第42話「影縛りの術と、路面劣化の問題」
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**◆ 闇ギルドの精鋭 視点 ◆**
「標的、確認」
路地の暗闇から、男が囁いた。
闇ギルド『黒い牙』。
前回、トイレ掃除をさせられた『シャドウブレイド』とは別の、さらに格上の組織だ。
全員、Sランク相当の実力者。
「今回こそ、拉致する」
リーダーのコードネーム『影の王』ことヴォイドが、仲間を見渡した。
「天界の神々を跪かせた秘術。宇宙を浄化した力。それを吐かせる」
「了解」
「影縛りの術は、Sランク探索者でも抜け出せない。足を縫いつければ、あとはこちらのものだ」
「ターゲットの装備は?」
「道具箱と……ポリバケツ」
「ポリバケツ」
「おそらく偽装だ。神の鏡を磨いた秘術の触媒が、あの中に入っているはずだ」
全員が頷いた。
「始めろ」
路地の先に、街灯に照らされた人影が見えた。
作業着の男だった。
肩に、小さな竜が乗っていた。
ポリバケツを提げていた。
「影縛り——発動」
ヴォイドが、術式を展開した。
標的の足元の影が、黒く染まった。
これで動けない。
数億の魂を縛ってきた、絶対拘束の魔術だ。
標的が、立ち止まった。
「かかった」
ヴォイドが、口角を上げた。
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
「あれ」
足が、重くなった。
俺は足元を見た。
アスファルトが、なんか黒く変色している。
「べたつく……」
俺は足を持ち上げようとした。
重かった。
「このあたり、アスファルトが劣化してるな」
古い道路は、夏の熱で表面が軟化して、ベタついてくることがある。
夜でも熱を持ったままになるから、こういうことが起きる。
「清掃じゃなくて、道路補修の話か。どこに連絡すればいいんだろう」
俺は一歩踏み出した。
「よっ」
足が、抜けた。
何かが、ぶちりと切れる感触がした。
「劣化がひどいな。市区町村の道路管理部署に報告した方がいいか」
俺はスマホを取り出して、メモした。
「あとで連絡しよう」
「……な」
暗闇の中から、声がした。
「……抜けた?」
「影縛りを……物理的に……」
「え、誰かいるんですか」
俺は暗闇に声をかけた。
「こんな時間に路地にいると危ないですよ」
返事がなかった。
俺は歩き出した。
時計を見た。
21:51。
夜勤まで、あと九分だ。
少し急いだほうがいい。
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そのとき、前から人が出てきた。
黒い服を着た人が、何人もいた。
「影山湊」
低い声がした。
「ここで終わりだ」
「あ、知り合いですか」
俺は首をかしげた。
「俺のこと知ってるなら、今夜勤に急いでるとこなんで、後にしてもらえますか」
「断る」
「そうですか。じゃあ手短に」
「手短にって……」
男が手を上げた。
何かが、俺に向かって飛んできた。
液体だった。
黒っぽい液体が、俺に向かって降り注いだ。
「うわ、危ない」
俺はポリバケツを持ち上げた。
液体が、バケツにかかった。
バケツが、ジュッという音を立てた。
「不衛生な液体をかけないでください」
俺はバケツを確認した。
傷一つなかった。
「な……」
黒服の男たちが、固まった。
「伝説の毒液が……バケツに……」
「バケツが溶けない……」
「なんという硬度……!」
何か言っていたが、俺は別のことが気になっていた。
「こういう液体が夜道に散らかると、通行人が危ないですよね」
俺は霧吹きを取り出した。
業務用のアルカリ洗剤だ。
「除菌しておきます」
シュッとかけた。
黒服の男の装備に、液体がかかった。
「ぎゃあああああ!!」
「え?」
「何だこれ!! 溶ける!!」
「溶けてないですよ、汚れが落ちてるだけです」
「真っ白になってる!! 俺の漆黒の装備が!!」
「黒い服は色落ちしやすいんですよ、アルカリ系洗剤は。すみません、気をつけます」
「謝るな!!」
