クーデター(2)
「お初にお目にかかる。国王直属軍第一隊長ジェラルド・デジデリオだ。リードヴァルム王国軍総司令官オリヴェルト殿とお見受けする。王宮に無断で侵入し玉座の間に乱入、王を殺害せんとする貴殿らの所業、見過ごすことは出来ぬ。尋常に立ち合われよ」
そう言ってデジデリオ隊長はすらりと腰の剣を抜いた。
「残念ながら初対面ではない、デジデリオ隊長。髪の色は違うが貴殿とは何度も顔を合わせている。貴殿はこの腐った王宮には珍しく清廉な男だ。できれば投降してもらいたいのだが。この国のために私の下でその剣を振るってもらうわけにはいかないか?」
オリヴェルトはそう言いながらも油断なく腰の剣を抜く。部下たちも一触即発の状態だ。
デジデリオ隊長は目を細めてオリヴェルトを見た。
「なるほど宰相補佐官のグラート・カルドッチか。髪色と眼鏡で随分と印象が違うな。その鍛えた体つきは文官のものではないと思っていたが。……貴殿とは馬が合うと密かに思っていた。残念だ」
「どうあっても投降しないと?」
「腐った王室でもこの身は王家にささげたのでな。剣の誓いを覆すわけにはいかん」
「いち早く自分だけ逃げだすような王でもか」
デジデリオ隊長はもう答えなかった。「参る」と一声かけて身を躍らせる。
オリヴェルトは彼の気合の入った一撃を自身も渾身の力で受け止めた。
そのままギリギリと力で押し込もうとするデジデリオの力を横に受け流す。それと同時にステップを踏んで一回転するとデジデリオのいた場所を横に薙ぎ払う。
しかしデジデリオも既にその場にいなかった。押した勢いそのままに前に駆け抜けると反転して下からオリヴェルトを薙ぎ払う。オリヴェルトは寸でのところでそれを躱すと足を飛ばしてデジデリオの体制を崩そうとする。
両者はパッと離れ同時にニヤッと笑った。
部下たちも戦闘状態に入ったが五対二十、デジデリオの部下は程なく制圧された。
「大した腕だな、オリヴェルト殿」
「デジデリオ隊長の足元にも及びませんよ」
そう言いながら今度はオリヴェルトから仕掛ける。
オリヴェルトの言ったことは本当だ、純粋な剣の腕なら。
オリヴェルトは孤児院に居た頃に退役した騎士に剣の手ほどきをしてもらっただけでラーシュと出会うまでは剣など握ったこともなかったのだ。それなのにラーシュに剣を学んですぐ「お前の強さは何なんだ!!」と彼に叫ばれた。
どうやら無意識のうちに魔力を剣に乗せて戦っていたらしい。
だからオリヴェルトの剣は通常よりもかなり速いし重いし予想外の動きをする。
オリヴェルトとデジデリオの戦いはかなり長く続いた。しかしついにオリヴェルトの剣がデジデリオの額を抉った。同時にデジデリオの剣がオリヴェルトの脇腹をかすったが浅手だ。垂れてくる血がデジデリオの視界を曇らせた一瞬、オリヴェルトの剣がデジデリオの胸を貫いた。
デジデリオは数歩歩いた後その場にどうっとあおむけに倒れた。
口元には笑みが浮かんでいた。
オリヴェルトはもう何も映していないデジデリオの瞳を掌で閉じさせると冥福を竜神に祈った。
オリヴェルトとデジデリオの勝負がつきホッと息を吐く。
引っ切り無しに兵士が出入りし、捕えた者、打ち取った者、制圧した場所、報告をしてはまた去っていく。
やがてラーシュが玉座の間の隠し通路から姿を見せた。
「国王は見つかったのか?」
問いかけるラーシュの後ろから出て来た兵士たちは数人の男女を縄で引っ立てている。
その中に小狡い宰相の顔や、最近の国王の一番のお気に入りである第十二側妃の顔を見つけながらオリヴェルトは首を横に振った。
捕らえるべきほとんどの者は捕えた。しかしそれは王宮にいる者だけである。
王宮にいない有力貴族、例えば側妃たちの実家である有力貴族は今頃逃げ出しているかもしれない、または反撃の爪を研いでいるかもしれない。
