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第54話「腐敗王ザボと、フッ素・ゴッドの福音」

---


> **最上階。**

> **終焉の間。**

> **腐敗王ザボ。**

> **世界の終わりが、そこにいた。**

>

> **清掃員は、見上げた。**

> **「汚れてますね」と、思った。**


---


**◆ 腐敗王ザボの絶望的な威圧感 視点 ◆**


扉を、開けた。


「……」


全員が、止まった。


広かった。


天井が、なかった。


空間そのものが、腐敗していた。


壁が、溶けていた。


床が、ドロドロだった。


空気が、重かった。


そして。


玉座があった。


玉座に、何かが座っていた。


形が、あった。


でも、形を認識した瞬間に、その形が腐った。


見るたびに、違った形になった。


存在が、腐敗していた。


「来たか」


声がした。


声も、腐敗していた。


音が、空気に触れた瞬間に溶けていった。


「腐敗王、ザボ」


ハクが、一歩前に出た。


「認識している」


「そうか」


「封印を破り、この塔を作り、四天王を使った。全て、お前の所業か」


「そうだ」


「目的は何だ」


ザボが、答えた。


「世界の完成だ」


「完成?」


「全てが腐敗した世界こそ、完成された世界だ。生まれも、死も、歴史も、記憶も、全て等しく腐敗した、静かな世界」


声が、空間に溶けた。


「それが、私の描く終わりだ」


ハクが、両手を上げた。


「全エネルギー解放」


光が、集まった。


今まで見た中で、一番強い光だった。


部屋全体が、白くなった。


「極限滅菌波」


放った。


光が、ザボに向かった。


当たった。


「無駄だ」


ザボが言った。


光が、消えた。


腐敗した。


「滅菌という概念自体を、腐らせた」


「……」


ハクの手が、下がった。


力が、抜けた。


「概念が……腐った……?」


「そうだ」


ハクが、膝をついた。


「私の光が……概念ごと……」


「ハクさん!!」


蓮が、駆け寄った。


「大丈夫か!!」


「……問題ない」


ハクが、床に手をついた。


「ただ……力が入らない」


ザボが、全員を見渡した。


「無駄だ。お前たちの力は全て、私の前では腐敗する。概念も、意志も、希望も」


誰も、動けなかった。


「ここで腐れ」


静寂が落ちた。


そのとき。


「あの」


のんびりした声がした。


---


**◆ 湊による価値観のズレ 視点 ◆**


「原状回復の費用が、とんでもないことになりますよ」


俺は言った。


ザボが、俺を見た。


「何?」


「これだけ汚れると、原状回復の見積もりが大変なことになります。壁の溶解、床のドロドロ、天井の消失。全部直すとなると、工期も相当かかりますよ」


「……清掃員か」


「はい」


「私に、原状回復の話をするのか」


「しています」


「世界の終わりを語っている相手に」


「でも現実の問題なので」


ザボが、少し黙った。


「お前は、怖くないのか」


「怖いかどうかより、やることがあるので」


「やること」


「納期があります」


「……納期」


「この案件、いつまでに終わらせるか、神代さんに確認していないんですよ。終わったら報告しないといけないんで、早めに片付けたい」


「世界が終わるというのに、納期の話をするのか」


「世界が終わったら、報告できないので困ります」


ザボが、玉座から立ち上がった。


「なぜ抗う」


「汚れているからです」


「清掃などという行為で、この完成された腐敗を——」


「完成されてないですよ」


「なに?」


「完成された状態は、清潔な状態です。腐敗は汚れです。汚れは、落とすものです」


「……」


「それだけのことです」


ザボが、手を上げた。


「終焉の腐敗液を——」


「少し待ってください」


「なぜ待つ」


「準備があります」


俺はカバンを開けた。


最後の道具を取り出した。


---


「汚れてから掃除するより」


俺は言った。


「汚れないようにするのが、プロです」


小さな容器だった。


透明な液体が入っていた。


「超分子・神域防汚撥水材」


「撥水材……?」


「コーティング剤です。表面に塗ると、汚れが弾かれて付着しなくなります」


「コーティング……」


「一般的なフッ素コーティングの、概念強化版です。ドクター・ライトと、天界の神々の技術を合わせて作りました」


「そんなものが、私の腐敗力に——」


「キュウちゃん」


「きゅう!!」


キュウちゃんが飛び出した。


容器を、口にくわえた。


そのまま、部屋全体を飛び回った。


透明な霧が、広がった。


床に、壁に、空間全体に。


透明な膜が、張られた。


「これは……」


ザボが、手を伸ばした。


指から、腐敗液が滴った。


床に、落ちた。


