表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/56

第45話「ネームの修正と、鏡面仕上げの作業机」

**◆ 担当編集者 視点 ◆**


山田は、アパートの前で深呼吸した。


三回目の深呼吸だった。


「落ち着け、落ち着け」


自分に言い聞かせた。


担当漫画家の自宅を訪問するのは、普通の仕事だ。


いつものことだ。


でも。


「影山湊先生は……」


山田は手帳を見た。


去年から担当している漫画家、影山湊。


サッカー漫画『ドリブラーキーパー』の作者。


同時に。


世界を救った清掃員。


次元の亀裂をコーキング材で封じた男。


天界の神々に掃除を教えた人物。


「なんで担当してるんだ、私は」


山田は呻いた。


でも仕事だ。


ネームの修正が終わらないと、先生から連絡が来ていた。


行くしかない。


インターフォンを押した。


「はーい」


のんびりした声がした。


扉が開いた。


作業着ではなかった。


シンプルなTシャツとジャージ姿の男が、頭をかきながら立っていた。


「山田さん、すみません。ネームが全然まとまらなくて……」


「い、いえ! こちらこそ急に——」


「どうぞ上がってください。散らかってますが」


山田は中に入った。


散らかっていなかった。


一点も。


---


**◆ 影山湊 視点 ◆**


ネームが、まとまらなかった。


第三十一話のクライマックス。


主人公のGKが、絶体絶命のピンチで魅せる場面だ。


どう描いても、迫力が足りない気がする。


「うーん」


俺は消しゴムをかけた。


消しカスを、すぐにはたいた。


机に残った細かい粉を、小さなブラシで払った。


「先生、それ……」


山田さんが、机を見ていた。


「何でしょう」


「机が……鏡みたいです」


「磨いてあるので」


「iPadも……指紋が一つもない」


「使ったら拭くので」


「PCも……」


「道具は清めないと、良い線が描けないです」


俺はそう思っている。


清掃の仕事と、漫画の仕事は、根本が同じだ。


道具の状態が、仕事の質に直結する。


汚れた道具では、良い仕事はできない。


「あの……」


山田さんが、おそるおそる聞いた。


「この環境で、毎日描いてるんですか」


「はい。あと、背景はAIも使ってます」


「AIを……」


「効率的に良い絵が作れれば、その分キャラクターの動きに集中できる。掃除と同じで、無駄を省くんです」


「む、無駄を省く……」


「余計な手順を踏まずに、必要なことだけをやる。そうすると仕上がりが良くなります」


山田さんが、何かメモをとり始めた。


「先生、今日はネームのどの部分が——」


「三十一話のGKシーンです」


俺はネームを広げた。


「このコマなんですけど、GKが飛び出すタイミングが、読者に伝わらない気がして」


「見せてもらえますか」


山田さんがネームを手に取った。


---


一時間、話し合った。


山田さんのアドバイスで、コマ割りを変えることにした。


「飛び出す前の一コマを足して、GKの目線を先に見せる。そうすると読者が次の動きを予感できる」


「なるほど」


俺は下書きを始めた。


GKが、低い姿勢から地面を蹴る瞬間。


土が、飛ぶ。


スパイクの跡が、フィールドに残る。


泥が、ユニフォームにつく。


「泥の描写、リアルですね」


山田さんが、横から覗いていた。


「試合のグラウンドって、こういう汚れ方をするんですよ」


「詳しいんですね、先生」


「清掃の仕事で、グラウンドの泥を落とすことがあって。泥の種類によって、飛び散り方が違うんです」


「……そうなんですか」


「赤土と黒土では乾いたときの固まり方が違う。水を含んだ状態での伸び方も違う。だから、雨天試合の泥と、晴天試合の泥は、ちゃんと描き分けた方が良いと思って」


山田さんが、静止した。


「描き分けてるんですか、泥を」


「はい。試合の天候によって変えてます」


「……」


山田さんは、もう一度ネームを見た。


GKの足元に、細かく描かれた土の描写があった。


確かに。


違った。


先週のネームの泥と、今日の泥は、質感が違った。


「これ……すごくないですか」


「そうですか? リアルに描かないと気持ち悪くて」


俺は続けた。


「スパイクの底の溝に詰まった泥の描写も、メーカーごとに溝の形が違うから、靴を変えたらちゃんと詰まり方も変えてます」


「……靴の泥の詰まり方も変えてる」


「はい」


「選手ごとに」


「そうしないと」


俺は下書きを続けた。


線が、迷いなく動いた。


山田さんが、黙って見ていた。


---


**◆ 世界中のファン(SNS)視点 ◆**


発売日の翌朝、SNSが動いた。


『ドリブラーキーパー』31話の感想が、流れ始めた。


『GKが飛び出すシーン、泥の描写がやばい』


『フィールドの土の匂いがする』


『漫画で匂いを感じたの初めて』


『GKの足元の泥、なんか……リアルすぎて不安になるレベル』


『スパイクの溝の泥、ちゃんとメーカーごとに違う!?』


『気づいてる人いて草』


『作者何者なんだ』


『清掃員って聞いたことあるけど関係ある?』


『清掃のプロが泥の質感を漫画に活かしてるんだとしたら……』


『もはや芸術の域では』


山田は、会社のデスクでSNSを見ていた。


コーヒーを飲みながら。


昨日の訪問を思い出していた。


「インクが付いたので机拭きますね」


原稿が完成した瞬間、影山先生がそう言って、すぐに雑巾を取り出した。


インクが付いた机を、丁寧に拭いた。


鏡面が、また戻った。


世界を救った手が、机を拭いていた。


「……担当、続けよう」


山田は呟いた。


コーヒーが、少し冷めていた。


SNSのコメントが、まだ流れていた。


『次話、GKが主人公に怒鳴るシーンがあるけど、あの目線の描写……清掃員が魔王を叱るときの目に似てる気がする』


『それは流石に深読みしすぎでは』


『でもなんか説得力がある』


『作者が本当に何者なのかが気になりすぎる』


山田はスマホを置いた。


作者が何者か、山田は知っていた。


でも言えなかった。


言ったら、誰も信じないから。


窓の外の空が、澄んでいた。


どこかで清掃員が働いているのか、今日も空気がきれいだった。


――この穏やかな日常が、永遠に続くと、誰もが思っていた。



【第二章・腐敗王編 始動】

感想を頂けますと大変喜びます。(豆腐メンタルの為お厳しい意見はご遠慮ください)


ブクマなどもしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