表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/56

第39話「百億ドルの宇宙装甲と、袖がまくれない問題」

---


**◆ 宇宙開発機構の科学者 視点 ◆**


「完成した」


主任研究員のドクター・ライトが、震える声で言った。


開発期間、六ヶ月。


投入予算、百億ドル。


世界三十七カ国の科学者、総勢八百名。


その英知の結晶が、目の前にあった。


「神聖宇宙装甲、タイプΩ」


チタン合金と魔法金属の複合素材。


重力無視システム内蔵。


絶対防御フィールド展開機能。


自己修復ナノマシン搭載。


どんな宇宙環境でも生存できる、人類史上最高の装備だった。


「影山湊氏に、これを」


ドクター・ライトは誇らしかった。


世界を救った男に相応しい装備を、自分たちが作った。


ガラスケースに収められた宇宙装甲は、光を受けて輝いていた。


「では、影山さんをお呼びしましょう」


扉が開いた。


作業着の男が入ってきた。


肩に小さな銀色の竜が乗っていた。


「どうもお疲れ様です。宇宙装備の件で来ました」


影山湊が、ガラスケースを見た。


一目見た。


「これ」


「は、はい!!」


「ポケット、少なくないですか」


---


**◆ 影山湊 視点 ◆**


せっかく作ってくれたのはわかる。


すごく光ってるし、豪華そうだし、値段も相当かかってそうだ。


でも、現場で使う道具のことを考えると。


俺はもう一度、宇宙装甲を見た。


「胸ポケットが一個しかない」


「は?」


「スプレーボトル、スクレイパー、マイクロファイバークロス、ブラシ類、それだけで最低六個はポケットが必要なんですよ」


「そ、それは腰のベルトに——」


「あと、袖がまくれない」


「えっ」


「腕まくりができないと、細かい作業がしにくいんです。袖が邪魔で」


「し、しかしこの装甲は真空の宇宙空間で——」


「それと」


俺は装甲の表面を触った。


「これ、汚れたときにどうやって拭くんですか」


「……自己修復ナノマシンが——」


「外側じゃなくて、内側の汚れですよ。長時間着てると、汗とか汚れが溜まりますよね。それをどうやって清掃するか、考えてありますか」


ドクター・ライトが、固まった。


「……考えていなかった」


「現場の装備は、手入れのしやすさが大事なんですよ」


俺は正直に言った。


「せっかく作ってくれたのに申し訳ないんですが、今回は自分で用意してきたものを使います」


カバンから取り出した。


ホームセンターで買った、高所作業用のハーネスだった。


それと、自前の作業着。


キュウちゃんが少し魔法で補強してくれた。


袖に何カ所かポケットを増設した。


腰のベルトに、道具用のフックをつけた。


バケツを引っかけるループも追加した。


「これで行きます」


「……百億ドルの装甲より」


ドクター・ライトが呟いた。


「ホームセンターの装備を選ぶのか……」


「使いやすいので」


「ちなみにそのハーネス、おいくらですか」


「四千八百円です」


「し、四千八百……」


「セールで買ったので、定価は六千円くらいだと思います」


「百億ドルと、六千円か……」


ドクター・ライトが何か言いたそうだったが、俺は次の確認に移った。


「あと、高所作業従事者研修の話なんですが」


「宇宙飛行士の適性検査のことでしたら——」


「違います」


俺は手帳を開いた。


「労働安全衛生法の規定で、高さ二メートル以上の作業には特別教育が必要ですよね」


「……は?」


「宇宙は高所どころじゃないので、念のため確認したくて。俺、高所作業の資格は持ってるんですけど、宇宙の場合は何か追加で必要な資格がありますか?」


「そ、それは……宇宙飛行士のトレーニングが——」


「労安法の適用範囲を教えてもらえますか。大気圏外でも適用されますか?」


「……わからない」


「調べておきますね。万が一のときに、労災の申請が面倒になるといけないので」


