温泉と盗賊(3)
フィリップ視点です。
「フィル兄様!?」
ルーナから下りたヴィヴィは僕を見て目を丸くした。
三日前にここに来た時は簡素な乗馬服だったが、今日は王女らしい豪奢なドレスに身を包んでいる。竜の背中は竜の魔力に守られているので、ドレスでも乗れるところが竜の利点の一つだ。もちろん近距離をゆっくり飛ぶときに限られているが。
しっかりヴィヴィを守らなくちゃな。
御者に扮した僕はジークから借りた追跡の魔道具を偲ばせた内ポケットをこっそりと押さえた。
悔しそうなジークの顔が思い出される。
王宮に戻ってジークに事情を説明したらジークは「私も行く」と即答した。後ろに控えていた補佐官たちの顔が青くなる。そりゃあそうだ。あと二週間と半分で戦勝記念を兼ねた大夜会がある。その準備だけでも大変なのに僕が持ってきた報告がある。通常業務もある。ジークは旧タルナート男爵領の周辺の領地も調査しなくてはならないし、筆頭補佐官である僕は一応休暇中だ。この上ジーク本人まで抜けられてはと胃を押さえているものが何人もいる。
「バルナバス、旧タルナート男爵領周辺の領地に調査官を。アルノー、バスラ―伯領の後始末とペーレント伯領の砦の修復状況は? 夜会で発表する戦の功労者の功績はまとまったか? ああそれから東部の街道修復の件は?」
ジークは矢継ぎ早に補佐官たちに指示を出しながら恨みがましく僕を見る。僕を恨みがましく見るのは僕の部下でもある補佐官たちも同様だ。でも変わってあげないよ。ジークの補佐について以来ほとんど休みなしで働いてきた僕がやっともぎ取った休みだし、多分ヴィヴィと水入らずで過ごせる最後のチャンスだから。まあ、領地に戻って盗賊退治をするのが休暇なのかっていう問題は置いておくことにして。
「…………フィリップ............ヴィヴィを頼む」
ものすごく嫌そうにジークが口を開いた。
ジークには絶対言わないけれど、僕はジークのこういうところが意外と好きだ。ジークがヴィヴィのことを好きなのは割と早くからわかっていた。
だけど僕は生半可な奴にヴィヴィを任せるつもりはない。ヴィヴィは僕の最愛の妹だ。立場が変わってもその気持ちは変わらない。ヴィヴィを守るのは僕の役目だ、ずっとそう思っていた。
だけど最近はその役目は僕の手を離れたんじゃないかと思うことが増えた。
ジークはヴィヴィが感じているよりもっともっとヴィヴィのことを愛している。傍にいる僕にはよくわかる。だけどだからと言って自分の役目をおろそかにしようとは決してしない。ヴィヴィが平民だと言われて結婚を反対されていた時、ジークは無理矢理ヴィヴィを婚約者に据えるのではなく、自分が功績をあげて発言力を増すという方法をとった。
そして何をしでかすかわからないヴィヴィをハラハラしながら見守りつつも自分の仕事をおろそかにしたことは一度もない。ジークはそうやって責務を果たすことが末永くヴィヴィと自分を守ることだとちゃんと知っている。
「お任せください。僕のヴィヴィは何て言ったって最愛の妹ですからね」
追跡の魔道具を受け取りながら僕が言うとジークは「ヴィヴィは僕のだ」と小声でぶつくさ言っていた。うん、この休暇が終わったら今度は僕がなるべくフォローしてヴィヴィとの時間を作ってあげるから。なんてことは言わないけどね。
僕の前で目を丸くしているヴィヴィを馬車に乗せて僕は御者台に納まった。
護衛騎士はリーゼロッテとブルックの二人だけだけど、そして馬車の中と御者台という違いはあるけれど、これはあの時と同じだ。ヴィヴィがまだ九歳の頃、二人で領地に向かった時。
