第43話「魔王城の原状回復と、玉座裏の吸い殻」
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**◆ 世界政府・不動産担当 視点 ◆**
「物件の状態を、もう一度確認させてください」
不動産担当のマルコが、資料を開いた。
魔王城。
地上七階、地下三階。
延べ床面積、推定八万平方メートル。
築年数、不明。おそらく数百年。
現状、居住者なし。
「封印完了から三週間が経過しました。世界政府としては、この城を『魔王博物館』として観光地化したい」
会議室の全員が頷いた。
「しかし」
マルコは続けた。
「調査員が、誰一人入れていません」
「瘴気のせいか」
「はい。城内に充満する死の瘴気が、Sランク探索者でも二分で意識を失わせます」
「浄化魔法は?」
「試しました。三十人がかりで一時間。まったく効果なし」
沈黙が落ちた。
「……あの方に、頼むしかないですね」
誰かが言った。
「特殊清掃の依頼を、出しましょう」
マルコは溜め息をついた。
「また経費精算の書類が、四千円くらいになるんだろうな……」
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
魔王城の前に立った。
でかかった。
「うわ」
声が出た。
「残置物、多すぎですよ」
城の周りに、色々なものが置いてあった。
魔法陣の描かれた岩が転がっていた。
骨でできた柵が立っていた。
どくろの旗が何本も刺さっていた。
「退去するときは、ちゃんと片付けてから出ていくのが基本でしょ」
俺は手帳に書き込んだ。
「残置物撤去費用、別途請求しよう」
扉を開けた。
臭いが来た。
「うっ」
かなり強烈だった。
でも、わかった。
「これは……数百年分の埃と」
俺は鼻をひくひくさせた。
「生ゴミが腐った臭いだな」
「し、死の瘴気です……」
後ろで担当者のマルコが、マスク越しに呻いた。
「換気が全くできていない密閉空間に、腐敗物が放置されていたら、こうなります」
俺はガスマスクを装着した。
「まず換気から始めます。窓を全部開けてください」
「そ、窓に近づくと瘴気が——」
「キュウちゃん」
「きゅう!」
キュウちゃんが飛んでいった。
城の窓を、端から順番に開け始めた。
新鮮な空気が、ゆっくりと流れ込んだ。
臭いが、薄まり始めた。
「次は大型掃除機です」
俺は機材を引っ張り込んだ。
業務用の、強力な吸引力のやつだ。
スイッチを入れた。
轟音が響いた。
「これで埃と瘴気の粒子を吸引します」
「瘴気の粒子……?」
「埃に付着した有害物質を、物理的に除去するんですよ」
俺は掃除機を動かし始めた。
黒いもやが、吸い込まれていった。
「……あれ」
マルコが顔を上げた。
「空気が……軽くなってきた?」
「換気と吸引で、八割方解決しますよ、こういう案件は」
俺は業務用消臭液を取り出した。
「残りは消臭スプレーで仕上げます」
霧状に噴射した。
消臭成分が、空気中に広がった。
臭いが、消えていった。
「……」
マルコが、ガスマスクを外した。
「消えた……本当に消えた……」
「消臭液は良い製品を使うと違いますよ。これ、業務用なので市販品の五倍くらい効きます」
「死の瘴気が……消臭液で……」
「瘴気じゃなくて腐敗臭です」
「……そうですね」
マルコは力なく頷いた。
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城の中に入った。
廊下を進んだ。
「ひどいな、全部屋」
壁に、染みがあった。
床に、謎の液体が固まっていた。
天井に、クモの巣が張っていた。
「これは時間がかかりそうだ」
俺はエリア分けをして、順番に片付け始めた。
廊下を拭いて。
部屋を換気して。
固まった汚れをスクレイパーで剥がして。
「きゅう、きゅう」
「そうそう、キュウちゃん。天井のクモの巣はモップを上に向けて取るんだよ」
「きゅう!」
「上手い」
順調に進んでいた。
玉座の間に差し掛かったとき。
「そこまでだ!!」
声がした。
暗闇の奥から、人影が出てきた。
鎧を着た、大きな男だった。
もう一人。
また一人。
四人が、出てきた。
「魔王城に土足で踏み込んだ者には、死を——」
「ちょっと待ってください」
俺は手を上げた。
「今、そこのワックス塗りたてなので」
「……え?」
「廊下の突き当たり、さっきワックス塗ったんですよ。乾く前に踏まれると台無しになる」
「だ、だから何だ!!」
「踏まないでください」
「踏む!!」
男が突っ込んできた。
俺は手元の雑巾を投げた。
男の顔に、ぴたりと張り付いた。
「ぬわっ」
「拭き上げてやる!!」
俺はもう一枚の雑巾で、男の顔をゴシゴシと拭いた。
「な、なにをするか——」
「顔が汚れてます。ちゃんと拭いてください」
「やめ、やめろ——」
「じっとしてください。ほら」
男が、光った。
黒い鎧が、白く変わっていった。