王宮を制圧した後はそちらにも兵を向かわせる計画だが、正直リードヴァルム王国軍はそこまで手勢が多い訳ではない。もちろん旧リードヴァルム王国があった地からここまで行軍して来たのだからそれなりの大軍ではあるが、貴族の私兵全てと交戦すれば時間もかかるし痛手も負う。だから王宮を制圧し、国王を打ち取ってしまうことを最優先にしたのだ。
王都の門は全て再び固く閉じられている。そこには少なくない数の兵を配置してきた。だから今王都にいる貴族たちはこの王都からは逃れられない筈だ。
貴族の私兵たちで門を突破すしようとすれば——そこでオリヴェルト様はこの地に駆け付けてくれたヴィヴィやジークに再び感謝した。
門を守る兵士たちにはあらかじめ強制突破されたら深追いするなと命じてあった。逃げられれば面倒だが、一つずつ潰していくしかない。しかし、ヴィヴィやジークが来てくれたことで、その懸念がぐっと減ったのだ。彼らには我がリードヴァルム王国軍の頭上を飛んで周囲を威嚇してもらうほかに、門を守ることもお願いした。空から見ていれば門に異常があればすぐにわかる。そこに飛んで行って空から威嚇してもらうだけで十分だった。
優先すべきは国王を打ち取り建国を宣言することだ。
そうすれば恭順の意を示す貴族は多くなるだろうし、逃げ出した貴族が今度は賊軍となる。彼らが頼りにするだろう第一王子サロモネをヴェルヴァルム王国の軍が打ち取ってしまえば逃げ出した貴族たちは頼るものも大義名分も失うのだ。
そのためにもここで国王を打ち取らなければならない。
しかし、国王が見つかったとの報は未だオリヴェルトの元に届いていなかった。
夕闇が支配する時間となり、松明を手に庭を捜索する兵士たちの姿が見える。
それでも王が見つかったとの連絡はまだ来ない。
「チッ! くそっ! 逃げ足だけは早いジジイだ」
ラーシュの舌打ちの音が聞こえた。
「誰にも教えていない国王だけの隠し通路があったのかもしれない」
オリヴェルトが独り言ちる。
王宮の抜け道、隠し通路、全て調べたつもりだった。しかし側妃や王子たち、側近にさえ教えていない隠し通路があるのかもしれない、いや、あったのだろう。猜疑心が強く狡猾なトシュタインの国王らしいとオリヴェルトは自分の甘さを悔やんだ。
しかし悔やんでいても国王を捕らえることができるわけではない。
「王都に捜索範囲を広げよう。優先すべきは......そうだな、第二側妃の実家のアパティーノ公爵家、第五側妃の実家のコルテーゼ侯爵家、内務大臣のフィガッツォ伯爵家のタウンハウスだ。その三カ所に兵を向かわせてくれ。いなければその周辺から順次捜索する」
オリヴェルトの指示に、ラーシュは応! と立ち上がる。
自らも捜索に向かうつもりだ。
「なあに、鼠のようにこそこそと逃げ回ったって王都からは出れやしないんだ、今度こそあのジジイに引導渡してやるぜ!」
掌に拳を打ち付けながら部屋を出ていくラーシュを見送り、オリヴェルトはまた報告に訪れる兵に向き直る。国王を捕らえることは最優先だが、王宮を制圧し、秩序を整えることも急務なのだ。
ラーシュが出ていって二時間弱、国王を捕らえたとの報告が入る。
ヴィヴィが見つけ、ジークハルト王太子が捕縛に協力してくれたとの報告にオリヴェルトの胸が熱くなる。
内務大臣のフィガッツォ伯爵と共に王都の裏路地を逃げ回っていたらしい。フィガッツォ伯爵は領地の金鉱山から採れる大量の金塊を国王に贈り、子爵から伯爵、内務大臣まで成り上がった男だ。金鉱山では過酷な労働環境で鉱夫を働かせ、内務大臣になってからは汚職と賄賂で肥え太っているような下種だ。この国ではそんな下種でも国王にさえ利を示せば成り上がれる。そんな無能ばかりだから真面に仕事をしていたグラート・カルドッチが逆に重宝がられて成り上がることが出来たのは皮肉だった。
ドカドカと靴音がしてラーシュたちがオリヴェルトの待つ玉座の間に入ってきた。
