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第53話「深緑のモールドと、こすらず待つの極意」

---


> **第9999階。**

> **四天王、最後の将。**

> **切っても、焼いても、増える。**

> **終わらない再生が、絶望だった。**

>

> **でも清掃員は知っている。**

> **カビの、本当の落とし方を。**


---


**◆ 深緑のモールド 視点 ◆**


「ようやく来た」


モールドは、緑の中に溶けていた。


体の輪郭が、なかった。


天井まで伸びた菌糸が、体だった。


床を覆った粘菌が、体だった。


壁に張り付いた胞子が、体だった。


フロア全体が、モールドだった。


「四天王最後の将、深緑のモールド」


モールドは、胞子を放った。


緑色の霧が、広がった。


「私を攻撃する者は、その武器を苗床にして増殖する。物理も、炎も、光も、私には意味がない」


再生速度が、自慢だった。


細胞一つあれば、戻れる。


戻るどころか、増える。


「第一から第三の将が、あの清掃員にやられたと聞いた」


モールドは続けた。


「だが私は違う。切っても、焼いても、削っても、増えるだけだ」


扉が開いた。


黄色いヘルメットの一行が、入ってきた。


一歩踏み込んだ瞬間に、全員が止まった。


「ふごっ」


「んくっ」


「くしゅっ!!」


くしゃみが、連鎖した。


「いい兆候だ」


モールドは、胞子を増やした。


「ゆっくり、侵食される」


---


**◆ 再生し続けるカビの絶望 視点 ◆**


「くしゅっ!! くしゅっ!!」


アレスが、止まらなかった。


「目が……目が痒い……!!」


「戦神が花粉症に……!!」


「花粉じゃない、カビだ!! だが症状が同じだ!!」


アテナが、目を押さえた。


「涙が……止まらない……!!」


「知恵の神が泣いている……!!」


「泣いてるんじゃない!! アレルギーだ!!」


ザルディウスが、鼻をすすった。


「先輩……鼻水が……」


「元魔王が鼻水を……」


「うるさい……くしゅっ!!」


蓮が、前を向いた。


目が、真っ赤だった。


「師匠……俺、ダメかもしれません……鼻が……鼻が……くしゅっ!!」


「桐生さんは」


「くしゅっ!!」


「成瀬さんは」


「くしゅっ!!」


「全員ですね」


「師匠だけ平気なのは……」


「ガスマスクをつけているので」


俺は答えた。


「ガスマスク……!! なんで持ってるんですか!!」


「カビ系の現場では必須です」


「言ってください!! 事前に!!」


「すみません、言い忘れました」


「これから攻撃しますが——くしゅっ!! させてくれますか!!」


ハクが、前に出た。


「滅菌光線——」


光が走った。


モールドの表面に当たった。


焼けた。


「よし——」


焼けた部分から、新しいカビが生えた。


一秒で、戻った。


「……」


ハクが、手を見た。


「再生した」


「表面を焼いても意味がないです」


「根元まで届いていない」


「そうです。カビは表面を拭いても無駄なんです」


「では——」


「核から分解しないといけない」


モールドが、嗤った。


「どうする、清掃員。お前の仲間は全員、くしゃみで動けない。ハクの光も届かない。私を倒す手段はないぞ」


「くしゅっ!!」


「くしゅっ!!」


「くしゅっ!!」


後ろから、くしゃみの連打が聞こえた。


「あります」


俺は言った。


「カビの正しい落とし方が」


---


**◆ 湊の「キッチン泡ハイター」的聖水攻撃 視点 ◆**


背負っていた最後の機材を、降ろした。


「超浸透・高濃度塩素噴霧器、キッチン・ドーム」


ドクター・ライトが、今回のために作った最後の機材だった。


「塩素系除菌剤を、超微粒子の霧にして散布します。カビの菌糸の内部まで浸透させて、核から分解する」


「水はさっき、水分を吸収すると——」


「これは水じゃないです」


俺はタンクを指さした。


「キュウちゃんの聖水に、高濃度の除菌成分を混ぜています。ドクター・ライトが特別に調合した、概念除菌配合の塩素液です」


「きゅう」


