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竜の国 【リメイク版】  作者: 一理。
終戦その後

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温泉と盗賊(2)


「…………という訳で盗賊団については小規模のものは殲滅し、残りは推定五十人ほどの盗賊団だけなのですが、これが少々厄介でして」


 今私とフィル兄様はクスーテの町の役場に置かれた領騎士団の臨時本部で領騎士団長のヴェルナーから盗賊団の討伐状況について説明を受けている。

 ヴェルナーの後ろに副団長になった昔なじみのフェッツとちょっとしょぼくれているラルス。

 ラルスは私への気安い態度でフェッツからお小言を貰ったのだ。だけど礼を尽くしてくれるヴェルナーやフェッツに、ここにいる間は元の侯爵家のヴィヴィとして接して欲しいとお願いしたので、ラルスはお小言だけで済みそうだ。フェッツはそうであっても主家のお嬢様に対する態度ではない、とブツブツ言っていたけれど、フェッツは昔から私に甘いのを私は知っている。

 でも今回は無理な事を言ってフェッツやヴェルナーを困らせることはしないから。一年の夏に私が我儘を言ったせいでラルスとフェッツが謹慎処分を受け、ハーゲンが団長を辞任しなければいけなかったことを私は肝に銘じている。


「盗賊はいつごろから出だしたのだ?」

「大体二か月くらい前からでしょうか。最初は小規模な被害が相次ぎまして、一か月ほど前から組織的になってきたので衛兵だけでは対処できず我々が出動しました」


 ヴェルナーの説明にフィル兄様が頷く。


「その原因は何だとヴェルナーは考えている?」

「はい、タルナート男爵領から流れて来たと推測しております。捕らえた者の自白もそれを裏付けています」


 ヴェルナーの返事にもう一度フィル兄様が満足そうに頷いた。ということはフィル兄様はその返事を予測していたということだ。

 要領を得ない私にフィル兄様が説明してくれる。


 先代の頃のタルナート伯爵領はアウフミュラー侯爵領との境にある山岳地帯と盆地、風光明媚な湖などを抱えており、高地でとれる作物や果樹、鉱山収入もあり、安定した領地経営を行っていた。しかし、今代になってからいささか放漫経営になり、次男のやらかしによって男爵家に降爵、領地が半減してからは更に投げやりな領地経営で、領地は荒れ放題、良からぬ輩も多数住み着いていたようである。此度のトシュタイン王国の事件によりタルナート男爵家が取りつぶしになり、領地にも中央のメスが入ったことで司法の手を逃れた良からぬ輩どもがメゴロ山に逃げ込み、盗賊化したらしい。


「タルナート男爵領は酷い有様だったよ。鉱山労働者を始め真っ当な領民たちは過酷な労働を強いられ、賄賂が横行し、他領にも蔓延る犯罪拠点も数カ所あった。タルナート男爵がそれをうまく隠していたというよりはタルナート男爵は側近に取り立てた犯罪集団の元締めとトシュタイン王国の間者に操られていたようでね、領地の状態など何も知らなかった。中央のメスが入ったことでトシュタイン王国の間者や領地の汚職役人などは捕えたが、タルナート男爵の側近をしていた犯罪集団の元締め、ドルーゴという名前だが、は逃してしまった。と言っても彼の手足となっていた者たちはあらかた捕らえ、彼も指名手配中なので近いうちに捕縛できると思っていたんだ。他にも小物の悪党や鼻が利く者たちは一早くタルナート男爵領を逃げ出した。逃げ出した小悪党たちの一部が食い詰めて盗賊になったのではないかと僕は予想していたんだけど……」


 腕を組んでフィル兄様は考え込んでいる。

 というのも、ヴェルナーの話ではまだ捕縛できない盗賊集団は今まで捕まえた小物の盗賊たちと違って組織立っていて見張りや連携も良くとれている。その為被害の報告を受けて騎士たちが急行したときには逃げおおせた後なのだという。たとえ略奪の途中でもその引き際は徹底していておまけに騎士たちの包囲の網をかいくぐって逃げている。


「ドルーゴが盗賊たちを纏めていると考えた方がいいかもしれない。ここであいつを捕まえる必要があるな」


 ポツリとフィル兄様は呟いた。

 元々盗賊被害はタルナート男爵領から逃げ出した小悪党が引き起こしていると推測はしていたそうだ。それならば被害はアウフミュラー侯爵領だけではないかもしれないと。

 タルナート男爵領に接している領地は他にも三つほどある。アウフミュラー侯爵領の被害の実態を調査したうえでジークに報告し、他領も含めた対策を練るつもりでいた。


「ドルーゴという奴は一見穏やかな紳士風でね、悪事に関しては頭が切れる。王都で広域詐欺や密輸入に関わっていたこともある男だ。盗賊のような荒くれ事にはかかわらないと思っていたんだけど……もしドルーゴが盗賊集団を率いているとなると、ここで奴を捕らえないと厄介だ」