禍々しいオーラが、消えた。
「……あれ」
男が、自分の手を見た。
「私は……なぜ……こんなに清々しいんだ……」
「浄化されましたね」
「浄化……」
男がその場に座り込んだ。
「数百年ぶりに……体が軽い……」
残りの三人が、顔を見合わせた。
「お前たちも拭くか?」
俺は雑巾を持ち直した。
三人が、一斉に後退した。
「ま、待て……!」
「じっとしてた方が楽ですよ」
「ひいいいいい!!」
三人が逃げた。
突き当たりに走った。
「あ」
俺は言った。
「そこ、ワックス塗りたてだって言いましたよね」
ずざざざ、という音がした。
三人が廊下に滑った。
「ちゃんと聞いてくれれば——」
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**◆ 魔王城の残党 視点 ◆**
廊下に、三人が転がっていた。
天井を見ていた。
「……勝てる気がしない」
一人が呻いた。
「あれは化け物だ」
「違う」
もう一人が言った。
「あれは……清掃員だ」
「それが一番怖い」
廊下が、ピカピカだった。
ワックスの光沢が、天井の照明を反射していた。
「俺たち、四天王の残党だよな」
「そうだ」
「なんで今、清潔なワックスがけの廊下で転がってるんだろう」
「……わからない」
奥の部屋から、拭き上げられた仲間が出てきた。
白い鎧をまとった、爽やかな姿になっていた。
「お前……」
「体が、軽い」
「戻れるのか?」
「戻りたくない」
男が、深呼吸した。
「数百年ぶりに……空気が美味しい」
廊下の奥から、湊の声がした。
「壁紙が剥がれてる箇所がいくつかありますね。張り替えが必要です」
「玉座の裏、吸い殻が溜まってる。誰がこんなところで——」
「ちゃんと灰皿を使ってください」
三人は、また天井を見た。
「……俺たちも、拭いてもらうか」
「お前も向こう側に行くのか」
「向こう側が、なんか楽そうで」
「確かに」
「あの人、優しそうだし」
「清潔そうだし」
「何より」
一人が立ち上がった。
「このワックスがけの廊下、普通に歩いてみたい」
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**◆ 影山湊・結末 視点 ◆**
全室の清掃が、終わった。
城が、明るくなっていた。
窓から光が差し込んで、磨かれた床に反射していた。
「うん、いい仕上がりだ」
俺は満足した。
担当者のマルコが、ぼんやりと城の中を見渡していた。
「別の建物みたいだ……」
「元々良い素材を使ってるんで、磨けばこうなります」
俺は報告書を開いた。
「いくつか指摘事項があります」
「は、はい」
「壁紙の張り替えが必要な箇所が、十七か所。床材の補修が三か所。換気システムの設置を推奨します。あと」
俺は玉座の裏を指さした。
「玉座の裏に吸い殻が大量に溜まっていました。今回は処理しましたが、次の入居者に引き継ぐ際はちゃんと説明してください」
「き……吸い殻……魔王が……」
「ゴミの分別もできていなかったので、次回からは指定のゴミ袋を使うよう、管理規約に入れておいてください」
マルコが、メモを取り始めた。
「あと、報酬の件なんですが」
俺は城の隅に積まれた宝箱を見た。
残置物として残っていたやつだ。
「これは不法投棄扱いで撤去費用をいただきますが、中身から経費分を差し引いていいですか」
「ど、どうぞ……中身は全部差し上げますが……」
「経費分だけで大丈夫です」
俺は宝箱を開けた。
金貨が山ほど入っていた。
宝石も入っていた。
俺は手帳を見た。
「清掃費用、消耗品費、残置物撤去費、出張費、合計で……」
俺は金貨を数枚取り出した。
「これで足ります。おつりが出そうなので、少し多めに入れておきます」
「金貨五枚で……足りるんですか……」
「はい。残りは政府の管理に戻してください。資産として計上できるはずです」
俺は道具をまとめた。
キュウちゃんが、最後の隅を水で拭いて戻ってきた。
「きゅう」
「よく頑張った。今日は長かったな」
「きゅうきゅう」
「帰ったら、ご飯にしよう」
俺は城の扉を出た。
振り返った。
城が、夕日を受けて光っていた。
「良い観光地になりそうですね」
マルコが、涙目で言った。
「……本当に、ありがとうございました」
「また定期清掃の依頼があれば、声をかけてください」
俺は歩き出した。
帰り道、電車の中でレシートを確認した。
消臭液、業務用洗剤、ワックス、消耗品諸々。
ちゃんと領収書が揃っていた。
「よし、経費精算は明日やろう」
キュウちゃんが、俺の膝の上で丸くなった。
「きゅう……」
もう眠そうだった。
「お疲れ、キュウちゃん」
電車が、走り続けた。
窓の外に、夜の街が流れていた。
どこかできれいに光っているものが見えた気がした。
魔王城だろうか。
ちゃんと、光っていた。
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