キュウちゃんが、誇らしそうに鳴いた。


「カビは菌です。除菌成分が核に届けば、再生できなくなる」


「でも浸透するまでの間に、除菌成分がカビに取り込まれて——」


「だから霧にするんです」


俺は言った。


「霧にすれば、粒子が小さくなる。カビが取り込む前に、菌糸の隙間に入り込める」


「……理屈はわかった」


ハクが言った。


「私にできることは」


「霧を、フロア全体に均等に広げてください。収束じゃなくて、拡散の方向で」


「……できる」


「お願いします」


俺はキッチン・ドームを起動した。


霧が、出た。


白い霧が、流れ出した。


塩素の匂いが、ガスマスクの外まで漂ってきた。


「ハクさん」


「わかった」


ハクが、両手を広げた。


光が、拡散した。


収束じゃなく、広がる光だった。


霧が、光に乗った。


フロア全体に、白い霧が広がった。


「これは……」


モールドが、声を上げた。


「なんだ、この霧は……」


菌糸に、霧が触れた。


「……なんだ……」


触れた部分が、白くなった。


「……染みている……」


「浸透しています」


俺は言った。


「カビ取りは、こすらず待つのが一番効きます」


「待つ……?」


「除菌成分が核まで届くのに、時間がかかります。焦って擦ると、かえって胞子が飛び散る。じっと待つのが正しい方法です」


「こすらず……待て……?」


「はい」


全員が、待った。


くしゃみをしながら、待った。


「くしゅっ!!」


「くしゅっ!!」


「待てと言われても胞子が……くしゅっ!!」


「もう少しです」


「くしゅっ!!」


一分が、経った。


モールドの菌糸が、白くなっていった。


「な……なぜだ……」


緑が、消えていった。


「私の細胞が……白く……」


「漂白されています」


「再生……しようとしても……」


「核が分解されているので、再生できません」


「そんな……」


「カビ取りの基本です」


モールドの体が、崩れていった。


緑色が、全部白に変わっていった。


白くなった菌糸が、粉になった。


粉が、床に落ちた。


「私が……四天王が……」


声が、小さくなった。


「キッチンの……カビ取りと……同じ手順で……」


「カビはカビなので」


「……そうか」


「そうです」


「……負けた」


粉が、床に積もった。


静かになった。


---


フロアが、白かった。


漂白されたフロアが、真っ白に輝いていた。


「終わった……?」


蓮が、目を擦った。


まだ赤かった。


「四天王、全員です」


「くしゅっ!!」


「お疲れ様でした」


「くしゅっ!!」


「アレルギーは、フロアを出れば治まります」


「くしゅっ!!」


「早く出ましょう」


全員が、フロアを見た。


真っ白だった。


白い粉が、床に積もっていた。


きれいだった。


「……きれいだな」


ザルディウスが言った。


鼻をすすりながら。


「白いですね」


「白すぎる」


「漂白しすぎたかもしれません」


「そんなことがあるのか」


「やりすぎは良くない、と思いました」


全員が、苦笑いした。


そのとき。


フロアの奥に、扉があった。


今まで、ここにはなかった扉が。


現れていた。


「あれは」


アテナが言った。


「最上階への扉だ」


全員が、扉を見た。


重い扉だった。


黒い扉だった。


扉の向こうから、何かの気配がした。


腐敗の、気配だった。


「ついに最上階か」


アレスが言った。


「そうですね」


俺は扉を見た。


「腐敗王ザボが、あの向こうにいます」


「怖いか」


「現場です」


俺は答えた。


「怖いかどうかより、何が必要かを考えます」


ハクが、扉の前に立った。


「道具は、まだあるか」


「念のため持ってきたものが、いくつか」


「念のためのものが、今まで全部役に立っている」


「そうですね」


「今回も、役に立つか」


「わかりません」


「では、行くしかない」


「そうです」


全員が、扉の前に集まった。


ゴミ袋のダストが、もぞもぞした。


「私も……最上階に連れていくのか……」


「証拠物件なので」


「ずっとゴミ袋の中か……」