ドクター・ライトが、頭を抱えた。


---


「真空では呼吸が——!!」


別の科学者が声を上げた。


「真空状態では人間は数秒で意識を失い——」


「ガスマスクに酸素ボンベ繋げば同じでしょ」


俺は答えた。


「え?」


「密閉型のガスマスクに、酸素ボンベで供給すれば問題ないですよね。現場でそういう環境の時はそうやってます」


「で、でも宇宙服は全身を——」


「それより」


俺は本題に入った。


「無重力で洗剤が飛び散るのが一番の問題です」


「……洗剤が」


「スプレーボトルで洗剤を吹きかけると、液体が拡散してしまいますよね。無重力だと制御できない」


俺は手帳にメモしながら言った。


「飛散防止ネットを事前に張っておく必要があります。スペースデブリの清掃エリアを区画ごとにネットで囲んで、その中で作業する形にしたい」


「……それは」


「あと、拭いた汚れの回収方法も考えないといけない。地上なら重力でバケツに落ちますが、宇宙だと浮くので」


「……確かに」


「汚れ回収用のサブタンクを、腰のベルトにつけるのがいいかと思います。真空パック式で吸引する仕組みにすれば——」


「ちょっと待ってください」


ドクター・ライトが手を上げた。


「それ、非常に理にかなっている」


「現場経験があれば当たり前の発想ですよ」


「いや、我々は宇宙でのゴミ除去を、磁気や電磁波で考えていたが……物理的に拭き取るという発想が全くなかった」


「だって汚れは物質ですから」


俺は手帳を見せた。


「こういう段取りで考えてるんですが、どうですか」


科学者たちが集まってきた。


みんな、手帳を覗き込んでいた。


「……これは」


「現場の清掃手順書だ」


「宇宙工学の論文より実践的だ……」


「ゾーニングと、動線と……」


「このフローチャート、そのまま使えますよ」


科学者たちが興奮し始めた。


俺は少し嬉しくなった。


やっぱり現場の知恵は役に立つ。


---


**◆ 神代(社長) 視点 ◆**


報告を聞いた。


「宇宙装備の件、影山殿はホームセンターのハーネスを選ばれました」


「……そうか」


「百億ドルの宇宙装甲は、ポケットが少なすぎるとのことで」


「……そうか」


「労働安全衛生法の宇宙適用について、法務部に問い合わせが来ています」


「……」


神代は窓の外を見た。


空が、青かった。


その向こうに、宇宙がある。


あの男が、近日中にあそこへ行く。


「ついに、宇宙か」


呟いた。


考えた。


地上では時給千二百円だった。


しずくが必死で上げようとしていた。


宇宙となると。


高所作業手当も必要だ。


夜勤が発生する可能性もある。


「時給、三千円に上げなきゃダメかな……」


いや、それでも足りない気がした。


でも影山殿は、どうせ「経費だけで結構です」と言うだろう。


「あの方には、価値というものが通じない」


神代はため息をついた。


その時、ドアが開いた。


「おはようございます!」


影山湊が入ってきた。


ハーネスを肩にかけていた。


キュウちゃんが宙に浮いて、後ろからついてきていた。


「神代さん、宇宙案件なんですけど」


「なんだ」


「高所作業手当、一時間につき五百円つきますか?」


目が、輝いていた。


本当に、嬉しそうだった。


神代は額に手を当てた。


「……つける」


「やった!!」


「キュウちゃん、手当がつくぞ!!」


「きゅう!!」


二人が喜んでいた。


神代は窓の外を見た。


(宇宙清掃を、あの温度感でやりに行くのか)


(宇宙よ、覚悟しろ)


空の向こうで、星がまだ光っていた。


どこか、遠慮がちに。


---


ここからコピー可能です。上記の第39話全文をそのままコピーしてご使用ください。

感想を頂けますと大変喜びます。(豆腐メンタルの為お厳しい意見はご遠慮ください)


ブクマなどもしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