 ドルーゴが畑違いの盗賊集団を率いているのは逃亡資金が必要なのだろうとフィル兄様は言った。タルナート男爵領でドルーゴだけは一早く逃げ出したが、彼の部下たちも彼の資金も全て押さえた。だから見つかるのも時間の問題だと思っていたのだが、この地に逃げ出してきた盗賊どもを纏め、盗賊集団を組織し、まとまった金が手に入ったらドルーゴは地下に潜伏するか、他国に逃げ出すだろう。


「ただ力任せに無計画に商人の馬車や湯治客を襲う盗賊どもを捕らえるのは容易かったのですが」


 ヴェルナーが言葉を濁す。

 そうは言ってもこの広い山間部で盗賊どもを捕らえるのは大変だったと思う。領騎士は平民で構成されているので魔術は使えない。剣の腕や身体能力はもちろん組織力で盗賊たちを捕らえたヴェルナーを始めアウフミュラー侯爵領の領騎士たちのレベルは高い。

 しかし手こずっている盗賊集団は無理をしない。どこから情報を得ているのか、高価な商品を運ぶ荷や、裕福な湯治客に目をつけ、襲う時には逃走経路を確保し、目の前に更にお宝があろうとも領騎士団が迫っているとわかれば見切りをつけ逃げ出すのは早かった。その為、下っ端を数人捕らえたものの、何度も寸でのところで逃げられてしまっていた。


「彼らは無秩序な盗賊集団でなく、トップは間違いなく頭の切れる者です」


 ヴェルナーの言葉にフィル兄様はやはりその集団を纏めているのはドルーゴだろうと推測し、騎士たちに聞き取り調査をした。案の定ドルーゴらしい人相風体の者を見た騎士はほとんどいなかったが、ただ一人、盗賊捕縛に向かう騎士が、街道の不自然な場所で止まっている馬車のその傍らに立っていた人物がドルーゴらしい人相風体だったと思い出した。


「その男は片足をわずかに引きずるように歩いていたのを覚えています」


 騎士のその証言でフィル兄様は盗賊どもを率いているのはドルーゴだと確信した。

 彼らの情報から盗賊団がどこかに拠点を持っているのは間違いない。ドルーゴは滅多に現場には出ず、十中八九そこにいて盗賊どもに指示を出している。しかしその拠点がどこにあるのかはまったくつかめていなかった。


「フィル兄様、その盗賊集団はまだここで略奪を繰り返すつもりなのかしら」


 私の質問にフィル兄様は頷いた。


「そうだね、僕の読みが当たっていれば。ヴェルナーたちのおかげで奴らを捕らえることはできなくても今のところ被害は最小限に抑えられている。つまり彼らはまだ十分な金を得られていない。そんな状態で他所に拠点を移すことは難しい。五十人の逃走資金や潜伏資金が無ければ動くことは無理だし、せっかく築いた拠点を捨てることになる。この山の地形も街道の襲いやすい場所や逃走経路などの情報も捨てることになるし、新たな場所で一から調べなおさなければならない。それにね、このクスーテの町の温泉は近隣ではちょっと有名なんだ」


 役場に到着するまでに少し見ただけのクスーテの町の様子を私は思い描いた。

 クスーテの町は私が思っていたよりもかなり活気のある町だった。昔、フィル兄様と領地で暮らしていた頃、この近くの鉱山に視察に来た時は何もない小さな町だった記憶があるが。

 今のクスーテの町は大小の温泉宿が立ち並び、メインの大通りはアウフミュラー侯爵領の領都から王国南西のフェルザー伯領に続く街道でもあるため、引っ切り無しに馬車や荷馬車、早馬などが行き交い、一本裏通りは宿のほかにも食事処、遊技場、土産物屋など多くの店が軒を連ね、多くの湯治客や観光客がそぞろ歩いている。町のそこここから湯煙が立ちのぼり、独特の匂いが漂う町並みは風情があった。少し離れた小高い場所に建つ一際豪華な温泉宿も目を引いたし、町の賑わいは盗賊騒ぎなど感じさせないほどだった。

 それは一早くこの地に駆け付け、盗賊どもを捕らえ、人々の安全を守るヴェルナー始め領騎士団のみんなのおかげなんだろうと思う。


「小規模の盗賊たちを殲滅してからは一般の人々が襲われることは無くなりました。それでようやくクスーテの町も活気を取り戻してきたのですが、二週間前に鉱石を乗せた荷馬車が、十日前に湯治に来た豪商の夫婦の馬車が、一週間前には観光に来た有名な舞台俳優とそのパトロンの夫人の馬車が襲われました。多少の金品や鉱石は強奪され、護衛に怪我人はいますが、人命は奪われておりません」

「そうか。じゃあドルーゴは焦っているだろうね。まとまった資金は手に入らない、このままでは部下の盗賊たちを少しずつ捕えられてじり貧だ。一発大きい獲物を狙ってお宝を奪ったらどこかほかの場所にさっさと逃げたいだろうね」


 ヴェルナーとフィル兄様の話を聞いて私は提案した。

 ピッと手を上げて宣言する。


「はいはい! じゃあ私が囮になるのでドルーゴと盗賊一味を捕まえましょう!」

「…………」

「…………」


 フィル兄様とヴェルナーに白い目を向けられた。あ、ヴェルナーの後ろにいるラルスにも。振り返ると私の護衛騎士の二人もため息をついていた。

 え? フィル兄様はいつも「ヴィヴィの望む事なら僕が全力でサポートするよ」って言ってなかった?