そしてオリヴェルトの前に投げ出される老年の男。
この国の国王、アッボンディオ・トシュタインだ。
国王は床に投げ出された後、腰をさすって起き上がり物言わぬデジデリオを見て「ひっ!」と悲鳴を上げた。
デジデリオの遺体はまだこの部屋にある。丁寧に寝かされてはいるが、オリヴェルトは最後までこの場を守って死んだデジデリオを一人でさっさと逃げ出したこの国王に見せたかったのだ。
「こいつだけはお前の手で引導を渡した方がいいだろう」
ラーシュが言うと国王は床をはいずって逃げようとする。
その服の裾をオリヴェルトは踏んづけた。元は豪奢な衣服も市井を逃げ回ったせいか泥だらけでところどころ破けている。
鈍く光る剣を国王に向けると国王は引きつった笑いを浮かべた。
「まままま待て! 話し合おう! 何が望みだ? 美しい姫か? 黄金か? 何でも叶えてやるぞ。そうだ! 将軍の地位をお前にやろう。公爵でもいいぞ」
「お前の首だ」
「なななな」
「私が欲しいのはお前の首だ。何でもくれるんだろう? 早く差し出せ」
オリヴェルトが剣をグイッと近づける。
「ばばば馬鹿なここ事を言うな! お前らなど揃って打ち首にしてくれる!! もうすぐサロモネが戻ってくる。そうしたらお前らなど……」
唾を飛ばし醜悪な形相で国王が喚きたてるが誰一人慌てている者がいない。
タイミングよく一人の兵士が駆けこんできた。
「ヴェルヴァルム王国の竜騎士が書状を持ってきました」
オリヴェルトが受け取り中身を改める。そしてふっと微笑んだ。
「ヴェルヴァルム王国の軍は見事サロモネの軍を撃破。サロモネを打ち取ったそうだ」
「馬鹿な……ばかなばかなばかな……」
よろめく国王の足元にオリヴェルトは部下から受け取った剣を放り投げた。
「トシュタイン王国国王アッボンディオ・トシュタインよ、旧リードヴァルム王国国王、王妃、リードヴァルム王国の数多の人々の仇だ。さあ立ち合え!」
よろめきながらも国王は剣を掴み突進した。突進しながら懐に忍ばせてあった何かの小瓶の液体をオリヴェルトにかけようとする。
オリヴェルトは飛び上がった。液体を回避し王の後ろに着地すると剣を一閃。
王の首は胴体を離れて空へ飛んだ。
七百年ほど続いたトシュタイン王国はヴァルム暦1689年終焉を迎えたのだった。
すっかり夜のとばりが下りた王宮を数多の民衆が取り囲んでいる。
王宮の門や前庭での戦いの痕跡はパッと見はわからない。遺体や怪我人は運ばれ、捕えられたトシュタイン王国の官吏、貴族、兵士などは王宮の奥に閉じ込められている。地面に残る血の跡や壊された石像、馬車の残骸など全てを片付けられたわけではないが、夜の暗闇が生々しい戦いの跡を覆い隠してくれていた。
そして王宮の前庭にはそこかしこにかがり火がたかれ、前庭に張り出す格好のバルコニーを多くのかがり火が幻想的に浮かび上がらせている。
王宮のバルコニーにオリヴェルトを始めリードヴァルム王国軍の幹部が姿を現すと王宮の前広場は熱狂の渦に包まれた。
オリヴェルトが国王の首を掲げると人々は更に熱狂する。その陰でがっくりと膝をつく人々も見受けられたが。
「静まれ!」
ラーシュが両手を上げると広場の人々が口を閉じる。
「トシュタイン王国国王アッボンディオ・トシュタインはリードヴァルム王国軍のオリヴェルト・ヴァイス・リードヴァルムによって打ち取られた。トシュタイン王国は滅びたのだ!!」
広場にざわめきが広がる。そのざわめきは次第に大きな言葉になる。
人々は声を限りに叫んだ。
「「「リードヴァルム王国万歳!!」」」
「「「オリヴェルト国王万歳!!!」」」
その声は王宮のみならず王都中に広まった。
人々は……特に虐げられていた人々はいつまでも叫んでいた。
そして空から人々を見下ろしている白竜と黒竜に向かい手を合わせ祈りをささげたのだった。