「大人しくしていれば、帰り道に適切に処分します」


「……わかった」


アレスが、扉に手をかけた。


「開けるぞ」


「お願いします」


扉が、開いた。


光が、差し込んだ。


違う光だった。


今まで見た光とは、違った。


腐敗の光だった。


でも。


先に進むしかなかった。


全員が、最上階に踏み込んだ。


---


**◆ 現場報告書 ◆**


```

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

影山工務店 現場報告書 #007

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【案件名】

 ラスト・ジグラット 第9999階 四天王戦 第四戦


【作業時間】

 四十一分(待機時間含む)


【使用道具・設備】

 ・キッチン・ドーム(初投入)

   概念除菌配合塩素液散布

   キュウちゃん聖水ベース

 ・ハクさんの光(拡散モード)

   霧の均一散布に貢献

 ・ガスマスク(湊・キュウちゃんのみ)


【作業結果】

 第9999階フロア、全域漂白完了。

 やや漂白しすぎた可能性がある。

 四天王第四の将「深緑のモールド」

 白い粉になって床に積もった。消滅確認。


【問題点・改善事項】

 ・全員にガスマスクを配布すべきだった

  (失念。次回から事前配布を徹底する)

 ・アレスとアテナのアレルギーが重症

  →フロア脱出後、回復を確認した

 ・ザルディウスの鼻水が止まらなかった

  →元魔王の尊厳を心配している


【ハクさんについて】

 拡散モードの光を使ってくれた。

 「収束ではなく拡散」という

 逆の発想に、すぐ対応してくれた。

 成長している。


【四天王 最終状況】

 第一のルスト:壁に埋め込み中

 第二のグリス:排水口に流下済み

 第三のダスト:ゴミ袋に収容済み

 第四のモールド:白い粉として消滅


【次のフロアについて】

 最上階への扉が開いた。

 腐敗王ザボが待っている。

 何が必要かは、まだわからない。

 現場に入れば、わかる。

 念のため持ってきた道具が、

 まだいくつかある。


【一言】

 カビ取りは、こすらず待つ。

 浸透させて、核から分解する。

 急いで擦ると、胞子が飛ぶ。

 じっと待つのが、正しい方法です。

 これは清掃の話ですが、

 他のことにも当てはまる気がします。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           影山湊 (印)

           キュウちゃん(肉球)

           ゴミ袋のダスト(もぞもぞ)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

```


*次話へつづく――最終決戦、開幕。*

第53話あとがき:影山湊の「清掃日誌」

## 影山湊の現場報告書あとがき


【今日の汚れ度:★★★★★(根深すぎて除菌に時間がかかりました)】

9999階のモールドさん、再生能力は厄介でしたが、結局は「菌」でした。カビを見つけるとついゴシゴシ擦りたくなりますが、あれは逆効果。胞子を撒き散らすだけです。じっと耐えて浸透を待つ。清掃も、人生も、時には「待つ」ことが最短ルートになるんですね。


【職人の一言】

「お風呂のカビ取りをする時は、水気を拭き取ってから洗剤をかけると浸透が早くなります。あと、絶対に他の洗剤と混ぜてはいけません。塩素系は単独で、換気を良くして使いましょう。命に関わりますからね」


【近況報告】

四天王を全員パッキングしたり排水口に流したりして、ようやく最上階です。iPhone 17で予報を見たら、外はもうすぐ夜明け。この仕事を終わらせて、早く西新井の行きつけのラーメン屋でニンニク入れまくりの一杯を啜りたいです。


【次回予告】

次の現場は「最上階:終焉の間」。

腐敗王ザボ。彼が汚しているのは、建物ではなく「時間」そのものでした。


次回、第54話「腐敗王ザボと、究極の防汚コーティング」でお会いしましょう。

皆さんの【★★★★★】評価が、最終決戦の「仕上げ剤」になります!

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