「では謝りません」
「それも違う!!」
別の方向から、また何かが飛んできた。
魔法陣が展開した。
「食らえ! 絶対回避不能の——」
「あ、邪魔」
俺はモップを横に振った。
魔法陣が、吹き飛んだ。
「な、なんで」
「作業の邪魔になるので」
俺はモップを肩に担いだ。
「あなたたち、何が目的ですか」
「汝の秘術を——」
「秘術はないです」
「嘘をつくな!! 神の鏡を磨き、宇宙を浄化し、天界を清めた力が——」
「掃除ですよ、全部」
「掃除に見せかけた秘術が——」
「掃除が秘術なんじゃなくて、掃除なんです」
「……」
「信じてもらえなくていいですけど、事実なので」
俺は時計を見た。
21:56。
「やばい」
あと四分だ。
「ちょっとすみません、急いでるので」
俺はモップを持ち直した。
「皆さん、端に寄ってもらえますか」
「断る!!」
「そうですか」
俺はモップを、床を掃くように動かした。
横に薙いだ。
全員が、まとめて路地の端に寄った。
「もう一度」
ざっ、と掃いた。
全員が、路地の隅に集まった。
「ちょうどいい」
俺はカバンからゴミ袋用の結束バンドを取り出した。
まとめて縛った。
「うわ、なんで動けない」
「結束バンドです。強度があるので、しばらく外れないですよ」
「こんなもので!!」
「変に暴れると余計きつくなるので、おとなしくしてた方がいいです」
俺は立ち上がった。
「近くの交番に通報しておくので、そこで待っててください」
「待つも何も動けないんだが!!」
「ですね」
俺はスマホで交番に連絡した。
「あの、路地に酔っ払いの方が何人か倒れてて……はい、場所は……」
「酔っ払いじゃない!! 俺たちは闇ギルドの——」
「はい、少し興奮してて、話が通じない状態です。よろしくお願いします」
「待て!! せめて酔っ払い扱いだけはやめろ!!」
俺は電話を切った。
走り出した。
「やばい、あと三分だ」
全力疾走した。
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**◆ ギルド・しずく 視点 ◆**
21:59。
しずくは、ギルドのロビーにいた。
「今日は遅いな」
蓮が腕を組んでいた。
「師匠、時間ぴったりに来るタイプだから」
「あと一分ですね」
22:00まで、あと三十秒。
扉が、勢いよく開いた。
「はぁ……はぁ……間に合った……」
影山湊が、肩で息をしながら入ってきた。
タイムカードを押した。
22:00:00。
ぴったりだった。
「走ってきたんですか?」
「途中で、ちょっと」
「何かあったんですか」
「路地に迷惑な人たちがいて」
湊がモップを肩に担ぎ直した。
「交番に連絡しておいたんで、大丈夫だと思います」
「迷惑な人たち……」
しずくは何か嫌な予感がした。
「あの、その人たちって……」
「酔っ払いみたいな感じで、意味わかんないことを叫んでました」
「……黒い服でしたか」
「そうです、みんな。あ、洗剤をかけたら真っ白になりましたけど」
「……」
しずくは、スマホを取り出した。
SNSを開いた。
すでに上がっていた。
路地の写真。
結束バンドで縛られた、真っ白な装備の人たちが、路地の隅に積み上がっていた。
コメントが流れていた。
『また師匠が裏社会の人たちを漂白した』
『今度は黒い牙か……Sランク相当の集団が……』
『酔っ払い通報されてて草』
『プライドも服も真っ白』
「影山さん」
しずくは静かに言った。
「何でしょう」
「……何でもないです」
「そうですか。では夜勤行ってきます」
「お疲れ様です」
湊が、夜勤の現場に向かった。
キュウちゃんが、しずくに向かって「きゅう」と鳴いた。
「キュウちゃんも、いたんですね」
「きゅう」
「……いつも師匠についてて、大変ですね」
「きゅう」
キュウちゃんが、何かわかったような顔で頷いた。
夜が、静かだった。
路地のどこかで、真っ白な人たちが「酔っ払い扱いだけは……」と呻いていた。
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