「……」


腐敗液が、床に触れた。


触れた瞬間に。


はじかれた。


真珠のように、丸くなった。


床を、滑った。


端まで転がって、落ちた。


床には、一滴も残らなかった。


「……」


ザボが、また液を垂らした。


また、はじかれた。


「……な」


「コーティングしておけば、後の手入れが楽ですから」


俺は言った。


「汚れを落とすより、汚れさせない方が効率的です。これが究極の清掃です」


「私の……絶望が……弾かれた……」


「はい」


「腐敗液が……床に付かない……」


「付きません」


「ではどこに……」


「排水口に流れていきます」


ザボが、自分の手を見た。


腐敗液が、また垂れた。


床に触れた。


はじかれた。


転がった。


「…………」


「ザボさん」


俺は言った。


「何だ」


「もし腐敗がしたいなら、指定の排水路を使ってください。それ以外の場所を汚すのは、困ります」


「……清掃員は、腐敗王に、排水路の話をするのか」


「汚した場所の後始末は、汚した人がするのが基本です」


「……」


ザボが、長い沈黙の後に言った。


「お前は、私を怒らせようとしているのか」


「していません。事実を言っています」


ザボが、両手を広げた。


「では、全力を見せてやる」


「どうぞ」


「絶望と腐敗の全てを——」


「コーティングは終わっています」


「……」


「先にやっておきました」


ザボが、力を解放した。


腐敗の波動が、広がった。


空間を、溶かした。


歴史を、腐らせた。


全てに向かって、広がった。


全部が、コーティングに触れた。


全部が、はじかれた。


真珠が、無数に広がった。


部屋全体に、腐敗液が弾かれる音がした。


チリチリと、美しい音がした。


「……私の腐敗が」


ザボが、呆然とした声で言った。


「全部……弾かれている……」


「はい」


「何も……付かない……」


「付きません」


「私は……何を……」


「汚れが弾かれているだけです」


ザボが、膝をついた。


「……なぜだ」


「コーティングは、汚れを嫌悪しているんじゃないです」


俺は言った。


「ただ、付着を防いでいるだけです。汚れに、意味がないわけじゃない」


「……意味?」


「でも、ここに付いてもらう必要はない。だから弾く。それだけのことです」


ザボが、長い間、黙っていた。


腐敗液が、床を転がり続けていた。


排水口に、流れていた。


「……私は」


ザボが言った。


「数万年、腐敗させ続けてきた」


「知っています」


「それが、私の存在だった」


「そうですね」


「でも……弾かれた」


「はい」


「拒絶ではなく……」


「防汚です」


「……防汚」


ザボが、自分の手を見た。


腐敗液が、また垂れた。


床に触れた。


弾かれた。


「……きれいだな」


掠れた声で言った。


「弾かれた液体が、転がっていくのが」


「そうですね」


「丸くて……透明で……」


「はい」


ザボが、静かに言った。


「……負けた」


---


静寂が、落ちた。


誰も、声が出なかった。


ハクが、床から立ち上がった。


「……終わったのか」


「どうでしょう」


俺はザボを見た。


ザボが、玉座に戻った。


ただ、座っていた。


腐敗の力が、弱まっていた。


「清掃員」


「はい」


「原状回復の費用は、いくらになる」


俺は手帳を開いた。


「見積もりを出します。ただ、壁の溶解と床の修復は、専門の業者を別で手配しないといけないですね。私の守備範囲は清掃なので」


「そうか」


「ザボさんが費用を負担するなら、今後の管理体制も話し合いたいです」


「管理体制」


「こういうことが再発しないように、定期的な点検を入れましょう。あと、換気をちゃんとしてください」


「……換気」


「はい。密閉空間に長くいると、腐敗が加速します。換気するだけで、かなり改善しますよ」


ザボが、長い沈黙の後に言った。


「……考える」


「よろしくお願いします」


全員が、部屋を見渡した。


コーティングが張られた空間は、腐敗液が全部弾かれて、透明な珠が転がっていた。


きれいだった。


「師匠……」


蓮が、呆然と言った。


「腐敗王を……コーティングで……」


「汚れないようにすれば、落とす手間が省けます」


「そういう話じゃなくて……」


「現場の効率化です」


「……師匠らしい」


ハクが、部屋を見た。


「……俺のやり方が正しいかどうか、頂上で証明してやると言った」


「言いましたね」


「お前の方が、正しかった」


「そうですか」


「消去より、防汚の方が、根本的だ」


「汚れてから消すより、汚れさせない方が早いです」


「……負けた」


「ハクさんも負けたんですか」


「お前にだ」


「そうですか」


「悔しくはない」


「そうですか」


「少し、悔しい」