山道で盗賊に襲われた、そして僕はヴィヴィに命を救われた。
足に矢を受けて気絶したヴィヴィを抱き上げた時に僕は今までのことを後悔した。こんなに軽い、幼いヴィヴィが身体を張って僕を守ってくれた。これからはどんなものからも僕が守るから。そう決意した事件だった。
僕の思いを乗せながら馬車は進む。
木々の間からチラッと光るものが見えた。騎士からの合図だ。上手く盗賊たちは餌に食いついてくれたらしい。盗賊たちは少人数の別動隊が山の反対側で他の馬車を襲い領騎士団の目をそちらに引き付けた。もちろんそんな小細工はお見通しなので襲われそうな馬車は今日は足止めして走っているのは囮の馬車だ。騎士たちは襲われた馬車の元に向かうふりをして山を迂回しこの付近に潜んでいる。メゴルンテ山の山道は数カ所木々に覆われた寂しい場所がある。そのどこで襲われてもすぐに連絡がいくように人員を配置した。
中腹の木々がうっそうと茂る緩い上り坂で奴らが現れた。
奇声を上げて襲い掛かってくる盗賊は十人、いや十五人か。残りは見張りや退路の確保で動いているに違いない。それに馬車がやっとすれ違えるくらいの狭い山道では大人数で襲い掛かっても機動力が失われるばかりだろう。
並走していたリーゼロッテとブルックが腰の剣を抜いて応戦している。流石近衛騎士に選ばれるだけあって剣筋は安定し、余裕をもって盗賊どもをいなしている。
盗賊どもは二人がわざと押された振りをして馬車の近くに誘導していることを気付かないのだろう。変な雄たけびを上げて馬車に迫ってきたので僕は馬車を止めた。中に通じる小窓を叩き、素早く馬車を下りるとヴィヴィが宝石箱を抱えて下りて来た。
一抱えあるかなり大きな宝石箱で宝石箱自体も沢山の宝石に彩られたかなり豪華なものだ。あれはヴィヴィが養女だった時にヴィヴィの嫁入り用にと父上が用意したものだ。少しずつ中身を増やしていたのだが必要なくなってしまった。それで領地の屋敷に置いていたのか。いや、父上は今でもヴィヴィの嫁入りの時にあれを持たせるつもりかもしれない。
ヴィヴィはブルブルと震えて、盗賊に怯えているふりをしているけれど、目が使命に燃えてキラキラと光っている。
ああ、僕のヴィヴィはやっぱり可愛いなあ、なんて場違いな事を思う。
ただ怯えていた九歳のあの時とは違う、逞しく賢く成長した僕のヴィヴィだ。もう僕の庇護を必要としないヴィヴィだ。
僕は襲い掛かってくる賊に「うわあ!」とか「ひええ!」とか情けない悲鳴を上げながら間一髪逃れたていを装いながらヴィヴィを庇って逃げ惑う。
予定通りヴィヴィが宝石箱を落とした。
「ああっ! わたくしの宝石箱がっ!! あの中には陛下に戴いた首飾りや殿下に戴いた指輪がっ!」
「ヴィヴィアーネ殿下、お諦めくださいっ! 今はヴィヴィアーネ殿下のお命の方が大事です!」
僕とヴィヴィの声を聞いた盗賊が目の色を変えて宝石箱を拾い上げた。
丁度いいころ合いで鋭い笛が鳴り響き、領騎士たちが駆け付ける。
「くっそ!! 騎士の野郎! 駆けつけるのが早すぎるぜ!」
「早くずらかるぞ! お宝は手に入った! 野郎ども、捕まるようなへまはするなよ!」
「おうっ!」
盗賊たちが逃げていく。
さあ第二ラウンドの始まりだ。
僕は追跡の魔道具に魔力を流した。
夜半近く、捕り物を終えてクスーテの町に引き返し、小高い場所に建つ一際豪華な温泉宿に足を踏み入れる。温泉宿の中にある少し大きなサロン風の部屋に案内されるとソファーでヴィヴィが眠っているのが目に入った。
「どうしてもフィリップ様の帰りを待つのだと先ほどまで頑張っていらっしゃったのですが」