「ヴィヴィ、それはいくら僕の愛するヴィヴィでも、いや、僕が愛するヴィヴィだから賛成できない」

「ヴィヴィ様、いくらヴィヴィ様が誘拐されるのが趣味だとしても私たちも賛成できかねます」


 フィル兄様もリーゼロッテもちょっと待ってよ。誘拐されるのが趣味って何? そんな、人を特殊性癖持ちみたいに!


「ヴィヴィ様が誘拐されたのは三年半前の竜の密猟者の時だけじゃ?」

「いえ、それを含めて今までに三回ほど。あ、未遂も一件あります」


 ちょっ、何ラルスとリーゼロッテが意気投合してしかめっ面で頷きあってるの? それに一回目の誘拐以外はリーゼロッテはいなかったよね。何で知ってるの?

 色々言いたいことはあるけれど、私は急いで否定した。


「誘拐されるつもりは無いから!!」


 ジャーーン!!

 私は右手の中指を高く掲げた。


「要は盗賊団のアジトを突き止めればいいのよね?」

「追跡の魔道具か!」


 うん、フィル兄様はやっぱりわかってくれた。

 私の中指にはめている指輪は発信機だ。魔力を流すことによって発動するこれは最新式の魔道具で、現在は王族ぐらいしか持っていない。これの受信機は現在ジークが持っている。


 私の計画はこうだ。

 現在、この国の王女である私がアウフミュラー侯爵領に来たことは知られている。別に発表したわけではないけれど白竜は目立つから、白竜がアウフミュラー侯爵のお屋敷に舞い降りたのを見た人はたくさんいるだろう。だから一旦領都のお屋敷に帰り、今度はルーナに乗って堂々とメゴルンテ山の麓に降り立つ。そこに豪華な馬車を用意してもらってクスーテの町を目指すのだ。

 時間はあまりないけれどこのクスーテの町で、王女が温泉に興味を持ってお忍びで観光に来るらしい、気に入った宿があれば王家の宝飾品を下賜されるそうだ。と噂を流せば盗賊団の耳に入るだろう。

 豪華な馬車にお供は護衛騎士の二人だけ。

 これはもう襲ってくれ、と言っているようなものじゃない?


「ヴィヴィ様、もちろん私は盗賊などに後れを取るつもりはありませんがヴィヴィ様を危険にさらすのは反対です」


 リーゼロッテの言葉にもう一人の護衛のブルックも頷く。ブルックはアロイスに憧れているらしく、滅多に喋らない。そんなところ真似しなくてもいいのに。


「大丈夫。私は障壁を張って大人しくしてるわ。それでリーゼロッテとブルックは上手く隙を作って、うーんそうね、馬車に用意した宝石箱が盗賊たちの手に渡るようにしてほしいの。頃合いを見て騎士たちが駆け付ければ盗賊たちは逃げていくでしょう」

「それなら私が囮の役をやりますわ」


 リーゼロッテの提案を私は却下する。だってルーナでメゴルンテ山の麓まで行くから私が王女だってわかるんだし、それに追跡の魔道具には私が魔力を込めなければならない。

 私は皆を説得した。他にいい案があればそれに従うけれど無いなら試してみてもいいんじゃないかな。指輪を忍び込ませた宝石箱さえ盗賊たちの手に渡ってしまえば彼らがアジトの場所まで案内してくれる。


「だけどヴィヴィ、受信機は今......わかったよ」


 言いかけてフィル兄様はため息をついた。

 うん、ジークから受信機を受け取ってきてくれるのはフィル兄様しかいない。王都までとんぼ返りさせちゃうけど。

 フィル兄様がそう言ったことでなし崩しにこの作戦を採用することが決まったみたい。ヴェルナーは渋い顔をしていたけどこまごまとした打ち合わせをフィル兄様と始めた。

 豪華な馬車は麓から近い町のアウフミュラー侯爵家の別邸にあるそうだけど、騎士たちの配置や段取りなど打ち合わせすることが多そうだ。


「ヴィヴィ、先に領都の屋敷に帰って準備してくれる? 僕はヴェルナーと打ち合わせを終えたら王宮に飛ぶから」


 フィル兄様が私をぎゅっと抱きしめておでこにキスを落としながらそう告げたので、私は二人の護衛騎士とラルスたちとクスーテの町を後にした。


「ヴィヴィ様、すぐ戻ってくるんすよね。盗賊なんてちょちょいのちょいでやっつけて、クスーテの温泉や美味しい名物料理をたっくさん紹介しますからね」


 リーゼロッテの竜に同乗させてもらう時、ラルスがクシャッと笑って言った。


「うん。滅茶苦茶期待してるわ」


 そう、温泉っていうものを私はまだ経験していない。名物料理だって食べたい。だから早く盗賊なんて捕まえて楽しもう! 

 




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