「正直ですね」


ハクが、窓の外を見た。


空が、変わっていた。


紫が、薄くなっていた。


腐敗の色が、消えかけていた。


青が、見えてきた。


「……空が」


「きれいになってきましたね」


「コーティングのおかげか」


「換気もしたので」


「換気……」


「窓、開けておきました。キュウちゃんが」


「きゅう」


キュウちゃんが、満足そうに鳴いた。


全員が、空を見た。


青が、広がっていた。


「帰れるか」


アレスが言った。


「帰れますね」


「階段か」


「エレベーター、直ってないですかね」


「故障中でした」


「では階段で」


「一万階分……」


「足腰が鍛えられましたね」


全員が、ため息をついた。


でも。


笑っていた。


ゴミ袋が、もぞもぞした。


「私は……ゴミ袋のまま帰るのか……」


「証拠物件なので」


「……帰ったら、適切に処分してくれ」


「分別して処分します」


「燃えるゴミか」


「確認してから」


「……頼む」


扉の向こうに、階段が見えた。


一万階分の階段が。


「行きましょう」


全員が、歩き出した。


腐敗王ザボの玉座の部屋が、窓から青空を映していた。


換気されて、空気がきれいだった。


---


**◆ 現場報告書 ◆**


```

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

影山工務店 現場報告書 #008

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【案件名】

 ラスト・ジグラット 最上階(終焉の間)

 腐敗王ザボ 対応および交渉


【作業時間】

 五十二分


【使用道具・設備】

 ・フッ素・ゴッド(最終兵器)

   超分子・神域防汚撥水材

   キュウちゃんによる全域散布

 ・窓の開放(換気)

   キュウちゃんが開けた

 ・手帳(見積もり作成)


【作業結果】

 終焉の間、防汚コーティング完了。

 腐敗王ザボの腐敗液、全量弾き飛ばし。

 ザボより「負けた」の言質取得。

 原状回復の費用負担について交渉開始。

 換気を実施、空気が改善。


【ハクについて】

 極限滅菌波を使って敗北した。

 でも立ち直った。

 「少し、悔しい」と言った。

 正直な人だと思う。


【ザボについて】

 腐敗液が弾かれるのを見て、

 「きれいだな」と言った。

 この人は元々、きれいなものが

 好きだったのかもしれない。

 原状回復の交渉は続ける。

 定期点検の契約も提案予定。


【帰路について】

 エレベーター、まだ故障中。

 一万階分、階段で下る。

 ゴミ袋のダストは証拠物件として持参。

 帰宅後、適切に分別処分する。


【一言】

 汚れてから掃除するより、

 汚れないようにする方が楽です。

 でも汚れてから掃除することも、

 どちらも大事な仕事です。

 今日は両方やりました。

 お疲れ様でした。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           影山湊 (印)

           キュウちゃん(肉球)

           ゴミ袋のダスト(もぞもぞ)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

```


*次話へつづく。*

第54話あとがき:影山湊の「清掃日誌」

## 影山湊の現場報告書あとがき


【今日の汚れ度:測定不能(概念ごと腐っていました)】

最上階のザボさん、存在自体が強力な酸性というか、あらゆるものを溶かしてしまう厄介な汚れでした。でも、どんなに強い腐敗液も、表面に馴染まなければ(付着しなければ)悪さをしません。フッ素コーティングの真髄は「拒絶」ではなく「無関心」です。弾かれた珠が転がる様子を「きれいだな」と言った彼の顔、意外と晴れやかでしたね。


【職人の一言】

「シンクやトイレ、洗車後のボディにコーティングをしておくと、次回の掃除が劇的に楽になります。汚れを落とす快感もいいですが、汚れない快感もプロの味です。ただし、換気だけは絶対に忘れないでください。ザボさんの部屋も、窓を開けたら一気に空気が澄みましたよ」


【近況報告】

一万階の階段を下りる苦行が始まりました。2026年の最新テクノロジーを駆使したiPhone 17の歩数計が、とんでもない数値を叩き出しそうです。西新井の歯科検診の予約(3月23日)に間に合うよう、安全第一で下山します。


【次回予告】

次の現場は「一階:エントランス」。

長い長い下り階段の果て、影山工務店を待っていたのは、世界中の人々からの……。


次回、第55話「一万階の階段と、朝焼けのスクイジー」でお会いしましょう。

皆さんの【★★★★★】評価が、湊たちの膝を支える「サポーター」になります!

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