リーゼロッテの言葉を聞いて僕はヴィヴィに近づいた。ちなみにブルックは部屋の前で警護している。
クッションを抱きしめながらスースーと気持ちよさそうな寝息を立てるヴィヴィはこうしてみるとあの頃の少女に戻ったようだった。
もちろん第二ラウンドはヴィヴィはお留守番だ。
馬車は予定通りクスーテの町に向かい、ヴィヴィは温泉や名物料理を楽しんだはずだ。
僕は十分な時間を置いて領騎士たちとドルーゴ率いる盗賊団の捕縛に向かった。
踏み込んだ時のドルーゴの顔は見ものだった。無理もない。何度も追跡者が無いことを確かめて、少人数ずつ偽装して盗賊たちはアジトに戻ったのだ。その辺の指導はドルーゴは徹底していたらしい。それなのに気づかないうちに領騎士団に包囲されていたのだ。
さすがに今回はドルーゴも逃げることが出来ずお縄となったのだった。
「僕が部屋に連れていくよ。ヴィヴィの部屋に案内して」
リーゼロッテに声を掛けながらヴィヴィを抱き上げる。
リーゼロッテは少し眉を寄せたが何も言わなかった。ジーク以外の男性がこうしてヴィヴィを抱き上げることに抵抗があるのだろうが、リーゼロッテはうちの領の出身で、ヴィヴィが僕の妹だった頃のことも知っている。僕がヴィヴィを妹として溺愛していることも。
「こちらです」
リーゼロッテの案内でヴィヴィを抱いたままヴィヴィの部屋に向かった。
抱き上げて思ったことは(重くなったなあ)だった。
重くなった、なんて言ったらヴィヴィは激怒すると思うけど、別に抱き上げられないほど重いって訳じゃない。小柄なヴィヴィは多分成人女性の平均よりは軽いと思う。ヴィヴィ以外の女性を抱いたことが無いからわからないけれど。
それでも感想は(重くなった)だ。九歳のあの時、抱き上げたヴィヴィは衝撃を受けるほど軽かった。僕はこんなに頼りない、か弱い子供に冷たい態度をとってきたのかと思ったら自分が情けなかった。
これからずっと君を守る。だから許して欲しいと何度も思った。
今から考えてみると僕は寂しかった。
母上を亡くしてからずっと寂しかった。父上は父上なりに僕を愛してくれたし弟のエルヴィンは可愛かった。だけど僕は寂しかった。
父上と母上がいて父上が母上をからかう。母上は怒ったふりをしながら照れくさそうに笑う。母上は厳しかったけど、どうして厳しいのかどうして叱るのかちゃんと説明してくれる人だった。そして叱った後は必ず抱きしめてくれた。
そんな母上を失って僕はずっと寂しかった。エルヴィンは母との思い出をほとんど覚えていないという。僕はそんな両親の思い出がたくさんある分寂しかった。
そしてその寂しさをヴィヴィにぶつけた。
反動でヴィヴィを可愛がるようになってからはヴィヴィに依存していたのかもしれない。寂しさをヴィヴィを可愛がることで埋めようとした。
「おやすみ、良い夢を」
ヴィヴィをベッドに寝かし、額にキスを一つ落としてそうっと部屋を出る。
リーゼロッテとブルックに代わりの護衛を手配するので休むように伝える。彼らはまた明日ヴィヴィに付き添ってもらわなければならない。
じっと手を見る。ヴィヴィの重さが残っている。
「卒業の時期......なんだな」
ポツリと口から出た。
ヴィヴィは学院を卒業した。僕も妹離れする時期なんだろう。父上は何も急かさないがアウフミュラー侯爵家の跡継ぎとして結婚も考えなくてはならない。
「うん、王宮に戻ったらジークにヴィヴィの寝顔は天使のようだったと自慢しよう」
妹コンプレックスは卒業してもヴィヴィが僕の可愛い妹であることは変わらないからね。




