を上げる。
ふと竜がこちらを見た。竜と目が合ったと思った。
気が付かないうちに私は走り出していた。
竜の目の中に痛みや悲しみ猜疑心、いろいろなものが渦巻いているように感じた。
後ろから私を呼び止める声が聞こえたが気にならなかった。
竜に近づこうとした私はたくましい腕に止められた。
ハッとしてみると騎士が私を抱きとめていた。
「ヴィヴィ様、危険です。お下がりください」
そのまま抱きかかえられて連れて行かれそうになる。
私は必死に言った。
「待って! 竜と話をさせて! 治療を受けるよう説得するから」
「ヴィヴィ様は竜の言葉がわかるのですか?」
騎士は驚いたように言った。
「それは……わからないけれど……」
でも竜の感情は痛いほどわかる。
「駄目です。危険です」
「お願い! ハーゲン!」
ハーゲンは領騎士団の団長だ。私は彼に必死に頼み込んだ。
彼はふーっとため息を漏らすと言った。
「ヴィヴィ様の後ろに私が付きます。それから弓を用意します。竜がヴィヴィ様に危害を加えようとしたら射ち殺します」
治療すべき竜を射ち殺すという。でも私の安全には代えられないとハーゲンは言った。
「わかったわ。危険だと思ったら引き返す。だから竜を射たないでね」
私は息を整え竜を見た。竜と目を合わせる。竜は不思議そうな顔をしたが私が一歩近づくと警戒して身じろぎした。唸り声を上げる。
「動かないで。傷が酷くなるわ。私たちはあなたの味方よ。治療をさせて欲しいの」
竜の目を見ながら一歩ずつ近づく。
竜は時折唸り声を上げるものの暴れる様子は見せなかった。
私は竜の大きな顔の前にたどり着く———直前に草に足を取られてこけた。
ズザザっと身体が竜の前に投げ出される。
「痛ったあ……」
「「ヴィヴィ様!!」」
騎士たちの悲鳴のような声に顔を上げると竜の大きな口が目の前だった。
——ぺろーーん。
大きな口の大きな舌で竜は私の顔を嘗めた。
「うわっぷ!! え? 心配してくれてるの? 私よりあなたの方が痛いよね」
私がそろそろと手を伸ばすと竜はスリ……と頬を手に擦り付けた。
私は竜の頬を撫でた。
「痛いよね。治療、させてくれる?」
竜はすりすりと私の手に頬を擦り付ける。
後ろで静かなどよめきが上がった。
「この子が了承してくれたわ。ゆっくり近づいてね。この子が驚かないように」
やがて治療を終えた竜は飛び立っていった。
名残惜しそうに上空を二回ほど旋回した後竜の森の方角に飛んで行ったのだった。
私は精一杯手を振った。
「ヴィヴィ、お前凄いな! 竜が怖くなかったのか?」
竜が飛び立った後、私たちはテラスで昼食をとっていた。
ハーゲンにはお小言と感謝の言葉を貰い、マインラートからはお小言と泣き言を貰った。
お父様も兄様たちもいない今は私に何かあればマインラートの責任だ。
私は「ごめんなさい」と素直に謝った。
謝ったけど反省はしていない。マインラートもそれはわかっているようでため息をついた後「なるべく危険なことはしないでくださいね」と締めくくった。
カールの言葉に私が頷くとアリーとトーマスは吃驚した。
「あの竜は怖くなかったわ。彼は傷ついて悲しんで怯えていたのよ。上手く治療ができて良かったわ」
「そうなのか。しかしどこのどいつが矢なんて射たんだろう」
カールが言うとトーマスが拳を震わせた。
「僕はそいつが許せない!!」
トーマスは小動物愛も強いが竜への愛も強い。お父様が竜騎士だそうだから小さいころから竜と触れ合っていたのかもしれない。
「私も同じ気持ちよ!」
私が同意するとアリーもうんうんと力強く頷いたのだった。
しかし現実は私たちにできることは無い。
領騎士団が密猟者を見つけてくれることを祈るばかりだった。




